All or Nothing   作:真の柿の種(偽)

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批評、感想、くれ


あらゆる偉業の出発点は、 目的を明確にすることから。

「ちわーっす」

 

「また来たのか……」といった風な視線をありがたく頂戴する用意をしていた乃亜だったが、予想に反してその手の煙たがるような視線は一向に訪れない。

 もしかして仲間として受け入れてくれたのかしらん? 乃亜はちょっと嬉しくなった。

 

「へい性悪女、何の用だよ」

「……」

 

 坂柳の席へと近づいていく。不思議なことに、彼女の周囲には誰もいなかった。取り巻きポケモンたちも、いつもなら絡んでくるであろう戸塚も、あの葛城でさえ、遠目に坂柳の様子を見守るような情の色をしていた。

 乃亜をAクラスへと呼びつけた張本人は、俯いたまま何も言わない。

 周囲の雰囲気も、坂柳の様子も、なにやら今日のAクラスはちょっとおかしかった。

 

「坂柳?」

「…………」

 

 何も言わなかった。

 

「うおーい、さっかやーなぎー、ちゃーん」

「………………」

 

 小学生男子のようなウザ絡みをしても、やはり坂柳は俯いたままの姿勢を崩さない。

 流石にちょっとだけ心配になってきた乃亜は、坂柳の肩に手を置いた。

 

「っ……!!」

 

 急に触られた野良猫のように、ビクリと小さな体をより小さく縮こまらせる。華奢な肩が跳ねた様子に、力が籠りすぎてしまったのかと乃亜は焦った。

 痛かっただろうか? 今の乃亜の頭にはそれしか無かった。

 だから彼女の表情をようやく拝めた時、乃亜はとにかく困惑した。

 

「ぇ……え?」

「───ッ」

「は……ん? どっ、どうしたの、お前」

 

 紅潮した頬。潤いを帯びた菫の瞳。じっとりとした汗が前髪を濡らして、肌に張り付いている。

 荒い息が小さな肩を上下させる。そんな様子を呆気にとられながら観察していると、坂柳は、唇を一直線に食いしばってしまう。まるで、そうでもしないと、取り返しのつかない言葉が出てしまうとでも言いたげなように乃亜には見えた。

 長い付き合いというのもそうだが、乃亜にはその表情が何を物語っているのが分かる。理解できる。それがどういった分類の情の色なのかを知ってはいる、知っている、のだが。

 ──────取り合えず、なんとなく自分の身体を壁にして、周囲の視線から坂柳を隠した。

 

「はっ……はぁっ……──────のあ、くん」

 

 一番に困惑したのは、今の坂柳の全てには、隠しきれずに漏れ出た()()()()が醸されていたことだった。

 ───乃亜に? 一体、何を?

 

「……はぁ……っ……はぁ……のあ、君、は……」

「う、うん」

「…………ん、てん」

 

 顔がより一層赤くなっていく。羞恥の情を坂柳から感じた乃亜は、何となく、胸の奥がムズムズした。

 坂柳が何かを乃亜へ問おうとしているのは理解できる。ただ彼女は、それを聞こうとすればすれほど、彼女自身から湧き出る期待を無理やりに押し潰そうとして、満足に喋れないでいた。

 

「……なっ、……──────ん」

「聞いてるよ、しっかり聞いてるから、ゆっくり聞き取りやすく喋ってくれればいいから」

「それ、私の敗、、ぼくを──────ッッッ!!!!」

 

 乃亜には分かる、今のは絶対にただ自爆しただけだ、何か致命的な勘違いが妄想を加速させているだけだと推測するが、どうか。

 

「のあくん、は……テスト……──────何点、でしたか」

「え? ああ、中間テストはALL50点」

 

 この後乃亜は、一週間の賭博禁止を約束させられた。

 


 

「おら赤点回避バスケマン、コップだせや俺の奢りじゃ」

「おうっ、ありがとうな!」

 

 黒い炭酸飲料を並々に注いで、表面張力でぎりぎり保てる範囲までを見事に注ぎ切って見せた。

 慌てて口を付けて飲もうとする須藤だったが、残念ながら苦労も空しく、多少の炭酸飲料は寮のフローリングへと零れてしまう。迷惑そうな顔をしている綾小路もいるが、コラテラルダメージというやつだ。

 

「なんでオレの部屋なんだ」

「物無くてスペース広ぇから?」

「なるほど、合理的だな、だが迷惑だ」

「どういたしまして」

 

「褒めてない」と不満そうな綾小路は、空のペットボトルを乃亜へと投げつけてくる。

 床に広げられたお菓子を貪る赤点三人衆。……訂正、赤点回避三人衆である。彼らは退学の瀬戸際を潜り抜けたからか、ぼりぼりと安堵の表情で菓子を食い散らかしている。暴食の罪はここに極まっていた。

 乃亜も負けじとポリポリと控えめにお菓子を齧る。ポッキー旨し。チョコレートの発明は人類にとって大きな躍進なのだと思うのだ。

 

「でもよー、佐々木が平均点下げてくれたおかげで助かったよ」

「そうそう、ALL50点なんて偶然にしてもよく取れたもんだぜ」

「だってさ普通の高校生」

「そうだなー、すごいぐうぜんだー」

 

 池と山内が、乃亜をおちょくっているのかも分からないお礼をしてくる。不遜な輩どもめ、感謝すべき点はそこじゃなかろうに。

 綾小路へ顔を向けると、彼はサクサクと菓子を齧っている。無表情のビーバーに見えた乃亜だった。

 

「……っし!」

「どしたんバスケマン」

 

 須藤が突然立ち上がる。決意を固めたような表情、そんな色をしていた。

 

「……聞いてほしいんだ」

「公開告白は次の日死にたくなるぞー」

「ちげぇよ!!」

「経験があるのか? 相手は……坂柳か」

「罰ゲームでやらせたことある」

「え゛っ……佐々木って意外と性格悪い?」

 

 乃亜は思い出す、教室のど真ん中で乃亜へと向けて告白させた、あの鬼畜外道な罰ゲームを。

 山内にドン引きされる乃亜だが、違うのです、あの性悪がどんどん罰ゲームの内容をエスカレートさせなきゃ足の指を弾き潰すぞとか言うから、乃亜のせいじゃないのです。

 ともあれ、今は須藤を見守る時間である。

 

「……すまんっ!!」

「オーケー俺は許す。堀北は?」

「謝罪を受け取るわ」

「展開が早いな」

 

 池と山内は櫛田はキョトンとしているが、乃亜と綾小路は堀北は爆速理解である。

 

「ほいじゃ喧嘩両成敗ってことで」

「ええ、それで構わないわ」

「これが友情ってやつなんだな」

「友情にしてはけっこうアッサリとしてると思うけどね……」

 

 櫛田の突っ込みも我関せず。

 我の強すぎる三人は、やはりマイペースに、赤点回避の打ち上げを過ごしていくのだ。

 


 

「まずはおさらいだ」

 

 学食の角、隅のそのまた隅の席で、乃亜は山菜定食をもそもそと頬張る。

 向かいに座るのは、睨みつけてくる堀北───最近思い至ったのだが、きっと彼女は睨んでいるのではなく素で目つきが悪いのではないかと思うのだ。

 ……いや違うや、これ絶対に乃亜を睨みつけてるや。

 

「俺達があの時交わした契約を覚えてるか? つーか電子契約書みればいいか」

 

 契約書を見返しながら、要点を今一度声に出した。

 

「その1、『堀北鈴音は、須藤健、池寛治、山内、以下三名を対象とした勉強会を開くこと』

 その2、『勉強会は平日の放課後に行い、堀北鈴音は当人の努力が可能な限り上記した三名の参加を促すこと』

 その3、『堀北鈴音は、勉強会を開く前に、上記三名に対して謝罪をすること』

 その4、『勉強会の内容は、中学一年の範囲から順に始めていくこと』

 その5、『上記三名のいずれかが次回に行われる中間テストで赤点をとった場合は、佐々木乃亜の所有する6300000プライベートポイントを、条件なく一括で堀北鈴音へと寄贈すること』

 その6、『上記三名が次回に行われる中間テストで赤点を免れた場合は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 その7、『次回の中間テストが終了した後も、堀北鈴音は平日の放課後に可能であれば、週二回の勉強会を開き続けること』

 その8、『勉強会には、契約とは関係のない生徒が参加してもよいこと』

 その9、『堀北鈴音には出来る限りの「配慮」を望むこと、尚、無理だと感じたら「諦めても」構わない』

 ……こんなところか? 抜けてるところがあったら言ってくれ」

「オレの方でも確認した。問題ないと思うが、堀北はどうだ?」

「っ……問題ないわ」

 

 とても悔しそうな顔をして、堀北は自分の携帯端末の画面を見つめていた。

 今一度見直して、どう見直しても自分の敗北であることを認める他なかったのだ、可哀そうに。

 

「……この9項目は単なる嫌がらせでしょうに」

「感情を揺らす目的で作っといた。人ってムカつくと、注意力に穴ができるからな」

「その項目の煽りに負けた堀北は、まんまと佐々木のイカサマの可能性へ気が付かずに契約してしまったんだな」

 

 分かりやすいくらい意味のない、本当にお気持ち程度の項目を睨みつけながら、堀北は悔しさで奥歯を鳴らしていた。鍵括弧で強調している「配慮」と「諦めても」が本当に気に食わないのだろう。プライドが高いと逆に扱いやすくもあるので楽だ。

 契約の締結を急いだ様子だったのも理由の一つか。あの時はいつ乃亜が「やっぱやーめた」とか言い出すのやらと戦々恐々していた、そういう焦りの色があった。そういった意味では、契約書を作る段階───否、乃亜のロクデナシな部分を知っていた堀北は、乃亜のポイント総数に驚愕していた時点で不利な状態にあったのだ。

 

「さて──────色々踏まえてだ、何か質問ある?」

「……高円寺くんはどうやって口説いたの」

「過去問渡した日に20万ポイントで買って、茶柱に詰められた時のやり取りが気に入ったからついでに10万あげた」

 

 ハッキリと乃亜は断言した、630万のプール金に勝手な判断で手を付けたと。

 出費額としてはそこそこした。高円寺の実力を思えば、一度のテストの点数操作などは塵を払う程度の労力でしかない。一度決定した点数を操作するわけでもなし、20万───彼のテストの一点を2万5千ポイントで買った訳だが、流石に割高だったかもしれない。乃亜もそれは思うが、この手の賄賂というのは変に出し渋る方が後々で痛い目を見る。

 そして『仕事をこなせばちゃんと給料を振り込む人』であると、高円寺は乃亜をしっかりと認識しただろう。『()()()()()()()()()()()()()()()()()()』とも認めてくれたと思う。今後とも仲良くしていきたいものだ。

 契約上、立ち回りの上でも、問題などはどこにもなかった。

 

「っ! それはっ、契約……には、何も触れていない……から」

「そゆこと。別に契約履行中に俺がポイントを使っちゃダメとか書かれてねーし」

「気分で10万か。佐々木、オレの一発ギャグを見てもらいたいんだが」

「やめてね。それが横行したら俺が性悪成金みたいになるからね」

 

 口約束では、言ったか、言ってないか、取り決め自体が宙に浮きやすくなる。だから契約書というのは大切だ。

 そしてこの学校に於いて、契約事項を守るくらいに必要な能力が、契約には触れないラインを計測する能力だ。実社会でも、実際に契約や仕組みの内容を深く理解している者ほど、上手く利益となるグレーゾーンを泳ぐのが得意になる。

 税金や控除関係の仕組みが分かりやすい。市役所に言ってダメ元で聞いてみれば、案外「そんな制度あったの!? 先に言えよこの国のバカー!」となることが多いのだ。

 

「使っておいて賭けに負けてたらどうするつもりだったんだ? 満額を一括で払えないのなら契約違反になると思うが」

「足りない分は坂柳に借りてたと思う。ちょうだいって言ったら手下から掻き集めてくれると思う。人脈って便利だね」

「そうか、これがヒモか」

 

 綾小路は、初めて友人を強めに軽蔑した。

 

「それに、高円寺に関してはダメ押しの一手だからな。勝ち筋を確信したからこそ払ったんだよ」

「勉強会もあって大人しいと思っていたが、勝負勘は健在だな」

「前から思ってたけどテメェは俺を褒めすぎだな。……ほいじゃ他には?」

「この『提案』と『検討』は何なのか、ずっと気になっていた。佐々木は勝負が着くまで語らないと頑なだっただろう?」

「……」

 

 堀北も綾小路の代弁に、無言の同意を示している。

 

「じゃあ単刀直入に──────堀北、お前、()()()()Aクラスを目指せ」

「……は?」

「これが俺からの『提案』だな」

 

 綾小路は予想していたのだろう、会得がいったように小さく頷いていた。

 だが堀北は──────キレた。乃亜の予想通りに。

 

「馬鹿にしているの……!? 私は元からっ、Aクラスに上がることを目標にしているわ!!」

「いや舐めすぎだよお前、色々とさ」

 

 激昂した堀北の目すら見ず、山菜定食を頬張りながら乃亜は言い切る。

 

「まず須藤と池と山内を切り捨てようとした判断、アレ、間違ってるから」

「……何かと思えば、そんな感情論しか出てこないのかしら。三人が赤点を免れたのは、Dクラスの実力者たちが補助輪とレールを敷いてあげたからに過ぎないわ。……今は、ともかく……あの時の彼らに手を差し伸べるだけの価値があったとは思えない」

「ちげーよアホ。意味なく捨てた判断が間違ってるつってんだ」

 

 現時点での三人の評価を言い淀んだ辺りは大変よろしい。乃亜クン的には◎です。

 他者への評価を更新させるくらいの柔軟さはあるようでよかった。この分なら乃亜が手を出さなかったとしても、堀北なりに赤点回避のための試行錯誤はしていたことだろう。

 ……彼女では無理だった、なんてことは思わない。人の願い、思い、夢、人が想像できる悉くは、実現可能な物理事象だ。蜘蛛の糸を辿る可能性だろうと、大橋を叩いて渡る安牌だろうと、きっと実現していたことだ。

 

「どうせ捨てるなら鉄砲玉にすりゃよかった」

「は?」

 

 ただ、やはりまだ彼女は未熟だった。

 新馬戦のパドックを眺めるような気分だ、ああ、これは、未来が確かに楽しみだ。

 悪辣を思いつかない堀北は、悪の手段を知った時──────堀北鈴音の能力なら、正道以上の結果を出しやすい悪辣な手立てを、()()()()()()()()()()()()()()()()()、彼女はどの方角へ開花するのだろうか。

 漆黒の刺客かな? 英雄かな? 暴君かな? 皇帝かな? 怪物かな?

 ヒーローかな? ヒールかな? それとヒロイン程度で満足してしまうのかな?

 いずれにせよ乃亜はやはり彼女へ──────全ツッパだ。

 さて、話を終わった後に、果たして彼女は『検討』してくれるのだろうか。

 

「例えば……須藤は単細胞だ、喧嘩っ早くもある。他の素行が悪い生徒へ適当にポイントを渡して「須藤を挑発して殴られてほしい」だの頼めば、簡単に暴力沙汰に関してのデータが取れるだろうよ。数回繰り返せば流石に須藤が退学にでもなるだろうが、それはそれで、()()()()()()()()()()()()が計れる。そのデータを使えば、他クラスの生徒を挑発して問題を起こさせて退学させる……なんて選択肢が生まれるかもな。

 他クラス挑発の材料? んなもんは恋人でも想い人でも劣等感を抱いてる友達でも何でも、周りの人間関係を調べて使()()()()()

「……」

 

 堀北が、信じられないモノを見るような眼をしていた。

 乃亜にそんな発想が思いつく余地があるとは、露とも考えたことが無いのだろうか。或いは賭博馬鹿な面を見せられすぎて、そこまで頭が回るような奴でもないと認識されていた?

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。乃亜は増々好感を抱いた。

 

「頭が悪いからって使い道が無い訳じゃない。むしろ頭が悪いからこそ、価値が有るとされる存在じゃ行えない実験に使()()()んだよ。

 ───池や山内にしたってそうだ、ポイントを懐に包ませて「他のクラスのポイントを下げる行為をしてくれたなら、私だけが見つけた退学を撤回する方法を教えてあげる」とか囁きゃ一発だったと思うぞ。お前は顔と声は良い、耳元で女を押し出した猫撫で声でもすりゃ、あのアホ共は喜んでAクラスで暴れてくれるだろうさ。ああ、胸でも押し付けりゃさらに張り切ってくれるね。

 ……暴れるところを抑え込むAクラス、けど退学が掛かっていると思い込んでいる池と山内は更に暴れる、自然と強引な手段で2人は抑え込まれて暴力を振るわれる。

 結果的に残るのは、2人に暴力行為を働いてクラスポイントが減ったAクラスと、元々0ポイントだから無傷のDクラス。使い捨ての二人は有効活用してから退学してポイっとね。

 ───な? ただ見捨てるだけより、よっぽど利益が出そうだと思わないか?」

「…………」

 

 顔が青い。今にも吐きそうだ、とまでは言わないが、気分をかなり害しているのは間違いなかった。

 その反応こそ、そんな手段を使われる可能性が頭に一ミリもなかったということの証左だ。

 

「女としての部分を利用するのは憚られるか? 人を騙すのは心が苦しむか? 自分が唆したせいで誰かが不幸になるのは嫌なのか? まさかそんな甘ったれたこと言わないよな? これからAクラス街道をグングン上がってくつもりだったお前は、まさか踏み台として蹴落とされていく生徒が不幸になっていく事実を意識していなかったなんて言わないよな」

 

 黙り込んで、俯いて、それから堀北はピクリとも動かなくなってしまった。

 乃亜は、塞ぎこんでしまった堀北の様子に、小さな頃の坂柳を想起してしまう。……チェスでボコボコにしすぎて可哀そうに思った乃亜は、千日手へ向かうように駒を動かしていた。するとドローへ落ち着く寸前に黙り込んでしまった坂柳、顔を覗き込めば彼女の眼が死んでいたのをよく覚えている。こわかった。

 ……こりゃ不味いかもしれん! 助けて綾小路クン! 言い過ぎたかも! メンタルバキベキにするつもりはなかったのよ! こっ、このままでは乃亜の新馬育成計画が潰えてしまう!!

 威勢の良い掛かった新馬に単勝全ツッパ大好きな乃亜としては、パドックの段階で予後不良を引き起こされてはすっごい困る。

 

「……じゃあ簡単に各クラスのリーダー格の説明といくか。まず、俺が言った今の手段を余裕で選択肢に入れてるようなやつがCクラスを牛耳ってる」

「! ……龍園か」

 

 話の流れを変えるために、他クラスのリーダー格に触れていくことにした乃亜。

 確か綾小路は、須藤と『彼女』と共に、龍園翔と鉢合わせていたと乃亜は聞いていた。須藤を思い切りおちょくって手を出させようとしていたらしいが───つまりはそれがデータ取りの一環だったのだろう。幸いなことに、堀北たちが赤点を回避させようと尽力してくれていることを実感していた時期だったためか、ぐっと堪えて我慢していたらしい、偉いゾ須藤クン!

 乃亜もついこないだ鉢合わせした。綾小路曰く「中々やり手」だそうだが、あの綾小路の評価も頷ける男ではあった。ポーカーの腕前は乃亜が圧勝だったが。圧勝! だったが! 

 

「そ、アイツ。……んで、俺が今並べた全部は邪道だ、正道ではない。でもな、邪道の手段ってのは大体が初見殺しだ。裏をかくようにして計画立ててくるんだから当たり前だよな」

「ドルマゲスのような、厄介の二文字が相応しそうな相手だったな」

「? ……ね。アレとの頭脳戦は、まあまあ楽しそうだよな」

 

 何か違和感があったような気がしないでもないが、まあ、綾小路の言うとおりだ。

 番外戦術だろうと躊躇をしない風情を感じた。謀略を内外に張り巡らせてその上で本人の根性と度胸も目を見張るものがありそうだ。割とそういうのは嫌いじゃない。

 

「例えば、Aクラスの坂柳有栖」

「お前の腐りかけの死体みたいな性格の幼馴染か。ゾンビキラーが効きそうだ」

「テメェ最近ドラクエをやってんな?」

「うん。錬金窯でまよけの聖印と組み合わせて、ゾンビバスターを作ったところだ」

 

 うん、て。

 中盤までは最高火力を誇るアレを作っていたのか、流石綾小路、いい着眼点だ。トロデーン城の敵討ちまでもうすぐだぞ。でもアイツちゃんと中ボスらしく強いから気をつけろ。

 ……まさか綾小路の口からドラクエ用語が出てくるとは思いもよらず、乃亜は普通にビビってた。

 

「山内に借りた。あれは中々楽しいな。佐々木と堀北にもぜひお勧めだ」

「……だってさ」

「…………っ、……へ?」

 

 自分に振られるとは思っていなかった堀北が、ようやく自失状態から立ち直ってくれた。

 

「それで……坂柳有栖は頭が良い。知能指数だけなら学校でトップ張れそうなレベル」

「優秀だ優秀だ、とはお前からよく聞くが、具体的な指針はあるのか?」

「昔はともかく、中学入ってからはチェスで勝てなくなった」

「!? 佐々木が……にわかに信じがたいが……いや、お前が言うのならそうなんだろう」

「そして性格が悪い、とても悪い、めっちゃ悪い。……いやマジで笑えないくらいに終わってる。性格終末論系女子だ」

「……仮にも幼馴染でしょうにそこまで言うのね」

「前は『腐りかけのアセロラみたいな性格をした美少女幼馴染』と言っていた」

「佐々木君は……坂柳さんが嫌いなの?」

「いやめっちゃ好きだけどさ、それとこれとは話が別だろ」

 

 ダメなものはダメと言える関係の方が健全だと思うのだが。

 そして乃亜と坂柳の関係性にはイエスマンなど不要だ。なら俺たちはそれでいい。

 

「んでな、人の弱みを握ったら容赦なく脅してくる。直接脅すし、当人の周囲にじわじわ浸透させて追い詰めるみたいなことも多分アイツはやる、てか今頃その準備を終わらせて、実行に移していたとしても俺は驚かん」

「自殺未遂者を出しそうな手口ね……」

「逃げ場もなく、簡単に逃げる訳にもいかないこの学校でそんなことでもされれば、被害者は精神を病ませかねないだろうな」

「そこにマッチポンプで解決して心酔させるとかもできる。アイツ顔と声と雰囲気が現実離れしてるくらい可愛いし、頭は当然のようにめちゃいいし、カルト教祖とかも結構向いてそう」

「……悪く言いたいのか褒めたいのかよく分からないわ」

 

 両方だよ察してください。

 

「要はざっくりと説明したようにだ、リーダー格ってのは搦手を知っとかなくちゃならない。手段を実行に移すかどうかは別だ。だがその厄介かつ悪辣な一手を打たれた時、対応できるだけの下地が必要なんだよ。ピンチって時にどう動くかも分からない無様晒せば食われて終わりだ」

「そうね……『()()()()()()()()()()』の可能性を知ることの重要性は理解したわ」

「んでそれを踏まえてだ……」

 

 総括しようとしたとき、綾小路の声が待ったをかけた。

 

「佐々木、()()()()()()()()オレは聞かないが」

「……」

「そうか、余計な口を挟んだな」

「助かる」

 

 咳ばらいを一つ入れて、逸れ掛けた堀北の意識を乃亜へと向けさせる。

 ともあれだ、綾小路の気遣いに感謝しながら、乃亜は堀北を真っすぐに見ながら再度『提案』した。

 

「改めて──────堀北、お前、Aクラスをちゃんと目指せるか?」

「目指す」

「ハッ! 即答かよ、まあ大いに結構。でも今の話を聞いて理解してるだろ」

「ええ。……今のDクラスにはリーダーが不在。上に上がるのなら、象徴となる存在は不可欠」

 

 それを理解して尚、もう一度即答ができるのかがどうしても知りたくて、乃亜は聞いた。

 直接的な覚悟を示させるように。

 

「堀北、お前、Dクラスのリーダーになれ」

「任せなさい」

 

 これは、契約だった。

 悪魔の『提案』を『検討』し、そして契りは交わされた。

 Noahと名乗る目の前の悪魔が、決して善性のみで構成されている男ではないことを知っただろう。悪辣な手段を思いつき、きっと、必要なら実行に移すと確信しているだろう。

 さて──────正道を進んできた彼女は、今これより、悪魔の手を取るわけだ。

 真っすぐな少女が、悪魔の囁きをどう利用していくのか……ワクワクする話ではなかろうか。

 

「堀北の未熟さをカバーするために、俺と綾小路が力を貸す。……異論は今の内だぜ綾小路」

「──────()()() ……こうで合ってるか?」

「……合ってるけど……何で?」

「佐々木が楽しそうな予感をしている時、こうするだろう? ───オレも真似してみたんだ」

 

 きょとんと、へらへらとした笑みが表情筋に張り付いている乃亜が、本当に呆けてしまった。

 その顔を見て、綾小路が少しだけ噴き出した、普通の高校生のように、普通に、一瞬だけど。

 その顔を見て、堀北が力強く笑った、普通の高校生のように、素直に、笑顔を携える。

 

「──────ハッ! いいね、上等だ!! 堀北先生の官僚として!! この学校を牛耳るくらいの大暴れをかましてやろうぜ!! 校則弄ってパチンコ屋を導入するくらいのハチャメチャにしてやろうぜ!! うわっほぉ!! 燃えてくるね滾るぜこれからはよぉーー!!!!」

「先生呼びは絶対にやめて欲しいのだけれど」

「やっぱりお前は面白い男だな」

 

 こうしてDクラスの……いや、今からはこう呼ぶべきだろう。

 何故ならDというのは、もう乃亜達のクラスを示す記号ではなくなっていく。

 だから、堀北鈴音が将来的に指揮を執るこのクラスは──────堀北クラスだ。

 今日から、そうなっていくのだ。

 

「行くぜ! 堀北先生とその仲間一号と二号!!」

「先生はやめてちょうだい」

「がんばれ堀北先生」

「やめなさい」

「堀北せーんせいっ!」

「貴方を殺すわ、今」

「残酷倒置法ッ!?」

 


 

 夕焼けの光が、Aクラスの教室を侵していく。

 最優秀とされた者たちを統括する2人は、片や椅子へ座り、片や窓際に背を預けて、こつこつと意見を混じらせていく。

 

「葛城君は、彼にどんな所感を抱きましたか?」

「洞察力と頭が切れるのもそうだが……一番の脅威と感じたのは、場を一息に支配する存在感だ」

 

 坂柳の意外な……意外過ぎる……ちょっと……いやかなりすごくアブノーマルな一面が露になったあの日を、葛城は思い返す。

 へらへらと軽薄に笑い、楽しそうだと判断すれば飛び跳ねるように「ハッ!」と笑い、かと思えば友の努力への侮辱に対して強く怒れるだけの人間性があり、冷淡な態度で損得を計るような様子も見せつける。

 性質は多様に広がっている。まるで彼の中には複数の人格でもあるのではないかとも思った。

 彼の性格が定まらないと言えばそうだが、不思議なことに佐々木乃亜からは、切り替えのメリハリがキッチリとしているような感覚もあったような。

 ……鋭い一言を迷わず差し込む佐々木乃亜特有の感覚を思えば、芯は誰にも引けを取らないほどに固いのだろう。

 

「佐々木の一言には力がある。本人からすれば端的に、それも意図することなくただ喋っているのだろうが……勝負師の本能とも……ああいや、あいつの賭博癖を嫌うお前が不機嫌になるのも分かるが……」

「……理解しています。誰もが目を向けざるを得ない一言を、誰もが足を止めざるを得ない瞬間に、彼はするりと核心を抉る一言を口にします。それは確かに、彼が愚かにも自称プロギャンブラーを名乗るだけのものであるのは確かです」

 

 ただのカリスマとは違った力があった。大きく絢爛で派手なモノではなく、それは蛇の猛毒の牙に近く、無意味に壁へ突き立てられるナイフのような、得体のしれない不気味さを内包していた。

 拗ねたように言う坂柳だったが、言葉の節々は素直ではない誇らしさに飾られている。

 それを察した葛城は、指摘することもせず、少し笑いながら会話を促す。

 

「お前が手を組もうと堂々と言ってきた時は警戒していたが……確かに、アレはそれだけ警戒に値する強敵だ」

「ええ、個人間で完結するような対決では、()()()()()()()()()()()

「あの坂柳が断言するか」

「派閥なんてくだらない内輪揉めをしている暇もありません。彼は今現在で既に何かしらの仕込みを()()()()()()()、もちろん私の予測ではありますが……意味すら知りたくもない乃亜君の世迷言を借りるなら「4つ目の保留にデュランダルが突き刺さっている」といったところでしょうか……約75%の確率らしいです、意味は知りません。───であればポイントシステムの全貌が露わとなる前に、遅くとも5月1日の内に意志の統一を済ませておくことは絶対の条件でした。このクラス間抗争はチーム戦です。乃亜君は、個人での戦いしか知らない」

 

 乃亜から没収したコインを楽しそうに眺めて手元で弄ぶ坂柳は、声ですら楽しそうに、乃亜の情報をすらすらと開示していく。

 少しだけ、無表情に切り替わったりもしたが。

 

「──────ずっと孤独だった彼は、誰かと共に戦うという意味をまだ知りません」

 

 一際強くコインを握りしめて、優しく手をほどいた。

 すぐにでも先ほどのような、楽しい玩具を眺める子供のような顔をして、コインを指でいじくりまわしている。

 葛城は余計なことは何も言わず、自分の中の見解を口に出した。

 

「付け入る隙はある、と」

「その筈だったのですが、最近の彼の様子を聞く限りは……まあ、それはそれで、悪いことではないのでしょうね」

 

 控えめな言葉とは裏腹に随分と嬉しそうだ、弟の成長を喜ぶ姉とはこういうものなのだろうか。或いは兄の勇士に喜ぶ妹か。当の乃亜本人がそんな葛城の心中を知った時には、きっとコイントスで見解の行方を決めようとするだろう。想像の中でもどうしようもない賭博馬鹿だった。

 妹がいる身である葛城は、少しの親近感を抱きつつ、抱いていた疑問を口にする。

 

「どうして過去問を流したのかを聞きたいところだ」

「フェアじゃありませんから」

 

 これはカマかけではない。彼女は既に、今より以前───坂柳変態疑惑事件の折に、その事実を葛城に白状している。

 裏があるかと勘繰ったが、どうもそういったことでもないらしい。

 仲間に対しては誠実に振る舞おうとしている姿勢が、葛城には感じられる。入学直後に薄かれども感じた彼女の攻撃性を思い返せば、これは驚かざるを得ない話だ。……この辺りのちぐはぐな印象は、とある少年の影響もあるのだろうか。

 

「私たちがクラスポイントに於いて最高ともいえるスタートを切れたのは、彼からの情報が大きかった。だからです」

「取って付けたような理由に思えるが? 先輩を相手に大立ち回りをして得た、()()()()()と聞いている」

「佐々木乃亜が『人を見て推測した情報』は、確定情報とイコールです。その上、推測だけでなく、一年生の段階では知ることができない情報を報酬としての賭けを行っている可能性は大いにあります。この学校は意図して情報を隔離しています、『自分で探れ』という話でしょう。そして未開情報というアドバンテージに関して言えば、Dクラスが圧倒的。……まあ彼は小出しにするつもりのようですけれど、その点は私たちとしても非常に好都合ですね」

「だから過去問も既に持っているだろう、だから流したところで不利にも有利にもならない……か。……()()()こそお前の行動には不可解な点がある。───渡しても意味が無いのならなぜ渡した? 合理的とは思えん。()()()()()()()()()()()()()漏洩する可能性などあり得ないだろうが……」

「ふふ……ええ、そうかもしれませんね」

 

 くすくすと、少年史上最大のやらかしを思い出しておかしくなる坂柳。

 首をかしげるのは葛城だったが、特に悪意が無かったために話を先に進めた。

 

「? ……情報が他のクラスへ漏洩する可能性は少なからずあった。フェアを目指すというだけなら、他の手立てをお前の頭脳なら思いつくだろう」

「……………………いですか」

「お前たちの関係性も朧気だが把握できている。お前たちは互いに利用し合うことも厭わない、言ってみればライバルでもあるのだろう。だからこそ分からん」

 

 ───渡しても意味が無いからだ。だから情勢を左右させずに、坂柳本人の小さな欲望を発散することができる。

 強いて言えば、それが理由だった。

 

「点数稼ぎ……ですけど、何か?」

「Dクラスの点数か……? メリットが俺には理解できないが……」

 

 油の切れた歯車のような不自然さで、坂柳は、苦しそうに述べた。

 

「……私に対する点数……すこしでも……よく見てもらいたい、のはっ……ダメ、でしたか?」

 

 過去問の情報を手にした瞬間、坂柳は迷わず送った。

 葛城の疑問は、言ってしまえば──────乙女回路とか、そう呼ばれるものの仕業だった。

 

「───……賭博プリンスも罪な男だな」

 


 

 夕焼けの光が、Bクラスの教室を侵していく。

 教卓の上で頬杖を突きながら、一之瀬は携帯端末を何となしに弄っていた。

 すると、教卓目の前にある机に腰かけていた神崎が、ピクリと体を身動ぎさせた。

 

「情報が回ってきた」

「うん」

「今回の中間テストは、Aクラスがトップ。()()()()を追うようにしてDクラスだ」

 

 Bクラスの生徒は、優秀な生徒が集まっている。

 最優秀とされるAクラスには劣る───一之瀬帆波は決してそうは思わないが───とされるも、それでも平均値は明確に高い。純粋な学力という面で見れば、Aクラスにも引けは取らないと本心から言えるほどには、アベレージは高い。

 ただ、今回の中間テストの結果は、今聞いたとおりだった。

 一番だったのは、A。でも二番目はBでもなく、はたまたCでもなく、Dだった。

 

「Dクラス……か」

「ああ。あの男がいるクラスだ」

 

 一之瀬が、Dにどんな面子がいたのかを思い返そうとしていた。

 すぐに思い浮かぶのは───賭け事が大好きな少年の顔。

 

「何があったのかは話せないんだったな?」

「……ごめんね?」

「謝るな。一之瀬には一之瀬の考えがあるんだろう」

 

 神崎はそれきり、一之瀬の事情を引き出そうとはしてこなかった。

 けれどそれはそれ。神崎は、やるべきことをしっかりと見据えられる男だった。

 

「だが今の時間は、例の佐々木乃亜について───ひいてはDクラスについて話す時間だ」

「うん……そうだね! ごめんね、話の腰を折っちゃって」

「気にしていないさ」

 

 神崎は軽く笑って、そしてすぐに表情を引き締めて、本題へと入る。

 携帯端末の画面を眺めながら、神崎は一人の名前から切り出した。

 

「高円寺は優秀な男だ。Dクラスに所属している理由は……おそらく協調性あたりが邪魔をしているのだろうが、その実力はAやBのトップ層と比較しても遜色がない生徒だろう」

「じゃあ、これは如何にもって感じで不自然だね」

 

 一之瀬が、表示されている高円寺の点数を拡大した。

 横へとスライドさせ、他の教科も確認して、やはりその違和感はぬぐえなかった。

 

「綺麗にALL50点、佐々木も同様にな」

「あれ、綾小路って名前、どこかで……ああ、あの人も全教科50点なんだ!」

「知り合いか? ……いずれにせよ、Dクラスには点数の配分すらも計算に入れた回答ができる人物が、最低でも3()()はいる」

 

 神崎は、その難易度が理解できる側の人間だ。

 各問題の配点予測。そして、半端な部分点を取るための調整力。問題全ての回答を理解するだけでなく、問題文の理解力、そして採点者の加点配分ですらも予測しなければできない芸当だ。不可能とは言わないが、神崎はいざ自分がやれと言われても、あまり気乗りはしないだろう。

 

「目的は……なんだ? まさか『全教科50点のちょうど真ん中で普通の高校生です』とでも主張するようなバカは絶対にあり得ない、というよりそんなのが入学できるとは信じたくはない」

 

 


「へくちっ」

「風邪ひいた? あの綾小路が? え、マジ? 黒死病再来レベルの疫病だろそれ。大丈夫?」

「失礼な。オレだって風邪に罹るときもある。何せ全教科50点の普通の高校生だからな」

「普通の高校生に謝れ」


 

 

「私もできるとは思うけれど……ちょっと怖いかな……」

「そうだ、この点に関して注目すべき事実はALL50という目を引く部分ではない。『Bクラストップの一之瀬』ですら躊躇するようなことを、平然と実行に移せる度胸を持った生徒が、3()()もいるということだ」

 

 


「? ……寒気がするような気がする」

「本当に風邪かしら。今すぐ私の半径1キロ圏内から離れてくれる?」

「風邪というよりも、目を付けられているような……この、どこまでも普通の高校生が?」

「もう黙ってて」


 

 

「私の評価は大げさだと思うけれど……でもそうだね、赤点が掛かってるのにギリギリを攻めるなんて……流石は賭博プリンスってことなのかな」

「主導したのはやはり佐々木だろう。癖が強いという高円寺の評価を鑑みれば、彼も佐々木が説き伏せたと考えるのが自然だ」

 

 佐々木乃亜の悪名は、本人が想像している以上に轟きまくっていた。特に二年生の間ではめっぽう有名だ、何せ二年のトップと目される存在を、()()()のコイントスで打ち倒したという武勇伝が広まっている。200万を賭けたコイントスで片手間とは、カッコ良すぎかな。

 ───実際には恍惚とした表情、涎を垂らした唇、震える親指、弾かれたコインを狂気の眼で軌道を追いかける、手の甲に落ちたコインの感触に「……あはぁ」と漏れたつぶやき、等々、常軌を逸した危ない様子にドン引きしていた副会長殿がいたという話だった。醜態が広まっていないのは、副会長がなけなしの良心で黙っていてくれてるだけだった。

 

「……えっと、各クラスの平均点はDクラスが二番に高かったんだよね? ───きっとDクラスも過去問を手に入れてたんだろうけど……それでもクラス内での平均点は下げて、高円寺君という保険を掛けてまで平均点を更に下げた。なら、絶対に達したい目的があったんだと思うんだ」

「平均点を下げたのは……突出することを恐れた? 頭角を現すには確かにまだ早い、各クラスの地盤を固まり切っていない状態で上へ向かったとしてもすぐに潰される、からか?」

「うーん……どうだろう……だとしたら過去問自体を使わずにいるか、特定の人たちだけに配って目立たないように調整するんじゃないかな」

「……まさかと思うが、赤点による退学の回避か?」

「……うん、私もきっとそう思う」

 

 一之瀬からすれば納得できるだけの理由があった。噂通りのロクデナシではないという、客観的な事実もあった。

 だが神崎は納得がいかなかった。というよりも理解が追い付かなかったのだ。

 神崎からすれば、佐々木乃亜とは享楽と悦楽に耽る精神異常者だ。何故か勉強が出来て、妙に頭の回転が速い、これは実はサイコパスと分類される存在に見事に当てはまる要素でもあった。……坂柳のような付き合いの長い者なら「あ……えっと……───ひ、否定できませんっ」となる。綾小路ならば「佐々木は流石だな」と実は全く称賛には当て嵌まらない誉め言葉を贈るだろう。

 加えて、佐々木乃亜は、Bクラスと明確な()()がある。

 確執の理由こそ、当の本人である一之瀬は話さない。だが一之瀬が話さないのがむしろ、Bクラスから佐々木乃亜へ向けられる反感の情を育んでいた。───勝手な想像をするものだ、人間とは。それこそ()()()()()()()()()()()()()をされたのではないか、それをネタにもっと脅されているのではないか、なんて。

 

「…………あり得ない」

「それがそうでもないんだよね。……私が龍園君と鉢合わせた話をしたでしょ?」

「ああ、Dクラスの須藤が挑発を受けていたが、堪えたと言っていたな」

「そう。その時に綾小路君もいて、龍園君がいなくなった後に2人で話していたんだけど……───」

 

 ───よく堪えたな、正直殴りかかるものかと思ってひやひやしたぞ。

 ───堀北と()()()()……俺なんかのために()()()()()()()()()()()()()()()()()()、無駄にできるわけねぇだろ。……綾小路も、信じてくれてありがとよ。

 ───……そうか、中間が終わったら2人にも言ってやれ。

 

「───って、言ってたんだ」

「……聞き間違いじゃないのか?」

「うーんどうだろうねー……でも、実際の佐々木君が何を考えているのかは置いてても、佐々木君が目的のための手段を選ばない人なのは、多分そうでしょ? だったら赤点の危機のクラスメイトのために奔放するというのは、手段の一つとしてあり得そうだって私は思うんだ」

 

 ()()()()()()()というのは、必ずしも非道な手段に手を染めるということとイコールにはならない。

 それを理解している神崎からしても、一之瀬の言にどれだけ筋が通っていようとも。

 ()()()()()()()()()()。……人であるなら、自然な感情論だった。

 

「確かに、一之瀬の言う通りではあると思う。……だが……」

「……よっし! 今日はもうここまでにしよっか! 色々考えすぎてお腹減ってきちゃったよ」

「……ああ」

 

 少しだけ重たい空気を引き連れて、教室を後にする2人──────その前に、もう一度だけ最後に、思い返す。

 Dクラス。静かに、けれど確かな存在感をちらつかせている、現状最下位の者たち。

 その中から、一番に特徴的だと思える顔を思い返した。

 すぐに思い浮かぶのは──────賭け事が大好きな、男の子。

 ()()()()()()()()()()()、少年の、顔。

 


 

 夕焼けの光が、Cクラスの教室を侵していく。

 机へ不遜な態度で足を掛けて、静かに座る赤髪の男がいた。

 彼は長い髪の隙間から視線を覗かせて、離れた場所に座った一人の真っ白な少女を睨みつける。けれど少女は怯えの欠片も見せることなく、マイペースに、開かれた本のページをめくる。

 

「顔合わせは済ませてきた」

「はあ、そうですか」

 

 淡白な返事に、けれど赤髪の男───龍園翔は気を悪くした様子もなく、言葉を続けていく。

 

「あれは確かに大した男だ。ひよりの言う通り、台風の目になるって評価も頷ける」

「……」

「だがな……ククッ……付け入る隙は多そうだったぜ」

 

 椎名は何も言わず、けれど龍園は()()()()()()()()、自分の中にある勝利の策を披露していく。

 それを一瞥もせず、椎名は──────けれど、ページを捲る手を止めた。

 

「あの賭博プリンスはAクラスのプリンセスにご執心だ。……坂柳が厄介であるのは確かだが、所詮は杖がなけりゃまともに歩けもしねぇひ弱な女でしかない。とっ捕まえて裸にでも剝いて、お優しいプリンスサマを脅せば──────「負けてきたんでしょう?」

 

 ───お前、骨はあるけど()()()()だね。

 

「少なくとも龍園君は、テーブルの上では敵わないと理解してしまったのでしょう? だから盤外で暴力を駆使した戦略に出る()()()()

「…………あんなもんはただの運だ。一度もカードを見ず、チェンジもせず、それでいて賭け金上限までレイズだと? クク……偶然にも強役だっただけで調子に乗るような考え無しだ。ハッタリかまし続ける度胸は認めるがな」

 

 ───いや勝つ気満々だよ? この回も捨てる気ねぇし、普通に今から5カードが飛び出てきて俺が勝つけど? 目指すは全勝以外にあんの? そりゃ全部勝ちたいでしょ。

 

「───技術の介在しないコイントスは、本当に二分の一、50%で勝敗は分かたれます」

「あ……?」

「佐々木君の洞察力はテーブルゲームや頭脳を用いた勝負には無敵ともいえる凄まじさなのでしょうけれど、運という要素だけでなら極論生まれたての赤子でも勝機はあります。何せ50%です。

 ……では今の龍園君は、彼を相手に、50%を引き寄せられると思いますか?」

「……イカサマの可能性があるなら、乗る意味がねぇな」

 

 椎名は、この時点で龍園の中にある靄の正体を看破した。

 龍園らしい言葉だった。龍園なら確かに警戒をして、疑って、石橋を何度も叩いてから進むだろう。

 ───()を相手にするなら、もはや不毛な行いだ。

 

「不確定の中で踊るのが好きそうな彼のことです、コイントスにおいてのイカサマ技術を()()()覚えていない可能性はあります。とりあえずは技術が無いということにしておきましょう。そしてコインを龍園君が用意したとしましょう。コインに細工をして、50/50の確率を1/99にして、99%の確率で龍園君が勝てるコインを用意をしたとしましょう。

 ……さて、全ての準備を整えた龍園君は、彼に勝負を仕掛けることができますか?」

 

 龍園は、いっそ虚仮にされるくらいのことを言われているにも関わらず、何も言わなかった。

 恐怖──────椎名が龍園の中に見出した答えは、それだった。

 

「彼はきっと1%の確率での勝利を、根拠ゼロでも信じる。必ず己が勝つと疑わず、しかし敗北の可能性が高いことを理解して、()()()()、或いは()()()()()、もしかすれば()()()()()笑って勝負を受けることでしょう。……そんな佐々木君に、龍園君は恐怖を抱いてしまっている。

 勝利のために尽力するのは2人共に同様の価値観のようですが、決定的なまでに違うのは、尽力した結果の勝率が30%でも20%でも10%でも5%でも1%でも、0.1%でも、佐々木君は本当に心の底から楽しんで、そして挑むことでしょう」

 

 海の底から月の大地へその手で触れるような、不可能と言われる領域だろうと、きっと彼は。

 ああ────────────笑って、挑むことでしょう。

 

「龍園君は──────どうですか?」

「……」

「貴方は……0.1%の勝機を心の底から勝てると信じて、たった一回のコインを弾けますか?」

「…………弾くしかねぇなら、弾くだろうが」

()()()()()()()

 

 ───おら早くしろよ龍園! コール? レイズゥ!? つーか俺は今からレイズしかしないからめんどくせぇしオールインするわぁ!!!! うっひょぉ!!!!!!!!

 

「勝つまでやれば負けない……そんな考え方は、言ってしまえば途中の経過を諦めているのと同じこと。私も『この一戦は捨てる』という思考は否定しません。一時の敗北を以て次に繋げるというのは、全ての勝利に固執し続けるよりもむしろ賢い。……でも佐々木君は、一戦一戦を本気で笑い、楽しみ、挑み挑まれ、そして勝つ───つい断言させられてしまうような魅力がある。

 一見すればただの考え無しですが、彼の場合は、優れた洞察力と経験則の勝負勘を総動員して、全力で勝ちへの道筋を進み続けます。

 天文学的に0が立ち並んでも、桁の最後に1以上の数字を見つけたのなら、きっと彼は必ず勝負に出ます──────それは、もはや狂気と言えるのでしょう」

 

 ───ハッ! オーケー()()()()()()()()()()()()退()()()()()()()! ッ()()()!?

 

「──────龍園君の執念が、『異才』の狂気に抗えるよう祈っています」

 

 そう言って椎名は教室から出ていった。

 夕暮れはいつの間にか、夜の光を連れてきている。

 一人残された龍園は、闇に包まれようとしている教室の中で肩を震わせる。

 椎名に対する怒りは無かった。自分に対する嘲りは無かった。他者に対するスタンスが変わった訳でもなかった。

 ただ、ただ、全ては椎名が言い当てて見せた。

 自分の(退学)ですら楽しみの対象に入れるアレが、龍園は心底から──────。

 


 

 夕焼けの光が、並んで歩く2人の背中を侵していく。

 乃亜は手持無沙汰に隣を羨まし気に睨みながら、綾小路はつい先ほど衝動買いしたコインを親指で弾きながら。

 普通の高校生な2人は、普通の会話を繰り広げていく。

 

「聞いてもいいか」

「答えられるなら」

 

 二か月はようやく経ちそうなほどの付き合いで、乃亜は理解が深まってきた。

 綾小路のこの会話の始まり方は、疑問を氷解するための問いではない。己の中で出ている答えを照らし合わせて、正確なモノへと研磨させるためだけの作業だ。

 知っているのに聞いてくる、人によっては苛立ちを覚えるだろう。だが綾小路の探るような視線に真っ向からぶつかるのが好きな乃亜は、むしろ歓迎すらしてた。

 ……単純に楽しいのもあるのだろう。

 友人との会話が、きっと、乃亜は楽しいのだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()、なんでだ」

「情報漏洩。全クラスで知れるようにするつもり」

 

 クラスの学力を晒すリスクはあるだろう、しかしそんなものは、いずれ知れ渡る。

 学力を前提としたクラスポイントを奪い合う試験の可能性、それは否定できないどころか、いっそ濃厚と言ってもいいだろう。そしてその程度の予想ならば、誰しもが思いつく。遅かれ早かれ露呈するのなら、乃亜の都合が良いタイミングで使う方がDクラスにとっても有用だろう。

 その上、まさかあの程度の情報で有利を取れるなんて笑える話もあるまい。

 それを理解できないようなリーダーであるのなら、それまでの雑魚だったということだ。

 

「Dだけか?」

「いや。櫛田の人脈経由でCとBの貰って、Aのは坂柳から貰って、全種類をぶちまける」

「全てを撒くのはその他大勢への浸透、そこから目的の人物への漏洩、狙いは───リーダー格」

「そ。首脳会談でも開いて、俺と高円寺の点数やらに目が向いて、色々と考えてくれりゃ万々歳」

 

 点数がどうのを聞いて少し眉をひそめたが、しかしすぐに自信ありげに胸を張るマイフレンド。

 

「まあいい、俺は普通の高校生だからな、あの点数なら目立つこともないだろう」

「………………そ、そんで俺の狙いは───」

「───『佐々木乃亜』への視線誘導。お前が他の連中と立ち回っている間に、隠し玉として堀北を育てようということか。イカサマの基本をお前が抑えていない訳が無かったな。流石は賭博プリンスだ」

 

 ずっと触れてなかったのだけれど、賭博プリンスっていったいなにかしら。二つ名ってやつかしら。全然カッコよくないから嫌なのである。

 

「そしてお前は、その堀北の専属家庭教師ってわけ」

「家庭教師か……初めての試みだ」

 

 乃亜が矢面に立ち、堀北は後ろでその様子を学習し、綾小路は堀北をフォローしていく。そんな構図が思い浮かぶ。

 ───最初の一歩を楽しみにしながら進もうとする姿勢、それは、確かに人間だ。そして乃亜は、人間がそこそこ好きだ。だから綾小路清隆のような人間といるのは、楽しい。

 最高傑作ではない彼と共に、こうして寮への帰路を進むのが、乃亜はたまらなく嬉しかった。

 

「ハッ! ()()()()()()()じゃ教え合うとかもやってなかったらしいな!」

「…………ああ」

 

 曇るような色を感じた。

 彼は無表情で、乃亜の失言に何一つも堪えていないようなそぶりをしていた。───他ならぬ綾小路が自覚していないのだろう。何も感じていないと思い込んでいるのだろう。

 ()()()()()

 ()()()()()

 ()()()()()()乃亜は、だが、友人がその仮面を着けなおそうとするのが許せない。

 

「そうだ、いいこと思いついた」

 

 だから乃亜は、コインを弾く。

 

「綾小路、賭けろよ。俺は表だ」

「……そういえば佐々木と賭けをするのは初めてか」

「ああ、で? 乗るの? 反るの?」

「乗ろう、オレは裏だ。……坂柳との約束はいいのか?」

「あ。……………………お、お前から誘い直してくれない?」

「はぁ……オレとコイントスで賭けよう」

「はい乗ったぁ! これは俺から誘ってない! 綾小路からのお誘いなのです! これはルールの穴をついてる! そーゆーことにしておく!!」

「それで内容は?」

 

 夕飯の奢りくらいの流れだった。そういえば賭け好きのこの男、幼馴染をハチャメチャに怒らせて、賭けを仕掛ける行為を禁止されてるどころか、全財産を没収されてすらいるのだ。騒ぎの概要を聞いた綾小路は、感情がシェイク状態になっていたであろう坂柳有栖とやらに向かって同情していた。

 綾小路が手持ちのポイントを確認しようとして、ふと気が付く。

 乃亜が、心底から楽しそうにしていることを。

 

「俺が勝ったら、()()()()2()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「────────────」

 

 まっさらな笑顔で、佐々木乃亜は、友人の古巣を壊すと宣言してみせる。

 

「は、ははっ………………なら、オレが勝ったら──────────────────」

 

 互いの承諾は成された。

 互いの条件は締められた。

 覚悟はいいか? 決意はいいか? 楽しむ用意はできてるか?

 なら後は、綾小路清隆が、自分の意思を乗せて弾くだけだ。

 夕焼けを反射するコインは、何度も回って空を舞う。

 それは、雲のちぎれた青空さえ焼き尽くすような、悍ましい天井の下。

 2人の少年は、笑ってコインを天に放った。




もしも椎名評を本人が聞いたなら
「キモすぎだろそのバケモン」
「貴方です」
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