織田家の嫡子~藤左衛門家の特異点 作:デトロ!開けろイト市警だ!
俺は、布を外した。
作業台の上に置いた試作火縄銃が、昼の光を鈍く返す。
十兵衛が最初に目を細めた。
左近将監は、その半歩後ろで、銃全体の形を見た。
半兵衛は言葉より先に、横へ置いた革具の方へ目をやる。
慶次郎は面白そうに。
助右衛門は無言で。
いい。
全員、ちゃんと見る奴ばかりだ。
「治部様」
と十兵衛。
「また何か始められましたな」
「また、で片づけるなよ」
俺は銃床を軽く叩いた。
「今回はだいぶ真面目だぞ」
「前回までが不真面目だったようにも聞こえます」
と半兵衛。
「そこまで言ってない」
「治部殿」
と慶次郎が口元を上げる。
「面白ければだいたい真面目です」
「お前は黙ってろ」
左近将監が、ようやく口を開いた。
「銃床が長いですな」
「そこだ」
俺は頷いた。
「今の火縄銃、もちろん撃てないわけじゃない」
「はい」
「だが、構えが安定しにくい」
「……」
「どうせならもっと肩へ当てて固定したい」
俺は銃を持ち上げ、右肩へ当てる形を見せた。
今の火縄銃は、頬付けや肩付けの概念が薄い。
当たらないわけじゃない。
だが、素人に持たせた時、腕と胴だけで支える形になるから、ぶれやすい。
「こうやって肩へ預ければ」
俺は言う。
「発射時の衝撃を腕だけじゃなく、体全体で支えられる」
「うむ」
左近将監が頷く。
「理にはかなう」
「ですが」
と十兵衛。
「今の足軽用の肩当てでは、邪魔になりますな」
「そう」
俺は横の革具を取った。
「だから、こっちも用意した」
慶次郎が身を乗り出す。
「革か」
「肩当てだ」
俺は示した。
「今までみたいに固く張り出させない。肩へ平たく当たるよう、ここの部分を革に置き換える」
「……」
「撃つ時に銃床が邪魔されにくい」
半兵衛が、その革具を手に取った。
「軽いですな」
「鎧そのものを全部変える気はない」
「はい」
「だが、鉄砲足軽だけは別にしていい」
「……」
「十人でも二十人でも、型が違えば結果も違う」
左近将監が、そこで銃の先を見た。
「こちらは」
「照星」
と俺。
「こっちは照門」
銃身の先。
その後ろ。
小さな出っ張りと切り欠き。
いわゆる狙いを付けるための目印だ。
現代じゃ当たり前すぎて空気みたいな部品だが、この時代の人間からすると、そこへ細工を入れる発想自体が少し外れている。
十兵衛が、今度は本当に黙った。
左近将監も無言だった。
その顔を見て、俺は少しだけ笑う。
「何だよ」
「いえ」
と十兵衛。
「鉄砲の素人が、そこへ気づくかと思いまして」
「左近将監も同じ顔してるぞ」
左近将監は、そこでようやく少しだけ口元を動かした。
「正直に申せば、はい」
「だろうな」
「銃床を伸ばし、肩へ預ける。照星と照門で、狙いを揃える」
「……」
「しかも、鎧の肩当てまで先に潰してくる」
「そこは邪魔だからな」
「そこまで先に考えるのが」
左近将監は低く言う。
「治部様らしい」
「褒めてるか?」
「かなり」
慶次郎が笑う。
「さすが主に選んだだけはある、って顔してるぞ、二人とも」
「お前、いちいち言葉にするなよ」
「だが、そうでしょう」
と半兵衛が静かに言う。
「鉄砲の形だけではなく」
「……」
「疑似撤退で敵を引き込み、その先で横から撃つ。さらに狙いが付けやすい型にする」
「……」
「そこまで一つに繋がっているなら、感心もします」
助右衛門が、短く言った。
「嫌な主だ」
「お前までそう言うか」
「だが、良い」
まあ、そう返ってくるなら悪くない。
「で」
と俺。
「試すぞ」
試射場は、光明寺城の外れにある空き地を簡単に整えたものだ。
大げさなものじゃない。
だが、今の段階で形を見るには十分だった。
最初に撃ったのは、十兵衛と左近将監だ。
この二人は、出来て当たり前の側の人間だ。
鉄砲そのものに慣れているし、腕もある。
だから、この二人だけで判断すると危ない。
それでもまずは、基準が要る。
十兵衛が撃つ。
左近将監が続く。
音が抜ける。
煙が広がる。
的板に当たる。
二人とも外さない。
「どうだ」
十兵衛が銃を一度見てから言う。
「狙いやすくはなりました」
「うむ」
左近将監も頷く。
「かなり」
「だが」
と十兵衛。
「腕の良し悪しで、どこまで変わるかは正直まだ分かりませぬ」
「左近将監も?」
「同じにございます」
慶次郎が、その横で笑った。
「そりゃそうだろ」
「何が」
「二人とも、出来て当たり前だからなあ」
「……」
「名手に“当たりますか”って聞いても、そりゃ“当たる”としか言わん」
たしかにその通りだ。
俺もそこは最初から分かっていた。
だから、本命は次だ。
「じゃあ、素人でやる」
十兵衛と左近将監が、そこで揃ってこっちを見た。
「素人」
「そう」
俺は頷く。
「そこが知りたいんだろ」
「……」
「当たって当たり前の名手が当てやすい、じゃ足りない」
「……」
「腕のない足軽が、どこまで当てやすくなるかが要る」
半兵衛が、小さく息を吐いた。
「やはり、そこへ行かれますか」
「行くよ」
「そうでなくては」
と左近将監。
そこで、鉄砲持ちに上げるにはまだ少し早い、訓練中の足軽を三人出させた。
みんな、慣れてはいない。
手もぎこちない。
火縄を扱うのもまだ少し怖がっている。
だが、それでいい。
今、見たいのはそういう手だ。
まずは従来の型。
次に改造後。
同じ距離。
同じ的。
最初の何発かで、空気が変わった。
十兵衛が黙る。
左近将監も黙る。
半兵衛まで目を細めたまま口を閉じる。
慶次郎は、途中から笑いを引っ込めた。
助右衛門だけが最初から最後まで同じ顔だが、あいつはあれでちゃんと見てる。
素人の弾が、前よりまとまって的へ入る。
劇的、とまでは言わない。
火縄銃だ。
天候もある。
火薬の癖もある。
それでも、違いは誰の目にも分かった。
「……かなり」
と十兵衛が、ぽつりと言った。
左近将監が続く。
「命中率が、目に見えて違いますな」
「だろ」
「ええ」
左近将監は、そこで銃床へ指を当てた。
「肩へ預ける。照星と照門で、見る場所を一つにする」
「……」
「素人でも、やるべきことが分かりやすい」
十兵衛が頷く。
「当たる理屈が、型になる」
「そう」
と俺。
「そこが欲しかった」
半兵衛が、静かに言った。
「訓練も揃えやすいですな」
「うん」
「教える言葉が減る」
「それもある」
「それは大きい」
と十兵衛。
「出来る者の勘に頼らず、“この形で持て”“この二つを揃えろ”で済む」
慶次郎が、そこでようやく笑い直した。
「決まりだな」
「何が」
「治部家の火縄銃の形だよ」
助右衛門が、短く言う。
「良い」
「お前、そればっかりだな」
「良いものは良い」
左近将監が、改めて俺へ向き直った。
「治部様」
「何だ」
「これを正式に」
「採る」
俺は即答した。
「治部家の火縄銃はこの形で行く」
「承知しました」
十兵衛も深く頷いた。
「鉄砲隊の育成も、この型に合わせて進めます」
「頼む」
「は」
その瞬間だった。
大げさな軍議でもない。
上総介兄上の前で置かれた裁定でもない。
ただ、試射場で、煙の向こうに的板が残っていて、素人足軽の弾が前よりずっと集まった。
それだけだ。
だが、それで十分だった。
治部家の火縄銃の、正式採用の形が決まった瞬間だった。
俺は、作業台の上の一挺をもう一度見た。
銃床を伸ばす。
肩へ預ける。
肩当ては革にする。
照星と照門を付ける。
後の世から見れば、当たり前みたいな話だ。
だが、当たり前は、今この時代ではまだ当たり前じゃない。
その差を埋めるだけで、戦は少し変わる。
「よし」
そう言うと、慶次郎がすぐ口元を上げた。
「また匂ってきたな」
「何がだよ」
「手柄首だよ」
「お前、本当にそれしか言わねえな」
「だが、当たる鉄砲は良い」
「さっき助右衛門が言ってたぞ」
「なら、良い言葉なんだろ」
十兵衛が小さく息を吐く。
左近将監は、ほんの少しだけ笑った。
半兵衛は、次の必要数をもう頭の中で数えている顔だ。
助右衛門は黙っていたが、悪くない顔だった。
火縄の煙はまだ少し残っていた。
その薄い煙の向こうで、俺は思った。
悪くない。
いや、かなりいい。
戦の形ってのは、評定だけで変わるわけじゃない。
こういう、小さな改造と、それを当てる足軽の手で変わる。
そして、そういう変わり方は、たぶん思っている以上に強い。
♢
俺が清州城へ上がった時点で、たぶん半分ぐらいは見世物だった。
悪い意味じゃない。
むしろ上総介兄上がそういう場を嫌がらない以上、良い意味だ。
新しく拾った人間。
新しく形にした武具。
それを一門の若が「こう使えます」と持ってくる。
上総介兄上が面白がらないはずがない。
広間へ入ると、上総介兄上と勘十郎兄上が並んでいた。
この二人が並んでいると、今の織田がただの寄せ集めじゃないとよく分かる。
片方だけなら尖りすぎる。
片方だけなら収まりすぎる。
だが、二人が並ぶと、ちょうどいい張りになる。
「治部大輔」
と上総介兄上。
「は」
「今日は人か」
兄上の目が、俺の後ろへ流れる。
「それとも物か」
「両方です」
その返しに、勘十郎兄上が少しだけ笑った。
「欲張ったな」
「欲張れるうちに欲張っておかぬと、家が痩せます」
「言うようになった」
と勘十郎兄上。
「で、まずは人か」
「はい」
俺は一歩退いて、後ろの三人へ目をやった。
十兵衛。
半兵衛。
左近将監。
慶次郎と助右衛門はもう別の意味で顔が通っている。
今日は新しく筋を通すべき三人を前に出す。
十兵衛が、最初に進み出た。
「明智十兵衛にございます」
礼が深い。
だが、媚びてはいない。
こいつはこういう男だ。
本家の広間へ出ても、最初から筋を通した形で立てる。
「治部大輔の側へ入るとのこと」
と上総介兄上。
「は」
十兵衛は静かに答える。
「治部様の打つ手は、戦と政を一つの流れにまとめておいでです」
「……」
「ならば、その流れを家の形へ落とす者が必要と考え、仕えることを決めました」
上総介兄上の口元が、ほんの少しだけ動いた。
面白がっている時の顔だ。
次に半兵衛。
「竹中半兵衛にございます」
こっちは十兵衛ほど表へは出ない。
だが、引いてるわけでもない。
必要なだけ前へ出て、余計なところは引く。
その引き算が上手い。
「お前は何を見た」
と勘十郎兄上が問う。
「築く方にございます」
と半兵衛。
「壊すだけなら、武辺は多い」
「……」
「ですが、治部様は壊した後に何を置くかまで先に考えておいでだった」
「……」
「墨俣もそうです。ならば、働くに値します」
勘十郎兄上は、それに頷いただけだった。
だが、頷き方が悪くない。
最後に左近将監。
「滝川左近将監一益にございます」
左近将監が座を打った瞬間、広間の空気が少しだけ変わった。
知っている者は知っている。
知らぬ者でも、座り方で分かる。
浪人をして、一族ごと抱え、なお崩れずにここへ来た男だ。
「左近将監」
と上総介兄上。
「一人ではなく、一族ごと入ったそうだな」
「は」
「苦しかろう」
左近将監は、そこで少しだけ口元を動かした。
「苦しくないと申せば嘘になります」
「……」
「されど、治部様はそれを承知で抱えてくださいました」
「……」
「その裁量に恥じぬよう働きます」
「よい」
と上総介兄上。
短い。
だが、それで十分だった。
勘十郎兄上が、その横で言う。
「なかなか濃い顔ぶれだな」
「ありがたいことに」
と俺。
「ありがたいで済ませるな」
と兄上は笑う。
「お前の周りだけ、だんだん別の城みたいになってきておる」
「別の城にする気はありません」
「だが、別の色にはなる」
「それは否定しません」
そこで上総介兄上が、視線を少し横へやった。
「で、物の方は」
「こちらです」
合図すると、運ばせていた火縄銃と足軽鎧を前へ出す。
布を外した瞬間、勘十郎兄上の目が先に動いた。
「長いな」
「銃床です」
と俺。
「伸ばしました」
「肩へ当てるためか」
「はい」
やっぱり早い。
勘十郎兄上は、こういう物の理屈も飲み込むのが早い。
俺はそのまま、一挺を持ち上げて見せた。
「今の火縄銃でも当たらぬわけではありません」
「うむ」
「ですが、腕だけで支える形になりやすい」
「……」
「そこで、右肩へ預ける。体全体で固定する。そうすると、ぶれが減る」
「なら、鎧が邪魔だな」
と上総介兄上。
「そこも潰しました」
俺は横の足軽鎧を示した。
「肩当てを革へ置き換えています。固く張り出させず、平たく肩へ当てる。これなら銃床が逃げにくい」
勘十郎兄上が、鎧を見て頷いた。
「なるほど。鉄砲足軽だけは分けるわけか」
「はい」
「全員の鎧を変える必要はありません。撃つ者だけでいい」
上総介兄上は、そこで火縄銃の先と後ろを見た。
「これは何だ」
「照星と照門です」
一瞬、広間が少し静かになった。
先日試射場で、十兵衛と左近将監がしたのと同じ顔を、兄上たちもした。
つまり、鉄砲の素人がそこに気づくか、の顔だ。
「先と後ろで、見る場所を揃えます」
と俺。
「撃つ時に、どこを見ればいいかが分かりやすい」
「……」
「名手なら勘でやれます。ですが、欲しいのは素人足軽でも当てやすい形です」
そこで、半兵衛が一歩前へ出た。
「上総介様、勘十郎様」
「うむ」
「比較の結果を申し上げます」
来たな、と思った。
こういう場で、俺が全部を言い切るより、半兵衛が数字と結果を持って出た方が筋がいい。
それを分かってるから、あいつを連れてきた。
「従来型と新型で、試し撃ちをしました。名手である十兵衛殿と左近将監殿では、“狙いやすくはなったが、腕の良し悪しでどこまで変わるかはまだ分からぬ”との見立てでした」
「うむ」
上総介兄上は、それだけで半分読んだ顔をした。
「つまり」
と勘十郎兄上。
「出来て当たり前の者では、差が測りにくい」
「その通りにございます」
と半兵衛。
「そこで、訓練中の足軽に撃たせました」
「……」
「結果、新型の方が命中率はかなり上がっております」
「かなり、か」
と上総介兄上。
「はい」
半兵衛は静かに続ける。
「劇的というには火縄銃そのものの限界もございます。ですが、教える言葉が減る。持つ形が揃う。見る場所が揃う。そのため、素人ほど結果が安定しました」
十兵衛が、そこで一言添えた。
「勘に頼る武器から、型へ寄せられます」
左近将監も頷く。
「数が少ない今のうちに、型を作るには良い形かと」
上総介兄上は、そこでようやく笑った。
「なるほどな」
短いが、これも悪くない時の笑いだ。
勘十郎兄上が、俺を見る。
「治部大輔」
「は」
「お前、これを自分の家だけで済ませる気ではあるまい」
「ありません」
「だろうな」
俺は素直に答えた。
「治部家でまず型を作ります」
「……」
「ですが、効くと分かったものは、本家でも徐々に採っていただきたい。鉄砲足軽用として、まず少数から」
上総介兄上は、火縄銃を手に取り、肩へ当てる形を少しだけ試した。
その姿が妙に似合う。
似合うというか、こういう新しいものを試してる時の兄上は、やっぱり兄上だと思う。
「勘十郎」
「は」
「急には広げぬ」
「はい」
「だが、広げぬ理由もない」
「……」
「本家でも、徐々に採るぞ」
そこで広間の空気が、少しだけ変わった。
決まった。
いきなり全軍じゃない。
だが、そういう決め方の方がむしろ良い。
本家で漸次採用。
つまり、奇策ではなく標準へ近づく。
「鉄砲隊はまだ少ない」
と勘十郎兄上。
「なら、なおさらだ」
「はい」
「少ないうちに型を叩き込め。その上で、出来た者から増やす」
「……」
「治部大輔、お前の側でまず育てろ」
「はっ」
十兵衛が静かに頭を下げる。
「承知しました」
左近将監も続いた。
「治部様の側で、まず芯を作ります」
上総介兄上は、それを聞いてから俺を見た。
「人も拾う。物も変える。しかも、拾った人間へちゃんと役を振る」
「……」
「面白いな、お前は」
それは褒め言葉だ。
この兄上の口から出る時は、だいたいそうだ。
「ありがたきことにございます」
「ありがたがるだけで終わるな」
と勘十郎兄上。
「もっと働け」
「そのつもりです」
「よろしい」
と上総介兄上。
そこで話は決まった。
新しく入った三人は、正式に本家の前で顔が通った。
新型火縄銃と新型足軽鎧も、本家の前で形と理屈が通った。
そして、治部家だけの思いつきではなく、織田本家でも徐々に採ると決まった。
悪くない。
いや、かなりいい。
広間を出る時、慶次郎が横で小さく言った。
「治部殿」
「何だ」
「また匂ってきたな」
「何がだよ」
「手柄首だよ。しかも、今度は鉄砲の匂いが混じってる」
「お前は本当にそれしか言わねえな」
「だが、当たる鉄砲はいい」
と助右衛門。
「それもさっき聞いた」
半兵衛はもう次の数を頭の中で数えてる顔だった。
十兵衛は、どこで誰へ見せるかまで考えてる顔。
左近将監は、育てる足軽の肩と手の形を思い描いてる顔だ。
そういう顔が並んでいるのを見ると、思う。
やっぱり、悪くない。
人を拾って終わりじゃない。
形を作って終わりでもない。
それが本家の前で筋になった時、初めて家の力になる。
今回は、そこまで行けた。
♢
火縄の音が、乾いて抜けた。
数はまだ少ない。
十人にも届かないくらいだ。
撃って、火を継いで、また構える。その動きもまだぎこちない。
だが、前より形になっている。肩へ預ける持ち方も、見る場所も、少しずつ揃ってきた。
俺は、小田井の城近くの訓練場で、その様子を見ていた。
後ろには、十兵衛。
左近将監。
半兵衛。
慶次郎。
助右衛門。
今の俺の手元で、武と知の骨になる連中だ。
「まだ少ないですな」
と左近将監が言った。
「少ない」
俺は素直に頷く。
「少ないが、少ないからこそ型を仕込める」
十兵衛が、その横で静かに足軽たちを見る。
「撃てる者、ではなく、撃ち方を揃えた者、ですな」
「そう」
俺は言う。
「そこが欲しい」
半兵衛は、少し引いた位置から訓練場全体を見ていた。
あいつは、人より先に流れを見る。
誰が火を継ぐのが遅いか。
誰が構え直しで迷うか。
どこで列が詰まるか。
そういうのを、たぶんもう数えてる。
慶次郎は、そういう細かいところは左近将監ほど見ていない。
だが、別の意味でよく見ている。
「治部殿」
「何だ」
「今でも十分に面白い」
「そりゃどうも」
「だが」
慶次郎は口元を上げた。
「その顔は、まだ先を見てる顔だな」
助右衛門は何も言わなかった。
言わなかったが、こっちを見る。
あいつはあれで、こういう時は本当に黙って待つ。
こっちが何を言うか。
何を背負わせる気か。
そこを聞く顔だ。
俺は、もう一度訓練場を見た。
火縄。
煙。
ぎこちない足。
けれど、前よりはずっとましな構え。
その景色を見ていると、今の十人の向こうに、自然と次の形が見える。
「なあ」
俺が言うと、五人とも少しだけこっちへ意識を寄せた。
「今はまだ十人にも届かない」
「はい」
と十兵衛。
「だが、いずれ千人規模で持ちたい」
そこで、まず反応したのは慶次郎だった。
「千」
「そう」
「ずいぶん景気のいい話だ」
「景気よくないと、わざわざこんなことしないだろ」
左近将監は、笑わなかった。
こいつはそこを冗談として受けない。
「千で何をなさるおつもりで」
「まずは、交代撃ちだ」
左近将監の目が、少しだけ細くなる。
十兵衛も同じだった。
俺は、地面へ足先で軽く線を引いた。
「一列が撃つ、下がって弾を込める、後ろが出る、また撃つ、それを回す」
「……」
「雑賀衆や根来みたいに、撃って終わりじゃなく、撃ち続ける隊にする」
左近将監が、そこでようやく低く言った。
「なるほど」
「今でも一発は怖い」
俺は続ける。
「だが、一発で終わるから、まだ突っ込める」
「……」
「こっちが途切れず撃てるなら、相手の怖さはだいぶ変わる」
半兵衛が、そこで小さく頷いた。
「兵站が重くなりますな」
「なる」
「火薬、弾、火縄、整備、全部増えます。だが」
半兵衛は続ける。
「回るなら強い」
「だろ」
「はい」
「千人規模なら、かなり景色が変わる」
十兵衛が静かに言う。
「ただ撃つ兵を千集めるのではない」
「……」
「撃つ、下がる、出る、火を継ぐ。その型を千にまで揃えるわけですな」
「そう」
俺は頷いた。
「だから今の十人が大事なんだ」
慶次郎が、そこで笑いを引っ込めた。
「そこへ繋がるのか」
「繋げる」
「千人の鉄砲、しかも交代撃ち」
「……」
「手柄首の匂いどころではないな」
「お前は結局そこなんだな」
「武辺だからな」
左近将監は、少し考えてから言った。
「雑賀衆や根来のように、でございますか」
「そういう到達点の一つだ」
「ただ、あそこはあそこで、土地も人も積み重ねもあります」
「分かってる」
俺は言う。
「いきなり真似できるとは思ってない」
「……」
「だが、目指すなら高い方がいい。その方が」
俺は少しだけ笑った。
「退屈しないだろ」
左近将監の口元が、そこでわずかに動いた。
珍しく、はっきり面白がった顔だった。
「たしかに」
助右衛門が、その時初めて口を開いた。
「千いるなら」
「うん?」
「その前に、寄せる必要がある」
「何を」
「敵をだ」
やっぱりこいつは地に足が着いてる。
夢を言ってる時に、まず“どう殺すか”の形へ下ろしてくる。
だから助かる。
「その通り」
と俺は頷いた。
「撃つ隊だけあっても、相手が散れば意味がない」
「……」
「だから、先日話した疑似撤退からの誘因が効く」
十兵衛と左近将監が、そこでまたこちらを見る。
「崩れたように見せる」
「追わせる」
「伸びたところで左右から撃つ」
「……」
「十字砲火だ」
左近将監が、短く息を吐いた。
「嫌な主ですな」
「褒め言葉として受け取る」
「褒めております」
と十兵衛が静かに言う。
「しかも、その嫌らしさが、一つの勝ち筋として綺麗につながっている」
「ただ撃つのではない」
半兵衛も続けた。
「追わせる、伸ばす、崩れたところへ横から火を浴びせる」
「……」
「兵站と訓練が間に合うなら、かなり厄介です」
慶次郎が鼻を鳴らす。
「かなり、で済ませるか?」
「あまり大げさに言っても」
と半兵衛。
「まだ十人です」
「それはそうだ」
と俺。
「今はまだ、夢を口にしてるだけだ」
「だが」
と十兵衛。
「口にした夢が、治部様の場合はそのまま型になりかねない」
「評価が高いな」
「事実です」
そこまで来てから、俺は少し間を置いた。
まだある。
まだ先がある。
今の千人規模の鉄砲隊ですら、たぶん周りから見れば十分に大きな話だ。
だが、俺の頭の中ではもう一つ先がちらつく。
馬だ。
鉄砲と馬。
今の時代の常識からすれば、やりづらい。
やりづらいが、だから面白い。
「それで」
と俺。
五人とも、またこっちを見る。
「さらにその先だ」
慶次郎が笑う。
「まだあるのか」
「ある」
「言ってみろ」
「騎馬鉄砲隊」
そこで、今度はさすがに全員が少し黙った。
風が吹く。
訓練場の端で、火縄の匂いが流れる。
足軽の一人が撃って、少し遅れて音が抜けた。
その音のあとで、左近将監が最初に口を開いた。
「馬上で、ですか」
「馬上で」
「……」
「難しい」
「難しいよ」
「かなり」
「かなりな」
「だが」
俺は笑った。
「今目指せる到達点の一つとしては、面白いだろ?」
慶次郎が先に吹いた。
「はっ。ああ、面白い。馬で寄って、撃って、また離れる。そういうことか。まだ雑だが、絵としては最高だな」
「お前はまず絵で見るからな」
「絵にならぬ戦は、だいたいどこか面白くない」
助右衛門が、低く言う。
「面白い」
「お」
「だが、まずは足だ」
「うん」
「地で撃てる者を作る」
「そのあとだ」
「その通り」
と俺は頷く。
「いきなり馬へ乗せる気はない」
十兵衛は、少し考えてから言った。
「騎馬鉄砲そのものより」
「……」
「そこまで見ている、ということが大きい」
「どういう意味だ」
「治部様は」
十兵衛は訓練場を見た。
「十人の訓練を見ながら、千人の型を考え、その先に、さらに別の運用まで見ておいでだ」
「……」
「それを最初から家中へ示しておく意味は大きい」
半兵衛も頷いた。
「今やることが、どこへ繋がるか分かりますからな。火縄、火薬、馬、飼葉、必要な物の見方が変わる」
「……」
「先の絵があると、裏方も動きやすい」
左近将監は、そこでようやく笑った。
「なるほど」
「何だ」
「雑賀衆や根来のように、まではまだ遠い」
「はい」
「ですが、その遠さを笑わずに言える主なら」
「……」
「そこへ寄る価値はあります」
その言い方が、左近将監らしかった。
夢を持ち上げすぎない。
だが、遠いからといって捨てもしない。
現実の足で測った上で、それでも寄る価値があると言う。
「治部殿」
と慶次郎。
「何だ」
「やっぱり、お前の側は退屈しないな」
「今さらか」
「今さらだ」
慶次郎は笑う。
「だが、良い。千人の鉄砲隊、疑似撤退からの誘い込み、十字砲火、その先に騎馬鉄砲」
「……」
「一番槍だけでは足りなくなる」
助右衛門が、その横で短く言った。
「足りぬ方が良い」
「お前らは本当に前向きだな」
「治部様が前を見ておられるので」
と十兵衛。
「我らも見るしかありませぬ」
と半兵衛。
左近将監は、訓練を続ける足軽たちへ目をやった。
「まずは、この十人ですな」
「そう」
俺は頷く。
「まずは十人。だが、十人を十人で終わらせる気はない」
火縄の音が、また乾いて抜けた。
少ない。
まだ全然少ない。
けれど、少ないからこそ、先の形がよく見える。
今目の前にあるのは、ぎこちない足軽と、新しく長くした銃床と、揃いきらない動きだ。
だが、その向こうには、撃って、下がって、また撃つ千人の列が見える。
追わせて、伸ばして、横から撃ち抜く形も見える。
さらにその先で、馬上から火を吐く景色まで、うっすら見える。
夢みたいな話だ。
だが、戦国で一番面白いのは、夢がたまに現実へ寄ってくるところだ。
だから俺は、もう一度笑った。
「今目指せる到達点の一つとしては、面白いだろ?」
今度は、五人とも否定しなかった。
♢
火縄の乾いた音の脇に、俺は別のものを積ませていた。
短い槍だ。
いや、槍と言い切るには少し雑かもしれない。
まっすぐか、まっすぐに近い木を選び、先を削って尖らせ、その少し下へ鉄を巻く。
立派な穂先を付けるわけじゃない。
刺して貫くためじゃなく、重さを前へ持たせて、当たった時に鈍く崩すための形だ。
その束と、横へ置いた木の道具を見て、慶次郎が先に笑った。
「治部殿」
「何だ」
「今度は何を投げる気だ」
「その通り」
俺は頷いた。
「投げる」
左近将監が、その木具を手に取った。
弓ほど大げさではない。
ただの木の腕だ。
投げる時に腕を延ばすように使う、簡素な投射具。
左近将監は、しばらく黙ってそれを見た。
「なるほど」
「早いな」
と俺。
「分かりやすいですから」
「……」
「腕を少し長く使うためのものですな」
「そう」
「手で投げるより、少し先まで飛ばしやすい」
「うむ」
十兵衛が、その横から短槍束の方を見る。
「これは鉄砲までの谷を埋めるためのものですか」
「そう」
俺は頷いた。
「鉄砲隊が揃う前の飛び道具だ。弓ではなく、弓は弓で要る。だが、今欲しいのは別だ」
「……」
「これはあくまで貫通じゃない。重さで崩す」
そこで、助右衛門が短く言った。
「相手の陣形か」
「そう。人を一人仕留めるより、槍先の向き、足並み、馬の顔、前列の肩並び、そこを乱したい」
半兵衛が、その短槍を一本持ち上げて重さを確かめた。
「軽くはないですな」
「軽くない方がいい」
俺は言う。
「そして、深く刺さらなくていい」
「……」
「まともに飛んできた重い棒が、先頭何列かへまとめて入るだけで、隊列は嫌がる。馬に当たれば馬は暴れる」
「なるほど」
「その一瞬の乱れが欲しい」
慶次郎が、そこで笑いを少し引っ込めた。
「治部殿」
「何だ」
「殺す武器ではないな」
「そうだよ」
「崩す武器だ」
「いいな」
と慶次郎は口元を上げる。
「崩れたところへ、こっちが入れる」
「お前はそこしか見てねえな」
「武辺だからな」
左近将監は、木具をまだ見ていた。
「歩きで使うなら」
「うん」
「それなりに飛ぶでしょう」
「だろうな」
「だが」
左近将監は、そこで俺を見る。
「治部様の目は、そこではありますまい」
「さすが」
俺は笑った。
「そこじゃない」
「騎馬ですか」
と十兵衛。
「騎馬だ」
そこで、五人の目が少しだけ揃った。
俺は短槍を一本取り、手の中で転がした。
「軽装にした騎馬へ、これを持たせる」
「……」
「五本か、十本か、まずはそのくらい」
「……」
「鉄砲や弓ほどの精密さはいらない。寄って、投げて、乱して、そのまま抜けるか、別働が食う。五段ぐらいの波状攻撃だ」
助右衛門が、そこで初めて少し長く口を開いた。
「馬が怖がる」
「そこは慣らす」
「……」
「投げる時に手綱が死ぬ」
「だから軽装だ」
「……」
「日本の鐙なら、踏ん張りは利く。体も残せる。槍で突くのとは違うが、投げる時の支えにはなる」
左近将監が、小さく頷いた。
「それは、たしかに、完全に不可能ではない」
「うん」
「騎馬で移動しながら、質量武器を撃ち込める利はある」
半兵衛は、少し眉を寄せたまま言う。
「ただ」
「うん」
「主兵器にはなりませぬな」
「ならない」
と俺は即答した。
「そこは最初から分かってる」
「……」
「初見か、せいぜい三、四度、そこで相手は警戒する。その後は効きが落ちる」
「なら」
半兵衛は淡々と続ける。
「使いどころが全てです」
「その通り。初撃、あるいは中盤の一手、そこへ切るなら価値はある」
十兵衛が、そこで静かに言った。
「つまり、常の武器ではなく、流れを変えるための一手、ですな」
「そう」
俺は頷いた。
「崩し札だ。鉄砲隊が揃うまでの谷を埋める札。しかも、鉄砲とは別の崩し方をする」
十兵衛の目が、少しだけ細くなる。
「面白い」
「お、乗るか」
「発想としては」
十兵衛はきっちり言葉を分けた。
「ただし、型に出来るかが肝です」
「……」
「誰でも同じように投げられず、誰でも同じように馬上で扱えぬなら、ただの見世物で終わる」
「だろうな」
「ですから」
十兵衛は続ける。
「試すなら、まず少数。歩きでも、騎馬でも、投げる間合い、投げた後の崩れ、次動作まで含めて型を見るべきです」
左近将監が、それを継いだ。
「騎馬に持たせるなら」
「……」
「討ち取るための槍と思わぬことです」
「うん」
「人を一人抜くつもりで使うと外す」
「……」
「前列を嫌がらせる。槍先を揺らす。馬を横へ逃がす。そのくらいのつもりで面へ打つ。それならかなり効く」
俺は、そこで笑った。
「やっぱりそだよな」
「そこです」
左近将監は即答した。
「質量で壊す。初見であれば、なおさら」
慶次郎が鼻を鳴らす。
「初見なら、なおさら派手に食えるな」
「お前はそこだろうと思った」
「いや、これは実際そうだぞ」
慶次郎は少しだけ身を乗り出した。
「騎馬が寄ってくる、槍を構える。だが、こっちが突く前に重い棒がまとめて飛んでくる」
「……」
「それで前列が一瞬でも崩れれば、もう十分だ」
「うん」
「その後は、食うだけだ」
助右衛門が、低く言う。
「良い」
「お前、賛成早いな」
「崩れるなら良い」
「単純だな」
「単純でよい」
「……」
「殺せぬなら駄目だが」
「乱せるなら使える」
「その後に斬ればよい」
半兵衛は、そこでようやく少しだけ息を吐いた。
「武辺は気楽でよろしいですな」
「気楽じゃない」
と助右衛門。
「崩れぬなら死ぬ」
「それはそうですが」
俺は、地面へ木の枝で簡単な線を描いた。
「こうだ」
「こっちが少し引く」
「追わせる」
「伸びる」
「そこへ、横から鉄砲」
「あるいは、その前に騎馬でこれを打ち込む」
「……」
「鉄砲がまだ薄いなら、先にこっちで崩してもいい」
「中盤の一手としても使える」
十兵衛が、その線を見る。
「疑似撤退からの誘い込みと」
「十字砲火の前段」
「あるいは補助、ですか」
「そう」
「全部をこれでやる気はない」
「……」
「だが、鉄砲隊が千に届くまでの間にも、勝ち筋は増やせる」
左近将監が、そこで笑った。
珍しく、はっきりと。
「治部様」
「何だ」
「やはり」
「何だよ」
「主に選んだだけはある」
「それ、この前も似たような顔してたぞ」
「今回もそうです」
左近将監は、木具を置いた。
「鉄砲の谷を、ただ耐えるのではなく、別の札で埋めようとなさる」
「……」
「嫌らしくて、非常によい」
「嫌らしいは褒め言葉だな」
「かなり」
半兵衛が、そこで現実へ戻すように言った。
「ただし」
「うん」
「鉄砲隊の育成を食うなら反対です」
「食わせない」
「火薬、鉄、木工、人足、全部、別勘定に出来ますか」
「ある程度は」
「なら」
半兵衛は頷く。
「少数の試験運用ならよろしいかと」
十兵衛も続く。
「歩兵用の木の投射具は、さらに安く試せます。騎馬用の重い投槍は」
「……」
「別に選んだ者へ持たせ、初撃と中盤の崩し札として試す。その結果を見る。それが筋でしょう」
慶次郎が笑う。
「結局、やるんじゃないか」
「やる」
と俺。
「やるが、少数でだ」
「それでいい」
慶次郎は肩を竦める。
「最初から大軍へ配る話でもあるまい」
「うん」
「当たって崩れるなら、あとで勝手に増える」
「雑だなお前は」
「だが間違ってないだろ」
そこは、たしかに間違っていない。
助右衛門が最後に一つだけ言った。
「馬を選ぶ」
「そこだな」
「怖がる馬では駄目だ。投げたあとも踏み込める馬。それが要る」
「分かった」
俺は頷いた。
「なら、人と馬、両方選ぶ。まず少数、鉄砲は本来のまま、その横で、この部隊を作る」
火縄の音が、また乾いて抜けた。
今の治部家の鉄砲隊は、まだ十人にも届かない。
その少なさは事実だ。
だが、少ないからといって、待つだけでいいとは思わない。
待つ間にも、出来ることはある。
鉄砲の先を見ながら、その谷を埋める札を作る。
そういうやり方は、たぶん俺の性に合っている。
「よし」
俺は短槍を束へ戻した。
「まずは少数でやる。歩きも、騎馬も、崩せる形だけを残す」
「治部殿」
と慶次郎。
「何だ」
「また匂ってきたな」
「何がだよ」
「手柄首だよ」
「あとは」
慶次郎は笑う。
「敵が嫌がる匂いだ」
それには、左近将監も、十兵衛も、半兵衛も、助右衛門も、もう否定しなかった。