All or Nothing   作:真の柿の種(偽)

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過去を悔やむな。未来を恐れるな。今日を力強く生きよ

 廊下の窓際へ、腕を組んで偉そうにもたれ掛かりながら不敵に笑う。

 敵視の溢れる視線を次々と受け取る乃亜は、だがやはりと言ったところか、その気分を更に良くしていくだけだ。

 うーむ、良き。実に良き。良い色だ、心がメラメラと逸っていく気がする。予定には無かったけどドデカイ喧嘩を売りたくなってきちゃった。

 余りにも堂々とした姿だった。我ながら自信に満ち過ぎている、不審者扱いされてしまう可能性も浮かぶほどには堂々と───Bクラスの教室内へ向けて笑みを向けていた。

 腕を組んだ偉そうな様子を崩すことなく、圧倒と動揺しながら自らの教室へ避難していく生徒達を眺めていると、数人ほどの生徒が廊下の角からこちらへ歩いてくるのが見える。目的の人物と自然に目が合った……フフフ、そうかそうなのか、やはり乃亜と彼女は相思相愛なのかもしれない、通じ合っているのだ。

 一方的な偏愛が貫通して繋がっているように見えるだけとか、そんなことを綾小路に言われた覚えがあるが、あいつの情緒はまだまだお子ちゃまのそれである。男女の機微を知らぬ小僧に理解できる世界ではないという事だ。

 声が届く距離へ近づいたと判ずるや否や、乃亜は声を大きく張り上げる。

 

「おっはよう一之瀬ぇーっ!! 今日もいい朝だねー!!」

「えーっと……おはよ? ここ、Bクラスだよ?」

「あー? 何を当たり前な事を言いやがる? 不思議な事を言う可愛い女の子だなお前って奴は」

「……ま、まったくもう……佐々木くんはどんな時でも相変わらずだね」

 

 一之瀬は困ったように笑った。え、可愛い、は? なにこの可愛さ。『はにかむ』という仕草はきっと、一之瀬帆波が手にするためにあったんだなと思い知った乃亜なのだった。

 別段、他のクラスへ乗り込んでしまうのはNGという事もないだろう。そんなルールはどこにも無い、無いのなら罰することもできない。どうあってもマイナスには繋がらない、じゃあプラスだ、圧倒的プラスだ。一之瀬と会うのにマイナスなんざありえないもんね!

 

「ほんじゃあ中で話そっか」

「話させると思うのか?」

 

 迷惑客を追い返す店員さんのような色をさせた神崎が、乃亜を睨みながら拒絶の意志を吐き捨てる。

 うむ、のっけから早々に良き敵視。やっぱコイツ良いなぁ。乃亜の泥舟に乗る気はあるかい? 

 即答で断られるだろう、それは中々に楽しそうな気がした。提案してみようかしら、このBクラス連中勢揃いの目の前でありもしない密談とかをでっち上げてみようかしら、このクラスには居られないようにしてやろうかしら、乃亜のクラスへ身を寄せるしかない状況へ追い込んでやりてぇ〜。

 

「ハッ! 思わないと思うのか?」

「ああ言えばこう言う……本当に面倒な奴だな」

「サンキュー!!!!」

「どう考えても褒めてないだろ」

「それが故にサンキュー神ちゃーん!!!!」

「こんな奴のために、どうして俺達は……っ」

 

 おやおや、神崎の物言いが少し気になる乃亜だ。

 もしかして───さっきから睨んできている白波が関係しているのでしょうか? 警戒するような目線の柴田も関係しているのでしょうか?

 或いはもっと大きな枠での話をしているのかな。

 

「そっちの2人と話すのは初めましてかぁ? 何度かチラホラと見かけはしたがなぁ。つーか興味が1フェムトも抱けねぇ。誰だよテメェら、一之瀬と神崎だけ残して帰っていいぞ」

「ここが俺達のクラスなのにか? すげーな、話に聞いたとおりの滅茶苦茶な感じだな」

「というかあなたと帆波ちゃんを一緒に居させる訳にはいきませんから!」

「ぷふーっ、神崎くんが当然のようにハブられてらー。何だお前嫌われてんのぉ? 幾らなんでも目の前で堂々と言っちゃうのは酷くなーい? 白波ちゃんってそういう子なんだ? 何だか仲良くなれそうな波長がするじゃーん連絡先寄越せよ白波ぃ!」

 

 その胆力に恐れ入った乃亜は、ウィンクを飛ばしながら白波へ最大限の親しみを込めていく。

 

「ち、っ違うよ!? そんなこと思ってないですからっ!」

「大丈夫だ分かっている。白波もコイツの言葉には耳を貸さない方が良い」

「つれないわねぇ、あんなにも熱く激しくお互いを曝け出しながら罵り合った仲じゃないの~」

「誤解を招く言い方はやめろ!」

「そうかじゃあ黙ってろ、余計な口を挟むな。一言二言伝えに来ただけだ、滞るのはご勘弁被る」

 

 へらへらとした表情は固定させたまま、声色を鋭く冷たくさせて、騒がしさを一斉に剥ぎ取った。一之瀬以外に興味は無い、神崎でようやく及第点、それ以外に発言権を許さない、その意思をたんと込めた言葉は無事に浸透していく。

 ところで話は変わるが───乃亜の存在が楔となって、無人島からずっと、Bクラスの結束には罅が入ったままとか。

 可能性としてはある。人間はとにかく勝手な生き物だ、人の好き嫌いへケチを付けたがるし、人の交友関係一つだけでも好悪が発生し得る。そういったままならない生態こそ、むしろ人が人たる所以とも言えるのだろうが。

 完全完璧清廉潔白な人類など、聖書やらの御伽噺の中でしか存在できない。必然、Bクラスの中に、ある種の蟠りが発生するのは当然とも言える。拍車を掛けるのは、その後の船上試験での結果か。引き金を弾いたに等しい乃亜が嫌われるのは、最もな話でもある。

 だからと言って、憂いも慮る必要性も感じられない。

 自陣営の脆弱性をこちらの責任にされたところで、失笑くらいだ、渡せる誠意など。

 

「それでどうしたの? まさか本気で朝の挨拶のために、なんて事は無いだろうし」

「俺もそろそろ自由に動ける時期に入ってきてるんだよね」

「……佐々木くんはずっと自由だったよ?」

 

 その一言に、苦虫を噛み潰したような色を纏わせながら、一之瀬は取り繕うように探りを掛けてくる。

 佐々木乃亜にとって理想のクラス体制が整いつつあると、彼女はやはり察した。

 乃亜の弱点にして短所、それは有象無象へ興味を覚えない点だ。興味が無いから期待しない、期待しないから信用しない、信用しないから何も話さない。特筆した人材やらへ気を掛ける事はあっても、個人単位で全員を注目することはあまりない。集団を統率する者としての資質が存在しない、とも言えるか。

 だからこその堀北鈴音だ。

 欲求、興味、好奇心。個人的恣意に理屈を混ぜるのは、佐々木乃亜の常。

 合理、効率、最適解。俯瞰した結論へ感情を混ぜるのも、佐々木乃亜の生態。

 最低限でも、龍園程度には対抗できるリーダーを作り上げる。クラスを守るに相応しい女傑を育成できたなら、その後は、乃亜が自由気ままに遊べる時間がこれでもかと確保できるだろう。

 乃亜は、ゲーム内のプレイヤーでいたい。駒を動かす側では無く、動かされる側の駒として盤上を荒らしたい。カードの一枚として、敵陣営を弄びたい。

 そして佐々木乃亜というカードを使える段階にあると、今の堀北鈴音ならばそれが出来ると判断した。

 

「所詮は仮初の自由だったよ───今回からはマジの自由だ」

 

 体育祭というゲームを経て、堀北はもう一段実力を上げる。

 断言出来る、今の堀北ならば、もう早々に潰されたりはしない。クラスの内に巣食う虫も、今後に破裂するかも知れない地雷も、試行錯誤はあれども対処が可能だ。クラスの内情を弄るだけのカードも二枚───軽井沢と平田───が手札にある。

 乃亜がクラスへ気を遣う必要性はどんどんと薄くなっていっていた。

 堀北からの()()()を聞いてから、全ては加速を続けている。

 自由に、派手に、楽しむがままにと、許可はリーダーサマから頂き済みだ。全然解釈の誇張とかしてないし。うん。穏便とか慎重とかのワードは聞こえたような気はするけど気のせいだし。リーダーに忠実な乃亜クンだから。乃亜クン嘘つかない。

 

「分かるだろ一之瀬、俺が本当に何をしに来たのかってのをよ」

「んーっとねー……交渉、とか?」

「もう本気で一之瀬帆波という女の子が大好きっ!!!!」

「ふぇっ!!??」

 

 話の諸々を端折ってくれる一之瀬へ、つい、乃亜の中の愛が溢れ出ていく。

 大胆不敵の唐突な告白を受けた一之瀬は、ぼっ、と音を立てる勢いで真っ赤に染まっていく。初心だなぁ、可愛いなぁ、無垢って感じだなぁ、どっかのとは違うなぁ。

 

「ごめんごめん、俺って一之瀬みたいに頭の回転が速くて善良な子が大好きだからさ」

「ぇ、と……その、ぁ、あの…………にゃぁ」

「は? え? ん? 今アルティメットに可愛いニャンコが───悪い、話を戻そうか」

 

 熱を持った頬を冷ますように、両手で顔を覆ってしまう一之瀬だった。仕草一つ一つがあざとすぎないか? 可愛さが裏返って何かもう逆にムカついてきたまである。何でお前はそんなに可愛いんだいい加減にしておけよ一之瀬!

 柴田があんぐりと「コイツマジか」みたいな目で見てくるわ、白波が憎悪で引き千切れそうな目をして一之瀬を教室へ引っ張ろうとしているわ、神崎が頭が痛そうにこめかみを抑えているわ。流石に収拾がつかなくなると感じた乃亜は、珍しく自重することにした。

 一拍、手を大きく叩いて、乾いた音を廊下へと響かせる。

 不意の音にびくりと体を震わせるBクラスの面々。だが混沌とした空気感は、今ので拭い去っていく。

 朝の時間も少ない、星乃宮の顔は普通に見たくない、よって時間の浪費をしている暇はない。

 

「俺がこうしてわざわざBクラスまで出向いた意味は……いいや、後でお前らで勝手に考えてくれ、今はめんどくせぇし」

「もしかしてだけど……そういう事なの?」

「勘弁しろよ一之瀬」

「……分かった。佐々木くんがいないところでねっ」

 

 ふーむ、読まれている。少しばかり恥ずかしい乃亜だった。

 

「交渉、かぁ……体育祭の話だろうけど」

「手早く進めるぞ。───()()()()()()()()()()()。交渉ってよりは提案なんだけど」

 

 口にした乃亜が、あまりにもカラッとした態度だったからか、Bクラスの教室内外は一瞬だけ静けさを得る。……その数秒後、口々に騒ぎ始める。動揺と猜疑、大まかに二つの色が主だった空気感。

 平静を保っているのは、落ち着いて乃亜の言葉の裏を咀嚼しようとしている一之瀬だけだ。

 

「……坂柳さんのクラスは標的じゃないんだ?」

「場合によりけりかな。そこも含めて()()()()()()じっくり考えてくれると俺が嬉しいね」

「具体的な内容は()()()()()って感じかな」

「中身を小出しにするくらいなら構わない。一之瀬と俺を2人きりにしたくないってんなら、聞きたいタイミングで連絡してくれりゃどっかで演説でもするよ」

 

 本来ならば一之瀬と個人的な連絡を取って話を進めればいい。秘匿性も高く、余計かつ無駄な意見を挟まない分だけ利益へ繋げやすい───という手法を取れば、Bクラス全体として一之瀬への信頼度が落ちる。その為にわざわざクラスへ直接出向いて、堂々と宣言してやったのだ。

 吹聴されて情報漏洩というリスクを負っている、それをしてまでの行動、その意味を一之瀬なら理解できると踏んでいる。

 今回の乃亜の企みを成立させるには、Bクラスの結束をこれ以上揺るがす訳にはいかない。

 だがまだ曖昧な事しか告げていない、『龍園についての話』としか言っていない。喰いつかせるには、あまりにも情報が乏しい。そんなものは乃亜は勿論のこと、一之瀬も同様に理解している。一之瀬は判断材料となる情報を些細なものでも引き出そうとしたが、乃亜とてもう少しの情報を渡したいところだが、如何せんそれをするには時間が足りない。

 そこで乃亜は閃くのだった。

 

「そうだ一之瀬、今日の昼飯一緒に食べようぜ」

「単純なお誘いって訳でもなさそうだねー?」

「いや全然? 俺が好きな人と一緒にお昼食べたいだけ」

「ふ、ふぅーん、へぇー……そんな感じにゃんだ……」

「うん。───やっぱこの辺りに愛嬌最強のネコちゃんが居るな!?」

 

 真っ直ぐに一人の少女をガン見する乃亜だった。

 返答は無く、顔を俯かせた一之瀬は教室内へ向き直り、未練の気配もさせずに歩き去って行ってしまう。追いかけるように追従していくBクラスのオトモ達。

 ……白波は去り際にめっちゃ睨んできたので、乃亜は礼儀正しく投げキッスをしておきました。滅茶苦茶睨まれたけど、超怖かったけど、しかし善行とは心地良いのだね。

 神崎は探るような目を向けて、乃亜がこれ以上を話す気が無いと悟ると、無言で教室へ入っていく。

 そしてポツンと残された乃亜は、他のクラスの生徒から目撃されないよう、自らのクラスへ足を向けるのであった、が。

 

「───佐々木くん」

「っ、うん?」

 

 背後から唐突に声がした。うわビックリした。

 振り返ると、やはり顔を俯かせたままの一之瀬が居た。

 

「あー? 何か言い忘れ?」

 

 一之瀬は何も言わず、一歩近づいてくる。

 乃亜が不思議そうに首を傾げると、手で声が漏れないようにしながら、耳元へ顔を寄せて、小さく囁いた。

 媚びるような猫撫で声が、鼓膜へ優しく染み入っていく。

 

「あのね……お昼の時間になったら、連絡、しても……いい、かな?」

 

 …………え、それだけ? それを伝えるためだけにわざわざ? そんな甘ったるい声をさせて? 2人きりの時に改まってそれだけを直接伝えたかったって事?

 

「ぇ、っあ、ぁ、れ? ……だめ、だった?」

「……ごめん、あの、ガチで可愛すぎて……何も言えん」

「っ……佐々木くんのいじわる」

「うん、今日、昼、連絡、待ってる」

 

 ただ首を振るだけの人形と化した乃亜は、衝撃の余韻でふらついた足取りをさせながらDクラスの教室へと歩いていく。

 気が付けば自分のクラスの教室の椅子に座って、HRを受けている真っ最中だった。

 ボケっと茶柱の言葉を聞き流していると、急速に今になってから喜びの泉が湧いてきた。これはもう、叫ぶほかあるまいよ。

 

「フルルルルルルァーイ!!!!!!!!!!!!!!」

「うるさいぞ佐々木」

「うっせぇな事務事項以外で喋り掛けんなヤニカスのゴミカス如きが俺の喜びに水差すことだけが唯一の取り柄かよつまんねぇ人生歩んでんなぁそんな生き方で満足か過去の自分に胸張って今の自分を誇れるのか夢を見ていた自分へ向かって今の自分はさぞかし立派な大人ですって断言できんのかよできねぇならその煙草を加える事にしか使い道のない口を一生涯塞いどけダボハゼ女スーツ似合ってねぇんだよ社会人失格が」

「…………」

「「「「「(黙っちゃった)」」」」」

 

 お昼ご飯は一之瀬と一緒! 幸せな未来で心がポカポカする乃亜だった。

 


 

 生徒たちに与えられた自由時間、この時間は体育祭の為のモラトリアムに使える貴重かつ有用な時間だ。

 そしてDクラスはこの時間を有意義に使うためにも、グラウンドにて、50メートルのタイムを測っていた。

 早々に自己タイムを測り終えた乃亜は、体育祭のプログラムを改めて見直しながら、ふと思う。

 

「行進、要るか?」

 

 体育の時間を利用した自由時間、ひとまずの能力測定に費やそうという名目で握力測定器を取りに行っている平田を待ちながら、自分と同じくタイム測定を終えているマイフレンドへ問いてみた。

 どうせギャラリーは教職員が関の山だろうに。入退場なんぞ、バラバラに各々好きなタイミングで時間以内に、これだけを守っていれば十分だ。楽しい部分だけに労力を注ぎたい、それ以外は効率で詰めたい、システマチックな快楽主義の乃亜はそう思わずにいられない。

 

「未来の日本を牽引する人材を世に送り出す、なーんてご立派な名目を掲げている高育だからこそ、実社会に於ける無駄な風習慣習はぶち壊していくような、そんな新たな風を運んでくる俺の思想はもっと浸透すべきだろ。真夏の校長の朝礼とか、真冬の校長の朝礼とか、花粉の季節の校長の朝礼とか、あの手の薄っぺらくて霞ほどにも重みの無い演説は何なんだろうな、未来ある子供たちへストレスを与えるだけじゃねぇか。『そういうものだから』とか抜かす思考停止の社会人共は全員考え直せ、苦痛なのが目に見えているのなら、苦痛を取り除く努力をするべきだ」

「体育祭が決まってから良く喋るやつだ。機嫌が良すぎる、ちょっとうっとおしいぞ」

 

 暇なのだ。これに尽きる。

 それに───機嫌なんぞ、上げない訳にはいかない。

 男子と女子の組に分かれた我らがDクラスは一言でいえば、猛烈なまでに燃えていた。士気の向上が途轍もなかった。色がすげーや、熱強的って感じ、激熱だ、金色以上の価値で輝いている。

 特に女子のグループがすごかった。囲まれて、周囲から矢継ぎ早に話しかけられて、慣れないながらも対応している様子が微笑ましい。……彼女が孤独な立ち位置に居たという事を思い返せば、その殆どが初の会話だったとしてもおかしくはない。

 懸命に一人一人へ向き合って、不慣れで不器用に目線を合わせようと必死で、そんな善い色。

 人の情熱が揺れる色が好きな乃亜としては、どうしても盛り上がるのだ。

 

「だが一理あるとは思わんかね」

「儀礼的な催しを真正面から踏み砕きそうな賭博プリンスらしい意見だと思う」

「仮に俺をプリンスだとするのなら、むしろ儀礼うんちゃらは重視する立場だと思う」

「なら従えばいいだろ」

「あー? 現政秩序には抗いたいに決まってんだろ! 社会構成をぶち壊す革命とかには率先して参加したいの! 百年戦争なんかじゃ旗女を差し置いて一番槍で突っ込みたいの! 八十年戦争じゃ面白半分の心を掲げて戦火の火蓋を切って落としてみたいの!」

「厄介かつ危険な思想家だな。……佐々木の場合は、単に欲求を満たすための道具として思想を振り回しているタイプか。記念すべき戦後の吊り縄にはまず間違いなく真っ先にご招待が来るぞ」

「縄って地味じゃん。没るタイミングくらいはロシアンルーレットでパァーンって逝きたい」

 

 さて───周囲の注目は、やはり女子の側の方へと向いている。邪ではなく、とある一人の少女の色に魅かれているが故だろう。

 乃亜と綾小路の周りに声は届きづらい。都合が良い、意見を聞こう。

 

「棒倒しに騎馬戦、龍園がラフプレーを大きく使うのなら主にここだろ」

「どちらも競技性からして荒い、それ故に多少なりのトラブルはあるだろうが。……坂柳が策を考えて、お前が前線でアドリブ混じりに実現させていく。この構図で大方の問題は解決すると思う」

「軍師としての仕事はしてもらわねぇとな」

「体が弱くて頭が切れる、さしずめ竹中半兵衛だ。そうは思わないかサル」

「誰がモンキーじゃこら」

「女に色々手を出すし、要領良いし、残酷すぎて反感買うし」

 

「で、あるか」とでも言うと思うかアホめ。聞き捨てならない印象ばかりをあげつらいやがって。確かに鳴かないのなら、手段を用いてホトトギスを鳴かせるタイプの人間ではあるが。面倒に感じたらすぐに踏み潰すのも視野だが。長丁場を予感したら鳴くまで放置もあるが。

 男子の運動能力の大まかなアベレージを脳内で算出しながら、日差しに目を伏せた乃亜は、細めた視線でもう一つを綾小路へ問う。

 

「つーか棒倒しは? ぶっちゃけさ、騎馬戦よりも人の波に紛れやすい分、派手に好き勝手やれると踏んでるんだよね」

「そうかもな。Cクラス自体が一つの纏まりとしてはそこそこの出来栄えだ。直接の統率を取れる状況も相まって、龍園ならば人の壁を作って囲んで───なんて事もあるかもしれない」

「ふーむ……クラスが俺好みの色を出してんだ、水を差すような末路は避けてぇな」

 

 やられたならやり返すだけだ、それだけではあるのだが、そもそもやってくんじゃねぇよとは言いたい乃亜だった。特に今のタイミングでとは、これも堀北鈴音への試練という事か。……いざとなったら、やられたら動かなくなるまで潰し返す(過剰に拡大解釈したハンムラビ法典)の教えを使って猛威を振る舞ってやろう。

 囲まれる生贄に綾小路を差し出せたのなら全部が解決するのに。どうせダメージ喰らわないように立ち回れるだろうし。ボロボロボコボコ綾小路が見たいのも……いやいいか、散々な目にそういえば合わせていたな、二度目はいいや。

 棒倒しは2先のルール、つまり先に二勝すればその時点で終わる。暴力沙汰の気配もなく、瞬殺させるような形で終わらせられるのなら話は速い。綾小路がガチってくれるのならなぁ、人の頭上を八艘飛びとかできるだろうしなぁ、華麗な体捌きを見せて欲しいなぁ。

 とか思っていると、やる気が無いかと思われたマイフレンドからは、意外な言葉が飛び出してくる。

 

「任せろ。何と言っても最近のオレは、黄色いタコが担任の漫画を読んだからな。棒倒しでなら負ける気が全然しない」

 

 快晴の下で堂々と言い放つアホが1匹。

 ソイツは、すっっごい不安な言葉をすっっごい無表情ですっっごいドヤ顔だった。

 

「まさかと思うがテメェ、アレをやるつもりか?」

「ああ、アレをやってみたい、面白そうだ」

「……大丈夫か?」

 

 主に頭が。……という意味でもあるが、乃亜の言葉に含有された意味はその他にも様々だ。失敗の代償が計り知れないのもそうだが、アレは兎にも角にも目立つ。普通の高校生がしでかそうものなら、この綾小路清隆という少年の記憶は、目撃した者すべての記憶に強く刻まれることだろう。

『目立った活躍大嫌い』が座右の銘では無かったのかマイフレンドよ。というかそんなド派手にやらかすつもりなら、全競技で本気を出してはくれないだろうかマイフレンドよ。

 

「大丈夫だ心配するな、佐々木の脚力と身体操作なら空も駆けられる」

「跳ぶのは俺かよ」

 

 うーむ、この野郎は本当に倫理観がどうなってんだろう。

 

「当たり前だろ、普通の高校生だぞオレは。普通の高校生はあまり目立たないジャンプ台に徹するんだ」

「高所から五体投地という地獄絵図の可能性は?」

「大丈夫だ心配するな、もしそうなっても痛いのは佐々木だ。オレはちっとも痛くならない」

「堀北さーん、アホノ小路がアホ抜かしてアホなこと目論んでまーす」

「この忙しい時に……後で罰を与えるからコンパスかシャーペンかを選んでおきなさい」

 

 女子の側からキッ! とした睨みが飛んでくる。綾小路だけに留まらず、何故か乃亜までを含めて罰則の対象として定めていた色だ。何でだ。

 綾小路が無表情ながらも焦った色をさせて、乃亜の顔を見てくる。

 

「脇腹で済むと思うか」

「いやー、そろそろ粘膜とかやられちまうんでねぇの?」

 

 諦めたような色を共に醸しながら、仲良く肩を落とす。

 堀北鈴音もパワーアップしているのだ、こうしたバイオレンスな行為のレベルも以前より上がっていると考えた方が良い。最悪を想定していた方が精神ダメージは軽減できる、そう信じる小僧2匹だった。

 未来に訪れる痛みに心を備えていると、握力計測器を手に持った平田の姿を遠目に発見する。

 男子連中も気が付いたようで、タイム測定を終えた後の談笑の雰囲気はそのままに、計測の準備へと意識は切り替わっていく。

 大きな意見力を持つものとしての義務を果たすべく、乃亜も雑談から意識を切り替えた。

 

「お待たせみんな。借りてきたよ」

「サンキューピースマン。……よし、テメェらパパっと測れよー、この後も予定は詰まってんだ。怠け者は普通に殴るからな、ポイント払えば無罪になるからな、女子に対しても躊躇無しだからな、助走を添えた拳で殴るからな」

「おい佐々木、高円寺はどうなんだよー」

 

 暴君さながらのセリフで団体を動かしていると、山内が指を強くさして、高円寺を糾弾する。周りも概ねは同意見なようだ。そんなに不満かね、予想できていたこと……成程そうか、高円寺の唯我独尊っぷりは、今現在の堀北クラスでは大きく顕わとなっていないのだった。『態度はヤバいがクラスへ貢献はする男』、これが高円寺へ対する印象なのだろう。

『佐々木乃亜』を計るためか、はたまた中身への興味心か。いずれにせよ、無人島では変人による気まぐれが奇跡的に継続されただけという事をクラスの連中は理解していないと見る。事実、興味心が薄れ始めていたのか、無人島ほどの聞き分けの良さは徐々に薄れている、船上試験での高円寺との通話の内容がそれを示している。

 話題の高円寺は、タイムを計らず、握力測定へ参加しようともせず、ただ手鏡で身だしなみを整えていた。クラス一丸という空気がはびこっても尚、やはりこの男は動かない腹積もりらしい。……そんな彼は櫛で髪を整えながら、鏡像に写る己の貌へウットリしている。やだなぁ、話しかけたくないなぁこの変人に。

 溜息を吐きながら、山内へ言葉を端的に返す。

 

「いいよ高円寺は」

「はあ? よくねーだろ。空気の輪っつーかさ、そういう風紀的なのが乱れるじゃん」

 

 高度なギャグだ、もしやツッコミ待ちか。

 とは言えども、高円寺と喋って怒りを沸かさない人選としては、クラスの中では確かに乃亜が一番であるのは確かだ。多少なりともくらいの可能性で、乃亜の指示は、たまーにごくまれに聞いてくれるかもしれないし。

 後頭部を掻きながら、高円寺との会話の行き止まり地点を予測した乃亜は、滅茶苦茶に億劫な態度を隠すことなく口を開いた。

 

「あー……ヘイヘイ、アメリカン番長ぉー」

「何か用かな賭博ボーイ」

 

 こちらへ一瞥もしない高円寺は、高慢な笑みを浮かべながら、やはり己の美貌へ見惚れる高度なプレイへ勤しんでいた。

 乃亜も同様に、高円寺へ視線すら移すことなく、今後の坂柳との交渉内容を脳内で諳んじながら喋り掛ける。

 

「どうせ当日に体調が悪くなるんだろ」

「ふむ、分かっているじゃないか」

 

 だと思ったぜ、はいおしまい。

 この分なら、事前に須藤に言いつけておいてよかった。絶対に食いかかってただろう。特に今回は須藤の見せ場とも言える、そんな晴れの場を乱される不快感を許容は出来ない、まだ須藤はそこまで大人ではないから。

 堀北から須藤へ伝えさせた訳だが……想い人経由とは中々に便利な経路だ、乃亜クンは学んだぜ。色恋沙汰の情報もバカにはならない意味を持っているのだな。

 想い人からの言葉には、重要性に補正が掛かる──────どうしよう、今、乃亜はとても善くないことを思いついた。

 どうせ実践するなら、まあ、数日以内の放課後だろうか。

 

「ほんじゃ高円寺以外は全員計測よー、はよやれー」

「い、いやいや、ダメだろ今のは! 体育祭に出ないって言ってるようなものだろ!?」

「ほほう、っつーことは山内なら高円寺を参加させられんのか。───ささっ、どぞどぞ、俺としてもこのドデカい戦力を動かせるってのは歓迎するし、説得に勤しんでくれたまえよ」

 

 乃亜からの勧めに、糾弾の勢いが一気に削がれる山内。彼はチラリと高円寺を見たが、高円寺は眼を合わせる事すらせず、鼻唄を歌いながらブラッシングの仕上げに入ろうとしている始末。鼻唄がお上手だ、何でも出来過ぎるなコイツ、ムカつくわ。

 しかし時間が惜しい、理想を言えば計測を速攻で終わらせてからAクラスの下へと走って、意見を擦り合わせたい。もちろん残された時間で全てを決める事にはならないが、馬鹿正直に放課後を待つだけよりは短縮に繋がる。

 誰がどの種目へ参加するかを早いところ決めてしまえば、その分だけ練習時間は増えるのだ。

 余計な妬み? 嫉み? 羨しい? 自分だけ面倒から逃れてるからとか? 高円寺へ突っかかった理由なんぞ何でもいいが、集団行動に準じようとしない姿勢を分かりやすい形で見せてくれているだけマシだ。櫛田を見ろ! あんな特大の地雷を……見ても擬態してるから分からんか。

 

「発言力ってのはさ、やるべきことをこなしてから手に入るもんだと俺は思うんだよね」

「……分かったよ」

「ん。お前の気持ちも分からんこともないけどな、変人だよありゃ。常識人からすれば別次元の思考回路してる……って思っときゃ気が楽だぞ」

 

 不満を残しながらも、しかしすぐさま忘れた様子で須藤と池の元へと駆け寄るアホ野郎山内。アホで助かるわー。

 高円寺についてのあれこれも改めて考える、流石にこのままでずっと進むという訳にもいくまい。堀北がもっと成長してくれれば、言うなれば高円寺の興味を惹くほどに成長してくれればまた違うのだろうか。

 ふむ、とポケットの中のコインを弄んで思考を回していると。

 

「おい狂人、ちょっと聞きたいことがあるんだが」

「狂人ぱーんち」

 

 背後から聞こえたこの声は、そう、マイフレンド、だから乃亜は迷わない。

 振り向きざまに乃亜から放たれる左拳が、綾小路の頬を貫───かない! ビタンと音を立てて、綺麗に手の平で受け止められてしまう! そのまま手を握り込んだポーカーフェイスは、ギリギリと万力のような力で乃亜の拳を潰しに掛かる! ちょーいたい! ごめんって!

 左手を震わせて降参のサインを出せば、ようやく痛みからの解放感が左手に宿ってくれる。自由って素晴らしいね。

 

「で、なに」

「握力の平均ってどれくらいなんだ?」

「え──────「うらぁ!」──────っとねぇ、いくつだっけか」

 

 どうせ100超えの超記録だって視野へ入るだろうに、自称普通が寝惚けた事を言っている。

 脳内ライブラリから検索している、そんなフリをさせながら、須藤の計測結果へこっそりと耳を傾けた。高校一年生男子の平均は40キロ到達で高めな値、そんな記録が脳内ライブラリには記されているような気がする、しかしそのような数字などきっと恐らく多分は欺瞞に過ぎない。己の中に揃っている情報すらも疑ってこそ賭博プリンスなのよね。決してこのクラスの2番目に据えてやろうとか考えてないのよね。

 池が須藤の計測結果を目撃して、飛び跳ねるように持て囃す。

 

「バカ力過ぎだろ!」

「うん、本当にすごいねこれは……須藤君は82.4キロと……」

 

 いやマジですげぇな須藤。流石は我がクラスのフィジカルエリートだ、高円寺に次ぐ肉体性能は伊達ではない。綾小路? 天性で授かるのと努力の果てとでは種類が別なので。

 よし決めた77.7だ、今これより乃亜の中の常識は書き換わる。高校一年生の平均握力は77.7だ、77.7という事にしよう。てか前からそうじゃなかったっけ? いやいや絶対そうだよ。平均握力は77.7キロ、だよね、うん、そうとしか考えられない。普通の高校生ならそうだよね。7図柄揃いだぜ? うーむ、これはまさしく普通の高校生だな。

 他の連中の手に計測器が渡る前に奪い取って、綾小路へ測らせてやろう。そう目論んでいると───些か、興味深い色を2つ見つけた。

 

「……」

「佐々木?」

「あー……平均値だっけ? 40くらいだけど、50くらいにしといてくんない? 平均よりもちょい上の方が種目決めるのも都合良さそうなんよね」

「そうか、分かった」

 

 そう言って了承の色をさせた綾小路は、計測の順番待ちの列へと並んでいく。

 気にはなる色だった、声を掛けるのも考えるくらいには、乃亜の興味を強く惹くのだが。

 

「……堀北ぁ、そっちはどうよ?」

「もう終わってるわよ」

「女子はしっかりしてんな」

「男子が遅すぎるだけだし」

「おいおいテメェら聞いたかよ、軽井沢程度に言われちまってんぞ軽井沢程度によぉ。人生に於ける最大の恥だぞ? もちっとキビキビ動けんかなぁ、軽井沢程度ですらこなせるタスクだぞ、軽井沢程度に負けるってそれ即ち人間としての行き止まりって意味だぞ軽井沢程度以下かよテメェら」

 

 手出しはせず、一旦は静観。

 意味するところを考えつくしてから聞いても良い。

 

「程度程度ってさ! どんだけ私の事を下に見てる訳!?」

「こんだけぇ〜」

「……このっ」

「落ち着こう軽井沢さん。その振り翳した握力測定器をどうする気なんだい?」

 

 平田に止めさせてるんじゃないよ。何のために平田から剥がそう作戦を実施していると思ってるのかこの女は。

 


 

 おかしい、合同で数人を交えて話そうという約束はどこへ消えた。

 

『計測した記録を持って、放課後に乃亜君の部屋で集合しましょう。

 他の方々は要りません。連れてきたらとっても怒ります』

「なあ綾小路ぁ、堀北ぁ、今日俺の部屋に遊びに来ない?」

「嫌な予感がするから嫌だ」

「同じく」

 

 友達が少ない乃亜は、2人に断られた時点で誘える候補が尽きたのだった。

 メールだけを送り付けておいて、昼休みに乃亜から電話を掛けてもガン無視ときた。普通にムカついた乃亜は、心霊恐怖ムービー(ベッド下に怪物が潜んでるやつ)を添付して『坂柳への想いを綴ってみた』という副題だけを付けたメールを送ってやったのだ。その後に『絶対に今日は泊まりますから』というふざけた文面が返ってきたことで、盛大な失敗を悟った少年がいたらしい。

 そして乃亜は今、寮に帰宅し、坂柳と並んでベッドに座りながら、互いのクラスの計測情報を擦り合わせている。

 経緯とこの後の展開はともかくとして、ちょうど良いのは確かだ、交渉もこの機会を利用してガンガンに進めてしまおう。

 

「まさかAクラスサマが学力不足なんて笑える話は無いよな」

 

 逆に言えば、我らがDクラスは学力不足だらけという笑える始末なのだ、いや笑えんが。

 ふわりと、優しい笑みをさせて乃亜を見つめる坂柳。

 

「上位入賞の点数ですか? ふむ……その程度の報酬で一喜一憂するような足手まといが多いのなら、捨ててしまうのも一興かもしれませんよ」

「だとしたら龍園のとこに無断で乗り込むだけ」

「……やっぱり私のところには来てくれませんか?」

「見所がある連中も居るし、優等生クラスは何よりも性に合わない」

「むぅ…………逆に乃亜君のクラスに私が入るのも…………」

 

 それに対して、乃亜はマトモに返すことも無く、交渉の内容を先へと進めていく。

 

「坂柳がオール不戦敗な分、6:4でDクラスが多めに意見を通す、これでどうだ」

「こちらには()()の用意があります」

 

 おおっと予想外。そんな表情を読み取った坂柳は、ニヤリと、悪戯好きな笑みを浮かべる。

 

「かわい───あー、方向性は」

「さっ、参加、表が……Bクラスと、Cクラスの分を……」

「マジかよテメェら終わってんな」

 

 モジモジと落ち着かない様子で身をよじって、頬を朱に染めながら、髪をしきりに指先で弄り始める坂柳。

 だが、そんな愛らしい幼馴染をよそに、予想外かつ衝撃的な情報の存在に乃亜は普通にビビっていた。可愛らしい仕草と極悪な発想を同居させられる奇跡の生命体だ。

『ロン毛トカゲと組んで一之瀬ちゃんクラスを最下位に追い込む準備が終わっていますわよ』って、言いたいのはそういう事だろう。性格悪いな、まだ企んでいたか。だが残念ながら一之瀬はその程度じゃ壊れないのだ。だって一番綺麗な色だからね、何があろうとも壊れる訳が無いのだ。

 クラスの利益、この点で考えてみる。乗る必要性事態が濃いということもなし。Bクラスのついでに罠へ掛けられて、3位以下に張り付けられるような結果すら考えるのなら、十分に思考を回すべきと見た。

 ここは一つの悩みどころだ。

 

「一之瀬はともかく龍園の方はどうなの」

「十中八九裏を掻いてくるでしょうが、私達の邪魔はしない……という話になってはいます」

「……あくまでも一之瀬クラスをメイン。龍園のとこは二の次ってことか」

 

 乗った場合の利益は相応に大きい。何せこの体育祭、赤白の枠組みでの勝率は相当に高い。

 2年生は南雲が既に学年全体を掌握しつつある、つまり2年は赤組優勢という結果を工作しやすい、そして易いのならば成立させるだろう。3年事情は深くは知らないが、生徒会長を総指揮(強引)に据えた成果が上手く出てくれれば、噂のメガネ会長の実力を遺憾なく発揮してくれると願いたい。

 赤組としての勝利の可能性が高い、それはつまり、このクラスポイントを大きく削がれかねない体育祭で、一切のマイナスを負うことの無い結果を手にすることが出来る。BクラスとCクラスへ水をあけられるのなら、それは利益だ。数字だけでなく、士気という意味合いに於いても同様に。

 懸念すべきは、勝利にケチが付く点。

 堀北クラスが本格始動した矢先の初戦、勝利はしたが、手段が汚すぎるなんて結末なのは些か臆病になってしまう。集団としての処女性なんて高潔さを求めはしないが、せっかくのスポ根的色で染まっている今だ、今回ばかりは真っ向勝負でカタを付けさせてやりたい。

 だがしかし────────────許可は既に有る、好きにやれと。

 坂柳の提案へ乗る方向性で、乃亜は話を進めていくことを決めた。

 

「こりゃ立場逆転だな。いいよ、全面的に任すわ」

「……五分五分で確定させてしまいましょう、変に格差を作っても不和を生み出しかねません」

「あー? こっちとしちゃ助かるけど、んだよやけに優しいなテメェ」

「…………ねぇ、乃亜君」

 

 乃亜は賭ける。我がクラスが、乃亜の想像以上のアホアホ集団であることを。

 勝利の要因が自分達の実力100%によるものだと、理由もなしに信じられるアホ共であると。

 真実へ気が付けるだけの連中も、しかし状況に流される残念なアホが多いことを。

 

「Dクラスと手を組んで戦うと知った時から、私、──────ずっと、機嫌が快いのです」

 

 熱に浮かされたような表情で、ぼうっと、乃亜の瞳を覗き込む、菫色の瞳。

 彼女の言葉には、同感の意が乃亜の中にはある。

 腹が立つ、これでは似た者同士じゃないか。

 

「なんじゃそりゃ」

 

 坂柳はくすくすと、子供のように笑いながら、乃亜へと体をもたれ掛からせる。

 

「ふふふ……何故でしょうね?」

「知るか」

 

 何が目的なのかと顔を睨みつければ、首をわずかに傾げて、当然の権利と言いたげな()()()顔をするだけだ。

 一切の力を抜いたその行動に、呆れながらも、ちょびっとの嬉しさを感じた気がした乃亜。だってこの子、乃亜が支えると信じ切っている、乃亜が少しでも身を揺らせば倒れ込んでしまうほどに身を任せている。……身体は丈夫とは言い難いというのに、実にアホの子坂柳だった。

 船の時とは形式が違う。実質的な共闘だろうとも、当人同士では争いという認識は消えていないのがあの時だった。常に負けを押し付けようと目論み、常に勝利を奪い取らんと策を奔らせる、優待者試験での坂柳とのゲームは、結局はそういうもの。

 でも、今回は違う。

 坂柳と向かい合う事はない。

 

「乃亜君も、心なしかお顔が柔らかいですよ?」

「暗に太ったって言いてぇのか」

「幸せ太りが出来る環境なら、きっと、乃亜君にとって、とても良いことです」

 

 坂柳が、乃亜の右手を捕まえる。ベッドの淵へ無造作に置かれていた手は、小さな手に無理やり開かされてしまい、程なくして彼女の温度は指の隙間へと絡まっていく。

 こうして並び合って、捕まってしまうような距離で、共に同じ勝利を目指して言葉を交わせていられる。

 乃亜は、坂柳と共に臨むこのゲームが、とても楽しい。

 坂柳との共闘だから、きっと、乃亜の機嫌は途方もなく良かったのだ。

 

「 (閃きの乃亜) ───坂柳も入学前より顔がぷにぷにしてる!」

「もしかして乃亜君は死にたいのでしょうか」

「The・理不尽」

 

 恐ろしい提案を呟く坂柳。頬をむくれさせて、ぐいぐいと乃亜の耳を引っ張って遊び始める。底冷えする声色とは裏腹に、指に込められた力は優しかった。

 元より───一之瀬は、今回のゲームの対戦相手だ。龍園なら最初から遠慮などする気も無く。ひよりだって、乃亜が気に入っていようと、特別だろうと、条件はやはり同じ。

 乃亜は己を自覚している、己の敷いた規定を知っている。

 ゲーム中こそが唯一、枷の全てを取り払って自由になれる瞬間だ。

 

「……あー…………────────────おい坂柳」

「はい」

「ちょこまかしぃ話は取っ払え」

 

 坂柳の手を握り返さず、しかし強い命令口調で乃亜は言い切る。

 中で蠢くモノ、その余熱が、規定の内側で存分に暴れ出そうと策謀を巡らせていく。

 

「どこのクラスを何位にするとかって話も投げろ、どうせ龍園とそういう話が付いてたんだろうがな」

「……と、言いますと?」

「龍園から引っ張った情報を使う。一之瀬を動かして情報を抜かせる。お前の使える駒を使う。俺の使えるカードを使う。使える要素を俺とお前の2人で使い潰す」

 

 獰猛に笑って、乃亜は告げた。

 ……さりげなく、左ポケットの中に入っているモノのスイッチを入れておいた。

 

「宜しければ、要約していただけますか?」

「理解してんだろテメェ」

「もちろん乃亜君のお考えは手に取るように分かります、長年のお付き合いですもの。……それでも女の子は、言葉にして欲しい時があるんです」

 

 口を尖らせて、拗ねた様子を装いながら、坂柳は言った。

 つくづく面倒な生き物であると、形ばかりの不機嫌へ呆れながらも、乃亜は答える。

 

「───俺たち2人で、ゲームの盤面の全てを支配してやろうぜって話をしてんだよ」

「……ふふっ。龍園君との約束もあるのですよ? だというのに乃亜君の一存で一方的に破るなんて、そんな非道な事、私にはとてもとても……うふふ」

「ハッ! 書面に残ってる訳じゃねぇから不意打ちの余地があるって聞こえてくるぜー」

「はいそうですね、可能ではあります。……でも乃亜君の都合の為だけに、私に裏切りをしろと言ってるのですか?」

 

 乃亜の肩へ頭を預ける坂柳へ、鼻と鼻がぶつかるような距離へ顔を近づけながら、目線を強引に合わせる。

 戸惑ったような、嬉色にも似ているような、彼女はそんな色を醸す。

 だから欲しがっている言葉を、適した形で、無防備に曝された心へと差し込むように。

 

「ああ、俺の為に裏切れ」

 

 染み一つも無い白い肌が、耳まで勢い良く真っ赤に染まっていく。

 坂柳の瞳が情欲で濡れていく、徐々に、精神の様相を表すように。

 わなわなと、唇が何かを噛み締めるように閉じられる、芯から昇る何かをこらえるように。

 そして、ゆっくりと、今の一瞬で体温を上げた彼女は、言葉を紡いだ。

 

「…………───も、もう一声、欲しい……です」

「……」

 

 うわめんどくせ、欲望の権化かよ。

 

「坂柳の力を寄越せ」

「〜〜ッ! …………もぅ、ぃ、いち、ど、だけ」

 

 細い足をこすり合わせて、落ち着かない様子で甘くねだる、御伽噺から出てきたような女の子。

 普段の好戦的な一面も、悪辣を平然と行うような思考回路も、見る影はどこにも無い。……女として以外の要素が全て麻痺してしまったと、様子が、色が乃亜へと伝える、乃亜にだけそれを伝えようとしている。

 坂柳はもう、乃亜の顔だけを見つめる事しかできなくなってしまった。

 濡れた瞳で、思考は淡い色の期待だけに満たされて、少しづつ吐息へ熱を混じらせていく。そんな彼女の意志とは無関係な───されど奥底で煮えていく粘ついた欲求だけが、坂柳有栖の起こせる唯一の信号だった。 

 起きているのに、生温い色香へ微睡もうとしている彼女を叩き起こすように───色は無意識を伝える───意識から外していた手を、強く……簒奪するように。

 痛むくらいに強く握りしめながら、囁いた。

 

「有栖が欲しい」

「っあ、ぁ……ぃ…………ぃ、い、ま……ぁ、り、……あ、りす、って……?」

 

 もう一度。

 心臓へ口付けるように。

 

「有栖?」

「ひぃっ─────────は、はひっ、ぃ?」

 

 声色はやさしく、それでいて心を圧し潰すように、魂をじっくりと削るようなトーンで。

 きめ細かい頬へ左手を添えて、気持ち強めに顔を掴む。

 視線の逃げ場はない。

 声は違いなく届く。

 乃亜の右手は華奢な手を捕まえた。

 乃亜の左手は顔を優しく強く抑えつける。

 顔をもっと近づけて、彼女が乃亜の首元へ顔を埋めるように。

 同時に、乃亜が、彼女の耳元へ口を寄せるように。

 吐息が簡単に浴びせられる距離で───乱暴に囁いた。

 

「返事しろよ」

「──────ぁ、ぇ……わ、た、私の、すべ……っ、全て、すべてを……はっ、はぁっ……すべて……わたしの、ぜん、ぶ……ぜんぶ………………っ……ぅ」

「有栖」

「……ぁ、はい……しゃし、上げま、す……のあ……くん、に、ぜんぶ……あげ、ます」

 

 うむ、全部は要らんのだが、知力だけ欲しいのだが。……ともあれ、言質は録れたと判断した。結果的に抱き合うような形となった体勢はそのままに、左ポケットに忍ばせていた録音機をこっそりと停止させる。

 顔を抑えていた手から解放されても、彼女は蕩けた瞳をさせて、口をだらしなく半端に開いたまま、佇まいを正そうとはしなかった。むしろ解放された事実へ、落胆したような色すらが乃亜の視界には認識できている。

 茫然自失となった彼女の手を引き、優しく誘導して、そのまま両肩をゆっくりと押し倒して、ベッドへと横たわらせる。

 されるがままに誘われていく彼女の、期待の色が、どんどんと膨らんでいく。

 

「ぁぅ……あ、ぁの、のあ、くん」

「目を閉じて」

 

 前髪を、くすぐるような力加減で撫でおろしていく。

 素直に意志を預けてくれている彼女は、手の動きに従って、心地良く表情を和らげながら、瞳を閉じ切った。

 

「そのまま待てる?」

「っっ……へぁ、? んぅ───ふぁ……ぁ」

 

 産まれようとした戸惑いの色も、顎の輪郭をなぞるように触れていくと、硬直したように体を一瞬だけ強張らせて。

 けれど全身はすぐに弛緩していく。

 

「有栖……()()だ」

「んくっ、ぅあ──────…………はぁぃ……わたし、まち、ます……」

 

 数回全身を痙攣させて、一息吐くと同時に、艶めかしい余韻へゆったりと浸る。……飼い犬へ優しく語り掛けるような扱いが良く効くぜ! そんな色をしてやがるぜこの変態は! いつからこうなっちまったのかねこの女はマジでさ! 責任の所在を追求すると首が絞まる思いなので乃亜は失礼する。

 彼女の視界から全てが消えたこの千載一遇、友を頼ることに迷いは無かった。録るべきモノは獲得済みだ、今回に於ける目的を乃亜は既に果たしている。次いでの最優先目的は、とにかくこの場から逃げ……失礼しなければならないのだ。こいつが現実感を取り戻す前に、迅速に、静かに、気が付かれる前に。

 口をだらしなく開いて、唇の端からよだれを垂らす、そんな無様にすら気が付けない茫然自失の小柄な少女。

 その間に、乃亜は衣裳棚から最低限の着替えを取り出す。

 そして抜き足をさせた乃亜は、玄関へ向かい、鍵を静かに解錠して外へと出た。

 外気が涼しい。澱みと火照りで満たされたジットリ空気間に包まれた室内とは違って、清涼感のある爽やかな風を感じた。背筋を思い切り伸ばしながら、外へ出たことへ感づかれる前に、乃亜は携帯を爆速で操作していた。

 通話開始からワンコール、マイフレンドは即座に出てくれる。

 

「綾小路ぃー、お前の部屋でお好みを焼こうぜぇー」

『いいぞ』

「今日はそのまま泊めてくれぇー」

『いいぞ』

 

 2つ返事の頼もし過ぎる言葉は、流石のマイフレンドだ。

 数秒後に寮の廊下を響かせる疾走の音もまた、迷いは無かった。

 そして、残された坂柳は。

 

「ぁ、の、わた、し……ご、む……持って───………………………………あ、あの……乃亜君……? 目を、開いてもよろしいでしょうか? ……………………ん? ……あ、あれぇ? 乃亜君? …………だま、され─────────こっ、こんなっ、ひどい……! 都合の良いように弄んでっ……! 人の想いを知った、上っで……さい、ていっ……です……んっ、はぁ……はっ……きちくっ……やっぱり、の、ぁくんは……はぁっ、んぅっ……へ、へん、たい……です……───ぁ、濡れ

 

 かれこれあったが、これにて交渉締結である。

 好き勝手に暴れるための下地は整ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 ───一時間後。

 

「しっかりしてくれよ綾小路ぃ〜、お好み焼き一枚もまともに焼けねぇのかぁ〜? 普通を自称するんならこんくらいはやってくれよなぁ〜」

「む。ならお前がやってみろ、意外と難しいぞ」

「ハッ! ギャンブル帰りのオッサンどもと何べん食ったと思ってんだ! 奢られてばっかな俺が必然的に焼く係を押し付けられててよぉ、ムカついたから顔面に飛ばしてやった事もあるんだぜ!」

「そのエピソードで何を誇るんだ」

 

 ヘラを渡され、意気揚々と鉄板へ挑む少年。

 手慣れた手つきに、無表情で感嘆の声を上げる少年。

 家主に断りなく、冷蔵庫の中身を物色する少女。

 綾小路の部屋にて、今、第一回お好み焼きパーティーは開催されていた。

 

「綾小路君、この部屋に青のりは置いていないの? それから鰹節とマヨネーズと……ソースも無いじゃない。貴方たち、これでよく人を誘えたわね」

「逆に何で用意周到に焼いてると思ってんだよテメェはよ」

「そうだそうだ。佐々木が発端なんだぞ、行き当たりばったり以外にあり得ると思ってるのか」

「理解したわ、バカ2匹に期待した私が愚かだったようね。……取ってくるから待ってなさい」

 

 これ見よがしに呆れの溜息を吐きながら、自らの部屋へ一時帰宅する堀北。

 その背中を見送りながら、バカと罵られた小僧2匹は悪を企むのだ。

 

「行ったな? 今のうちだ、ワサビ捩じ込むぞ」

「練りからしも突っ込もう」

「デスソースも入れちゃえー」

「山椒もやっちまおう」

「マンガみたいに火とか吹かねぇかなー」

「オレは虹色の濁流が見たいな」

 

 数十分後、顔を青くして口を抑えた堀北にぶん殴られる佐々木乃亜が居た。録画していた携帯ごと蹴り抜かれた綾小路清隆も居た。

 うむ、とっても青春らしく楽しい夜は過ぎていくのだった。

 


 

 体育祭までのモラトリアムはまだ続く。

 各クラス、全員の運動能力の測定が終わった頃合いだとは思われる。乃亜と坂柳のクラスは終わり、一之瀬と龍園のクラスも校庭での練習の様子を見る限りは、測定の段階を過ぎたという推測なら立てられる。

 今回は搦手を通し辛いゲームだ。真っ向勝負こそが華となる。ならばやるべき事や取るべき準備も、自ずと正道の手段となっていく。

 裏側を手繰るのならば、また話は変わってくるだろうが。

 乃亜の得意とする分野は心理戦。真っすぐに実力をぶつけるのは臨むところ、だが、悲しいかな、自らの適正は悪辣と呼ぶに相応しい手段ばかりなのだ。

 勝ちを貪欲に求めるほど、己の適正に沿った手段こそがその近道であるという結論ばかりが目の前に揃っていく。別段、邪道が嫌いという訳でも無いが、一辺倒を嫌う己の気質は、どうにか真っ向勝負を選ぶ余地が無いかと模索している。

 そんな思案の最中の昼休み。誰かと食事を摂る気分でも無かった乃亜は、一人でふらりと食堂へ向かっていた。

 

「あー?」

「よおプリンスサマ」

 

 食堂への道すがら、待ち構えていたようにして眼前に姿を現したのは、龍園。

 ポケットへ手を突っ込みながら、こちらの様子を伺うようにして、見下す姿勢をさせている。

 

「何か用?」

「むしろてめえの方こそ俺に用事がありそうだけどな」

「は?」

 

 言わんとすることは理解できる。実質的な三クラス同盟についての探りだろう。発案が乃亜ではない以上は、坂柳と龍園のどちらもから話を聞く必要性があるのは確かだ。

 だが、ここで───乃亜には天才的な閃きが生まれた。

 思考速度を加速させて探る、その先にある可能性を。

 そして繋がる、これは繋がる、繋げられる、それも繋げて成立させるだけの価値が有る、短絡的な利益だけでなく将来的な楽しみへも繋がる。達成への道のりを逆算すれば、おそらくはこの瞬間こそが分帰路だ。ここを過ぎるとまた違った道が生まれるかもしれないが、だが刹那刹那で生きていきたい乃亜からすればこの瞬間を逃すのはどうしてももったいない。つーかおちょくりたい。

 即座に実行である!

 

「あー、はいはい、そういうことね」

「クク。肝心なところで鈍いのか、それともそう振る舞ってんのか?」

調()()()()()()()訳だ、お前」

 

 合点がいったように、手をポンと叩く。

 失笑を浮かべながら、滑稽さを愛でるような眼をさせて、鼻で軽く笑い飛ばす。

 

「俺と坂柳のゲームに介入できている───って、思い上がってる感じっしょ?」

「……あ゛?」

「自分はその域に居る。クラス情勢の天秤を崩せる数少ない一人。だからまずは易い一之瀬クラスを潰して、他三つで頂上決戦ねぇ……ハッ! いやさぁ、思い上がりも甚だしいだろうが」

 

 龍園からの話などに興味は無い。既に状況はこの男の理解の外で動き始めている。

 組めば一先ずは安泰だ、共通の敵を作り上げる事に対しての利益、確かにこれには同意する。有用な手段だ、行動そのものに落ち度など無い。その間に未来の敵となる乃亜と坂柳の情報を精査して、一之瀬を潰す傍らで備えていく、悪くない。

 問題となるのは、その傲慢さ。自分なら大丈夫、とか考えている、そんな色をさせている。それは絶対の自信ではなく、無根拠な希望だ。

 ぶち壊しやすい弱点を晒して、乃亜が狙わないという理由は無く。

 

「調子に乗った要素は何だ? 俺には三連敗、坂柳からは見逃されてるだけ、ただそれだけのテメェが何をどうすればそこまで驕れる? ……あー、そっかそっか、堀北程度に一杯喰わせたのが影響してんのか。船上でAクラスがポイントを譲歩したのも関係ありそうだなぁ」

 

 自分が安く見られている事実は、まあどうでもいい、アドバンテージに繋がる強力な要因だ、むしろ利用してやるぜって感じだ。

 同時に、それは言い換えれば、坂柳も安く見られている事実は───非常に苛立つ。

 

「甘ったれてんなテメェ。未熟で成長途中でしかない堀北如きだぜ? 勝って当然なんだいっそ勝てない方がおかしいんだよ。少なくとも俺と坂柳なら、今のあいつに勝ったところで誇らしさにはちっとも繋がらない」

「結果は何よりも雄弁だ。船の上じゃ俺が全員を出し抜いて勝ったって結果は、ポイントが何よりも示してんだろうが。見て見ぬふりか? プリンスサマとプリンセスサマが乳繰り合ってる間に俺が勝った、それが事実だぜ」

「ポイントねぇ……ハッ! つーかそういや堀北にすらむしろ逆に利用されてたじゃん! 最低限の利確された上に口封じ確約させられてなっさけねー。……あれ? もしかしてテメェってばさ、今のところ相手する奴全員に負けまくりじゃね?」

 

 言い返そうとする龍園の言葉を待つ。だが、口は開かない。

 乃亜はどうでも良さそうに、廊下の外の空を眺めていた。龍園の表情など伺う必要性すらない、色など観るまでもない。

 どうせ脳裏では葛城を嵌めた時を思い返しながらも、葛城に勝った程度で誇ろうとする自分を止めている、そんなところ。

 会話さえも退屈な様子を隠さず、乃亜は大きな欠伸をさせながら言葉を続けた。

 

「『それでも俺は佐々木と坂柳と対等に策を巡らせてる』ってぇ? アホめ、眼中に無いだけってのが真実だ」

 

 歯を食いしばる音が、どこかからか聞こえる。

 偶然にも見逃されている、ただそれだけだ。乃亜は堀北という道楽、坂柳は一之瀬虐め、龍園に構っているような暇があるなら自分たちの事情へ集中したい、そんな幸運が今の今まで続いている。

 その偶然を、己の実力であると過信しているのか。

 だからこうして、気まぐれに狙われる。

 乃亜も坂柳も、本質にあるのは暇つぶしだ。退屈は嫌う、だから何かへ着手するのなら本気。だからその際、他が疎かになろうと気にも留めない、何故ならそれが原因で後れを取ったとしても取り返せるだけの余地があるという算段も並行して立てている。

 隙を晒しているのは、突かれても返しを用意できるから。

 足元を這うだけの蜥蜴が視線に入っていなかっただけ。

 

「いいか、これは俺と坂柳のゲームだ。一つの要素とはなっても、一之瀬だろうとテメェだろうと堀北だろうと、決して同じ舞台に上がれるなんざ思いあがってもらっちゃ困る」

 

 利用価値が有る、要因として組み込むだけの価値が有る、そう判断すれば、予断など無く使う。

 路傍の石を投擲物として使うのは、必要とされた時だけだ。それ以外は意識にも入らない。

 テメェはその程度ではしゃげるだけの小物、と、龍園に伝わってくれるなら嬉しい乃亜だ。

 

「端役は黙ってお座りしてろ。必要な時にお行儀よ~く情報だけ吐いてりゃいいんだよ」

 

 最後までまともに視線一つもぶつけず、龍園の隣を欠伸をしながら通り抜ける。

 これもまた、一つの仕込みという訳だ。

 


 

 HRの時間、これもまた自由時間を与えられている。使える時間があるのなら利用しない手は無い。他のクラスは無論ながら、我らがクラスも例外ではない。

 携帯を操作して知り合いへ確認してみると、どうやら他のクラスも同様にHRの時間らしい。

 これ幸いに、堀北を連れてAクラスへ乗り込んでみるかと考えて、少し止まる。

 教室の後方から、体育祭についての話し合いを取り仕切る堀北を観察していた茶柱へ、乃亜は不躾に問いかけた。

 

「おい、質問あんだけど」

「どうした」

「この時間にAクラス行っていい?」

「Aクラスの判断次第だな」

 

 成程、坂柳に許諾を取らせてしまえば会議の時間を取れる訳か。

 ならば問題は既にクリアしている。

 乃亜はおもむろに挙手をして、教卓の前に立つ堀北へ意を示す。

 

「佐々木君? 何かあったのかしら」

「Aクラス行きたいんだけど」

「そう……着いて来いという事ね」

「ん。平田と櫛田も来て欲しい。他に来たい奴がいるなら、まあ、邪魔にならない程度の人数で」

 

 そうして乃亜と堀北に綾小路という3人に加え、平田と櫛田と何故か付いてきた軽井沢の6人パーティーで、Aクラスへ乗り込む。

 ───教室へ着くと、机の配置は坂柳を中心として整えられていた。

 にこやかに笑いながら内心では笑えるくらいにブチ切れている坂柳が、席へ座るように手を翳す。

 堀北が着席するのを見てから、遅れたように座る乃亜。その様子に怪訝な視線を向けるも、思い出したようにすぐさま怒りの色で坂柳は埋め尽くされていく。感情が移行していく速度に笑った乃亜だった。

 挨拶もそこそこに、乃亜は速攻で議題を上げていく。

 

「どうせ一之瀬と龍園のやり方が合致する訳が無い。一之瀬は自分のクラスを守るような方針だろうし、そして龍園は他を使い潰す事に頓着しない。どこまでいっても白組の結論は、命令系統を完全に二分割ってところで行き止まりだ」

「私達は手を取り合えるからこそアドバンテージが既に存在している。……そう認識していても良いのよね?」

「勿論です」

 

 幾ばくかの疑心を解きほぐすための問いを、堀北は、堂々と胸を張った様子で坂柳へと投げかける。

 ビキビキと、こめかみの血管を蠢かせながらも、御伽噺のような笑顔で坂柳は肯定した。

 

「例えばそこの賭博に狂った少年が女の子を誑かしてベッドに押し倒して甘く囁いたくせに放置して自分だけ友達と一緒に騒いで楽しい夜を過ごすような鬼畜外道だとしても。……ええ、勿論私達は味方ですよ?」

「何だこの女、やたらと不穏な台詞を吐きやがるのだが」

「佐々木、被害者面をするのは流石に無理があるぞ」

 

 マイフレンドが肩を叩きながら、諭すようにそう言った。

 

「あんたそんなことしたの?」

「しゃーねーだろ、一度くらいはやってみたかったし」

「女子を押し倒すことをか」

「いやそれは既に……───えーっと、ほらさ、女を手懐けるってやつ? やり方を覚えといた方が便利かなって前々から考えてたんだよね」

「貴方は道徳を小学生から学び直しなさい」

 

 綾小路が半ば揶揄うように、そして堀北が呆れたように。

 だが乃亜は思うのだ、実際便利だと思うのだ。ハニートラップという手法は実在する、そして古くから使い古された手段でもある。昔から使い込まれているのなら、使われるだけの有用性がそこにはある。

 情を以て絆してしまえば、人間ほどに扱いやすい動物は他に居ない。感情という利益の価値と必要性を知ってしまっている、感情という多様な味の深みを知っている、だからこそ、人類は常々、情を絡ませた問題が多々発生する。

 愛情はこと人間の情の中でも強く、熱く、多動的だ。

 それを機械的にでも手中に収められるのなら、うむ、やはり便利だと思う。

 

「大丈夫だ安心しろ、性欲の一切は皆無だったと誓う。絶対にあの瞬間、俺は一片たりとも劣情に苛まれてなんかいない。賭けても良い。理性10割の行動だ、体育祭で勝つための利益を追求しただけだ、手を出そうとかはマジのマジで考えてなかった。エッチな目では微塵も見ていなかった。欲求の対象としての認識はビックリするほどにしていなかった。

 信じてくれ坂柳。───俺は、本気で、坂柳を襲うつもりが、これっぽっちも無い!」

「───そうですか…………そう、ですか…………ぐすっ…………」

「いよっしゃ泣いたぁ! 撮影ターイム突入ぅー!!」

「こいつヤバ過ぎじゃない?」

 

 負かせたという実感を得た瞬間、乃亜は反射的にガッツポーズ。周りは一斉に戦慄の視線。

 不思議な事を言う軽井沢だ、泣き顔と言う弱みを握れるのだぞ、そりゃ撮るでしょう。録音していた痴態の音声も含めれば、お手軽坂柳絶対命令セットの完成だ。うーむ、クラスへの利益の予感しかしない。帰属意識がめちゃ高い乃亜は、やっぱり嬉々として坂柳の弱みを握らんと携帯を手にするのだった。

 パシャパシャと5枚ほど撮影し終わってから、我に返った平田が止めてくる。

 

「さ、佐々木君、流石にやり過ぎだよ」

「えー、でも喧嘩売ってきたのは坂柳だしー」

「……こんな事なら、あの日、私が誘わなければ良かったわね」

 

 堀北が、静かにありもしない後悔を溢す。

 その発言を聞いて、誰よりも反応を示したのは一人だ。

 乃亜のじゃれ合いに付き合って嘘泣きをしていた坂柳が、ピタリと、全身の動作を止める。

 

「堀北さん、今のは?」

「……その、言いづらいのだけど……仲が良かった人に声を掛けたの……でもまさか、佐々木君が()()()()()()()()()()()とは思わなくて」

 

 全くの計算外だったという顔付をさせて、頬に手を当てながら溜息を吐く。

 無自覚な様子をさせて、思い切り煽っている堀北だった。すげぇやコイツ煽りカスの才能にも満ちている、乃亜も参考にしようと思う。

 

「ごめんなさいね坂柳さん、私が連絡しなければ、その……えっと……」

「もっといやらしい雰囲気で終われたかもしれない?」

「……言葉選びが最低なのは佐々木君に似ているわね」

「意図して寄せてみたんだ」

「テメェらは俺を何だと思ってやがる」

「「「狂人」」」

「軽井沢ぁー? テメェまでどうしたー?」

 

 暗に「坂柳有栖以上の優先度を堀北鈴音は有している」と、堀北は言った。つい、天然な性格とでも勘違いするように。

 堀北は、坂柳のプライドへ大きく爪を立てた。

 呆然とした表情の坂柳は、すぐに佇まいを立て直して、一言を絞り出す。

 

「──────そう、ですか」

「……時間だってもったい無ぇ、早く参加表決めちまわない?」

「そうですね、ええ、乃亜君の言うとおり、です……──────()()()()()()参加表を手早く決めてしまいましょう」

 

 あ、釣れた色してる。

 

「BクラスとCクラスの参加表を乃亜君に送りますね」

「は!? そんなものがあったら勝てるじゃん!!」

「……坂柳、俺達も初耳だ」

「何分、今日仕入れたばかりの情報でしたので」

「(一之瀬の受難は未だに継続中という事か)……これで万全と言えるんじゃないのか?」

 

 軽井沢が誰よりも先に騒ぎ立てるが、Aクラス全体としての空気感も同様だった、が。

 Aクラスの生徒の中で、一人、気になる色を見つける。

 他が驚愕と勝利への期待に満ちているのを他所に、そいつだけは周りに合わせているだけの、見せかけのリアクションをしている。

 他にも装ったような様子の色はあるが、その辺はどうでもいい、だって前々から擬態しているだけの無害だし。……観察の色が綾小路へ向かっているのは、少し気にはなるが、特筆した害意は感じられない。問題とするにしても先の話。

 今は、金髪蝙蝠クン。

 

「あー、俺じゃなくて堀北に送れ、今回クラスを取り決めてんのはこっちだから」

「…………成程───では堀北さん、連絡先を教えて頂いてもよろしいでしょうか?」

「勿論よ」

 

 本人にしか分からないような角度で、ほほ笑みながらも、同時にあらん限りの嫉妬を込めて睨みつける坂柳。

 しかし堀北は、堂々と胸を張って、いっそ余裕な様子を見せつけるような笑みを浮かべて、2人は()()()連絡先を交換した。

 それを乃亜は、楽しそうに笑って眺めるだけだ。

 

「……何でこの状況で笑ってられるの?」

「俺が俺だから」

「イミフなんですけど」

「でも納得だろ」

 

 ドン引きした顔をさせながら、だが納得の色をさせる軽井沢。

 色が見える乃亜は、この特技を授けてくれた母親に感謝したい気持ちでいっぱいだった。

 だってこの空間には、色がたくさん詰まっている。

 人が人らしく、人の色をこれでもかと放っている。

 

「それしても佐々木君にも困ったものだわ。本当にごめんなさい坂柳さん、()()()()()()佐々木君が迷惑ばかりを掛けて……はぁ……」←挑発的な色

「いえ、とんでもありません、ええ、全然、私としても慣れてはいますので、何せ8年以上の付き合いがありますから、いつも通りですらありますから、ねぇ乃亜君、そうですよね?」←怒りと憎しみと悪意と妬みと嫉みと不安と恐怖の色

「あー? うーむ? そうなのかも? どうだろうな? とにかく2人に任せるわー」←恐らくは愉悦の色

「Dクラスの指揮は、男子が佐々木君、女子が堀北さんといった風になると思うんだけど……Aクラスはどうかな?」←平和を願う色

「……こちらは、男子が俺、女子は神室を介した坂柳という形になるだろう」←苦労人の色

「それにしても、坂柳さんはどうやって参加表を手に入れたんだろう」←脇役であることに劣等感を覚えている色

「手段と経路は分からないが、流石はAクラスのリーダーという事だな」←バチバチしてるのを見てワクワクしている色

「まだ笑ってるし……」←乃亜にドン引きしている色

 

 ヒトって楽しい、その認識を再度心に沁み込ませられた。

 それだけでもこの学校に来てよかったと、今はそう思うのだ。クソ面倒な受験勉強漬けの日々も無駄では無かったのね。

 

「カラフルだなァ」

「お前の中の悪魔が出てるぞ」

「───綾小路君、乃亜君は悪魔じゃありませんよ? 意地悪なだけの、ただの人間です」

「? ……にん、げん……? ……人間? これが?」

「人の顔をまじまじと見ながらのセリフじゃねぇ」

 

 愚者と愚者の間に産まれたマジの人間だぞ!

 


 

 体育祭のプログラムは、概ねが走力を競わされる物ばかりだ。

 二人三脚や障害物競走といった、小手先の技術を用いる種目もあるが、しかし土台として足の速さを求められるのは間違いない。

 従って、体育の自由時間を利用したこの瞬間、重点的に練習すべきはやはり足だ。

 走って走って走って走る、そのための技術と体力を本番までに備えてもらう事、それだけが最重要だ。何なら技術なんかは度外視でも構わない。兎にも角にも体力だ、必要なのは全力疾走という行為に少しでも慣れてもらう事だ。慣熟があるかないかではモチベーションが変わる、モチベーションが少しでも好位置を維持できるのなら、それだけ勝率はイコールで変動すると言っても良い。

 特に体力が無い組には死ぬ気で走ってもらいたい。平田は不参加でも構わないとか抜かしていたが、絶対にありえない。平田の意見に沿うようなアホがそこそこ居たので、脅して無理やり参加させた次第な乃亜であった。高円寺? アレは……放し飼いって事で!

 尚、脅し文句はシンプル。「もう二度と試験の平均点は下げない」と「これからは常に100点近くを叩き出して平均点を上げ続ける」だ。特に頭が悪い連中にはよく刺さってくれていた。

 

「ハッ! よく走ってんねぇ、怠け者筆頭の山内とは思えんなぁ」

「お前の点数工作は死活問題だからな。他の奴にやってくれと簡単に頼める話でもない以上、従わざるを得ないだろう」

「これを機に学力も上げてくれたなら万々歳な乃亜クンも居るのになぁ」

 

 知らず知らずのうちに生命線として頼っていたような連中は存外多かった。多すぎてちょっとビックリしていたのは他ならぬ乃亜だった。ALL60にラインを上げようかしらと悩むくらいにはアホが多くて困惑してしまう。

「だらけて走ったら100点取り続ける」という殺し文句が効いたアホ男子共が、我先にと校庭のレーンを走っていく。便利だし今後も使えそうな手法だ、覚えておこう。

 やる気を出そうとしない生徒を色で判断し、頭の中でリスト化していく。特に松下だ、あの女ふざけやがって、特に稚拙にも程がある演技が気に食わない。その程度の擬態力で隠せると思うのか、擬態するなら櫛田くらいにはやれ。勉強面では目を瞑ってやるから、頼むから運動くらいは真面目に走って欲しい。体力が終わってる佐倉でさえ必死に走っているというのに。

 長谷部も中々にやる気を出そうとしていないので、これはもういっぺん怒鳴り散らして全体の気を引き締めさせてやろうかと目論んでいると、マイフレンドから唐突な言葉が飛んでくる。

 

「聞いてもいいか」

「モノによる」

 

 薄く笑いながら、乃亜は次の言葉を待つ。

 この時間がやっぱり乃亜は好きなようだ。

 

「一之瀬から何を聞く───いや、何を受け取る予定なんだ?」

「龍園クラスのデータ」

 

 目的とする地点は話さず、されど動向は事細かに報告してある。体育祭でやる気を出さないのであれば、せめて裏工作の推理くらいの楽しみは提供してやりたいという乃亜の粋な計らいだ。

 何かしらを勘違いしたらしい綾小路は、納得したような色をさせる。

 

「そうか、なら真の意味で万全と言えるな」

「言っとくが参加表じゃねぇぞ」

「……お前は、オレの思考を避けていくような行動ばかりだ」

「褒めてんのか?」

「色で判断しろ」

 

 言われたとおりに観てみると、色は……楽しそうで何よりだ。

 

「正解は教えてくれるのか?」

「正解はー、龍園クラスの走力データでしたー。100メートルのタイムだけだけどな」

「タイムか……それをお前は、これからどう料理するつもりなんだ」

 

 そこはそれ、使えるものは使う、それが乃亜の信条であるが故に。

 目の前の男に種明かしはまだ早いと考えた、その時になってからの方がきっと楽しい。企みの一助となってもらうのだ、どうせ後で知れる。

 

「実はさ、もう下拵えはほぼ終わってんだよ」

「結果を待つばかり、と。偽造の可能性を含めたデータの信憑性は?」

「一之瀬なら上手い事やってくれるだろうし、心配はそこまでしてないかな」

 

 盤面の整理は済んでいる。

 内部状況を見張れる要員も存在している上に、その要員が警戒されていることすら把握の範疇だ。龍園が、そして何よりも()()()()()()ひよりが、あの愚物へ意識を向けない筈もなく。

 ───自分が取ろうとしている手なら、相手だって、もしかすれば、とか、疑いたくなる気持ちは分かるのだ。

 

「となれば不確定要素は無しか? お前らしくもない」

「あるっちゃあるけど、多分ね、ほぼほぼの確率で俺の勝ちは決まってる。今回のゲームは体育祭、体動かしてナンボ。……でもよぉ、事前準備のこの期間は頭脳戦だ」

「お前の好きな形式だな」

「ああそうだよ、相手の出方を伺って、色を観て、思考を誘導させて、行動の選択権を狭めて、取るべき手立てを間違えさせる──────ポーカーで俺が負けると思うかよ」

 

 ちょっとした自慢だが、乃亜はポーカーで負けた記憶が無い。

 ならば今回もそうだ、当然のように誘導し、当然のように勝つ。

 

「今の龍園如きに負けるようならオレがキレるが」

「え、怖っ」

「いいか、坂柳だからまだギリギリで許せているんだぞ。それを他の奴に負けてみろ、寝込みを襲って顔の肌色を拳の形の痣で塗り潰すからな」

「ひぇ」

 

 まだ数十年は朝日を拝み続けたい乃亜は、前哨となる頭脳戦の勝利を肝に銘じるのだった。

 リベンジへの熱量が思っていたよりも高いことが判明した、そんなマイフレンドへ怯えていると、堀北がこちらへと歩いてくる。

 

「佐々木君」

「あん? 何さ、言うこと聞かないアホでもいた?」

「誰が自己紹介をしろと言ったの。頼みがあるのよ」

 

 心外な顔を隠すことの無い乃亜を無視して、堀北は当然の権利と言わんばかりに堂々とした色をさせて言った。

 

「150万ポイントを私に送っておいてちょうだい」

「ちょっと待てや」

 

 それだけを告げてこの場を去ろうとするロングヘアーの背中を引き留めた。

 

「何に使うんだよ」

「買い物よ」

「何を買うんだよ」

「靴を買いたいの」

「何で俺なんだよ」

「?」

 

 疑問符を浮かべたいのはこっちなのだが。見ろ、マイフレンドだって呆れてものが言えな……違うわ、コイツ面白がって眺めてるだけな色してるわ。

 突然のカツアゲに戸惑う乃亜。だが至極不思議そうな顔をして、我らがリーダーはふざけた理論を展開してくる。

 

「私はリーダーよね?」

「まあそうだな」

「貴方はリーダーである私の右腕よね?」

「まあそうかもな」

「貴方のポイントは私の資産よね?」

「いやそうはならんかな」

「?」

 

 ふてぶてしいとは次元が違う論理だった。何だコイツ、発言がヤバ過ぎだろ。

 

「コイツヤバくね?」

「佐々木にどんどん似ていくな」

 綾小路清隆 

「ごめん」

 


 

 寮の部屋で携帯を操作しながら、画面を撫でる指が止まる。

 逡巡などは無い、あるのはただ。

 

「……はぁ」

 

 座っていたベッドへ、背中から倒れ込むようにして寝転がった。

 女の敵へ仕置きをする、ただそれだけだった。他に理由などは無い。本当に。義憤、そう、これは義に基づく正当かつ清廉な行い。

 決して別に嫉妬とかそういうものではないのです。もっと聖なる行為です。世に生きるいたいけな女の子のために立ち上がるべきなのです。あんなにもダメダメでギャンブル中毒で無自覚ドSで優しい声で囁きながら虐めてくれる甘い毒のような男の子を許してはならないのです。

 ───というか、据え膳を蹴った挙句にお好み焼きって、もっと甘くて欲求が満たされるモノなら他にもあったでしょうに。従順でどんな要求も受け入れる都合の良い据え膳が! 

 色気より食い気なのは知っていましたがそれにしたってB級グルメに負けたのは、こう、女の子としてのプライドが酷くズタズタにされた気分です。鰹節とソースの香りに負けるなんて惨めすぎます。許し難い案件です。

 

「…………くっ」

 

 薄く、抱きしめればすぐにでも折れてしまいそうな、自分の身体を見下ろした。……見下ろして、歯噛みの声が喉の奥から洩れる。

 触れれば壊れてしまいそうな儚さは自分の魅力の一つだ、彼もそれは認めてくれている。弱さすらも魅力で、それを自覚して振る舞う強かさは彼の好むところ。自らの強みを否定はしない。利用する事すら躊躇わない。

 でもやはり、こうした時には、ふと、悔しくなる。

 その手で愛して欲しいと、そう望んでも、決して線を踏み越えない。

 彼はやはり、私へ劣情を抱いてはくれない。

 

「もう少しマシだったら、何かが違ったのでしょうか」

 

 きっと、弱さも関係しているのだろう。

 彼の価値観の中では、直結しているモノがある。

 ()()()()()()()()()は、彼からすれば、()()()()()()だ。

 だとすれば、私の身体をこの世の誰よりも公平に見てくれる彼の中には、私を抱く(暴力を振るう)選択肢が存在しない。

 きょうだいのように傍にいてくれる彼は、決して、私の望む愛をくれない。

 故に諦めてもいるのだが───それはそれとして。

 

「粉物に負けた事実を許す訳には……!」

 

 これは粛清に近く、厳罰に近く、私刑とは程遠い。

 女の敵を罰する、これはやはり、限りの無い正当さを有している。

 別に違います。嫉妬とかじゃありません。堀北鈴音への期待を知って彼女を退()()させたい訳じゃありません。堀北鈴音への期待値がこれまで見てきた視線の種別とは一線を画す重たさである事を知ったからとか、そういうアレではないのです。

 相応の理由ならあります、堀北鈴音を狙うに至った理由は───えっと───そう、クラスとしての敵だからです。それです。敵クラスの中核を担う存在ならば、消してしまえば大打撃。ほら、理に適っています。私的な理由は驚くほどに皆無です。

 私の知らないような眼を、乃亜君がしていたなんて、そんな したくなる様な理由などありません。

 私へ向ける以上の期待を受け取っているなんて、吐き気が止まらなくなる様な、ストレスが加速度的に増していく理由なんかありません。

 私と過ごすひと時よりも、楽しそうな顔なんて──────何時ぞやに没収したままのコインを強く、手の平に跡が出来るほど左手で強く握り締めました。

 

「──────こんばんは、夜分遅くに申し訳ありません」

 

 この電話も、戦略的なもの。

 状況を俯瞰して、利用できるモノを把握して、利益へと変えていく行動。

 感情に流されてなどいません。

 

「早速ですが、単刀直入に」

 

 嗚呼、でも、本当にこの学校は退屈とは無縁だ。

 

「堀北鈴音に退学していただきたいのです。───貴女も、同じ思いを抱えているのでしょう?」

 

 排斥するべき存在に事欠かない、何もしないよりはマシだ、やるべきことがあるのは良い事。

 それに彼ならば、どう行き着いたとしても結果が派手になるのならば、きっと。

 笑って、級友が消えても笑って、綺麗な色が潰えても笑って。

 最後に私へ笑い掛けてくれるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうであると しんじることしかできません

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 それは、二学期が始まった直後。

 体育祭の説明が為されて、学年ごとの顔合わせが終わった後。

 決意を心に秘めた、そんな乃亜の好む色をさせた堀北が、僅かな休み時間を利用して相談を持ち掛けてきた。

 無論ながら断ることの無い乃亜と綾小路。

 そして、人気の少ない渡り廊下へ訪れてから、足を止めた堀北が口を開いた。

 

「今回の体育祭、貴方はどうするつもりなの」

「まだ決めてない」

 

 勝利、ただそれだけが絶対の条件として掲げたは良いものの、方針はからっきしだ。

 これから考える、或いは坂柳と話し合って決めていく、その前に。

 

「今決めちまうか。まず堀北はどうしたい」

「……私は……」

 

 決意、その背後には迷いと悩みが見て取れる。

 時間をふと確認する。これはどうにも、次の授業は遅刻確定か。

 それだけの価値がこの時間には有る、そう確信した。

 

「……前提として、これまでのような搦手は通し辛いと考えるわ」

「あー、まあ、正攻法の方が通りやすいゲームであるのは確かかも?」

「強いて策を弄するのなら、どの競技へ誰が参加するのか……この辺りでの駆け引きでしょう」

 

 乃亜と、それから恐らくは綾小路と、堀北は同じ思考へ辿り着いている。その事実を、乃亜は密やかに笑う。

 羞恥にも似た色を彼女に観た乃亜は、口調の色音を幾分か落ち着かせていく。

 

「試されるのは、主に身体能力とクラスの団結、真っ向勝負ということね」

「だな。───それで? 回りくどくても構わないよ」

 

 穏やかに、落ち着かせるように、先を促す。

 

「……そう、お見通しということ」

「ああ、授業の遅刻は気にしなくていい、ゆっくりでもいい、言いたいことを全部言ってみな」

 

 頬が柔らかく、自然に緩んでいく。

 

「…………った」

 

 綾小路は、期待の色を浮かべて言葉を待つ。

 乃亜も同然に、堀北の言葉を静かに待ちわびる。

 

「これまで……佐々木君と綾小路君と一緒に、特別試験で、3人で作戦を考えて」

 

 こつこつと、少しづつ、小さな声で語っていく。

 恥じらいを捨てる事は出来なかった。けれどそれは、嘗ての自分よりも上の実力を身に着けたからこそ、己の今を顧みることが出来ているのだ。成長しているからこそ、成長前の自分を恥じることが出来るのだ。

 現に今、堀北は、真っすぐ。

 本当に、真っすぐとした輝きを瞳に宿していた。

 

「時には意志を交わさず、互いを察するように……信じるように行動が噛み合っていくのが」

 

 照れくさそうに頬を紅く染めながら、でも、彼女は眼を逸らさない。

 決意の言葉を口にすることを、恐れながら、でも、中断はさせない。

 佐々木乃亜と綾小路清隆を見据えて、堀北鈴音の告白は止まらない。

 

「……団結、とか、結束とか、そういったものが……」

 

 口を一度強く結ぶ。

 だが、言葉を発さないという意思は微塵も無い。

 有るのは、意を決するための助走。

 揺れることの無い口調で、堀北は、静かに断言を終える。

 

()()と一緒に、目標に向かっていくのが、楽しかった」

「そうか」

「─────────ははっ」

 

 輝いていた。

 星のように、純然たる光を感じた、乃亜が人を好きな理由の全てがそこに詰まっていた。

 努力と決意の結実を、今、乃亜はその色を心に焼き付けている。

 人が何故、賛歌されるべきなのか。

 その答えが眼前の少女の心にこそある。

 

「私は、クラスのみんなにも、私の感じた楽しさを、知って欲しい」

 

 もうそれ以上耐え切れない乃亜は、欠伸をして、誤魔化した。

 きっと隣のマイフレンドは気づいているだろう、眼元を拭ったことを。

 だが言及はされず、2人して、堀北の放つ輝きに圧倒されてしまう。

 

「この体育祭は、それにうってつけだと思うの」

「────あー、真正面からのガチンコ、しかも肉体言語、熱だって交じり易いとくれば?」

「フッ……感情的になり易い状況なら、いわゆる吊り橋効果が期待できるだろうな」

「だな、昂揚感マックスな空気で同じことしてりゃ心理学的にゃすーぐに仲良くなるよね!」

「……私、そんなに無粋な話をしていたつもりは無いのだけれど」

 

 もう無理だ、茶化さなくては乃亜が崩れる。

 ただただ美しかった。

 顔の造形などはどうでも良かった。

 肉体の造形に興味は無かった。

 心の色が、ただ、輝いて──────輝いて、美しくて、語彙力すらも強引に引き剥がす。

 

「まあまあ、ここまでくりゃ皆まで言うなってやつだろ? なあ綾小路ぃ」

「オレは普通の高校生だからな、こういった普通のイベントには普通に目が無いんだ普通に」

「普通って何だったかしら」

「あー? やっぱノルマーレだろ。こっからレガルメンテを目指していく興奮はやっぱ唯一無二の楽しさがあるんだよ」

「オルディネールを推したい。何かこう、カッコいい感じがする」

「感性も発言の意味も全てが分からないわ」

 

 輝きは、更なる飛躍を魅せるだろう。

 当然のように期待する、そしてこの女は、当然のように期待へ応えてくれる。

 期待へ応えるため、自らに出来る尽力を成し遂げ、努力を費やし、そしていつか実を結ばせる。

 

「今回は佐々木の名義を使う必要も無さそうだな」

「堀北主導ぞー、堀北の看板だぞー、堀北クラスが本格始動じゃぞー」

 

 敵を育てるという名目だった。

 忘れていない、いっそ、その欲求は増してすらいる。

 そうしてこのまま完成へと至った堀北と相対したとして。

 自分は、その時──────きっと、喜びに打ち震えている事だろう。

 ああ、そうか、素晴らしい話だ、こうも輝ける色を、誰よりも、何よりも、決意一つで乃亜の心を芯から震わせる美しさを、強く未来のある色を、完成に至っても尚まだ先があるのではないかとすら思わせてくれるような光輝くこの色を。

 堀北鈴音の色を、この手で。

 いつの日か、この手で、彼女を。

 この手で、最高の色を。

 

 

 

「リーダー、ガンバレー」

「任せなさい」

「ならまずはクラスの方針をどうにかして堀北の力で纏めるところから始めよう」

「……任せなさい」

「ちょっとだけ自信が削げたな?」

 

 

 

 消せる、その日まで。

 それはとっても たのしみで まちどおしいのでした

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