ハイスクール・フリート Cross World War 作:冬吉
第1話 晴風、消失。
2016年4月26日
ゴォォォォォ……
鉛色の雲が垂れ込める太平洋上。横須賀女子海洋学校所属、陽炎型航洋艦「晴風(はれかぜ)」は、うねる波を掻き分けながら進んでいた。
商店街船「しんばし」の救助作業を無事に終えた晴風は、未だ通信が途絶している学生艦の捜索を続けていた。
艦橋では、艦長の岬明乃(ミケ)が双眼鏡を下ろし、小さく息を吐いた。
「んー……手がかり、全然見つからないねぇ」
「そう簡単にいくわけがない。そもそも、この海域の通信状況自体が不安定なのだからな」
副長の宗谷ましろ(シロ)が、海図から顔を上げて腕を組む。その表情は硬い。無理もない。彼女たちの初航海は、あまりにも波乱に満ちていたからだ。
海洋実習の初日、遅刻しただけで教官艦から砲撃を受け、反撃したことでまさかの『反乱容疑』をかけられてしまった晴風。その後も、東舞鶴校の潜水艦『伊201』からの執拗な雷撃に晒された。その激戦の中でアドミラル・シュペー副長であるミーナを海から救助したのも、ついこの間のことのように思える。
「でも、安全監督室のおかげで私たちの反乱容疑が晴れて、本当に良かったよね、シロちゃん」
「ああ。海上安全整備局の連中と違い、安全監督室が『晴風は自衛の為にやむを得ず交戦せざるを得なかった』と正当性を認めてくれなければ、私たちは今頃どうなっていたか……」
ましろが安堵の息を漏らす一方で、明乃の脳裏には別の巨大な影がよぎっていた。
横須賀女子海洋学校所属の超大型直接教育艦『武蔵』。
行方不明となっていた武蔵を発見した際、彼女たちはその圧倒的な火力の前に成す術がなかった。武蔵の砲撃によって東舞校の教員艦16隻が次々と航行不能に陥っていく光景は、明乃の目に焼き付いて離れない。さらにその後は機雷原に迷い込み、神経をすり減らす掃海作業を強いられたのだ。
「武蔵のみんな、無事だといいんだけど……」
「今は目の前の任務に集中しろ、艦長。我々はまず、行方不明の学生艦を見つけ出さなければならない」
「うん、わかってる!」
その時だった。
ピカッ……! ゴロゴロゴロ……!!
突如として空が不自然なほど暗くなり、不気味な紫色の稲妻が分厚い雲を切り裂いた。
「え……?」
「な、何!? 急に空が……!」
航海長の知床鈴(リン)が、操舵輪を握りながら悲鳴のような声を上げた。同時に、艦に吹き付ける風の性質が急激に変化する。
「艦長! 気圧が異常な速度で低下しています! これは……」
ましろが気象計器を見て声を張り上げた瞬間、艦橋内のあらゆる計器が狂ったように警告音を発し始めた。
ピーーッ! ピーーッ! ピーーッ!
「うぃ……」
砲術長の立石志摩(タマ)が、ジャイロコンパスを見つめて目を丸くした。
「……コンパス、ぐるぐる回ってる……方位、わかんない」
「ひぃぃぃっ!? 操舵も全然効かないよぉ! なんで!? お願い、動いてぇ! もうだめ〜! 逃げましょう艦長!」
リンが半泣きになりながら操舵輪を回すが、晴風は全く反応を示さない。
「リンちゃん、タマちゃん、落ち着いて!」
明乃が声をかけるが、異変は艦橋だけにとどまらなかった。
『艦橋、こちら機関室! てやんでえ、どうなってやがる!』
伝声管から、機関長の柳原麻論(マロン)の焦った声が響く。
「マロンちゃん! 機関科はどうなってるの!?」
『出力計がメチャクチャに暴れやがって、機関がまったく言うこと聞きやがらねえ! ボイラーの火もおかしいぜ! このままじゃ機関停止(エンジン・ストップ)になっちまう!』
「砲術長! 水雷長! そっちの状況は!?」
ましろの問いかけに、水雷長の西崎芽依(メイ)が振り返る。
「魚雷の発射管も、砲塔の旋回モーターも反応しないよー! まぁ、うちにはFCS(射撃管制装置)なんてハイテクなもんないから、最初から目視と手動計算だけどさー。でも外が真っ暗で何も見えないし……そうだ! 適当にドカンと撃っちゃえば、この嵐も吹き飛ぶかなー!? 撃ちたいなー!」
「水雷長! 滅多なことを言うな! 誘爆したらどうする!」
ましろがトリガーハッピーな芽依を怒鳴りつける。
その傍らで、砲術長の納沙幸子(ココ)が、突然タブレットを片手にポーズを決めた。
「……ふっ、ついに来たか。我々を拒む、魔の海域『バミューダの怨念』が。これは、電子機器を狂わせる深淵からの使者……! 果たして晴風は、この呪われた海から生還できるのか!? ――次回、『晴風、永遠の深海へ』!」
「縁起でもない一人芝居をしている場合か!」
ましろのツッコミが艦橋に響く。
「主計科より艦橋! 食材の冷蔵庫の電源が落ちました! 炊飯器も動きません!」
主計科からの悲痛な報告も加わり、艦内は完全にパニック状態に陥っていた。
この世界には航空機も、GPSのような人工衛星を用いた測位システムも存在しない。飛行船からの支援も、この嵐では絶望的だ。羅針盤が狂い、星も見えない今の状況では、現在位置を知る術は完全に失われていた。
「なんじゃあ、この嵐は!」
その時、アドミラル・シュペー副長であるミーナが、手すりにしがみつきながら叫んだ。気が高ぶっているのか、堪能な標準語が完全に崩れている。
「わしのシュペーでも、こんな妙な天候は見たことないぞ! 計器が全部イカれるなんて、ぶち恐ろしいけぇ! はよ舵を切れんのんか!」
「ミーちゃん、しっかりつかまってて!」
ドゴォォォォォン!!
一際大きな雷鳴と共に、巨大な波が晴風の艦首を大きく持ち上げた。
「きゃあああっ!」
「うぃぃぃっ!」
艦が大きく傾き、乗員たちが床に転がる。
操舵不能、機関出力不安定、計器類全滅。あらゆる機能を奪われた陽炎型航洋艦「晴風」は、木の葉のように波に翻弄され、底知れぬ漆黒の嵐の中心へと、為す術もなく飲み込まれていくのだった――。
今年の4月10日でハイスクール・フリート放送10年、おめでとうございます!