情報の洪水の如き5月1日を経て、乃亜はへとへとに疲れ果てていた。息がし辛いにもかかわらず、枕へ顔を埋めて、とにかく情報を視界にすら入れたくなかった。
だってワクワクはした、したのだが、今日は一度だって賭博を出来ていない。勝利を手に入れてもないし、敗北だって手放した覚えがない。誰も傷つかない平和な世界を体験したような気分だった。素晴らしき綺麗事を実現できていた一日だった。……それでもまだまだ賭けていたい乃亜には不満な一日だ。
しかしそれにしては濃い一日であったのは間違いない。
Sシステムに始まるクラスポイント制度。次回以降の中間期末での赤点退学。極々個人的最大級の自業自得でもある、ポイント大誤送金事件。
そして──────例の
『──────』
「分は悪いし益に変わるかも分からん……不明瞭もけっこう楽しいのは事実だ」
うつ伏せのまま、器用に携帯端末の向こう側の相手と内緒話を続ける乃亜。
偶然から始まった瞬間を、瞬間の閃きと必然的度胸を以てチャンスへと変える、そんな綱渡りの連なる人生こそが佐々木乃亜の目指す生き方だ。
そして偶発的だろうとも、既に賽は投げられている。
後は野となれ山となれ、と。もっとも、山へと変える努力をするのは乃亜の意思一つだ。
相手の思惑など一切関係ない。何故なら、梯子を外されたのなら乃亜の奔放不足だっただけだ。結果が不足してしまったのなら、その時は乃亜が未熟な弱者であったということだ。
実力至上主義───なんとも厳しくて甘苦しい響きだろうか、ときめきが止まらない。
「俺の動き方は……方針は、あってると思う?」
『───、──────?』
電話の向こう側の相手は、乃亜の疑問に対する答えは持ち合わせていないようだった。
───この学校で己が為すべき証明が如何なるものかは、未だに定まらない。
高育への入学が決まった時、真面目な学生生活なんて上等が今更こなせるとは思えなかった乃亜は、らしくもなく悩んでいた。坂柳の親父さんが運営している手前もあり、これまでのように暴れ回るのもどうなのかと、子供の情緒を卒業しかけていた乃亜は物思いに耽ることも多かったと思う。
───乃亜君が好きなように楽しめばいいんですよ。
御伽噺から抜け出てきたような少女は、かつて、そう言った。
乃亜よりもIQの高い彼女が言うのならそうなのだろうと、じゃあ好き勝手に暴れてりゃいいかと初日からフルスロットルのつもりではあった。……おいたが過ぎて、たった一か月で右足小指を痛めつけられた回数は200を超えていそうな気がするが、まあそれはそれ。
目下の不安材料は、乃亜は個人で完結する勝負ばかりに明け暮れていたという点だ。
チーム戦ということを行ってきた覚えがない。頭脳や天運を競うようなゲームは個人戦が多く、まともな勝負になるのが乃亜の周りには坂柳くらいしかいなかったのを懸念している。お陰でチェス等のボードゲームの腕前はそこそこだと自負している。……中学に上がってからは、坂柳に勝ち越されっぱなしだったが。
慣れないことを始めるのは、いつだって怖いのだ。
人を食ったような態度が目立つ乃亜とは言えども、人並みの恐怖は持ち合わているのだ。
ましてや、この学校に於ける個人単位での失敗は、クラス単位へと代償を降り注がせかねない。
だから乃亜は、自身の思わぬ弱点と言える脆弱性を自覚することになった。
「負ければ自分の責だったのが、今じゃ連帯責任に広がってんだ。……皮肉だよな、外界から隔たれた箱庭の中だってのに、俺はそんな閉鎖世界で世界の広さみたいなものを実感してるよ」
『……』
「でも俺は頑張るぜ。……うん、そうだな、やれるだけやって、無理だったり迷惑かけたら土下座すりゃいいもんねー! 無敵のヒトメンタリティで頑張っちゃうもんねぇー!!」
未知の恐怖に慄いている自分がいた。……けれど、怯んでいる暇などないのだ。
乃亜が塞ぎこんだって時間は進む、状況はどんどん先の方へと進んでいく。不毛な躊躇を続けていれば、それこそ手の届かない後の祭りに途中参加をする羽目にもなりかねない。
「……よしっ! 弱音はおわり! 一方的な愚痴に付き合ってもらってサンキューな!」
『───、───』
「ハッ! んなことねーよ。……まあ? 次は俺がお前の愚痴に付き合ってやるけど。他意は無いけど。全然嬉しくなかったから別にって感じだけどねっ!」
『───!』
「おう! そこはやっぱり、お互いに頼りにし合おうぜ。───おやすみなさい」
就寝前にひっそりと築かれた繋がりは、日付を回る前に優しく途切れた。
乃亜は単純だから、一度寝て起きてしまえば、抱いていた不安も期待と昂揚へなり替わる。
そんな勇気を───から貰えた乃亜は、安心しながら眠りへと落ちていく。
都営バスが無料で乗れてしまう歳の頃からだ。
馬だの自転車だのボートだの、競う系の場所へ1人で忍び込み、隣の名も知らぬオッサンにも負けない熱量で叫びまくっていたのだ。そんな非行経験も決して無駄ではなかったと信じたい、いや信じる、オッサン共の酒とタバコの臭いに包まれながらもたこ焼きを奢ってもらったあの日々は、きっと、尊い。
要するにだ、アウトロー寄りの人間だろうと人情というものはあると乃亜は知っている。育児放棄された子供が一人でガラの悪いところへ出かけても、ガラが悪いと世間ではされているような大人は、自分へと結構優しくしてくれていたのだ。
それから成長して、その時に抱いた想いや考え方も言葉にできるようになって、乃亜はこう定義した。
悪性が生まれた時から植え付けられている人間の宿痾なら、
善性とは己の中の悪に応じて会得する人間の免疫である。
だから、性格の悪い人間でも、家族には優しくするように、
だから、性格の善い人間でも、家族を叱って殴り飛ばすように。
「まーまー、落ち着いてよ! 人生捨てたもんじゃないってば! ほら須藤くんっ、グミちゃんあげっから俺についてこいっ! 放課後に僕らは方程式のお勉強タイムよぉ~!」
「喧嘩売ってんのかテメェ!!」
爪弾きにされるような連中だろうと、きっと、その根には善性があると信じているのだ。
そうでなければ、世界はとても悲しすぎるではないか。
時系列は少し巻き戻る。
赤点予備軍を招集した堀北主催勉強会第一回目───その失敗が確定的になった後だった。
「俺と賭けをしようぜ」
夕暮れに染まろうとする図書室で、乃亜は不敵に堀北へと提案をしていた。
「はぁ……貴方の狂言に付き合っている暇は無いわ」
「まあ待て、俺らはお前に付き合って、そんで手伝った挙句にこのざまだ。少しくらいはお喋りに付き合えよ」
「佐々木の言うとおりだ。少しくらいは話を聞いても罰は当たらないと思うぞ」
堀北は綾小路を一瞥……どころか殺さんばかりに睨みつけて、彼の発言権を奪ってしまう。貴女はどこぞの坂柳さんですか。
「不平等条約を結んでいる綾小路君につべこべ言われる筋合いは無いわね」
「……不平等という自覚はあったのか」
「だったら俺の話は聞いてくれるらしいな? 俺は無償の手伝いだからな」
「いいえ。ギャンブル中毒者の言葉なんかに価値があるとは到底思えないもの」
端末をちらり一瞥すれば、ちょうどタイミングよくポイントの受け取りが完了していた。
───交渉に於いては、インパクトというものは十分な材料になりうる。そして、この学校でインパクトを示す格好の代物がある。
席を立とうとする堀北だが、顔の前に乃亜の端末が翳されて動きを止めた。止めざるを得なかった。
「え──────ッッ!?」
「これ、全部お前にやるよ」
驚愕した堀北の瞳の中には、乃亜の所持しているプライベートポイントが表示されている。
その額は──────6335780p──────約
ツンケンとした態度をとっていた堀北も、思考を停止して、乃亜の言葉の意味を必死で頭でかみ砕いている最中だろう。
堀北の横に座っていた綾小路も、覗き込んでから目を見開いて、純粋な感嘆の声を漏らす。
「っ……───す、凄まじいな、正直そこまでの額を個人で稼げるとは思っていなかった」
「一か月間毎日稼いでたらなんかこうなった。高校生活の一発逆転を志してる先輩方は意外と多いってことだ」
「全ての勝負に勝てなきゃこうはならないだろう。……一日で約21万か」
「偏りはあるけどな。一発200万の勝負挑んできてくれたバカみたいな生徒会役員殿がいたからここまでになったよ。……すんばらしいくらいのカモだったわ」
「それがなかったとしても430万だ、誰にでも出来るものじゃない。───流石だな」
綾小路からの純粋なねぎらいがちょっとうれしい乃亜だった。これまではどれだけ勝っても呆れこそあったものの、褒められた試しがなかったので、乃亜からすれば中々に新鮮だった。
「……私の耳が確かなら、この全てを私に譲ると言った気がしたのだけれど」
「ああ言った。その上で、ついでに耳寄りな情報もやるよ。Aクラスを目指したい堀北にとっては何よりも無視ができないハナシだぜこれは」
「…………」
すでに交渉の席は始まっている。
会話すら拒否しようとしていた堀北は、今では席へ大人しく着席して、乃亜の次の言葉を待っていた。この時点で流れの全ては乃亜が掌握し終わっている。何も喋らず乃亜へ流れを委ねている事実にすら、彼女は気が付いていない。……腹芸に関しては場数がものを言う。こればかりは実戦形式で覚えてもらうしかないか。
そう遠くない未来で、彼女には、クラスを引っ張り上げる旗頭になってもらうのだから。
「
「いどうっ、に、せっ……!?!?」
「ポイントでなら買えないものは無い。……だがなるほど、Aクラスへ飛んでいく権利すらも買えるとはな。ポイントで買えるモノの種類は想像以上に多いのかもな」
この一言で、殆どの展開は確定されたと言ってもいい。
乃亜には分かる、手に取るようにだ。堀北が何も言わずに話を黙って聞いているのは、もはや話の全てを聞こうというものではなくなっている。
乃亜のポイントを受け取るにあたって、もはや彼女は、
「情報源を聞きたい」
「悪いが言えない。そういう契約だ」
「幾らで口止めされている?」
「100万」
「慎重な奴らしいな。……だから
「……お前はさぁ……まあいいんだけどさぁ……」
この男の前では口止めされている意味が無いのだが。綾小路はこの時点で、乃亜の述べた『2000万でクラス移動の権利』の情報に信憑性があると判断したことだろう。
出所が生徒会役員であることも知ったと思われる。「バカみたいな」と「すんばらしいくらいのカモ」で人格面もおおよそは特定が可能だ。可哀そうな南雲副生徒会長である。……もっとも、口止めの契約自体に粗が多かったのを思えば、特定されても特には困らないという判断があるのだろう。
昼行燈の皮を脱ぎ捨てた『実力者モード』の綾小路も目に入らないのか、男子二人が盛り上がっていると、痺れを切らした堀北が声を荒げる。
「そんなことどうでもいいわ!!」
「……ここ図書室だからね、ちょっと静かにしてね」
ほら見てみなさい、さっき知り合ったばかりの図書室の妖精さん(真っ白な本の虫)が二階の席からこっちを睨んでいるよ。貴重なCクラスの知り合いだから変に嫌われたくはないよ。
椎名の方へ頭をぺこぺこと下げれば、溜息を吐いて読書に戻っていく。乃亜の顔を見て溜息吐くのは、やっぱり頭が切れる人達の間で流行っているのかしら。
「…………それで?」
「ん?」
「貴方は私をどうしたいの」
人聞きの悪い聞き方をする。別に手籠めにされるわけでもなし、乃亜に罪悪感が降りかかりそうな物言いはやめてほしい。
しかし珍しく下手に出てくるではないか。それもそのはず、乃亜からポイントを分捕れば、2000万まで残り七割だ。たった1、2か月で、2000万の内の三割を手にすることができる。
食いついてこない生徒は、そうそういない。Aクラスの座が欲しいのなら猶更だ。
「……何か勘違いしてるぞお前。俺は別に、このポイントでお前を買いたい訳じゃない」
「……」
「最初に言っただろ──────俺と賭けをしないか、って」
ようやく話は戻る。
さて───本題だ、ここからだ、ようやく面白くなってくるのは。
「つまり……私がその賭けに勝った際の報酬が、佐々木君の所持するポイント全て……?」
「いいね、話が早くなってきた」
「……内容は」
「須藤と池と山内の三人が赤点を取るか否か」
「そんなのっ! …………っ…………貴方は……どっちを選ぶの」
「ハッ! 自分が先に選べる立場じゃないってことも理解していると。うんうん、こりゃいいね。成長性もやっぱり◎だ」
須藤は……お世辞にも勉強ができるとは言い難い。運動全振りの体育会系人間だ。おまけにただ成績が悪いだけじゃなく、勉強自体が習慣づいていない上に、きっと中学のどこかで挫折でもして苦手意識が生まれていしまったのだろう。池と山内も似たり寄ったりだろう。
そんな背景は堀北だって察せていない訳がない。だから堀北はもう、須藤達を切り捨てる方針を選ぼうとしている。だがそれでは駄目だ、そんな程度の低い志では、この先を戦っていくことなど無理だ。
だって目指すところがAクラスならば、打倒坂柳有栖でもあるのだ。坂柳ならばすぐに切り捨てるのではなく、使い捨ての燃料としてか、可食部を切り落としてからか、はたまたファーストペンギンとしてのスケープゴートか、何にせよ有効活用してから捨てるだろう。ただ捨てると一言でまとめても、堀北と坂柳では取れる効率が圧倒的に違う。
堀北にはあの腐った人類悪のような思考回路がそもそもない。他者の利用という発想に欠けている者には、捨て駒を有用に扱うことはできない。だから乃亜がこの賭けで彼女へ教えるのは、もっと前向きな考え方だ。
きっと、堀北が選びたがっている方を、乃亜は敢えて譲ることにした。
「俺は、三人が赤点を回避できる方に賭ける」
「…………なら私は、赤点を取る方ね」
「明らかに譲られたのが不服そうだな?」
「……愚かな選択をしたわね、貴方」
吠え面を見せるのはどっちなのか、乃亜は実に楽しみだ。
だって630万だ! 630万だよ!! 全財産だよ!!! オールインだよぉぉぉ!!!!
多分負けたら坂柳に殺されるので、実質的に命ですらBETしている現状がたまらなく興奮する。
この学校は、つくづく最高だ────────────あはぁ。
「さて、勝負の条件を詳しく決めるか。───俺が勝った時の条件もな」
「ええ……もう撤回はさせないわよ」
「たりめーだろアホが。賭けに関しちゃ俺は絶対に言った言葉を覆さねぇよ。綾小路も付き合ってくれよ、きっと、これからはかなり楽しくなるぜ」
「もちろんだ」
──────そして、須藤へダル絡みしている乃亜の時間へと進むのだ。
「分かってる、お前が俺を気に入らないのも知ってるよ。……でも今は俺よりも、注目すべきは堀北だ。だってあの堀北がだぜ? お前らにボロクソ言いまくったおそロシア堀北様がだよ? マリアナ海溝も凌駕するくらいのバカデカプライドを捨ててまで、
「一万メートル…………ええ、そう、ね、佐々木君の言う通りよ」
須藤の隣に位置した乃亜に好き勝手言われつつも、向かい合う堀北はグッと堪えてみせる。
これには綾小路も驚きで瞳孔を丸くしている。だって
「私はあの時に言い過ぎたと、か、感じっ……反省しているわ」
「ほらなあ? あのキッツイ態度だった堀北がだ! 今から頭を下げようとしてんだぜ!?」
「は? ───ッ………………ごめんなさい、須藤君」
「見ろ! この見事なお辞儀! あまりの迫力に土下座してんのかと疑っちまったぜ!」
お辞儀の角度は綺麗な角度であった。やはり武術経験者は、この手の礼儀作法はしっかりしてんなぁと、乃亜は鼻をほじっているような心持ちで見守っている。
憤懣やるかたないという態度の須藤も、大人しく謝る堀北の姿に目を丸くした。大方謝りに来たと言っても軽い会釈くらいに考えていたのであろう───相手の予想を一段超えた対応を見せつけるのは、交渉術に於いては非常に有効なのだ。
そして、もともと気に入られていなかった乃亜と堀北の存在に苛ついていた須藤も、今では怒りもほぼ収まりつつある。話を聞こうとする姿勢を乃亜は感じ取った。
須藤も乃亜も何も言わないからか、頭をずっと下げっぱなしな堀北の真摯な態度も、須藤の粗野な心を打ったのだろう。
「…………もう一度、勉強会に来てはくれないかしら」
「で? 須藤はこれからどうすんの」
「……正直、まだ気に入らねぇよ」
「…………当然ね」
堀北がナイスな独白を零してくれた。これはいい、高得点をあげちゃう。『反省してますの気配がついつい口からこぼれちゃった』的な空気を編み上げてくれる。……堀北からすれば、須藤が我が身を顧みれるほどの人物ではないと高を括っての発言だろうが。
とはいえ、どうやら彼女は、乃亜との賭けに於ける条件をキッチリと守ってくれるらしい。
「でもよ……その……俺も悪───」
「───男としちゃ女の子にこんな深々と頭下げられちゃうとなぁ! やるしかないよな?」
「……ああ、今日の放課後にやるんだろ? こっちからも改めて頼む」
喧嘩両成敗として落とそうとしていた須藤の口を、無理やり思考の方向性を切り替えさせて阻止する。
認め合う展開にはまだ早い。そういうのは、目に見える結果を出してから、喜び合いの雰囲気の中で握手するのが一番に良い。その方が感情の効率が良い。
そして須藤が再参加の意思を見せた瞬間、堀北は音を超えた速度でお辞儀形態を解除させた。
「────────────ふぅ」
「どしたのそんなに疲れた様子で」
「貴方をいつか無惨な死へ追い込むわ」
「ひぇっ」
物騒な英文をネット翻訳に掛けたような犯行予告だった。この手の脅迫には聞き覚えがある乃亜だ。小学生の頃に散々っぱら聞かされているのだ。
だがまだまだ甘い堀北なのだ。
朝のHRの時間はまだまだ残っている。今のペースであれば、後2人分くらいに話しかける時間的余裕はありそうだ。早起きしておくのってやっぱ三文の得なのです。
「次は池と山内どっちがいい?」
「……次の休み時間ではだめ?」
「ダメ。須藤との流れも2人には見られてるし、間髪入れずに進めてかないと『俺の優先順位は低いのか……』ってなって不和の原因に繋がる」
ほら見てみなさい、「次は俺か……?」って池君にチラチラ見られてますよ! 山内君も期待の眼差しをしてますよ! 望まれたなら応えないで何がDクラスのリーダー(予定)だってんだ!
「……………………行きましょう」
頭下げ要員の堀北、フォロー要員の乃亜、スーパー野次馬ヤロウの綾小路。
一分の隙も無い完璧なパーティーは、池と山内への説得へ意気揚々と向かった。
「堀北をこうも操るとは……やっぱり佐々木は流石だな」
「ハッ! そう褒めるな。お前だって自分の考えを持たない木偶人形を簡単に作りそうな思考回路してるくせしてさ」
「ふっ、褒めすぎだ。精神に恥辱を与えながらも従わざるを得ないように仕向けるお前の手腕には負けるさ。プライドの高い相手をやり込める技術は……前に言ってた優秀な幼馴染で学んだのか」
「……い、いやぁ、まあ、罰ゲームというか、俺は別に、あいつが罰ゲームの内容考えろって言ってきたんだし……俺、わるくねぇし……ぉ、俺の責任、では……ないはず……」
「? ……しかしなるほど、罰ゲームという形で徐々に要求のハードルを下げる訳だな。やっぱり佐々木といると学べることが多いな」
堀北の屈辱に満ちた謝罪を眺めながら、小僧2人は思いもよらぬとこで絆を深めるのだった。
……堀北の唇の端から血が出てない? なんかちょっと可哀そうだね。
そんなこんなで景気よく再開された、第二回目の堀北勉強会。
参戦メンバーは前回と同様のメンツがフルで揃っている。
やる気のほどは……心配ではあった。
堀北の謝罪行脚によって心が動かされたとは言えども、厳しい言い方をすれば、それは一時の同情心や罪悪感によるものだ。人が本当の意味で『行動』を起こすには、どうしたって本人のやる気が一番の材料であるのは確かだ。そしてマイナス要素の感情では人の行動力は保ちづらい。
だが、そんな乃亜の心配はどこ吹く風だった。
「おおすげぇな、ほぼ満点だよ、やるじゃん」
「中学生の範囲で褒められてもな……」
「いやいや、亀の歩みだろうと最初に一歩踏み出すのが一番難しいんだよ。それを須藤は踏み出して、もう早々に二歩目に入ろうとしてんだぜ? 素直に褒められとけよ」
一番の問題児だと思われていた須藤クンが、存外やる気を出してくれているのだ。
乃亜の予想した通り、中学一年や二年の頃合いから躓いていた須藤だった。おまけに気に入らないと感じているであろう乃亜から教えを受けているという要素も相まって、楽にはいかないだろうと感じてはいた。
最悪の場合は櫛田を須藤の横に座らせて、ガンガンハニトラ作戦でパパっと中学の範囲を終わらせてやろうとも考えてはいたが。
「大したもんだな。やっぱ体育会系は根っこに根性があるから扱いやすいわ」
「ははっ、ありがとよ」
「特には褒めてねぇが」
なんか知らんが、不安要素は杞憂だった。
勉強会事態の空気も、前回と比べると圧倒的に美味い。池は櫛田にデレデレになりながら、山内は堀北の冷たい視線に背筋を伸ばしながら、全体的に快適な雰囲気で進んでいく。
とはいえ勉強という概念を忌避していた者たちだ、たまに音を上げたりもするが───
『……うっし! やるかっ! 次の問題くれ!』
『オーライ、順調じゃんかよバスケマン』
───そのたびに、須藤が率先して即座に復帰してくれる。
そんな須藤の様子に触発されて、池も、山内も、再び机の上へと向かい合ってくれるのだ。
……試験の範囲と現在の経過状態を見合わせれば、厳しいと評するのが正直なところ。遅々とした歩みであるのは、教える側である乃亜達も理解していないはずがない。だが、例え時間が掛かろうとも、『中学の基礎の範囲まで遡って教えること』、これは堀北と乃亜の間で交わされた勝負の条件の一つだ。
明らかに乃亜には不利な条件に訝しんでいた堀北だったが、本格的な勉強会を進めていく内に、納得の意を示しつつあった。ボロボロである基礎を教えなければ、その先を教えることなど夢のまた夢だと悟ったのだろう。
「……佐々木、少しいいか」
「んー……今じゃないとダメか?」
綾小路が乃亜に耳打ちをするが、出来ることなら後にしたい。
須藤がとても快調に問題を解きまくっている、自分の中で答えが導き出せる快感を楽しんでいるのだ。今の状態が続いている間は付きっ切りで見ていてやりたい。この『勉強は意外と楽しい』と思える時間を継続させるためにも、質問された時は即座に応えられるようにしてやりたいが。
「行って来いよ、分からないところがあったら堀北か櫛田に聞くからよ」
「……ハッ! 赤点バスケマンがナマ言うようになったじゃねぇか!」
「うるせえ! 赤点回避した時には何か奢らせてやっからな!」
心配はまたまた不要だった。以前ならブチ切れ必至な軽口にも笑みを浮かべながら答えてくるあたり、本当にメンタル的には問題がなさそうだった。
煽るように笑いながら、綾小路と共に席を立つ乃亜。
ついでに飲み物でも差し入れようかと、2人で自販機を探しながら、綾小路は本題に入った。
「
「
「なら、なんでだ? お前のことだ、既に
鋭い指摘に、乃亜は溜息を吐く。……まさかこの仕草を乃亜が用いる時が来るとは。
「……まあ、中間テストも、前回の小テスト分もあるけどさ」
「だろうな。佐々木にはお節介な幼馴染が付いているからな。なら───」
「───なんで過去問を使わないのかって? ……この学校に於ける最初の中間テストは、例年同じ内容を出題されてるってのは?」
質問を質問で返すという無礼を働くが、幸いなことに綾小路は気にした様子もなく、自分の中にあったであろう答えを口に出していく。
「抜け穴を意図して作ってるこの学校だ、捻くれた救済方法があるだろうとは予想はしていた」
「ああそうだ、地力が無ければイカサマを通して突破しろって話だろうよ。……だが、それじゃ次に繋がらない」
堀北はきっと、この中間テストを単独のものとしてみている。
それじゃダメだ───それでは、坂柳有栖を打ち倒すにはやはり足りていなさすぎる。
今回の一件を通して、『仲間と共に目標を達する』ことの味を知ってもらう必要があった。
もちろんこれだけで劇的には変わらないだろう。人が変わるのには、時間と根気が必要だ。そして何かを変える切っ掛けとは、能動的に動かなくては何も生まれはしない。可能性とは、変数があってこそ初めて1以上の%を記録させられる。
「俺が今回作り出したいのは、『自分の力と意志で勉強した』という実績だ。口を開けて餌を待ってるような雛鳥なんざ即座に淘汰される場所だろここは」
「この中間テストを、地力を上げる為の地盤作りに使うつもりか」
「そゆこと。『中間テスト後は、一週間に2回は勉強会を行うこと』……堀北と結んだこの条件も、学力を自発的につけさせるためのもの。あとは堀北の協調意識も育まれる。一石二鳥だ」
「…………だがそれは分の悪い賭けだ。まだ二週間以上はある、今からでも過去問の内容を暗記させれば、佐々木の勝利は揺るぎないものになる。逆に言えば、このままだと佐々木が負ける可能性の方が高い。……今の堀北がお前のポイントを受け取ったとしても、上手く使いこなせるとは思えない」
無表情の綾小路は、らしくなく早口だった。
彼から乃亜は、焦っているような色を感じた。……何に対して? 疑問はあったが、無機質な友人から感じられる人としての熱のある情の気配に、乃亜はとりあえず嬉しくなった。それが本人すら自覚していないだろう微かなものでも、それでも、芽生えた情の欠片に乃亜はつい笑ってしまう。
「ハッ! ───マイフレンド綾小路クン、キミに教えを授けよう」
勝てる可能性は確かに低い。
赤点退学の未来は確かに近い。
乃亜の全財産が奪われる現実も確かに近い。
だが乃亜は、佐々木乃亜という生き物は、確実な勝利には対して興味が湧かない。
「万馬券の単勝に全財産を一点賭け! つぎ込んだなら、後はメロンソーダ片手に座って待つ!」
勝つか、負けるか、その天秤の上で踊るのが好きだ。二者択一の二分の一が大好きだ。
50%を競ってコインを弾く方がいい。10%を求めてコインを弾いてもいい。
5%でも、1%でも、条件がどれだけ悪くたって、構わず笑ってコインを弾くだろう。
リターンの質と量に納得できる自分がいるならそれでいい。
「───
乃亜はもう、堀北鈴音の未熟さを見た瞬間に全ツッパすると決めていた。
「──────ああ、過去問はもちろん使うよ? テストの寸前くらいまでは危機感抱いて勉強してもらうけれど」
「…………あんなカッコよく宣言しといて使うのか」
「たりめーだろ。クラスメイトが退学とか普通に嫌だろ」
そんな感じだった。
「なあ、俺、この場から消えてもいい人間だよね?」
中間テストまでを一週間切った頃。
乃亜は例の如く、坂柳に呼ばれてAクラスにいた。何なら机を一時的に頂戴して、坂柳と並び合って勉強会に巻き込まれている最中だった。
「ダメダメですね」
貶されたのか、許可されたのか、ちょっと乃亜の察しの悪さでは判断が難しかった。
「今のは……どっちだ?」
「私達と共に勉強すると約束していたではありませんか」
坂柳は溜息を吐きながら、乃亜を愛らしく睨みつける。
しかし乃亜は思うのだ。どうして乃亜が呼ばれているのです? Aクラスの勉強会に? このアルティメットにアウェー場所で? 針の筵でいっそテンションが上がり始めている乃亜だった。
「わりぃ、ウチのクラスのアホ共がマジの退学ピンチなんだ。俺はそっちに行きたい」
胸は痛むが、それを振り切ってでも乃亜はクラスメイトの力になるべく駆け付けたい所存だ。
やる気がメキメキな彼等は、ただいま絶賛中学二年前半の範囲へ足を踏み入れているのだ。ペースはまあまあだが、バイタリティは萎れていくどころか、むしろ増す一方で嬉しい悲鳴も上げたくなる乃亜だった。
須藤クンを、櫛田を使って褒め称える。須藤の顔が『サンつがる』くらい真っ赤になるほど褒めまくらせた。……美少女に持て囃される男子を嫉妬するのは悲しきサガだ、そしてその本能に従うようにして、池と山内の学習意欲も対抗意識と共に跳ね上がっていく。
今では、三人で勝手に競い合って、自発的な自習までも手を付け始めている。乃亜はそれを聞いてからホクホク顔である。堀北は予想を超えた成果になりそうで、ちょっと焦っていた。
「そうでしょうか? 何やら私には
「テストの
「ほぅ───なるほど。……ですが、優秀なお友達の皆さんが付いていらっしゃるのでしょう? きっと大丈夫ですよ、何と言っても『先日の小テストで97点を取った乃亜君』の……大切なお友達ですから」
分かりやすい周りへのアピールだった。クラス内の派閥こそ形成されたとはいえ、協力体制をとっていたと乃亜は聞いた、あの話は嘘か? もしくは破断にでもなったのだろうか? 内部分裂でてんやわんやしてくれたなら、乃亜としてはとっても好都合である。
強力なパイプを持ってる私は影響力強いですよアピールだろうか。権謀術数が好きな幼馴染は、今日も今日とて腹黒思考なようで何よりだ。でも乃亜とのパイプとか必要かしら? このギャンブル中毒者と? むしろ不利につながる可能性の方が高そうである。
「俺、この場に要るか? Dクラスだよ?」
「神室さん」
「はぁ…………要るわよ」
「今絶対無理やりに言わせたじゃん。手下使っても発言力の嵩は増さないよ? 俺はDだよ?」
「橋本君」
「なんだなんだ、賭博プリンス様は姫さんを置いて男に走るつもりかー? 薄情な奴だなおい」
「いいやその意見には異を唱えたい、薄情で絶対悪で腹黒で腐ったマスカットみたいな性格をしているのはそこの女だ。そして俺はDの意思を継いでるんだよ?」
「鬼頭君」
「……悪く思うな……ここにいろ」
「テメェらは坂柳のポケモンかよ」
呼び出しては引っ込めて、サイクル戦でも繰り広げているつもりだろうか。そうかちょうど三体か、ランクマッチにも行けそうだ。
「お前らのクラスって例の過去問あるんだろ、じゃあそもそも勉強の必要性すらないじゃん」
ビキリと、Aクラスの空気が引き締まる。
教室中の探るような視線を独り占めする乃亜だが、腹芸を繰り広げる気自体が毛頭なかった。こうした探り合いの空気こそ嫌いではないが、思考を張り巡らせるゲームをするのなら、もっと直接的な目に見える形でやり取りをしたい。
政治とギャンブルは相性が悪いのである。
「ちょっといいか」
「へい? あー、やっぱ目障りだ? ごめんね、坂柳とかいう坂柳みたいな坂柳のせいで」
「私の名前を悪口のように活用するのはやめましょうね」
スキンヘッドを携えて乃亜へ話しかけてきた彼の名は、葛城康平という。
不幸にも坂柳という巨悪と同じAクラスへ放り込まれてしまった彼。だが勇気を持つ英傑であるのは間違いない、乃亜が保証する。
坂柳がクラスメイトを自らのチェスピースにしようと目論んでいることに気が付いて、率先して対抗勢力を作り上げ、クラスの私物化という最悪のルートを阻んで見せたのだ。構図で言えば『大魔王ゾーマVS勇者ロト』だ。これだけでもすごい。だが彼はそれだけではない、葛城康平とはそれだけには留まらない勇者だった。
一体どんな手を使ったのかは乃亜にも教えてもらいたいところだが───。
「過去問とは……何の話だ? 少し聞かせてほしくてな」
「知ってるくせに。もうクラス中に共有してんだろ」
「っ…………」
───何と、あの、唯我独尊性格腐敗系姫君と、実質的な友好同盟を果たしたらしい。
「赤点で退学だぜ? ちったあ危機感を持つだろう、もしミスったらなんて恐れは人間なら当然のように抱くし考える、人間は考える葦って偉い人も言ってたしな。そして一度は危機感を得たからこそ、お前ら全員の顔には退学のストレスから解放された安堵が宿ってる。空気が明らかに弛緩しすぎだ」
「……隠すだけ無粋か」
「かっ、葛城さん!?」
くすくすと、何が楽しいのか坂柳は、乃亜と葛城の会話内容に笑いこけている。戸塚の動揺したような声に対しても何かおかしく感じるものがあったらしい。笑いのツボが広いなこの女。
彼女にすれば珍しいことに、見下したような情は無かった。葛城の実力を認めている、それでいて袂を同じものとする者であると認識しているらしい。
───一枚岩になったって話はガチかよチクショウ……ゾーマとロトが手を組むなよ。
「ふふっ……まだ乃亜君は様子を伺っての推測でしか話をしていませんが、よろしいので?」
「何しろ佐々木の中では確定事項のようだからな。疑いだけならまだしも、ハッキリと言い切られてしまっては誤魔化しようが無いだろう。ふっ……坂柳がああも褒めるのも分かる気がするな」
「え? どんな陰口してんの?」
「佐々木は賭け事に熱中しすぎるきらいはあるが、基本的には善人であると聞いている。周りへの配慮も利いて、誰に対しても態度を変えることのない公平な人物だが、自分に対しては特別な態度を見せてくれるとも。それから最近では、あまり会えていな「乃亜君コイントスでもしましょうか」「やるぅー!!!!」……」
コインを弾き、その音に酔いしれる。賭けの内容は明日の昼食代の奢りだ。
親指に硬貨をセットした瞬間から、葛城の話の100割を忘れてしまった乃亜だった。
「凄まじいまでの洞察力だと聞いている。こうして披露してもらって納得もできた。何故お前のような男がDクラスに居るのか、理由が分から……わか………………───むん」
むん、じゃねーんだが。ちゃんと敵を称えるなら言い切れよ。
「もしかして俺が今日呼ばれた理由って」
「ちゃんと勉強会が理由
「性悪がよ」
「俺からも頼んだんだ。こうして話すのは初めてだし……敵の中核となる人物は知っておきたいだろう?」
企んでいるような笑みを頑張って浮かべるこの男。率直に言って乃亜からすれば大好きである。
性格が良い。善人だ、彼は。そして乃亜がこの世の善人が全員大好きなのだ。
「───Dクラスの佐々木乃亜だ、お手柔らかに」
「Aクラスの葛城康平だ。加減などすれば不満を抱えそうだがな」
互いに握手を返しながら、ごもっともな指摘をいただいてしまった。
───では、実力を認めてくれる期待に応えるべく、赤点退学の阻止から始めるとしよう。
「何を立ち上がっているのですか? まだちっとも進んでいないでしょう」
「言ったろ、今は時間があるなら仲間のために使いたいんだ」
「私と過ごす時間よりも……ですか……?」
「うん」
「「「「うわぁ……」」」」
最短で最速で真っすぐに一直線な即答だった。胸の想いを歌に変えたっていい。今の乃亜は、クラスの力になりたいが最優先だった。ドン引いた周りの声? 知ったこっちゃねぇのである。
「──────どうせ無駄に終わるのに?」
「…………いまー、坂柳はー、なんていったのー?」
座りなおしてから、坂柳の不機嫌そうな目を見て、聞き返す。
こめかみが蠢いているのを感じた。虫が張っているような不快感があった。
これは憤りが制御できていないから、自分の肉体の制御ができていないから、違和感があるの。怒って血管が動く感覚を支配する前に、怒りが暴れようと静かにため込まれているのだろう。
向き合った乃亜に何を思ったのか、一瞬だけ坂柳の口角が歪んだ。……ああそうだよ、乗ってやったんだよ、分かりやすい挑発に自分から吸い寄せられたんだよ。
───もう何度かのラリーが続くとは思っていた。
だが、坂柳はそんな乃亜の様子すら見通したように、いきなりフルスロットルで仕掛けてくる。
「あの程度の小テストで赤点を取るような劣等生なんかに乃亜君の時間を使うなど勿体無いですよ。これから先も余計な荷物になりかねません。いっそのこと切り捨ててしまいなさい」
「───ッ」
彼女が頬杖を突いている机に、乃亜は思い切り手を張りおろした。
渇いた打撃音だけが教室へ木霊して、Aクラスの喧騒は一気に静まり返る。そして教室内にいる全ての視線は警戒へと切り替わり、ただ1人の異物であるDクラス所属の乃亜が視線を独占した。
注目されている張本人と、目を丸くして何をされたのか理解出来ていない坂柳。張り詰めた空気感が、この2人の一挙手一投足を観察する。
手を突いた勢いで、乃亜の顔と坂柳の顔の距離は大きく近づいていた。吐息を風として感じられるギリギリの距離で、少年少女は見つめ合う。
「……なあ」
絞り出されたような声色に、浮かれた色彩は存在しなかった。
率直に言えば乃亜はキレた。
付き合いは長い間柄だ。だから坂柳が結果を重要視するタイプの人間であることは知っているし、自身が優秀であるが故か、やはり知性で劣る者を下に見る事も知っている。ただ傲慢なだけではなく、その性格の悪さには本人の才覚と努力の裏付けが存在している。
だが、だからといってだ。
赤点組とは数回程度の勉強会の席を同じにしたくらいの付き合いだ。坂柳の方が過ごした時間は長いし、乃亜とて、彼らと坂柳のどちらの方が仲が良いかと聞かれれば当然坂柳を選ぶだろう。だが。
だからって坂柳の言うことが全て正解だとは思えない。
努力する人を軽んじるような発言が、乃亜にはどうしても看過できなかった。
「乃亜君……?」
「お前が人を見下す態度なんて見飽きてる。だからお前の性格がどれだけ腐ってたって、俺からすれば普段通りでしかない」
何を言われているのか信じ難い顔をしていた……そこまで言われるとは予想できていなかったらしい。いや、抜本的な理解からして出来ていない。
「でもムカつく。アイツらは
最初の一歩目を済ませれば、後に残っているのはもう半分。昔の偉くて頭のいい人だって、そんな風な言葉を残している。初めての一歩目は、それだけ恐ろしくて、勇気が必要で、だからこそ何かを新しく始めることは、きっと尊くて大きな出来事なのだ。
周囲は遠巻きに見守っている。坂柳へ分かりやすく怒りを露わにする乃亜に危機感を覚えている。葛城は騒ぎを見過ごせない様子で、坂柳の取り巻き達も乃亜を止めようとはしていた。
だが坂柳は、周囲へのアピールも兼ねて余裕な笑みをふわりと溢してみせる。
「人が本気で努力しようとする姿を蔑むのは、マジで大っ嫌いだ」
「ふふ……───あはっ……なら、そんな友達思いな乃亜君は、これからいったいどうするつもりなのでしょうか」
顔の距離をより近づけた坂柳は、乃亜にしか分からないように、子供みたく笑った。何か邪悪な発想が思い浮かんだようだ、乃亜にはそれが分かる。
そして、実質的な挑戦状を叩きつけた。
「赤点候補の方々は乃亜君の献身を容易に無駄にするでしょう。所詮は努力を積み上げてこなかった怠惰の低能ですよ? 才能を持つ私
先ほどと同じように、乃亜にしか聞こえない声量で、的確に乃亜の逆鱗をなぞりあげたのだ。
そして今の乃亜は、いとも簡単に挑発を受け取る。
「──────おい、賭けろよ」
「ええ、受けて立ちます。内容は……次の試験の私達の点数でどうでしょうか」
「チッ……乗ってやるよ」
坂柳は、急に周囲にも聞こえる声量で語り始めた。証人作りとはご苦労な事で。
「まどろっこしいのは嫌いだ、全教科の総合点数でカタをつける。もしも同点だったら?」
「その場合は乃亜君の勝ちで構いませんよ」
「傲慢性悪女が。吐いた唾は飲み込めねぇぞ」
「乃亜君に全教科満点など不可能に近いでしょうから。これは傲慢ではなく余裕というものです」
言外に満点予告を乃亜へ叩きつける坂柳。
乃亜は、坂柳の異常なほどの頭脳を知っている。賭けの勝負内容に驚愕しているAクラスの連中以上に、坂柳にとって圧倒的有利な土俵に登ろうとしている事実も理解している。
全てを含めて、乃亜からすれば上等だ。
「お前が勝ったら何でもしてやるよ」
「くっ、ふふっ──────随分と大きく出たものです」
とても楽しそうだった。まるでサプライズバースデーを先んじて知っていたかのような、今にも「計画通り……!」とか言い出しそうな、邪悪な笑みを浮かべていた。
しばし押し黙ってから、坂柳はまた顔を寄せて、2人だけの会話を始める。声量を上げたり下げたりと忙しそう。猫を被らなければならない立場も大変だ。
「遠回しのおねだりですか? ……ああもうっ、本当に手の掛かる犬ですね。私に従う神室さん達を見て嫉妬しましたか? 乃亜君専用の首輪が欲しかったのですか? 素直に言ってくれれば、乃亜君ならいつでもとっておきのモノを用意しますのに」
「御託はいい。それでどうなんだ?」
「もちろんその条件で。……うふふっ……乃亜君ってば、本当に哀れなくらい可愛らしいひとなんですから」
じっとりと、乃亜の目を見据える菫色の双眸。坂柳から送られてくる視線には、艶を含んだ嗜虐的な粘り気が存在していた。彼女の頭では、既に賭けに勝利した後に乃亜
坂柳の細い人差し指が、シャツ越しの乃亜の鎖骨へと触れる。衣服や肌の更に奥にある骨の輪郭をなぞるように、右へ左へと、坂柳は白磁の指先を艶かしく往復させた。
こそばゆさを覚えるその前に、ちょっとした呆れを抱いた。そして危機感も同時に覚えた。
「…………ずっと前から思ってたんだけど…………お前、俺が男だって理解してないだろ」
「えっ。……………………この犬はいつまで経ってもどうしようもない駄犬ですね」
「……ああそうじゃあもういいわ、やっぱ人って痛い目見ないと分かんないもんな。……んで? 俺が勝ったら、お前は俺にどうしてくれるんだ」
「万が一にもあり得ませんけれど。まあ……私と同点以上なら、なんだってしてあげます」
なら、取り返しの付かないくらいの要求をしてやろう。
「坂柳有栖を俺の所有物にする」
「え?」
「お前の全てを俺が奪う。俺の部屋に引き摺り込んでグチャグチャにする。泣いても喚いても無理矢理組み伏せて俺の好きなように貪りまくる。壊れても潰れても俺が満足するまで延々と抱き尽くす。一週間ぶっ続けで躾けまくって従順なペットにしてやる」
「……え?」
「それでいいよな」
「えっと、もちろんです、け……どぅぇっ!!??」
まだだ、まだ畳み掛ける。理由は知らないが焦燥を乃亜は感じた、そして乃亜は押し込むべき好機をみすみす流すような男ではない。
一匹の勝負師として、ここはオールインだ!
「俺が勝ったらその場で契約書も書いてもらう」
「けっ、けいやく、しょ……ですか……っ! そっ、それも、っ衆人環っ視の中で……! 私にっ、ひ、ひざっっ、そ、その場で跪かせながら……っゆ、かっ、床の、上でっっ、書かせってぇ……っ! ぃっ……さっ『坂柳有栖は未来永劫佐々木乃亜の所有物になります』って一筆書かせてっっ、っ……! 額縁に入れた契約書を首から下げさせてっっっ……! 杖が無いとまともに歩行もできない私の目の前で杖を真っ二つにへし折って蹲りながら芋虫みたいに這いずる私に鞭を打ちながら校内を惨めに散歩させてそれを後ろからニヤニヤと撮影しながら乃亜君の責苦に耐え切れず座り込んでしまった私を蹴り飛ばして悦に浸るつもりなんですねっっ……!!!! きっ、きちく……きちくです……乃亜君は鬼畜の変態ですっ…………!!」
コイツはどれほど変態な女なのだろうか、乃亜はそう思った。
「いやそれお前の愛読書ォ!! インスピレーション豊富すぎんだよ現代のレオナルドですかテメェはよ!!!!」
「!!??!?!!?」
次から次へとよくもまあアイデアが湧き出るものだ。天才なのに変態なのか、変態だから天才なのか、あまり真相を追求したくはない乃亜だ。
小さい頃から知っている相手の性癖なんぞ知ったところで妙な疲れに襲われるのだ、「ああ、お前ってそういう趣味だもんね」と、ふと顔を合わせたタイミングで思い出して辟易としてしまう乃亜君の苦労を知らないとみえる。
「んなななななんんで例の本の存在を!!??!? 乃亜君の部屋の広辞苑のカバーに隠していたはずなのに!!!!」
「お前のお袋さんが見つけてたぞ! 『隠し方が思春期男子って感じね』って苦笑いだったぞ!! 俺のところに隠すんじゃねえアホ女ってのもそうだしぃ! そもそも俺が持ってるのよりもドギツイの揃えるのやめてくださる!? 俺がお前にエグいイタズラしてんじゃないかって未だにたぶん疑われてんだぞ!!!!」
幼馴染が被虐性癖だったなんて乃亜としては知りたくなかった事実であった、しかも人としての尊厳を徹底的に踏み躙って嬲り尽くすタイプのクソエグいやつ。普段から彼女の見せている攻撃的な嗜虐性は、よもやその性癖の裏返しなのではないのか? とか、一時期は本気で悩んだ時もあったものだ。
……まさかとは思うが、知り合った時期はやたらとチェスの相手を強請られたが、その時にボコボコにしすぎたから……あまりに積み上がった敗北の数々が一周回って快感として捉えるように……………………いやいやまさか、そんなまさか。
「(俺が勝った時の罰ゲームも色々とやらせたけど……まさかあれが原因なんて……まさかぁ)」
手を縛ったままピースを口で動かす命令をしてチェスをさせてみたり(チェス盤が涙で滑って動かしづらかった)。
坂柳夫妻の前で様つけで呼ばせて畏まった態度を取らせてみたり(乃亜は何も知らない風を装って撮影していた)。
『私はチェスで手も足も出なかった自称天才の雑魚です』と
あの坂柳がまさかその程度で壊れてしまうなんてあるのかしらん? 乃亜は訝しんだ。
「しかも……その、アレさ……中身がアレすぎて普通にドン引いちゃったや」
「〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!!!」
真っ赤に染まって必死な形相となった坂柳が、言葉にならない悲鳴を睨みに乗せてぶつけてくる。
乃亜のブレザーを両手でひしっと掴んで、何度も何度もばたぱたと振り回そうとする坂柳。でも貧弱すぎる筋力は乃亜をぴくりとも動かすことが出来ず、それが尚更に坂柳の中にある恥辱を膨張させていく。
残念ながら乃亜に出来ることなどない。自業の致すところなのであって、坂柳は決して乃亜に責任をおっ被せることなどあってはならないのだ。
「なんで! どうしてっ! よりにもよって乃亜君がみちゃったんですかぁっ!?」
「テメェが俺の部屋に置いとくからだな!!」
そんなこんなで、なんだかんだで決まった坂柳と乃亜との点数対決。
乃亜が心なしか足早にAクラスから立ち去り、坂柳はそれを余裕そう(個人差アリ)に見送る。
「───この『戦い』は俺が勝つ」
「けけけ結果がががた楽ししみしみみですね」
心は熱く、頭はクールに、そんな感じの心境を2人は共有していた、多分。
そして、あっという間にテストまで二日を切った日の朝。
乃亜は櫛田と平田を通して、過去問配布会を開催していた。
「か、か、か、過去問だとぅおー? しぃかもぉー、次の中間と同じ答えがぁー、まるまるのってるぅー? な、なななー、なんてぇこったぁーい」
「な、なぁ、なんという白々しさだぁー、佐々木ぃー、お前ぇー、絶対にぃー、知ってただろぉー」
綾小路と共にふざけた態度で過去問を眺めていれば、今にも舌打ちを繰り出しかねない威圧感の堀北が、突き刺さるような声色で割り込んできた。
「……今すぐその大根演技をやめてもらえるかしら」
「だってよアヤノコージ・ダイコーン・キヨターカ」
「佐々木は大根なのか。確かにちょっと辛そうな人生送ってそうだ」
「もう黙りなさい」
櫛田から配られた過去問を睨みつけながら、乃亜の方までも忙しなく睨みつける。交互に睨み続けて疲れないのだろうか。
「これは貴方の言うところのイカサマにはならないの?」
「ハッ! イカサマにペナルティを付けなかったお前が悪い。最終決定前に俺は言ったぜ? 『これで本当にいいのか』って三回もよ」
「貴方の誠実さを少しでも信じた私が愚かだったわ。───結局は出来レースだった訳ね」
「そうでもないかも? お前との賭けが交わされた時には、まだ俺は過去問の存在を知らなかったからなー」
「その言葉すら疑ってしまうわ」
ケラケラと笑いながら、こういった別口からの邪道を思いつかない堀北の真っすぐさに、乃亜は一種の関心を覚える。
正道しか知らず、それでも相当優秀である人物なことには間違いない堀北鈴音。彼女が搦手を覚えたとき、そして他者の力の活用方法を覚えたとき、どれほどの人物になるのかと思うと乃亜は愉しみで仕方なかった。
「まあ、ガチな話するとこれでようやく50/50ってとこだろうな……直接教えてたお前だって理解してるだろ」
「……答えを暗記するだけとはいっても、問題文の意味を理解するだけの下地が無ければ記憶は定着しづらくなる……業腹だけど、理に適っていると認めてあげる、業腹だけど」
「その辺りは佐々木の取り決めた条件が上手く嵌ったな。中学の基礎の範囲から始めるなんて無謀とは思ったが、高校生の勉強は、言ってしまえば中学の範囲の応用でしかない。……基礎を覚えた赤点三人衆は、これからを見据えた勉強にも取り組めるようになった訳だ」
「最初から諦められてちゃこれからの期末とかも絶望的だからな。勉強しても意味の薄い状態からどうにか脱してもらいたかったんだ」
理解できないモノとは、どうしたって興味の矢印が向きづらい。乃亜はそれを知っている。だって坂柳家の皆様は賭け事に一切の興味を抱いてくれなかったもの。そんな孤独のまま居候をしていた乃亜は、悲しくて悲しくて、悲しみのあまり朝9時の抽選に一人寂しく並ぶしかなかったのだ。本音を言えば親父さんには付き合ってもらっていい台と抽選番号を取りたかったのだ。
「……ここまで御膳立てをしていれば流石に気が付くわ。貴方、何が狙いなの?」
「大穴狙いの一点賭け」
「話にならないわね……私が言ってるのは、どうしてあの三人のために貴方のポイ「まあまて」
堀北鈴音の弱点は、結論を急ごうとすることだ。
結果を求める人生だったのかどうかは知らない。綾小路から聞いた、兄である堀北学とのいざこざが理由なのかも知ったこっちゃない。……個人で完結するような人生を送っていれば、確かに足並みの速度を誰かと合わせるということもしてこなかったことだろう。
なので、乃亜はまだ答えをお預けにするのである。
「まだ結果は決まった訳じゃない。その手の話は決着が付いてからって相場が決まってるだろ」
「……そうね。まだ彼らが本当に暗記し切れるかも分からないものね」
「だから50/50つったろー」
クラス全員が勝利を確信した空気を眺めながら、乃亜は携帯端末を弄っている。
全員が過去問を手に持っている───と思いきや、高円寺は唯一受け取ることを拒否していた。あそこまでの自信があるのは天晴れというほかない。
「さて、どうなると思うかね綾小路クン」
「さあな。全教科50点の普通な高校生のオレにはよく分からない」
「それ聞くたびに思うけどマジでアホだろお前」
「何を言う。50だ。真ん中だ。ちょうどだ。ほらな、オレこそが平均だ」
「『ほらな』じゃないが」
控えめなドヤ顔に、堀北ですら呆れて何も言えないでいる。
やはり綾小路と友達になったのは間違いではなかったようだ。その確信をしながら、乃亜はやはり端末を弄って一つのメッセージを送った。
そして──────中間テスト当日。
───坂柳有栖を俺の所有物にする───所有物にする──────する─────────
「(所有物にする……しょ、しょゆ、ぅ……私、乃亜君のもっ、モノにされる……?)」
───お前の全てを俺が奪う。
───俺の部屋に引き摺り込んでグチャグチャにする。
「(奪っ、うばうって、私から何を…………部屋に、連れ込まれてッ、ぐっちゃぐちゃって何をされるんですか……!?)」
───泣いても喚いても無理矢理組み伏せて俺の好きなように貪りまくる。
───壊れても潰れても俺が満足するまで延々と抱き尽くす。
───一週間ぶっ続けで躾けまくって従順なペットにしてやる。
「(むりやりっ、こ、壊れても!? 私の体の弱さを知っている乃亜君が、あのっ、私の体に気を遣ってくれる乃亜君が!? しかも、抱くっ……抱くってぇ!! え、エッチです! 乃亜君はやっぱり変態っ、で、す! ………………わ、わたし、ぺっとに、されちゃうのですか……?)」
───俺が勝ったらその場で契約書も書いてもらう。
「(乃亜君が、勝ったら……契約……一方的な……けいや、く……負けたら…………)」
満点解答へと淀みなく進んでいたシャーペンが、ピタリと動きを止める。
問題のすべからくの回答は頭に入っている。過去問を用いらずとも、自分自身の学力は間違いなく満点の答えを簡単に導き出せるだろう。
───それは、きっと、あの少年だって同じだ。
彼が勝つと宣言したのだ、だとすれば、手段の全てを用いて坂柳有栖へと『勝ち』にくる。
佐々木乃亜が勝つ=坂柳有栖は負ける。同点の時点で彼の勝ちだ、過去問を駆使すれば間違いなく全テスト満点を取る。この時点で坂柳有栖の分は悪い。だがもしかしたら、ケアレスミスという線はあり得る。そうなれば坂柳有栖は勝つ───
それはつまり──────坂柳有栖が負けることが出来なく──────こちらに一つの綻びさえあれば、佐々木乃亜は、勝利して坂柳有栖を手に入れて
「(ま、負け…………もし、も、私が、今…………この問題を一つ外せば…………)」
心臓が早鐘を打つ。
たった一文字だ、数字を一つ、ほんの一文字間違えるだけで坂柳有栖の人権は全てを剝奪されてしまう。
もう二度と、逆らえなくなる。
彼の手の中で、一生を弄ばれ続ける。
「(…………負ければ、もっと…………いっしょに…………そばに……………)」
息が途切れる。心臓の悪い自分からすれば実に良くない状態だ。急いでこの鼓動を落ち着かせなければならない。早く問題を解いて、余った時間で深呼吸をして、それが一番だ、なのに、どうして──────どうして。
「(………………………………………………………………………………)」
そして彼女は、最後の回答欄を埋めた。
一方その頃。
「(『無想転生チャンスでこそ中チェを引け』……『ハラキリDRIVE継続は高設定の可能性が高いと信じている』……『ペカらないのは努力不足の雑魚、日々善行を積み上げれば絶対ペカる』……『BOX買いは楽だけど、単勝一点狙いの方が熱くなれる』……『負けた時こそ帰りは寿司だ』……『昼休憩は10時か14時ならピークを避けられる』……『台パンマンは即通報』……『復活は期待しない方が突然来るから楽しい』……『黒騎士が熱いは嘘』……『天龍を殴ると警察カットイン予告』……『未来への咆哮はマジの神台』……『セインッセイヤァァァァァァ』)」
乃亜はテストの平均点を下げるために、オール50点を目指して絶賛解答中であった。
「(えーっと『思い付きを数字で語れるものかよ!』……『ハンドルからの風は右移行確定とはならないが、台やメーカーによっては例外もある』……『先バレは気持ちよすぎて他のカスタムの楽しさに触れる機会が少なくなってしまう』……『店員は常連にあだ名をつけてインカムで遊んでいる』……『自分が退席した後に当たったのなら、それは間違いなく遠隔だ』……と)」
ちょっと面白くなってきた乃亜だった。
テストの翌日、乃亜は茶柱に呼ばれることとなる。
工作行為をするにしても真面目に間違えろと怒られた乃亜だった。
「正直感心している……お前たちがこんな高得点を取れるとは思わなかったぞ」
ホワイトボードに張り出された、Dクラスの中間テストの結果。
そこには、確かに全員が赤点を回避したという、紛れもない成果があった。
「だが……佐々木──────それから
呼ばれた二名は、片やへらへらと笑い、片や不遜に笑い、茶柱からの言葉を待つ。
茶柱は、その様子に浅く笑いながら告げた。
「珍しいな? お前たちがこんな点数を取るとは」
乃亜と高円寺の点数は──────ピッタリ全教科がALL50点。
不思議な話もあるものだ、これでこのクラスには、三名もの全教科50点を記録した者がいたということだ。
「ハッ! なんてものすごい偶然っすか! ねぇアメリカン番長クン?」
「奇遇だねぇ賭博ボーイ。白状すれば風邪気味だったのさ、普段の実力を出せなかったよ」
「マジかよ大丈夫ー? お大事にー」
「
「羽っ振り良いねー、うっらやましぃー」
「フッ……まあいい。───何にせよこれで、今回の退学者は出なかったということだ」
堀北からの視線が痛い。
乃亜と高円寺が取った点数の説明を求められるのだろうが───まぁ、負け犬の遠吠えだ。
勝者たる乃亜の耳には、心地の良いオーケストラにでも聞こえるのだろう。
「この結果に油断しないよう、これからも励むのだな」
Dクラスの全てを覆す最初の一手は、ものの見事に乃亜が勝った。
全てを変える───盤上の全てを、このクラスの総力を以てひっくり返すのだ。
何か……そう何か、とてつもなく大切な何かを忘れているような気がしてならない乃亜だったのだが───思い出すことをすっぱりと諦める。
まあいいかと気分を切り替えた乃亜は、後ろの席の友人
「俺の大勝利!」
「佐々木はどうだったのかしらね」
「……」
「あんたは……どうせ満点だろうけど」
「…………」
「坂柳? ……どうしたの?」
「………………(無言で顔を逸らす)」
「えっ……?」
「……………………」
「きゅ、95点……───えっ……あんたまさか、わざと?」
「…………………………」