All or Nothing   作:真の柿の種(偽)

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すべての人間は「凡人」と「非凡人」に分けられる。

 てっきり頓挫したのだと思いこんでいた勉強会が開かれていたのは把握していました。昨日と同様の騒がしさが、図書館の一帯に在ったから。解けない問題へ呻く声、頭を大げさに抱えて嘆く姿、諦観へと逃げ込もうとする様子の3人。それらを見守り、また手ほどく4人の姿。

 メンバーも昨日と同じ、特徴の無い顔つきをした男子生徒、気の強そうな女子生徒、人好きのする朗らかな女子生徒、教師役は残り一人を含めてその四人。荒々しい雰囲気の赤髪の男子生徒、騒がしい男子生徒、軽薄そうな男子生徒、教わる側はどう見てもこちら。

 そして、人との営みを楽しむように、誰かへ教えるという新鮮さを楽しむように、根気良く、目線を合わせ、教材を片手に勉強法を説く男子生徒。

 

「……どんな手を使ったことやら」

 

 図書館であるという事実を忘れて、好きに喋って文句をつける教わる側の生徒達。目つきを鋭くさせた女子生徒が、静かに勉強するようにという何度目かも分からない注意を飛ばしますが、けれどそれが守られるのは数分が関の山。

 ()はもうその辺りは諦めたのでしょう。諦めて、図書館という環境が勉学の場所であるという紐付けをしようと、騒がしさには眼を瞑って教えています。

 驚いたことに、解散の気配は中々に生まれませんでした。

 マイナスイメージが付くであろう昨日の終わり方を思うなら、よほどのことがなければ再びの勉強会、それも翌日に、ああも大人しく受けさせるのは難しい。

 困難を可能とさせたのは、恐らく。

 

「意外です」

 

 呟きながら、席を立ちました。

 個人主義の怪物とばかり思い込んでいましたが、存外他人を気に掛けるだけの優しさがあったようです。

 それとも、優しさとは名ばかりの、これもまた個人の愉悦の一環なのでしょうか。

 どちらにせよ、集団としての力を重くとらえているのは確かなようでした。

 やはり噂とは噂でしかなく、易々と鵜呑みにしても意味はそうあるものでは無いと、私は結論付けながら、騒がしさの届かない席まで移動して、読書を再開するのでした。

 


 

 意外な姿を見つけました、本を嗜むということ自体は本人から聞き及んでいたというのに、しかし活字を視界へ流し込んでいくその姿は、やはり意外という他ありません。

 窓から差し込む光明も薄暗くなってきた頃、寮へ帰宅しようと足を進ませようとして、けれど思わず足は自然と止まりました。

 机へ頬杖を付きながら、広げられた本へと視線を滑らせていく。

 知識を星のようだと例える彼ならば、その姿は、星見にも似た体験でもあるのでしょうか。

 

「何を読まれているのですか?」

「っ!? ……椎名かよ、めちゃビビった」

 

 なるほど、洞察力に長けているとはいえ、他の物事に意識を取られていればこうも驚くのですね。

 彼は一人残って、日の明かりが完全に落ちようとする寸前でも、知識へ没頭し続けて、周りからは人の気配が消えつつあることにもたった今、ようやく気が付いたようです。

『椎名ひよりは帰ろうとしている途中であり、つい姿が目に入ったから声を掛けた』その推論を即座に打ち立てたであろう佐々木くんは、驚いた仕草を終わらせれば、私の質問には答えることなく無言で帰り支度を済ませていきます。……自分がそうだからと言って、他人にまで彼のような察しの良さを求められるのは困ります、何のための言葉なのでしょうか。

 少しだけムッとしたので、今度は強めに聞いてみます。

 

「何を読まれているのですか?」

「アリストテレス」

「……哲学書も嗜むとは、意外です」

 

 心躍らせる冒険譚が好きだ、とは昨日に聞いた本人からの言葉でした。嘘を吐いた様子も、そんな意味のない嘘も吐かないでしょう。

 彼は表紙のタイトルを見やすいように掲げてくれる、そこに書かれていたのは、二コマコス倫理学と銘を打たれたカバー。……漫画雑誌を好んで読みそうな彼が、本当に?

 

「最高善、ですか? これまた快楽主義を持っていそうな佐々木くんには意外なような、いえ、逆に似合っていそうな……?」

「タイトルに惹かれただけ、普段はあんまり読まないと思う」

「ふむふむ……どうやらそのようですね」

 

 机にも置かれた本は、既に読み終わっているものでしょうかか、タイトルは───恐竜図鑑、天体図鑑、動物図鑑、昆虫図鑑───なんだか微笑ましくなるようなラインナップでした。

 隙間に挟まれているのは、書物とは違い、少し薄い。佐々木くんに許可をもらって手に取って触れてみると、それは、文部科学省が発行している中学生の範囲の英語の教科書でした。

 私が佐々木くんの顔色をちらりと伺うと、バツが悪くなったような顔をした彼は、早口でまくし立ててきます。

 

「いいだろ図鑑、ワクワクするだろ、カンブリア紀とかデボン紀の海に飛び込んでみたいだろ、バカデカ海サソリと戦いたいだろ、生のバシロサウルスを見たいだろ」

「……ふふっ」

「男子の純粋な探求心を笑うなよ」

 

 確率論に関する書物ばかりを読み耽っているのかと思い込んでいた私は、拗ねたように帰り支度を進めていく佐々木くんに、一匙の愛らしさを覚えます。照れ隠しをすると口数が早くなる仕草も、歳不相応な子供のようだというのに何故か似合います。

 誰かへの施しが慣れていない、その所感は、きっとあたっているのでしょう。

 からかうように微笑ましく彼を眺めていると───様々な図鑑が詰まれていたその一番下に、古めかしい、年季の入った一冊を見つけました。

 

「これは創世記ですか」

「あー、そうだな、それだけは結構な頻度で読み直してるかもだ」

「佐々木くんは、素敵なお名前ですからね」

 

 世界最大のロングセラー作品、聖典でもあるそれは、人類史上最も多くの人間の手に取られ、読まれたと言っても過言ではない一冊です。無論ながらこの図書館にも多くの著者の解釈がなされたものが、数多も置かれている事でしょう。

 一度は気になるのも理解できます。何せ自分自身の名前の由来です、彼もそういった興味心に駆られ、人並みに調べたのでしょう。

 

「切っ掛けはそうだな、自然と調べるもんだし」

「佐々木くんは、()の箱舟のエピソードが気に入っているのですか?」

 

 読み直すとまで言い切れるなら、そこには理由がある筈です。他の人からすれば大したことではなくても、それでも普通とは隔絶している世界観を持ち得る彼は、果たしてどんな理由を以てそうも興味心を惹かれるのでしょうか。

 自分のクラスにはいない、物語についてお話しできる相手が珍しくて、つい、踏み込みました。

 

「あんなのは上位存在の年末大掃除だろ。後光を背負ったところで水に濡らした雑巾がけをすんのと何も変わんねーよ、むしろお勤めご苦労様って感じ?」

「佐々木くんにかかれば、天上の神様も一気に俗っぽくなってしまいますね」

 

 聞く人が聞けば怒りを顕わにしそうな暴論でした。無神論者であっても驚きはしない精神性の持ち主であろうことを思えば、こうまでぞんざいな表現を出来てしまえるのも納得してしまいます。

 でも、なら、どうして?

 賭け事が大好きと言って憚らない佐々木くんが、賭け事とは正反対にあるような内容の物語を、それも何度も読み直すとまで言い切るのは、何故か。

 

「カイン」

「最初の殺人者ですか」

「うん、何か気になる。……中二病継続率は脅威の93! 3カウントで高速消化! 韋駄天の如き破壊力! 高継続機も結構好きだよ!!」

 

 訳の分からないことを言っていました。きっと知らない方が幸せになれるお話であると、何となくの確信が私の中に生まれました。

 私が困ったように苦笑いを浮かべていると───自らの英雄を称えるように、彼は、誇らしさを滲ませながら言います。

 

「『罪は戸口で待ち伏せている』……どうしてかな、ガキの頃に読んだこの一節が、どうにも頭に残っちまっててさ」

 

 背表紙を指でなぞりながら、誰かを嘲笑うような皮肉の表情をした佐々木くん。

 そんな彼へ、私は、何も言えませんでした。

 

「ハッ! ……何でだろね」

 

 佐々木くんは、心底から困り疲れたように、笑っていました。

 答えを知りたがろうとする顔ではなかった、答えを知っていて、飲み込まずに口の中で弄ぶような───理解できない靄を、彼が纏っているような気がしました。

 彼の中身を知る余地も無い私では、その問いへ答えを出すことなどできませんでした。

 


 

 次の日も、その次の日も、佐々木くん達の勉強会はつつがなく進行していきました。日に日に自然と私語が減ってきているのが、快調であるという証拠になるのでしょう。

 そして並行するように、佐々木くんを図書館で見かける頻度も増えていきました。勉強会の後には一人残り、相変わらず図鑑を読み───たまにすごい勢いで中学教材を速読して図鑑の隙間へ隠すように積み上げる、そんな姿を視界へ映すたびに、くすりと、図書館の厳かな雰囲気を崩さないように笑ってしまいます。

 そんな日々が続いたある日のこと。

 

「勉強教えてくれない?」

「えっと……必要ですか?」

 

 その日は勉強会はお休みなようで、彼だけが図書館へと出向いていました。私の姿を見つけて、向いの席へ座ったかと思いきや、この一言。

 私の発言に嫌味など欠片も無いのです、本心から、彼にはその必要性を感じませんでした。

 

「ちょっとウチのアホ共をバカにしてくれた性悪がいてさ」

 

 薄く笑いながらも、口調を多少尖らせて彼はそう言いました───またまた意外な一面を知れました、彼は恐らく、本当に怒っていました。

 クラスメイトのために、その理由だけが動機なのかと少しだけ疑ってはいましたが、今、佐々木くんの横顔を見て、その疑いが私の中から拭い去られていくのを感じます。平和主義者には程遠く、けれど仲間意識は強い───見捨てるという判断が即座に出てもおかしくないほど、仮に見捨てたとしても問題にはならないほど、実力には隔たりがあるというのに。

 知見を深めるほどちぐはぐです。乱暴な物言い、けれど思慮は深い。浅慮に思える行動、けれどその後の顛末を正確に予想している。

 非行な在り方を否定せず、けれど知性に富んだ言動、加えるように()()善性。

 歪かどうかはまだ見えません。

 ただ、興味を惹かれる、確かな魅力があるのは確かなようです。

 

「佐々木くんの中で『アホ』という言葉は悪口にはあたらないのでしょうか」

「口が悪いな椎名ってば」

「意地悪な人ですね」

 

 突き刺すように視線を向けると、へらへらと薄く笑う佐々木くん。

 まだ数日の付き合いでしかない、けれど彼は、こうして非難される視線の類を楽しんでしまえる性質を持っていると理解しつつあります。

 言葉を回して会話を楽しむ、わざと───そう、相手が不快と感じるであろう言葉回しを意図して織り込み、人との対話を楽しむ。やり口の観点が人間とは違ったように思えます、いっそ悪魔か何かのような、只人とは隔絶した世界観を自己に持っているからこそなのでしょうか。

 そんなやりとりが楽しくなり始めているのも、彼の思惑通りなのでしょうか。

 

「そいつと賭けになったんだよ、中間テストの結果でさ」

「佐々木くんの圧勝ではないのですか?」

「俺の学力はあの性悪女ほどじゃない、俺よりも椎名の方が高いと思うぞ」

「……ちなみにですが、先日の小テストの点数を聞いてもいいですか?」

「97」

「……はぁ……すみませんが本を読みたいので、力にはなれなさそうです」

 

 溜息を吐きながら、佐々木くんと向き合うことをやめた私は、栞紐を挟んだページへと向き合うことに決めました。

 小テストの最後の数問は大学の範囲に足を入れたような難易度だったような気がしますが、それで加点を貰えて殆ど満点ならば、教える必要性も無い───下手をすれば、彼が認識している私との学力差も逆転している可能性すらあり得そうでした。

 読み掛けていた一行目へ意識を載せた時、それは云わば、私の意識が緩んだ瞬間です。

 悪魔は、緩みを見逃さず、声を的確に差し込んでくるのです。

 

「プライベートポイントが潤沢な俺は、クラスポイントが490という貧弱な椎名に、本をプレゼントしたいと常々感じていたんだ。ちなみに50万は超えてるよ」

「……」

 

 どうせ賭けで得たのでしょう。50万という数字も真実かどうか、一割の額を申告していたとしても不思議ではありません。

 誘惑を跳ね除けるように、一行目の一文字目を凝視します。

 

「本の虫でもある椎名のことだ、揃えることにすら喜びを覚える───違うか?」

「…………」

 

 多少の図星を突かれようとも揺らぐことなどありません。本を読む時間を奪われることは必至、その上、彼にはまず間違いなく勉強を教えようにも、教える内容自体が不足している可能性が高いのです。佐々木くんの要領であれば自習をした方が効率は圧倒的でしょう。

 誘惑を撥ね付けるように、一行目の一文字目の一画目を凝視します。

 

「佐々木乃亜からの贈り物だ、値段なんぞ気にするな、なんとその数──────20冊」

「佐々木くんのノートを見せてください、どこまで出来ているのかを把握したいです」

「いやっほー、資本主義さいこー」

 

 数字が圧倒的でした、敗因は、ただそれだけだったのです。

 

「メモリーツリー、ですか。……いつ頃からこのように?」

「小学校」

「……あの……本当に申し訳ないのですけれど……私が教えることは何もないと思います」

「マジかよ速攻で見捨てられた、椎名ってかなり冷たいのね」

 

 ページ数の節約という理由で、幼い頃からスパゲッティコードを作り出していたと説明を受けました。意味が分かりませんでした。教師に注意されても論破してやり方は変えなかったとも聞きました、意味が分かりませんでした。そんな異才に、何か失礼なことを言われた気がしました、意味が分かりませんでした。

 この天才肌でよくクラスメイトへ勉強を教えられたものです……成程、だからこそ、教え方を学ぼうとして教科書を読みこんでいたのですね。友の助けになるため努力は惜しまない、と、そんな姿勢には好感を抱けます。

 

「25冊」

「いえ、数の問題ではないと言いますか……本当に教えようが無いと言いますか……」

「50冊」

「──────くぅ……っ」

 

 二倍にまで飛ぶとは、まさかの予想外。

 最後に彼は、勝ち誇った顔で私から勉強を教わったのでした。

 

「ハッ! 椎名に教わりゃ勝ったも同然だぜ! あの性悪に奴隷契約を突き付けてやらぁよ!」

「……お手伝いをする意欲が消えていきますね」

 


 

 席で向かい合いながら、静かに紙を捲る音だけが木霊しています。

 機械的なペースで、けれど時として昂揚した心は逸るままに指を急かして、そして余韻へ浸るように落ち着いた速度へと戻る。

 洗練された時間がそこにはありました。

 ふと、一呼吸の休息のために、眼を休めます。

 広々としていながらも、静寂が美しく鎮座するこの空間。そんな私がいる世界の向かいでは、なだらかにページを捲る男の子がいました。

 楽しそうに、心を躍らすように、口角を愛らしく上げながら、佐々木くんは私語の欠片も漏らさずに本の内容へと没入している様子でした。

 

「どうでしたか」

「……んー? 何が」

 

 言葉も少なく、彼はいっそ機嫌が悪いとも取れる態度で私へ返しました。

 普段から人を食ったように薄く笑う彼を思い返せば、別人かと見紛うような静かさで、慈しむような眼をして、文学を堪能しています。

 邪魔をするのも憚られるのは確かですが、私がどうにも読書へ集中し切れない原因でもあるのは彼のそんな態度でした。これまでは逆だったのもあって、意趣返しのような心もあったのかもしれません。

 

「中間テストです」

「…………あっ」

 

 中間テストが終わり、彼はきっと寄り付かなくなるだろうと、そう決めつけていた時でした。

 何らかの事情で賭博行為を封じられた彼が、暇を弄ぶための慰めとして、この場所を選んだのは。

 

「あー、うんうん、そだねー、全教科ピッタシって感じじゃない?」

「ピッタリ50点でしたね、綺麗に纏まっていました」

「……ごめんなさい、平均点工作で頭がいっぱいになってました」

「賭けのブッキングですか? 佐々木くんらしくはないと……すみません、あまり知ったような口で言うのは失礼ですね」

「え、何でぇ、寂しいこと言うなよ」

 

 言外に仲が良いと公言してくれる彼は、きっとその距離間の計り方も、優れすぎた洞察力によるものなのでしょう。───苦労した経験も、多いのではないでしょうか。

 心を読まれるように言葉を投げかけられて、嬉しく感じる人は、多いのでしょうか、少ないのでしょうか。

 私は少なくとも、嬉しく感じています。

 私がそう感じれば、彼もそれを読み取って、嬉しく感じてくれている事でしょう。

 上手な返しを思いつかなくて、数秒間、2人の間には沈黙が挟まりました。

 長すぎる行間を嫌って、私は不可思議な焦りに背を押されて、咄嗟に彼が手に持つ表紙を読み上げます。

 

「それ、ドエフスキー……ですか、名文学といえばの定番ですね」

「賭けが出来なくて暇だし。───おっと、気にはなってたんだ、ネタバレは勘弁してくれよ」

「もちろんそんな無粋なことはしませんよ」

 

 人間性の深淵を描くようなその一冊は、確かに、佐々木乃亜という人間が好みそうな一冊です。

 非凡である存在は、凡百を踏み台としても許されるのか───そんな物語を、彼は、他の誰よりも非凡の側である佐々木乃亜は、どう読み上げているのでしょうか。

 重ね合わせる部分はあるのでしょうか。

 所詮はフィクションでしかないと一蹴して、ただ楽しむのでしょうか。

 ……知識を星と例える彼ならば、その軌跡をどう追い掛けるのでしょうか。

 人間の洞察に優れた彼ならば知っている筈です、小説とは、本とは、人間が書き上げた物であることを。人間が作り上げたのなら、そこには必ず人間の思想と恣意が混じることを。

 一冊の本とは、人間の思想の結実を紙へと転写したもの。

 人への洞察に長けすぎている彼ならば、作者が何を思い、何を考え、何を伝えんとするのかすら、きっと読み取ってしまっているのではないのでしょうか。

 

「タイトルが気に入った」

「物騒な人ですね」

「ハッ! 罪と罰だぜ? なんかこう、カッコいいじゃん」

「ふふ、子供みたいですよ」

 

 嘘を嘘だと判ずることが出来るくらいには、私は、彼と近しくなっていました。当たり前のように嘘を吐く佐々木くん……本当は、内容に思う所があるようです。

 罪に感じ入るのか、罰を思うのか、贖罪と救済の物語でもあります、救いを贖うのか、救いを乞いているのか、殺人という要素が彼に思案させるのか……そういえば──────彼は『人類初の殺人者』である存在にも、何かを感じていました。

 殺人、罪、罰、彼からは自罰的な印象は受けず、けれどどこか、何かが引っかかる。

 知るのなら、手っ取り早いのは───佐々木くんの中身へ、触れてみたいと、ふと考えます。

 

「──────ふぅ」

 

 頭を振って、自分の手の中にある文庫本へと視線を向けました。

 意識が文字を追いながら、少しづつ、白い霞に侵されていくような感覚を覚えました。

 奇書を読破した者が、精神に異常をきたすと言われるように。

 人を狂わせる名画を、まじまじと、至近距離で細部までを眺めてしまうように。

 深淵の底を見通すためには、底に居座るモノからも視線を貰う必要があるように。

 じっとりと、すこしづづ。

 でも、たしかなそくどで。

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