ハイスクール・フリート Cross World War 作:冬吉
「昔、パラレルワールド、平行世界に関する作品は見た事があったが……まさか、実際にあったのか」
**佐伯**は深くため息をつき、頭を抱えるようにして太い指でこめかみを揉んだ。
歴戦の自衛官である彼にとって、オカルトやSFめいた話は本来なら鼻で笑って一蹴すべきものだ。しかし、目の前にある事実――レーダーを狂わせた局地的な磁気嵐、どこにも記録のない所属不明の駆逐艦、そして真っ直ぐな瞳で「日本は沈んだ」と語る少女たち――を繋ぎ合わせると、その荒唐無稽な仮説こそが唯一の『論理的な答え』となってしまう。
「……艦長。いくらなんでも、平行世界だなんて……」
**一ノ瀬**が戸惑いの声を上げるが、佐伯はゆっくりと首を横に振った。
「副長、他に合理的な説明がつくか? 彼女たちの身なりや艦の練度、そして何よりこの目を見れば、嘘をついているようには到底思えん。我々の世界の常識と彼女たちの常識は、根本から枝分かれしているんだ」
佐伯はそう言うと、立ち上がって壁際に備え付けられていた大型モニターの電源を入れた。
画面に映し出されたのは、2026年現在の、見慣れた日本列島周辺の広域海図と衛星写真だった。
「岬艦長。君たちの言う『日本国土の大半が海に沈んだ』という事実は、我々の歴史には存在しない。これが、我々の生きる今の日本の姿だ」
「え……っ?」
モニターに映し出された日本地図を見た瞬間、**明乃(ミケ)**、**ましろ(シロ)**、**ミーナ**の三人は、言葉を失い硬直した。
そこには、彼女たちが授業で習った「海運都市が点在する細長い列島」ではなく、広大な陸地面積を保ったままの、豊かで大きな日本列島が映し出されていた。
「嘘……。本州が、こんなに大きいの……? それに、海上都市が一つもない……」
明乃が信じられないというようにモニターに駆け寄り、画面を食い入るように見つめる。
「馬鹿な……。100年前のプレートのズレも、メタンハイドレートの採掘による水位上昇も起こらなかった世界だと言うのか……!?」
ましろも愕然とし、震える手で机の端を強く握りしめた。
「ブルーマーメイドが存在しないのも当然だ。陸地が健在であれば、全てを海運に頼る必要がない。……ここは、私たちの知っている日本じゃない……!」
「待て待て待て! じゃあ、ドイツはどうなっとるんじゃ!?」
ミーナが慌てて一ノ瀬に詰め寄る。
「ヴィルヘルムスハーフェンは!? わしの母校のヴィルヘルムスハーフェン校や、アドミラル・シュペーはどうなっとる!?」
一ノ瀬は手元のタブレットを素早く操作し、ドイツの現状を読み上げた。
「ドイツ連邦共和国はヨーロッパの中央に健在です。ヴィルヘルムスハーフェンという港湾都市も海軍基地として存在しますが……『海洋学校』というものは存在しません。アドミラル・シュペー……ポケット戦艦の事であれば、第二次世界大戦中の1939年、ラプラタ沖海戦の後に自沈し、すでに失われています」
「じ、自沈……!?シュペーが……!?」
ミーナはショックのあまり白目を剥き、その場にふらふらと崩れ落ちそうになった。明乃が慌ててそれを支える。
「……つまり」
ましろが、何とか冷静さを保とうと深く息を吐き、佐伯たちを見据えた。
「先ほどの異常な嵐……計器を全て狂わせたあの紫色の雷雲は、単なる気象現象などではなく、世界と世界を繋ぐ『時空の歪み』だったということですか」
「我々も信じがたいが、そう結論づけるしかない」
佐伯は深く頷き、再び席についた。
「改めて状況を整理しよう。ここは西暦2026年の現実世界(こちら)の日本だ。そして我々『海上自衛隊』は、ブルーマーメイドに代わって――いや、この世界における日本の海を守る、国家の正式な防衛組織だ。君たちが巻き込まれた嵐は、我々のレーダーにも突発的な『磁気嵐』として記録されている」
「2026年……。私たちが出航したのは、2016年です。……10年後の、違う歴史を歩んだ未来……」
明乃が、呆然と呟く。
ようやく自分たちが置かれた『絶望的な状況』を正確に理解した少女たち。
帰るべき母港(横須賀)は、同じ名前であっても全く別の組織の基地となっている。仲間たちの乗る武蔵も、教官艦もここにはいない。
「……佐伯艦長」
沈黙を破ったのは、ましろだった。彼女は唇を強く噛み締め、ブルーマーメイドの誇りを懸けて毅然と尋ねた。
「我々が異世界の漂流者だと理解していただけたのなら、お聞きしたい。我々は今後、どうなるのですか? 帰る場所を失った未知の武装艦を……自衛隊は、どう扱うおつもりですか」
ましろの鋭く、そして僅かに震えを帯びた問いかけに、佐伯と一ノ瀬は静かに視線を交わした。
士官室に、コーヒーの香りと共に、重くシリアスな空気が満ちていく。