Bクラス 968cp
Cクラス 742cp
Dクラス 730cp
相談せよ、あなたが心に決めた道を他者へ認めてもらうために。
それは、堀北主催(契約)での勉強会をしていた時のことだった。
夏休みが明日にでも明けようという最後の休息日、図書館の机上にて、冷たく尖った視線が乃亜へと突き刺さる!
「バカじゃないの?」
眉間の皴を揉み解しつつ、こめかみをひくつかせながらのコメントである。……ビックリした、ひよりに向かってコッソリと手を振ってるのがバレたのかと思ったが、杞憂のようだ。
船上試験での乃亜の暴れ様を、一通り説明してから頂戴した有難きお言葉である。リーダーシップが出ているね、いいね、その調子で乃亜の手綱を握ってくれると嬉しい。具体的には、これからも好き勝手暴れるので尻拭いに頑張って奔走して欲しい、そんな意味です。
向かい側に座る、此度の勉強会における主役の2人も同意見のようだ、須藤は「マジかよ」とか小さく漏らすわ、軽井沢は無言で首肯を繰り返しているわと、乃亜の狂人ムーブがバカの極みという意見に同意を示している。君たちゃまだまだ着いてこれんか、この領域には。
乃亜の隣に座る綾小路清隆という面白無表情を見ろ、半年足らずで乃亜との付き合い方の9割を熟知している、かくあれよ落第候補生共。
堀北謹製自習用プリントの答え合わせをしながら、隣で同様の作業をしている堀北へ言い返す。
「考えた上での強行突破も唆るもんだ」
「もし優待者特定の法則が他のグループへ漏れていたらどうするつもりだったの」
「それこそ賭け───っつーかどっちでもよかった。
俺が自ら提供した情報にホイホイ乗るようなアホが多いなら、『そういう手法を交えれば陥れ易い無能』を特定できる。裏を取らずに流布されたモノに踊らされるアホなら利用しやすい、ちょびっと会話してすぐにでも俺のマリオネットにしてやるつもりだった」
「その内の一人が……」
「ああそうだったな、真鍋は易かったなぁ? 分かりやすく愚劣、分かりやすく浅慮、分かりやすく蒙昧……坂柳が居なけりゃ真鍋を無事に陥れて、今頃俺らはCクラスだったろうになぁ……悪ぃなぁ、不甲斐ないに尽きるぜ、大口叩きまくっておいてこのザマだぁ」
軽井沢の言葉の続きを引き継ぎながら、敗北の余韻を思い返して、屈辱の悦楽が乃亜の口元を月のように歪ませる。
「佐々木、全然『悪い』って顔してねえぞ」
「だって微塵も思ってねぇし」
「適当ばかりを抜かす口ね、その内に縫い付けてあげようかしら」
久々の負けだ、悔しいのはそうだが、それ以上にリベンジへの意欲が高まり続けてたまらない。調子が落ちていたのもそうだが、だがそんな言い訳一つは佐々木乃亜と坂柳有栖との間には挟まることなど無い。
負けたのなら、その時、その瞬間、負けるだけの実力だった。
勝ったのなら、その時、その瞬間、勝てるだけの実力だった。
単純明快な結果を占める席が一つだけあって、どちらがその身を座すのか、そんなシンプルな椅子取りゲームを8年間と続けてきた訳だが、困ったことに、坂柳とのゲームには飽きが来ない。先を見やる事にはちょびっとの自信がある乃亜だが、どうしても飽きてしまえる未来が見えてこない、うむ、困った困った。
「負けておいて楽しそうだなお前は。無敵か?」
「負けたっつーことは、負けるだけの余地があるってこと───返せばそれは、俺という人間にはまだまだ先があるという事だ、楽しくってたまんねぇ」
「敗北が伸びしろというのは理解できる、そこまでキッパリと言い切れるのはお前らしいよ」
無表情に小さく、けれど確かに、乃亜の言葉へ笑ってくれる綾小路。そんな様子を見るのが初めてなのか、須藤と軽井沢から奇異の視線を浴びる普通の高校生だった。
勝った方は楽しい、負けた方も何だかんだと行程を経て結局楽しくなる、それだけ。
次は勝つ、そのための尽力も欠かしはしないと誓おう。
「───逆にだ、俺の情報に乗らない或いは知恵者へ指示を仰ぐだけ頭を使えるのなら、どのクラスにそういう判断ができる奴どれだけがいるのかって認識を更新させられる。どのレベルの情報で思考を止めるのか、どの段階で助けを求めるのか、とかな。
つまり、俺の狂人ムーブは今後への布石の情報精査として機能していた───ほらな? 理に適ってる、異論は?」
「手段が強硬策にも程があるわ、保険も無しに混乱を生み出していたのよ、もっと酷い結果になっていたかもしれない」
「かもなぁ、何しろウチのクラスメイトにだって賢いのは少ない。欲に急いてマイナスを背負わされていた可能性は否定できねぇ───で? だから?」
詭弁であると、堀北は一蹴する。
その通りであると、乃亜は受け入れる、受け入れた上で好き勝手にやるだけだ。
リーダーとして資質を示し始めたのなら、甘やかしはしない。ここで乃亜の欲望を引っ込めるような姿勢を示してはならない。個性のぶつかり合う化学反応、そんなクラスを目論んでいるのなら、意見を下手に引かせるような空気感を形成させてしまうのはダメだ。
独裁を敷かせず、堀北には絶対に等しい権力を保持させる、何とも矛盾しているが、成立させるに足る価値が有ると信じたシーソーゲーム。奇跡のバランスで成立した時、このクラスは、単に成績というカタログスペックだけでは計り知れない爆発力を持つクラスへと成り上がるだろう。最近の楽しみの一つだ。
「フルオープンは俺の常套手段、それでいて尚且つゲーム中に訪れる醍醐味の一つだ、俺から楽しみを
「貴女の実力も勝負勘も性格すらも理解しているわ、単に他への影響を考えなさいと言っているだけ。貴方にそれが不可能だなんて思えないのだけど?」
随分と買ってくれているようで、乃亜クンはご機嫌な様子で言葉を返すのだ。
「 た ま に は こ と わ ら ぬ 」
「なら黙って従いなさいリスク中毒者」
「気が向いたらなー」
しかしすごいな、乃亜を端的かつ見事に表した罵倒だぜ。
堀北リーダーのワードセンスに脱帽しながら、赤マル赤ペケと、軽井沢の回答の採点をしていくが……おいおいマジかよ、このアホ女の学力終わってんな。
向かいの席へ座っているポニーテールを眺めながら、これ見よがしに溜め息を吐いた。
「軽井沢が予想以上にアホなのだー」
「あんたは相っ変わらず性格悪いよね……!」
予想通りに噛み付いてくる軽井沢だが、如何せん学力が低いのは事実であり、その原因が自らにあるのも自明の理だ、乃亜へは強く噛みつけずにいた。
徐々にではあるが、平田から剥がして乃亜へと移行させている軽井沢係。乃亜としては、守る代わりの対価を当然のように───割高で頂くつもりである、泣き出すほどには働かせてやるつもりである、働け奴隷女。
流石にイジメの範疇には入らないように気を付けようという努力はするが、どうにも恐らくだが乃亜は人使いが荒い、なのでそれに耐えられるだけの実力を身に着けて欲しい。差し当たっては学力の向上だ、手っ取り早く身になる、実力の一つとして分かりやすい結果として出せるモノ。
「もうちょい頑張ってくれねぇかなぁ、俺とか堀北くらいとは言わねぇからさ、せめて綾小路くらいの学力になってくれたまえよ」
「オレの学力は普通の極みだからな、オレに届けばお前も普通の高校生という訳だ」
「そうね、綾小路君くらいの60点台を
「……さ、佐々木くんだって、テストは毎回全教科50点のくせに……」
その毎回50点という工作の労力を少しでも減らすため、そして軽井沢自身の退学リスクを少しでも減らしていくためにも、彼女には努力してもらわなくてはならない。……さらりと目標値を底上げしやがった堀北だが、乃亜もその考えには賛同する側なのでさもありなん。
己の努力が実を結んでいく実感を得られ、実感は経験となり、経験は実力へ結びつき、己の努力によって得られた実力は自信へと行き着き、確かな自信は生きる上での支えになり得る。このロードマップは必ずや軽井沢の未来にも繋がる、謂わばWin-Winという訳だ。
何よりも、努力をする人間が乃亜は好きだ。守護の対価として手駒として動かすにしても、勉強不足とかいうアホが極まった理由で脱落されるのはとても困る。最低限の努力をしてもらって、乃亜の心の保養になってほしい。
「ウチのクラスにゃアホが多いからなぁ、平均点を下げておかなくっちゃ追放されてた奴は多そうだよなぁ。主にそこのバスケマンとかよぉ、眼前のポニーテールとかもよぉ、意外と危うかった場面はありそうだよなぁ?」
「ぐっ……」
「やめとこうぜ軽井沢、俺達は何も言えねえ立場なんだ」
息が詰まったような声しか漏らさない軽井沢女史。そんな彼女へ須藤が諦めたように声を掛ける、が、そんな彼の回答を採点していた堀北から苦言が飛んでいく。
「被害者のような口ぶりはやめておきなさい、努力不足の自業自得なのは事実なのよ。そんな如何にも突いてくださいと言わんばかりの発言をすれば、この賭博馬鹿にもっと言われてしまうわ」
「優しさと平和と人の温もりを凝縮させた存在に何を抜かすか」
「「「……」」」
無反応とは、もうこのネタは通じないか、残念。
「ぷふー、くすくすー、無視されてるじゃないか賭博プリンスー」
「くたばれポーカーフェイス」
笑い声のオノマトペを無表情で口に出す自称普通野郎、彼の額へ向かって消しゴムを投げつけてみたが、ピースの形をした二本指で挟んで受け止められた。……なんだその達人技は、やっぱ普通を気取るのは無理あるんじゃないかな。
しかし、参加者を見回してみればである、机に座っているのは5人だけである。他の面子は居ないのか、悲しいが過ぎる勉強会ではなかろうか。
後から平田が合流する話ではあるが、求めるのは教える側ではなく教わる側だ。クラスの学力アベレージを上げつつ、堀北の人間性もついでに向上させようという発案だったのだが。
「人が少ねぇ。常連は須藤だけか?」
「俺も毎回来れてるって訳じゃねえけどな」
「始めは池君と山内君も居たけれど……教え方、と言うよりも私の態度が良くなかったのでしょうね」
「それも一学期ん時の話だ、例えば今ならどうよ」
「さて、どうかしら」
眉一つ動かさず、しかし一顧だにしないという色でもなく、本心からの「分からない」がそこにはある。
堀北との最初の賭けでの契約、定期的な勉強会を開くというものだったが、効力が有るのやら無いのやらといったところか。
しかし須藤オンリーが参加していたとは言えども、閑散としていた状況でも欠かさず行っていたとは、図書館が主な分布のひよりと、たまに読書に来ているらしい綾小路から聞いている。須藤が参加できない日でも、一人で図書館へ来て、来るかもしれない参加者を待っていたとか。
それに対して称賛も無ければ、批判をしない。……敢えて言葉を残すのなら、ひたむきな姿勢は乃亜の好みとだけ。
何事も継続することが大切だ、努力とは、重ねなければ厚みが出ない。是か非かのどちらかだろうと、結果が出るまで続ける事が重要だ。
きっと堀北の積み重ねている目には見えづらい努力も、いつの日か、実を結んでくれる時が来るのだろうか。
「おいおい、自信たっぷりに断言してくれるくらいじゃねぇと困るんだが?」
「自分の変化なんて自覚出来ないものでしょう、貴方は違うの?」
「ハッ! 俺は枷を掛ける以外じゃ、産まれてこのかた何も変わっちゃいねぇから変化もクソもねぇのさ」
雑談を交わしながら、採点をすらすらと進めていく。
最初の須藤ほどには壊滅的という訳でもなさそうだが……軽井沢も恐らくは、高校の範囲を支える土台の学力が疎かになっていると見た。根本からの改善を行うべきか。
「テメェは地頭悪くねぇし、骨を作りゃどうにかなりそうだな。その骨格自体も輪郭は出来上がり掛け、ってとこか……あー、はいはい、勉強をまともにするだけの時間も足りてなかったんかね」
「……勝手に人の事分析するのやめてくれない? あんまり良い気分しないから、それ」
「そうかぁ? 俺は探り合って臓物抉り合う方が楽しいけどな。……曝け出しあって、
度胸試し、紐無しバンジー、チキンレース、ロシアンルーレット、うむ、良き語感の響きの数々だった。
……ところでホワイトルームはどう考えても非合法の側の組織だろうし、リボルバー式拳銃とか無いかしら。どうせ卒業した後には綾小路を巻き込んで施設丸ごと潰すつもりの乃亜なのだ、ロシアンルーレットにうってつけのブツとかが置いてあることを祈るのである。
「キモ」
「へへっ、まあね」
「きっしょ」
「おいおい参っちまうぜ、このままだと照れ過ぎて抱きついちまうぞ」
「この変態マジでキモすぎなんですけど!」
「うっひょー、どんだけ褒めてくれるんだよこいつ。……もしや一周回って俺のことが大好きすぎるのか?」
「あ゛あ゛も゛う゛っ゛っ゛!!」
静かであることが望まれる空間に、少女の絶叫が響き渡る、乃亜はそれを見てへらへら笑っていた。
「騒がしくさせるようならそれ以上は止めて」
「えー、でもさー、『弄って壊して潰して笑って、あっ、そっ、ぼっ』が俺のスローガンみたいなところあるしぃ」
「何でこんなのバケモノと友達をやれてるの?」
「不本意だけれどそういう宿縁だったということでしょうね……」
「サンキュー不本意!!!!」
「……本当にどうしてこんな男と友達なのかしら」
うーむ、良い反応をする軽井沢と堀北だ、もとい良い音を奏でる楽器である。だが堀北は、乃亜の演奏に不満を抱いているらしい。……あれ? 何かサラっと友達判定を貰えていた気がする。
坂柳にとっての神室のように、乃亜にも軽井沢という手下が出来たのだ。成程、こう例えれば分かりやすい、弄って楽しい、苛めて楽しい、揶揄って楽しい、音の鳴る玩具である。特に言い返してくれる辺りが非常に良き。
ガチのブチギレまでにはあと少しの許容があると見受けた乃亜は、もう少しだけ軽井沢で遊ぼうとした、その瞬間だった。
「乃亜くん、クラスメイトさんに意地悪し過ぎるのはめっ、ですよ」
「お前ら喉乾いてるか? 小腹減ってるか? 何でも奢ってやるよ、おら、とっととリクエストを言え」
「は? 切り替えの速さがキモすぎでしょ」
近場のコンビニ売店等の小売店を検索しながら、軽井沢からの言葉を全スルー。傲岸不遜な態度を全面に出していく乃亜だった。
無警戒であった真後ろから掛けられる透明な声。彼女のその声を聞いた瞬間、勉強会の意義と意欲と人としての思い遣り(笑)が一斉に乃亜の中から湧き上がってくる。
彼女から叱られるのはご勘弁。弁が立つ分、言い訳の出来ない理路整然とした責め句を……激しい口論ならともかく、柔らかい口調で、それでいて優しく追い立ててくるのだ。ふんわりとした対応をされてしまえば、強めな態度で返すのも如何なものかなと思える人間性は乃亜の中にもあるという事だ。
背後に立つひよりへ振り向きながら、何でもなさそうな顔をさせて、乃亜は問いた。
「よっす椎名」
「こんにちは乃亜くん。先生役、似合っていますね」
「つまんねージョーク抜かすために来たの?」
「本心ですよ?」
こてりと、小さな首を愛らしく傾げながら、純粋な本心の色をさせるひより。
何と返そうか、暫し思考をしている間に、堀北が言葉を重ねてくる。
「ごめんなさい椎名さん、コレが騒がしくしない訳が無いというのに……勉強会の場所にここを選んだ私のミスよ」
「いえいえ、堀北さんの勉強会に活気が出てくるのは良い事でしょう、むしろ彼を久々に図書館へ連れてきてくれて感謝したいほどです。……少しだけ、乃亜くんのお口にチャックはお願いしたいですけどね?」
「うん、ごめん、静かにやる」
ひよりには弱々な乃亜クンなのだった、満更でもないところもある乃亜でもあった。
穏やかな色をさせたひよりは、素直に了承した乃亜へ気を良くさせて、ついでのお節介を焼き始める。
「からかうのが好きなのも知っていますが、ほどほどでなければ嫌われ過ぎてしまいます。人に厳しく当たる方法を沢山知っている分、優しくする方法も知っているでしょう? 器用な乃亜くんなら実践も難しい事ではない筈です」
「……善人ぶってるとすーぐにこのチョロギャルが俺に惚れちゃうだろうしぃ? そうなると面倒だしぃ? 椎名の言う事でもちっとばかしなぁ」
「ごめんね椎名さん、もう既にコレの事がとんでもなく嫌いなんだけど」
───なんですとっ!? ならばもーっと嫌いにさせてあげよっと!!
「さーって! よってらっしゃいみてらっしゃい! 嫌いという感情値に限りはあるのか否か!! 軽井沢の心を実験台にして調べるべく、我々は辛辣レベルを更に50倍へと増やしてしまうのであった!! これから覚悟しろやがれよ兎系目ぅ!!」
「椎名さんの言葉をもう忘れてるし」
「なんか逆にすげえな佐々木って」
「須藤君には真似が出来るような生態ではないわ、間違っても絶対に見習おうとは考えないことね───これ以上バカを増やさないで」
「? 何故オレ達を見た?」
「ガハハ! 何でだろなぁ! こっちの方角にバカが居るとは思えんが!」
失礼な視線を貰った気がする乃亜と綾小路だが、気にするだけの人間性が欠けている説の在る2人だ、堀北の苦悩は軽く流されるのであった。
見かねたひよりが、乃亜の肩を指で優しくつついて意識を向けさせる。
顔を見ると、困ったように笑うひよりは、人差し指を唇に当てながら、淑やかに告げた。
「乃亜くん、図書館ではお静かに、ですよ」
「でもワイワイガヤガヤの方が楽しいよ? 静かすぎると色が暗くて寂しくなるよ? 暗い部屋って寒くて痛いぞー?」
「私のお願いを聞いてはいただけませんか?」
「え、断る」
「お前今絶対に脊髄反射で断っただろ、天邪鬼が出ただけで、本当は椎名の言う事に従うつもりなんだろ」
ええいうるさいポーカーフェイスである、羞恥心という概念が天邪鬼という魔物を作り出すこともあるのだと知れよ自称普通野郎め。……知っていて口に出してそうだな最近のこいつなら。
ともあれ、そんな乃亜の中の素直になれない心を読み取ってくれた察しの良い女の子は、満足そうに首肯してから、元々座っていたであろう席へと戻っていく。残念ではあるが、彼女の読書の時間を邪魔するのは気が引ける、口惜しみながらその小さな背を見送る乃亜だった。
そして、パパっと軽井沢の採点へと戻り、総括の一言。
「この分なら想像よりも手が掛からなそうで助かるわー」
「あっそ」
そっぽを向きながら、軽井沢は満更でもなさそうに言った。
これはあれか、ツンデレというものか、乃亜も初めての知見だ。
「想像より惨いのも確かだったがなー」
「一言余計なんですけど」
「言っとくがな、現状のままなら再来月には須藤よりも下の成績だからなテメェ」
「……嘘でしょ?」
「これね、ガチなんです」
ガチだった。これぞ須藤の恋愛パワーが成した結果だ、そこへ仲間との団結意識も追加されて、須藤の自己研鑽の意欲はメキメキと上がっている。元からの運動能力は言うことなく、学力は中学3年を脱するかしないかくらいにまで上がっている。……やはり『堀北リーダー計画』の共有が効いたか、秘密は人の結束を強めるのだ、堀北の力になりたいという思いも後押ししている説もある。うむ、乃亜クンの判断は間違っていなかった。
人間性に関してが
それでもやる気がある分、地道な努力を重ねようという意欲は、継続した成果となって形に現れつつある。今月はまだ大きな結実となるかは分からないが、来月からは、須藤自身も自覚できる───周りからも目に見える形で力となるのではなかろうか。試験の結果は乃亜もだが、きっと直接教えている堀北も楽しみにしていることだろう。
「勉学なんざどう効率化させても積み重ねがモノを言うからな、5月から続けている須藤の努力の芽は、順調に伸びてきてるよ」
「まだ中学の範囲から抜け出せないけどな……」
「気にしないでいいんだよ、んなこたぁよ。努力を続けられるのなら勝手に抜け出す、学力ってのはそういうモノだ。だったら今の基礎の部分で躓きまくってくれ、些細な疑問を潰しながら進んでくれれば、高校の範囲へ改めて手を付けた時の快適度もまた違ってくるだろうさ」
乃亜が真面目なトーンで喋っている点、堀北が無言で肯定している様子な点、綾小路も当然のような態度をさせて乃亜の言葉に口を挟んでいない点。何よりも、須藤が乃亜の言葉へ喜色を示して恥ずかしそうに笑っている点……野郎からのその色は、ちょっと要らないです、一之瀬からなら大好物です。
人の気配とも呼ぶべき様子を伺うスキルを持ち合わせる軽井沢は、そんな光景を目の当たりにして、ちょっとだけ焦っていた。
「ああそうだその色だ、その調子で焦れよ。
「あいつも
「映画のサブタイトルみてぇだ」
資本主義の根底には、やはり競争心が根付いている。ならば競争心を育むのは何か。
それは、焦りだ。
「勉強会って、さ……その……」
「定期開催の方は堀北にその都度聞け、それ以外は俺に……あー、俺が嫌なら平田に言え。平田の手が空かないようだったら俺に言え、寝てる時間じゃなけりゃ基本的に付き合ってやるよ」
「……マジ?」
「大マジで」
下だと思っていた存在から追い上げられるというのは、口にはし難い焦燥がある。それは人の持つ悪性の一つ、傲慢とも呼ばれるソレは、だが自己研鑽を続けることで健全な競合精神へと昇華されていく。
軽井沢にもそうあって欲しい。そのために努力がしたいのなら、協力は惜しまない。そういう色が世界に増えるのは、乃亜の心をほどよく豊かにする、だから協力する。
佐々木乃亜とはそういうイキモノだ。
「貴方にしては優しいわね、軽井沢さんを認めているということかしら?」
「ってよりも、俺は努力する輩は大体が好きだよ、頑張る色は綺麗なんだ」
「努力の色、か。───いつ頃からそうだったんだ? オレと会った時にはそうだったのか?」
中身の底を幾分か計れる機会と踏んでか、綾小路がやや強引に切り込んでくる。
だが残念でした。
「さあ? 覚えてねぇなー」
何かしらを言わんとする綾小路だったが、乃亜は、意図して無視した。
こっ恥ずかしいエピソードを喋れとは、中々にサディスティックな提案をするマイフレンドだ。胸に秘めたい記憶は誰にだってある、それが自らの人生観を決定づけるのなら尚更に、気恥ずかしいから、喋り辛い。
乃亜にだって、そういった微笑ましい一面はあるのだ。喋らせたいのなら、吐かざるを得ない状況をお膳立てしてくれなければ。
二学期は始まり、その初日の午後。
午後の授業の2コマがホームルームということで、薄々と期待はしていた乃亜だったが───その期待は、達された。
なんでも体育祭が開幕するらしい。この学校に体育祭なんてイベントが存在していたのか、普通の高校生らしい催しだ、これには普通でありたがるマイフレンド綾小路もワクテカなのではなかろうか。
乃亜は平時のテンションのままに、配られた資料を流し読んでいく。しかしチラホラと見える限り、高育に於ける体育祭とはやはり『普通』とは一線を画す、そういった情報しか載っていなくてワクワクする、ドキドキもする、恋かなこれ。
特に乃亜の目を惹いたのはこの一点、そう、むしろこの情報以外は全てが塵芥とも言えるだろう。何と言ってもクラス間での戦争中である、順位へ直結するクラスポイントへ目が向かないなら闘争心が足りていないのだ。戦いだ、争いだ、人間たるものバチバチに鎬を削ってこそだ、人は闘争のための形をしているのだ。
戦いはいい、乃亜にはやはり、それが必要なのだと思う。
「わーお! クラスポイント変動すんじゃーん!! 実質特別試験じゃんやったぜ新たなゲームの始まりじゃぜ!! いーやっほー!!」
「まずは資料に……どうせもう目を通しているのだろうな」
「俺の私語の分だけ後でポイント払うわ! 騒がしくするのは許せヤニカス!」
諦めたような担任サマの声とて、もはやいつもの事である。
はてさて、ざっくりと纏めればこの体育祭は、競技ごとの得点、そしてクラスごとの最高得点で競い合うものだ。
4クラス中、1位は+50、2位は±0、3位は-50、4位は-100。
なんだこれ、途轍もなく単純明快、つまりは要約すれば───てっぺんを取ればプラスだ。
それさえ覚えていればいい、それ以外? ゴミだ。
2位? カスだ。
3位? 話にならない。
4位? 論ずるに値しないのだ。
1位以外? 全てがゴミ! 有終の美? カスである!
1位だ! 勝利だ! 勝ちだ! 勝つことだ! それだけだそれ以外は不要なのだ勝てばよかろうなのだぁーっ!!
「試験の点数は……要らねぇな」
「「「要るだろ!!!」」」
須藤と山内と池の3馬鹿が喜びを内包させた叫びをぶつけてくる、だが、うーむ、ええ? 要るか? 本当に? 特に須藤はもう要らんだろ甘えてんじゃねぇぞバスケマン。
個人競技の上位3着以内へ入ったのなら、小遣い程度のプライベートポイントor次回筆記試験の点数贈与……やっぱり要らない、言ってしまえば面倒な報酬だ、これじゃ学力低めの連中はこぞって競技への参加を表明してしまう、クラスポイント優先の戦略を打ち立てづらくなるのは困る。
アホに同調して学力に自信の無い輩が騒いでいるが、乃亜は一先ず思考のよそに置いて、もう一度資料を読み直していく。ウキウキしすぎて見逃した部分もあるかもしれない、普段から堀北へ『危険への予測』を説いている身としては手本となる行動をしなくては。
「ふむふむ、紅白合戦ねー、はいはい」
「……気が付いていないの?」
「どうせ頭の中が『たたかう』のコマンドだらけになっているだけだ、よく見ろ、資料を最初から見直している、今に騒ぎ出すぞ」
「あー、学年合同で、赤か白かの勝敗如何で100のマイナス……流石に上の学年にまで手を出すのはきちいか、他力本願は性に合わねぇがそこは諦めるしか……───ん? 赤か白だと? 二択ぅ? なして? ABCDの四分けでなく? ………………おんやぁ?」
「「気が付いた」」
後ろから
「フぁぁぁぁ!!???」
───おい嘘だろ、乃亜はそれどころでは無いのだが、とんでもない事実を知ったのだが。ふざけるなよ、何だこれ、どんな組み合わせだよおい、理事長の嫌がらせか、だとすりゃあの白髪ジジイに漂白剤ぶっかけて透明感倍増しの髪型にしてやるのも辞さないが。
騒がしい教室の中で、乃亜から静かに言葉が漏れ出していく。
慄きを身に纏った、焦燥に満ちる佐々木乃亜である。
「……う、嘘、だ……ろ……っ、そんな! なんでっ、なんでだよ……!?」
「見当違いな発言が来る5秒前と見た」
「言い当てる必要性すら無いわね」
「1年生の下位10名に課せられるのは、次回筆記試験に於ける、10点減点だ」
「ふざけろバカがよ!! なんでAクラスと組む必要があるってんだ!!!!!!」
「ほら、1人だけ異色の驚愕だ」
「予想通り過ぎて呆れすら枯れてしまったわ」
背後からの呟きをガン無視しながら、一斉にわーきゃーと騒ぎ始めるクラスメイトと共に、乃亜も同様に抗議の声を上げていく。……いや次回試験の10点減点、これは中々どうしてクリティカルダメージとなりかねない輩も多いこのクラスだろう。だが今はそんなことはどうだっていいのだ。
ダメだろこれは、これだけは、こんな事だけは許しちゃならない。
佐々木乃亜は、これまでの人生史上最大級の義憤に燃えていた。
「な! ん! で! 坂柳んとこと組まなくっちゃならんのよ!!」
「船の上では組んでたも同然だろ」
「ああもうさっきからうるさいなぁポーカーフェイスぅ!!」
ええいこうなれば───あるんだろう、裏技が。
どうせ意地の悪いこの学校だ、明言化しないだけで、何かこう、針の孔を通すが如く、上手いこと佐々木乃亜に都合がとっても良い展開となるようなさぁ!
決意と勢いを載せて、元気よく挙手した乃亜だった!
「ヤニカス! 一之瀬んとこか龍園んとこと組むにはどうすればいい!!」
教室中から「何を言っているんだこいつ」みたいな声と色を頂くが、でもちょっと待ってほしい、実はこの懇願って結構理に適っていると信じているのよ。
この学校に於ける最初のクラス分けは、
学力だ、学力が高いほどに上のクラスへ初期配属となり易いのは自明の理だ。何故なら坂柳は壊滅か致命か或いは人命的な意味合いで運動が出来ない。そんな女がどうしてAクラス配属となったのかは、猫被りの上手さと学力と見てくれの良さの他に取り柄が分からんのを見ればよく分かる……かなり持ってる側だなコイツ?
そしてガリ勉は、大体、運動できない。(偏見)
そして運動神経高めの奴は、大体、勉強できない。(偏見)
Dクラスは人間性に欠陥抱えた地雷原。(事実)
Cクラスは不良ぶったアホ共の巣窟。(事実)
Bクラスは雰囲気的にリア充が多そう。(事実)
Aクラスは学力だけに人生を預けたがるようなガリ勉。(偏見)
だったら組むべきは低能揃いの龍園のところだ。単細胞だらけのあそこなら喧嘩っ早いのがたくさんいる、喧嘩慣れしてるなら体を動かす競技も大体できそうという論説をぶち上げようと思うのだ。……じゃあなんで学力が高いひよりは龍園クラスなのって? そりゃコミュ力と身体能力が終わってるのが理由っぽいよね、じゃあ学力低め=下のクラス説の信憑性はかなりブレていくよねクソッタレ!
「ヤニカス! 運動部が多そうな一之瀬か単細胞集団龍園のとこと組ませろ!」
「不可能だ。では、佐々木以外からの質問を受け付けよう」
「ヤニカス! Dクラスオンリーで他3つの合同軍と戦「無理だ」
「ヤ「黙れ」
黙った乃亜だった!
と、思ったが、裏技の有無の一つを聞いておきたくなったので、やっぱり黙らないのだった!
「なあ茶柱ぁ、競技参加の基準は?」
「……自分達で決めてもらうことになる」
「文字通り、全ての種目に誰が出るのかを、自分達で埋めろって?」
「そうだ」
後ろでは、堀北がペンを走らせている音が聞こえる。
それでは熱心なリーダー様のためにも、もう少し掘ってみようか。
「もしも当日になって
「全員参加の種目は、最低人数を割れば失格となるだろう」
「あー、100メートル走なら当人が欠けりゃ失格、騎馬戦なら騎馬が作れなきゃ失格、ってな風にってぇ?」
「お前は理解が早くて助かるよ、その分だけ手は掛かるがな」
「
薄く笑みを浮かべた茶柱を、にべもなく一蹴する。
一息に冷たくなった乃亜の態度に、教室中からは静かに潜めるように窺う色がしている、が、乃亜は一切取り繕うことなく、見下したような色を途切れさせることは無い。
「……そうだな、仕事を全うしよう」
黒いスーツの女が、綾小路をチラリと睨む───瞬間、机の上へ足を強く乗せて、視線を強引に乃亜へと向けさせる。
船上での特別試験後に
コレの恣意が綾小路の思考の内へ入り込んでしまっている以上は、綾小路は、純粋な意味でゲームを楽しむのはもう無理だ。上を目指すという目的には、単なる楽しみだけでなく、他者から植え付けられた義務感が発生してしまう。それは……そんなゲームは楽しさが圧倒的に削がれるだろう、ふざけるなよ、俺達の楽しみを汚したのだこの女は。
無粋な真似をしやがる女だ、まだ星乃宮の方がマシ……ではないか、まだ他クラスの内情を明かさないだけ茶柱の方が断然マシか。
「でぇ? 推薦は例外があるって事かよ?」
「そうだ、各競技に代役を立てられる。……が、代償として10万ポイントを支払ってもらうことになるだろう。これを高いとみるか安いとみるかはお前達次第だがな」
基本的には緊急措置、と、捉えるべき事項だろう。
だが、これは、逆に言えばだ。
「つまり、10万で───」
「───変更の権利が買える、そう捉える事もできるわね」
「ひねくれ者の考え方も分かってきたなぁ?」
したり顔で笑みを浮かべる堀北の呟きに、乃亜と綾小路は共に小さく笑う。
相手を見てから、敢えて弱い手駒をぶつける。もしくは、相手を見てから、より適した手駒をぶつける。そういった駆け引きも出来る、成程、流石は高育だ、単なる体力勝負一辺倒には収まらない要素もありますよと。
とはいえ基本的には地力が試されるという構造だ、定期的に行われる筆記試験と同じ分類、日々の積み重ねが大きく結果を左右させる。そういった意味では特別試験とは違うのかもしれない。
だが、ゲームであることに変わりはない。
「次の時間は第一体育館へ移動し、各クラス他学年との顔合わせとなる」
「だってさ、喋る自信ある?」
「───……分からないわ」
全学年全クラスが集まって、という事ならば、当然だがAクラスと方針について話すタイミングが用意されるとみて然るべきだ。その際、坂柳と葛城を相手に、堀北が相対することが出来るのかという意味合い───だけでもなく。
入学早々に綾小路経由で聞いた兄とのいざこざ。何でも、夜の建物裏で隠れながら、妹に腹パンをかまそうとしていたらしい。
須藤リンチ事件の裁判時、堀北は少し張り切っていた。意気込んでいたという意味でなら頷けるが、焦りにも似た色があった。兄を視界に映すたびだ。
盗撮未遂事件の際にも、兄妹が邂逅した瞬間を乃亜は眼にしていたが、あの時にもやはり似たような色をさせていた。……もっとも、堀北がノリに乗り始めた時期だったからか、萎縮とは言えない程度には堂々とした色だったが。
さて、踏まえると、堀北の兄へ対する態度は、徐々に改善されていると判じても良いのか。
始まりは虚勢に似ていたが、今は。
「……貴方に、甘えてもいいかしら……?」
「ん。了解」
今はそういう時期と見るべきだ、成長が急すぎて、己を低く見積もってしまう事もあるだろう。
急いて壊れるのは望むところではない、だが。
Dクラスの舵取りはやってもらう、それくらいならば熟せるだろう。その為のちょっとした布石、ですらない下地を作っておくこととしよう。
話し終えた茶柱は黙り込んで、思い思いに自由時間を満喫する生徒たちを眺めている。
ふと、視線の色を二つ感じた、軽井沢からのもの、平田からのもの。求めているのは、今回、どう動くかという事だ。乃亜の中での算段は既に立てられているが、堀北はまだ今回の立ち振る舞いを定めていない。
網を大きく広く張っておくこと、乃亜がやるべきは、きっとそれ。
コインを右手で弄びながら、乃亜は、大きな独り言を呟いた。
「あーあ、なんだか今回のゲームさぁ、やる気がイマイチ出ねぇんだよなー」
「大まかな方針も無いのか?」
周りの耳へ届く音量で乃亜が喋り出した途端に、喧騒の域が一段分静かになる。意を汲んだマイフレンドが、話題を先へと促してくれる。
こういったサポートにすら、純粋さを疑ってしまうようになる、色での判別が利くからマシかもしれないが、他者から押し付けられた義務と使命は、友と楽しくゲームへ没頭したい乃亜の気分を遠回しに害してしまう。
だから、茶柱、だっけ? アレはもういらない。
存在するだけで自分達の気を害するのなら、ゲームの楽しさを削ぐのなら、いつの日か追い出すのが最善だろう。他の担任ガチャに賭けたい。真嶋先生が良い。星乃宮だけは勘弁。
「それこそAクラスの坂柳とか葛城とかと話してからだろ、今すぐに決めてもな」
「確かに、言われてみればそうだな」
そう言って会話を切り上げると、周囲は会話を再開させて、教室中の騒がしさは増していく。
喋るだけで空気を一変させてしまうとは。というか普通に誰か聞きにくればいいのに、そんなにも話しかけづらいか佐々木乃亜は、そんだけ問題児なのか乃亜は、なんだか裏番長にでもなってしまった気分の乃亜だった。
学年合同という大掛かりな催しである以上は、避けられない一幕だ。しかし今の堀北が実際のその姿を前にして、会長の言葉をどう受け止めるのか、何て期待はすぐに消えていた。
「俺は3年Aクラスの藤巻だ。今回赤組の総指揮を執ることになった」
───いや待て待て待て誰だよこいつ。
隣に座る堀北に気を遣って……なーんて殊勝な心遣いは皆無な少年は、パイプ椅子の上で偉そうに足を組みながら、心の内の不満を満遍なく大声で喚き散らす。
「気に食わねぇなぁ! なんだってAクラスと組むんだってぇの!」
「独り言にしては声が大きいわよ、上級生がいること……を理解していてやっていそうね貴方なら」
「たりめーだ、聞こえなくちゃ単なる陰口に成り下がるだけだ、堂々と言ってこそ───そう思いますよね先輩方だってよぉ!!」
藤巻とか、藤柿とか、藤ナニガシとか、そんな自己紹介をしている三年の姿が主な不満の種だ。あんな無名が場に出て意味があるのか、もっとネームバリューのある存在が奥に引っ込んでいるのだろうに。使えよ、学校で一番有名な目つきの悪いメガネだぞ、利用しない手は無い筈だが。
地味かつ薄っぺらい演説の途中で騒いでいた乃亜。そんな少年は、周囲の注目を独り占めし始めて、テンションが上がっている。もういいか、合理性も兼ねた抗議をしてやろう、自重とかいう乃亜らしくない要素は捨ててしまおう。
挙手をしながら、音を鳴らす勢いで立ち上がった。
「はい先輩! 発言いいっすか!? 許可無しでも喋っけどなぁ!!」
「………………佐々木か」
「はいそうです佐々木っす! レスポンスやけにおっせぇなぁ思考速度が亀さんヨチヨチなのかなぁ!? つーか馴れ馴れしく呼びやがって誰だテメェは!! もしかしてカモにした内の一匹っすか!? 欲に溺れてドツボに嵌る雑魚は忘れる主義なのでサーセぇン!!」
怒涛の罵倒に苦し気なご表情の藤なんちゃら先輩。……え、マジっすか、図星っすか、暴露しちゃって何かごめんね。
「カイチョー出せよカイチョー。カイチョーが言うならともかく、テメェみたいな無名が薄っぺらいお小言抜かしたって何一つ響かねぇよ」
「……堀北だけに任せきりでは成長の余地もない、お前はその程度の
睨みつけられても堪えた様子の無い乃亜に、藤ナントカは更に睨みを鋭くさせる。だが残念だったな……えっと……ナントカナントカ! 貴様の目の前にいる男は、敵意を貪って発電を行う地球にエコロジーな生態をした新人類! 旧世代の価値観で佐々木乃亜を御せるなどと思うことなかれ!
大方普段は堀北学一辺倒、それでいて彼自身が生徒会長で多忙な身。今回のような他学年にも重責が散るゲームならば堀北学が旗を掲げずともどうにかなる───だから彼には休んでもらおう、とかだろうなどうせ、3年Aクラス全体の色からして8割の的中率と見た。
至極どうでも良い、くだらん、アホか、敗北確率を遠回しに上げてどうするのだこいつら。
「ダボハゼ共がよぉ! テメェらんとこのクラスが会長をヨシヨシ
「ちょっと! 言い過ぎですよ!!」
見覚えのある女生徒が、批難の声を上げてくる……えっと、確か、生徒会を絡めた裁判の時にも見たことがあるような……立花ひ……ではなく、橘、そう、橘だ。
「なんですか文句アリっすか会長ラブの橘せんぱぁい!」
「は、はっ!!?」
「よーし言葉に詰まったな俺の勝ちだ文句ナシと見た!!」
此処だ、ここしかない、畳みかけるなら今だ!
「遅れませながら自分、1年Dクラスの佐々木乃亜でありまぁす! 突然ですが───宣戦します!!」
「うぉーい、なにをするつもりなんだー、ささきぃー(二学期も絶好調だなこの悪魔)」
大惨事の予感がした綾小路が、一応の体を取って口だけで止めようとする。だが惜しむらくは一手遅かった点に尽きる、一手早くても止まっていたかは定かじゃない。
「3年の偉そうなメガネとか2年のチャラカス金髪とか1年のミニマム性悪女よりも! 俺が最優秀であることを今回の体育祭で証明しできゅぐるりょっっっぉ」
「どうして味方に宣戦布告するのよ貴方は!」
し、心、ぞう、心臓のらへんをグーパンチ……! 堀北鈴音、この女、覚えておけよ……!
呻いて醜く蹲る乃亜へ、二年の分布の辺りから喉を鳴らすように、すかした笑い声がした。聞き覚えあるぞ、乃亜に女の扱い方(ゲス)を伝授した副会長の声だぞこれ。
乃亜の襟首をひったくるように引き寄せて、パイプ椅子へ強制的に座らせる堀北妹。
注目を否が応でも集めた堀北は、咳ばらいを入れて、ぺこりと藤巻へと頭を下げた。───隙ありである、武術経験者特有の深々とした綺麗なお辞儀が祟ったな、乃亜は痛みにこの身が蝕まれても止まらんぜ。
「失礼しました、このバカは無視して進めてください」
「なーにが失礼だアホ女! 存在を変に出し渋るくれぇなら表に顔出して士気を上げるのが得策だろうが!! 闘争に於ける精神論を軽視してんじゃねぇぞ!! 生徒会ってのはお飾りか? 違ぇだろうが! 名前の威光すら利用し尽くした上で勝ちにいかない方がよっぽど失礼だろうが特に俺とか俺とか俺とかさぁ!! おい聞こえてんのかホリキチャ・メガネ・マーナブゥ!! ナギュモ・チャラカス・ミィヤービ!! どっちも俺にポーカーで手も足も出ない分際で強キャラ感出しすぎぃぃぎっっぅぉぁ」
みぞ、み、みぞ、おち、お、お前、グーパン……! 鳩尾に、武術経験者の、本気パンチ……!
生命を隔てる線引きがちらつき始める痛みだ、だが乃亜の戦意は止まらない、加速していく!
「そこまでにしておけ」
暴力に屈しない乃亜の様子を見てか、溜息と共に一人のメガネが立ち上がった。
呼応するように、一人の金髪も、軽薄に笑いながら立ち上がる。
メガネ会長の堀北学、金髪副会長の南雲雅、生徒会が誇る2トップが存在を主張することで、赤組の空気は荘厳としたものへと変わり始めていく。……やっぱりネームバリューは使うべきである、乃亜クンの判断間違ってないじゃん!
「相変わらずだな佐々木、無人島は楽しかったか」
「ちょー楽しかったわー、半月に一回くらいでやりたいっすねぇー」
「大暴れだったって聞いたぜ?」
「そいつは違ぇのよ、他の連中が軒並み大人しかったってだけだ、コミュ障が多い学年でやんなっちゃうんすよねぇー」
堂々と肩を並べる勢いで、生意気な態度を表に出す乃亜に、堀北妹は何言えずに……赤組へ顔を出した兄を見て、行動が控えめへと成り下がる。
これなら暴れられると判じて、会長へ向けて、これでもかと嘲りの情をぶつけて喋る。
「総指揮執れよ会長、無名かテメェかで意味は大きく変わる、その程度が理解できてねぇテメェじゃねぇだろ」
「今回は藤巻に任せると決めている」
「はーん? じゃあ赤組が負けるのなら藤巻のせいだ? ぜぇーんぶ藤巻が不甲斐ないからだ? そんで責任はぜぇーんぶ藤巻の雑魚に押し付けようって訳だ? ハッ! 使い捨ての残機を使ってダメージコントロールねぇ───底が知れたなぁホリキチャせんぱぁーい?」
「いい加減してください! もう決まったことです、貴方が掻き乱すことでむしろ士気は下がるんですよ!!」
うるさいお団子だなァ、今、乃亜は堀北学に喧嘩売ってるのに。
楽しいのにな、邪魔するのかこいつ。
恨みナシ、悪人でナシ、敵でもナシ。
でも、ほら、乃亜の楽しみを邪魔するのは、ね。
「あー、じゃあ言えよ、藤巻と会長、総指揮官としてテンションが上がるのはどっちだ」
「ッ、そ、れは…………」
黙り込む、そうだ、お前は今の問いに『藤巻』と答えられない、理屈が言葉を遮る、感情が邪魔をする、お前だって分かっている筈だ、生徒会長だからこそ出来る鼓舞は藤巻には出来ない、逆に藤巻で可能な鼓舞は生徒会長なら余裕で可能、理屈の上でも理解している、感情面でも会長を慕うお前は彼を卑下するような発言を出来ない、だから感情の上でも納得している、だがクラスで決めたことをお前の一存で覆すことはできない、そしてお前自身も会長への負担を減らしたいを考えている、板挟みだ、だからお前は何も言えない何もできない何も動けない座り込むことは負けを認めるからこそ立ったまま土俵に上がったまま無力な自分を見つめ続ける事しかできない。
要約すれば、言いたい放題できる案山子だ──────人間サンドバッグの出来上がり。
よっし、こいつ、ぶっこわしてやろっと。
「はァ? おい黙り込んで逃げんなよ女、今すぐこの場で言えよ、言葉にしろよ、割り込んできてんだから義務を果たせよ、だから書記止まり───」
「まあ待てよ佐々木。苛めすぎだ、一応は先輩だぜ?」
「あー───……俺が歳なんぞを気にするってぇ? たった1年か2年そこら先に産まれたってだけの凡骨共にぃ、俺が気遣うってぇ? 笑える冗談サンキューチャラカスせんぱぁい」
「俺や会長にそこまで言えるのはお前くらいだろうな」
南雲と仲良く薄い笑みを交わし合う。前々から思っていたのだが、やはりこの先輩との相性がいいな? 特にあれだ、互いに相手を格下だと思って舐め腐り合っているところとか。下に見ているから互いの態度が許せるのだ、奇跡のバランスで成り立つ奇跡の関係性だった。
経緯はともあれ、南雲も乃亜と同様の考えは持っていたようで、会長の方へ視線を寄越して口を開く。
「会長だって、佐々木の言い分にも一理あるとは思っていますよね?」
「……仕方ない、藤巻、俺が変わろう」
「かーっ、もったいぶりやがってよー、出てくんなら最初からそうしとけよなー、つれーわー、憎まれ役を買って出た健気な後輩でつれーわー、やーいバーカアーホ、シスコン妖怪メガネ会ちょごぎょぼろぉ」
ここ、こ、今度は、丹田に、ひ肘がっ、人中線をさっきから的確にっ、この女、やりすぎ……!
理に適わない兄への暴言にかなりご立腹な堀北妹だった。こいつブラコンかよ、じゃあ素直になれないだけの可愛い妹ってだけじゃん、距離を取ってる理由がくだらん理由過ぎるだろ。
先行きが不安になる一幕を繰り広げた後、学年間の顔合わせは終わり、今度はAクラスとの顔合わせの時間だそうで。
それに際して、何故だろう、我がDクラスは一際不安そうだった。2年や3年とも違う不安感の色だ、うーむ、原因は何だ。
「なんでみんなそんなにビビってんの?」
「お前、やっぱりすごいな」
「そりゃ俺は察しは良い方だがなぁ、主語述語程度は使ってくれ、そんなんじゃ軽井沢と同レベルだぞ」
「は? なんで私に矛先が向くの!」
「手頃だから」
わーきゃー言い始めるポニーテールを放っておくことにした乃亜は、少し離れた席で軽井沢を宥めている平田へハンドジェスチャーを送る。
「カモンピースマン、外交のお時間だぜ」
「過激な外交官だね」
ははは、とか苦そうに笑いながら乃亜を見る平田。
堀北にも同行するよう、顎でAクラスの側を指して示す。
櫛田も付いて来ようとしていたが───ハハハこやつめ、裏切りっぽい色ばかりをさせてどうしたいのかねチミは。身中の虫が暴れる展開も楽しそうなのでOKを出そうと思ったが、断った方が楽しそうだ、わざわざ衆目がある場で断る方が心の悪意を煽れそう、よし実行だ。
「櫛田はいいや」
「へっ? ……え、えっと、何かダメ、だったかな?」
「単に人数絞って話し合いの時間をスムーズにしたいだけ。……あー、綾小路は何も喋らせんから許してるだけだな、俺がコイツと一緒に居たいって理由だし」
「お前、気持ち悪いぞ」
説明の手間を省こうとしてくれている友になんてこと言いやがるか。
言外に「お前は選定外デース」と櫛田へ告げると、おお、すごいな、色が悪意で満ちていくー、おもろいなこいつ。自分ではなく堀北が選ばれたという事実にすぐさま気が付いた、やっぱり櫛田は優秀だ、獅子身中の虫でも飼っておくことに益が出るタイプだ。
顔には微塵も出ていないからこそ───隠しきれない瞼の震え、口角の微妙な鋭さ、指先への力の入り方───色で人を測れる乃亜の視界は混沌としていた。
自分の技術なら隠せていると思い込んでいる、だから滑稽だ、だから見ていて楽しい。
何故だろうか、体育祭が決まってから、乃亜の機嫌が頗る良い。良すぎる。暴走しそうだ。
「人が増えると同じ方向性でも意見が細かく枝分かれして、無駄に時間を食うだろ? だから意見が極端な2人と、外交官としてのメインの俺、雑用の綾小路、無駄が無いと思わない?」
いやあ、実に平和的交渉だ、乃亜クンだってこういう事は出来るのよ? そんな意志を込めて綾小路を見てみれば、この野郎はボケっとした顔で何一つ会話を聞いていなかった。殴ろうかなこいつ……鋭いカウンターで意識を失う未来が見えた、やめておこう。
残念そうな顔の櫛田を半ば無視して、Aクラスの席へと向かう乃亜達。
葛城が立ち上がり、一人の少女の席へ近寄っているのが見えた。話し合いの場がそこであると理解しての行動だ。
そして両手に抱える杖を何度も握り直しながら、待っていたかのような華やかな笑みを受ける。
人を魅せる、御伽噺のような微笑みを目の前にして、乃亜は───開口一番で罵っていく。
「よお性悪女」
「こんにちは。先ほどの演説はお見事な見世物でした」
「確かになぁ、流石はメガネ会長だ、つっまんねーご挨拶しかできねぇらしいなぁ」
「あらあら、どうやら皮肉も伝わらないようですね。その程度の理解力で此度の体育祭を共に勝ち上がっていけるのか心配です」
「ハッ! 勝つための尽力の一つって事すら理解出来てねぇのかぁ? それとも理解していて皮肉ったってぇのかぁ? 無駄な演算に脳みそ使っちまってよぉ、そんな無駄遣い大好きの後先考えないアホと肩並べようってぇ? 乃亜クンちょー心配だわー」
「ふふっ、気が合いますね?」
「同意してやるよ、下に合わせるのも、上の責務ってなぁ」
「負けただけでなくクラスポイントを施された情けない乃亜君、何かありますか?」
「…………なんにもないでーす」
前回の敗北を引き合いに出されるのは、もうね、オーバーキルと言いますか。
何も言えずに歯を食いしばる様子の乃亜に、花も見惚れる笑みを更にほどかせる坂柳。
いっそ険悪とも取れるやり取りを目にして、見ていられなくなった葛城が口を挟んだ。
「……佐々木、お前が坂柳と組むことを避けようとしていたのは知っている、だが……」
「あー? ああ、それはもういいから」
乃亜の中では片付いていた話だったが、確かに周りから見ればひと悶着はありそうな印象かも知れない。
「お前は不満を抱いているんじゃないのか」
「もういいよ、そういうルールならルールに従うだけだし、従うって決めたならその値に感情を弄れば解決する、つーかもう整えた」
「佐々木君はたまに機械的な物言いをするね」
何事も形からとはよく言ったものだ。演技だろうと思い込むことで、演技の比重は偏っていき、やがては真実とすり替わる、人とはそういう欺瞞の生き物だ。
人間に出来ることが、何故同じ分類の乃亜に出来ないという事になるのか。だって思い込むだけだ、そうすれば形は変わっていく、憎もうと信じれば憎むし、好きだと思い込めば好きになれる、思い込みってスゲー、そういう話だ。
「──────ともあれ、問題は解決したということです。どうせ体育館へ来る前には整えていたでしょうに」
「たりめーだろ」
「ならあの独り言はなんだったのよ……」
「パフォーマンス」
「……パフォーマンスで味方に喧嘩を売るんじゃない」
堀北と葛城が、咎める心100%を視線に乗せてぶつけてくる。いや売るでしょ、そりゃ売るよ、だって激安だもの、学校のトップにケンカ売れる機会があるならガンガンに売り込むのだ。……しかしおかしいな、橘茜を詰めれば買ってくれると思ったのだが、勘を違えたかしら。
「まったく……昔から我儘ばかりで人を困らせてばかりなんですから」
「競技に玉入れってあったっしょ、坂柳もついでに放り込もうぜ。クリアファイルみたいなペラペラ貧乳だし簡単に丸められるぅぅっっっっぃぃいってぇぇぇぇえ!!!!???」
杖が小指へ慣れ親しんだ痛みを運んでくる、慣れたくはないのに、痛みが懐かしい日々を思い出さざるを得ない。今日は暴力女だらけの一日か! ひより! 一之瀬! 優しさの化身の女子たちが恋しいよ! 乃亜クンあっちのクラスの方がよかったぁ!!
BクラスとCクラスの方針についての話は、当然だが聞こえてはこない、が。
視覚情報で見えてくるものはある、一之瀬と龍園が、話し合いをしているという事実。色は見えずとも、これで不可侵程度の口約束はしている、くらいは読み取れるか。……チッ、話し合いを放棄するほどに険悪なら勝率アップだったのに。
「……よ、要は共闘に前向きな考え方に変えたってこと、だから勝つ為の試行をしよう」
「不要な妥協は勝てるゲームを落とす結果に繋がりかねません、詰めれるのであればとことん詰めていくべきかと」
そして、AクラスとDクラスとの外交は始まった。
手始めの探り、前提となる部分から触れていく。
「まず初めに謝らせてください、私は「体弱い、全競技不戦敗、以上」
不毛なやり取りの一切を省略する、追及するだけ無駄だ、無駄なことに時間を使わせるな。
「既に俺らはハンデを負ってるってだけだ」
歯に衣着せぬ物言いに、平田が眉を少し顰めて言葉を差し向ける。今の発言には、彼だけでなく、葛城も同様に不快感を覚えたようだ。堀北までもが眉をひそめている。綾小路は……綾小路だった、おい普通。
「佐々木君、いくら何でもその言い方は良くないよ」
「あー? 何で? 既にゲームは始まってんだぞ?」
が、しかし、こと坂柳との関係性から見れば、これは無駄だ。
「俯瞰、合理、客観、どんな目で観ても坂柳が荷物なのは事実だ。言い繕って意味も無く気を遣ってると判断を違える可能性が上がる、無駄なタスクだぜ。だったら事実は事実で認めて、それに備える、それが一番勝率の高い思考だろ」
「ええ、正しく乃亜君の言う通りです、平田君もお気になさらず」
小さく首肯して、坂柳の前髪が揺れた。どこか嬉しそうな色をさせる、ような、気がする。
戸惑いの色が周りには見えるが、不要な気遣いだ、余計な会話だ、無意味な時間だ、謝罪をさせる必要性が無い、早いところ会話を先に進めよう。
誰にも何一つの有無すら言わせない強引さで、乃亜は話を変えていく。
「赤組としてのマイナスは考慮しない、
「ええ、そればかりは
「……ハッ!」
「ふふっ……」
好戦的な笑みがぶつかり合う。
共に自陣の勝利を疑わない、悪くない、そうでなくては。
「
「そういうDクラスの方々は、私達よりも
「皮肉を絡めないと会話が出来ないのかしら」
「やめておけ堀北、こいつらの愛情表現だぞ、馬に蹴られるぞ」
「あー? 誰か馬の話した? ───9月といえばスプリンターズだよな! 速度が重視される短距離だけどよ! 俺はやっぱ中山特有のゴール前の心臓破りの坂が見どこ痛い痛い痛い」
満面の笑みをさせながら、万力のような力で、乃亜の耳たぶを引き千切らんと爪を立てる性悪女。……はい、貴女と真面目に話します、競馬に思考リソースを使わないようにします。
「……お、大きな議題としては棒倒しやらの合同種目だな」
「個人種目は……さて、この辺りも上手く擦り合わせられるのなら嬉しいのですが」
乃亜と坂柳の方針は、既に殆どの結論が一致している。完全なる協力関係、それも競技の参加メンバーさえもすり合わせて、だ。
外交の道行きをおおよそに予見した葛城が、一つの提案をする。
「命令系統は完全に分ける、という手もあるとは思うが」
「確かにそれは一つの道でしょう、互いの責任の内でやれることをやる、安定を取るのであれば間違いのない一手です。ですが……」
「幸いな事に、Aクラスは一つに纏まってる、Dクラスも俺が纏められる、どっちの陣営も不満は封殺できる。しかも
「手を取れるのなら、細部まで詰めるべきです。細部を詰めれるのであれば……徹底的に詰めるべきです」
勝率を高めるための行動を。
ならば、この体育祭で最も勝率が上がる行動は何か───Aクラスとの協力だ。可能かどうかを判別するラインは多かれども、実現したのなら、各々のクラスで動くよりも遥かに大きく勝率を上げる事だろう。
士気を上げるという意味でもバカにはできない。大人数による一体感、これの有用性は、実社会に於いても示されている例が幾つも存在している。軍隊に始まり、カルト宗教、デモ行進、革命政権などと、人が多ければ多いほど、成し遂げられる結果は大きいものだ。……無論ながらマイナス面も相応に膨らんでいくが、それすらも使って見せてこそだ、腕が鳴る。
「あー……つってもだ、合同にせよ個人にせよ、結局は互いのクラスでの身体計測を終わらせてからだな。その後に頭使えるのを連れてそっちのクラスに向かうわ」
「あら、よろしいのですか? 現段階で
マイナス面のその1、意志統一の難易度が上がる点。
これが特別試験という特殊なゲームならまだしも、体育祭は如何せん体力直球勝負だ。走って勝てば解決という誰しもが理解しやすい結論がある。実際にはもう少し複雑なアレコレを挟む余地があるのだが、これが人の楽しいところで、単純明快な結論が一つあると考え無しに飛びつく輩が多いこと多いこと。
とはいえだ、坂柳と組む、となれば。
勝つことにはこれ以上の意欲を以て臨まなくてはならない、従って。
「言いくるめる」
「でしたら問題ありませんね」
「それは……問題無いのかい?」
「説得するだけに問題があるのか?」
「物は言い様ね」
「ふっ、……ふふ」
坂柳は手を口元に当てながら、くすくすと、柔らかく、子供のように笑う。
「何がおかしい」
「ふふふ……いえ、何だか、不思議と嬉しいのです」
「そうか」
「乃亜君」
薄く、儚い体ごと、座ったまま乃亜を見上げる。
戦意の色、戦意の色、戦意の色、好戦的な坂柳有栖はそればかりだ、乃亜も人のことは言えないが。
そんな物騒な色の数々を、幸せそうな色をした柔らかい笑みが、こらえきれない様子をさせて上から描き直す。
「この瞬間が幸福そのものである」とでも告げるように、坂柳は笑って色を伝えてくれる。
「一緒に勝ちましょうね」
「テメェと組むんだ、それ以外にあるかよ」
「そうでしたね。……ふふ、ふふふっ」
「綾小路君コーヒーを買ってきてちょうだい、糖度はマイナスでお願いね」
「そんな糖度が存在するのなら今頃俺が飲んでいるな」
常日頃から坂柳には言っているのだ、『テメェとは組みたくない』と。
いつもいつも『テメェとなら圧勝だから』と言っている。
だというのにだ、乃亜が下手に力を抜いて妥協して、負けでもすれば───だ。
それは、虚言を吐いたのと何が違う。
「テメェが足手纏い確定な分、多少は融通利かせろよ」
「勿論です」
これにて、乃亜の思い描く未来予想図は完成した。
1位、Dクラス。2位、Aクラス。その下位、それ以外。……妥協の妥協の妥協を重ねて、DクラスとAクラスの順位が入れ替わるくらい。
ワンツーフィニッシュだ、それだけが、乃亜にとって価値のある結果へと定まった。
「かーっ、つれー、ガリ勉連中を背負って戦うのつれー、ったくしゃーねーなぁー、仕方ねぇから足手纏い共に合わせてやるかぁー、教科書が恋人の優等生サマ集団がお荷物でつれーわー」
「こちらとしてもヤンチャな方々に掻き乱されては困りますから、一人一人に首輪を着けて、大人しく跪いて従って頂けるのなら越したことはありませんね」
「ハッ! 笑わせんな、むしろテメェのその細っこい首に着け「さあどうぞ乃亜君のお好きなように着けてくださいリードを伸ばして思いつく限りの手段で私の尊厳を滅茶苦茶に───」待って平田くぅんお願いだ置いて行かないでぇ!! 売り言葉に買い言葉で騙された可哀想な俺を1人にしないでぇぇぇ!!!!」
目が充血していた、ただ、それだけだった。
顔合わせの集まりも終わり、教室への帰り道を進んでいくDクラスの団体から少し離れた最後尾から、乃亜と綾小路は並んで教室へ戻っていく。堀北は
その道中、歩きながら操作していた携帯に一つの反応が届いた瞬間、乃亜は綾小路を呼びかける。
「なあマイフレンドよ、この体育祭、ガチってくれんかね」
「? 普通に断るが? オレ、普通だし」
「テメェは最近日本語が不自由になってきてんなぁ」
普通の高校生は一切の本気を出さず手抜きで日々を過ごしている、とでも言いたげだ、言っているも同然だ、失礼な野郎だ。
呆れた声を意図して投げ掛けながら、携帯を操作して、一つのメールを綾小路の眼前へと突き出した。
メールの意義すら疑う、文章としての成立すらしていない、短い文字列。
差出人は坂柳。タイトルも空欄のまま、本文に刻まれているのは『綾小路君は?』とだけ。
「坂柳から『出せ』とのお達しでなぁ。せぇっかくあの性悪女と大手を振って組めるっつー機会だ、俺もあいつも、この体育祭は完膚無きまでの完全勝利を納めたいって目標を一致させた訳だ」
「そうか、頑張れ、お前達悪辣コンビなら成せるさ」
廊下から窓の外を眺めながらの一言であった。すげーや、すげームカつくコンビ名だ、頼むから出回ったりしないでもらいたい一心だ。
「優秀な駒が一つ欲しいなぁー、俺と坂柳の思考レベルについて来れるだけのがなぁー、動けるし頭も回るし影が薄くて誰にもマークされてない最高傑作がどっかに転がってないかなぁー」
「普通の高校生とは無縁な奴じゃないか、そんな怪物などオレは知らない」
まあ無理だとは知っていたが、元よりダメ元だ、坂柳にも望み薄であるという認識はある筈。
相対的に完全勝利から遠ざかった事実に肩を落としていると、教室が見えてくる。
荷物を取って、帰って考えでも纏めようかと大雑把な予定を組み上げていく。
「2人とも……この後は、暇?」
背後から、たどたどしく、声がした。
それは、決意の色をしていた。
「ちょうど今だぜ、暇になったのは」
「奇遇だな、オレもだ」
「……少し、付き合ってもらいたいの」
それは、とても──────とーっても。
佐々木乃亜が好むような、彩り。
人間という生き物の魅力が詰まったような、そんな、色。