ハイスクール・フリート Cross World War 作:冬吉
複合型ゴムボート(RHIB)は、白波を蹴立てながら巨大な灰色の壁――イージス護衛艦「きりしま」の右舷へと横付けされた。
下から見上げる「きりしま」の船体は、少女たちが乗る陽炎型航洋艦「晴風」とは比べ物にならないほど巨大で、まるでそびえ立つ崖のようだった。
神崎3尉たち立入検査隊のサポートを受けながら、明乃、ましろ、ミーナの三人は、波に揺れる舷梯(げんてい)を一段ずつ慎重に上っていく。
「うわぁ……近くで見ると、すっごく大きいね! お城みたい!」
**明乃(ミケ)**が目を輝かせながら見上げる。
「気を抜くな艦長。足元に注意しろ」
**ましろ(シロ)**は冷静を装いながらも、その視線は「きりしま」の異様な構造に向けられていた。
(巨大な艦橋……それに、あちこちに張り付いている八角形の板(フェーズドアレイレーダー)はなんだ? 主砲も前甲板に一つあるだけで、あとは見当たらない。この巨大な艦を、たった一つの砲で守り切れるというのか……?)
「フン、図体ばかりでかくて、大砲も魚雷発射管も見当たらん。これならシュペーの方がずっと強そうじゃ!」
**ミーナ**が広島弁で強がりを言うが、その顔には隠しきれない緊張が浮かんでいた。
三人が舷梯を上りきり、広大な上甲板へと足を踏み入れた、その瞬間だった。
*ピィィィィーッ……ピリリリリリッ……!*
高く澄んだ独特の笛の音が、潮風に乗って甲板に響き渡った。
サイドパイプ(号笛)を用いた、海軍伝統の「送迎」の礼式である。
「なっ……!?」
ましろがハッと息を呑み、思わず背筋を伸ばした。
「この礼式……ブルーマーメイドの教範にもある、指揮官を迎える時のサイドパイプ! 彼らも、海に生きる者の伝統を共有しているというのか……!」
「……ふん。素性の知れん相手じゃが、海の礼儀(マナー)はちゃんとわきまえとるようじゃな」
ミーナも腕を組みながら、少しだけ得意げに鼻を鳴らした。
笛の音が鳴り止むと同時に、三人の元へ一人の自衛官が歩み寄ってきた。
彼女は、青色・灰色・黒色が複雑に交じり合ったデジタル迷彩柄の戦闘服(海上自衛隊の海上迷彩服)に身を包んだ、下士官(海曹)階級の女性隊員だった。腰には弾帯を締め、無駄のない動きからは日々の厳しい訓練の跡が窺える。
そして彼女の頭には、紺色をベースにした部隊認識帽(識別帽)が深く被られていた。その正面には、イージス護衛艦「きりしま」の鋭い艦影の刺繍とともに、金色の糸で誇らしげに**『KIRISHIMA』**、そして**『174』**という文字が刻まれている。
女性下士官は明乃たちの前でピタリと足を止めると、踵を揃え、右手をスッと眉尻に添える「自衛隊式」の敬礼をピシッと決めた。
ブルーマーメイドの「右手を左胸に当てる」敬礼とは異なるその所作に、明乃たちは少し目を丸くする。
「ようこそ、海上自衛隊 護衛艦『きりしま』へ。横須賀女子海洋学校の皆様ですね」
下士官は敬礼を解き、穏やかな、しかし芯のある声で告げた。
「お迎えにあがりました。当艦の佐伯艦長が、艦橋下の士官室にてお待ちです。どうぞ、こちらへ」
「あ、はいっ! ありがとうございます!」
明乃も慌ててブルーマーメイド式の敬礼を返し、にっこりと笑った。
「私は晴風艦長の岬明乃です! よろしくお願いします!」
「副長の宗谷ましろだ。……丁重な出迎え、感謝する」
「アドミラル・シュペー副長の、ヴィルヘルミーナ・ブラウンシュヴァイク・インゲノール・フリーデブルクじゃ! 案内、頼むぞ!」
女性下士官は三人の個性的な挨拶に僅かに微笑みをこぼすと、「足元に気をつけてついてきてください」と踵を返し、艦内へと続く重厚な水密扉(ハッチ)を開けた。
一歩足を踏み入れると、そこは「晴風」のどこか温かみのある艦内とは全く異なる、無機質で機能的な現代軍艦の通路だった。蛍光灯の白い光が反射する灰色の壁面、頭上を這う無数のケーブルと配管。すれ違う乗組員たちは皆、青と灰色の迷彩服を着ており、見慣れぬセーラー服の少女たちを驚きの目で見つめている。
明乃、ましろ、ミーナの三人は、見たこともない圧倒的なテクノロジーと規律で統制された鋼鉄の城の中を、案内されるがままに進んでいく。
いよいよ、「きりしま」艦長・佐伯1佐との直接会談の時が迫っていた。