ハイスクール・フリート Cross World War 作:冬吉
佐伯「それに関してだが、我々第8水上戦隊一存で決める訳にはいかん、この情報を直ちに横須賀・自衛艦隊司令部に送り、”市ヶ谷”経由で”永田町”に伝える必要がある。」
一ノ瀬「艦長、今回の不明艦の出現、”赤坂”は把握しているのでしょうか?」
佐伯「分からん、”赤坂”がどう動くか、見当もつかん、だが、向こうが”日米安保条約を”盾に何かの政治的圧力をかける可能性は、捨てきれん。」
一ノ瀬「一番、気になるのは、”第7艦隊”(母港:横須賀)の動きです」
佐伯「第7艦隊は、今、西太平洋で演習中だったな...”原子力空母”「ジョージ・ワシントン(CVN-73)」を旗艦とし、タイコンデロガ級ミサイル巡洋艦「ロバート・スモールズ(CG-62)、第15駆逐戦隊からはアーレイバーク級ミサイル駆逐艦「ヒギンズ(DDG-76)」・「ハワード(DDG-83)」・「プレブル(DDG-88)」・「デューイ(DDG-105)」からなる空母艦隊だったな。今は、台湾情勢の緊迫化で中国との牽制したいんだろな...」
一ノ瀬「しかし、アメリカが黙って見ている訳がありません...」
佐伯「だがな、今のアメリカに、そんな余裕があるだろうか?この日本を含む極東地域が緊迫しているのと同時に今年の2月末のイスラエルと共に開始した。イランへの軍事攻撃で逼迫している可能性もある。」
士官室に響き渡る、佐伯と一ノ瀬のあまりにも生々しい「大人の、そして国家間の会話」。
その言葉の応酬を前に、明乃、ましろ、ミーナの三人は完全に置いてけぼりを食らっていた。
「……ねぇ、シロちゃん。『イチガヤ』とか『ナガタチョウ』って、何のこと?」
**明乃(ミケ)**が、ましろの袖をツンツンと引っ張って小声で尋ねる。
「……おそらく、この世界の日本の政治の中枢や、軍事の司令部の隠語(コードネーム)だろう。だが……」
**ましろ(シロ)**の表情は、かつてないほど険しかった。彼女の優れた頭脳は、佐伯たちの会話から断片的な単語を拾い集め、この世界が抱えている「闇の深さ」を直感的に理解し始めていた。
「おい、ちょっと待つんじゃ! さっきから聞き捨てならん単語がポンポン出とるぞ!」
ミーナがたまらず身を乗り出し、机をバンッと叩いた。
「アメリカの『第7艦隊』!? それに『空母(航空母艦)』じゃと!? 航空機が存在しないわしらの世界には、空母なんていう艦種は計画すらされとらん! しかも『ゲンシリョク(原子力)』で動くじゃと!? バケモノか!」
「……無理もありません。あなた方の世界には、航空機がないのですから」
一ノ瀬が、鋭い視線を少しだけ和らげてミーナに答えた。
「この世界では、空を制する者が海を制します。アメリカ海軍の原子力空母は、全長300メートル以上、戦闘機を数十機も搭載して世界中の海を移動する『動く軍事基地』です。……そして今、私たちの周辺国――中国や台湾、さらには中東のイランを巡って、世界は一触即発の事態にあります」
「一触即発……」
明乃が息を呑む。
彼女たちの世界でも、東舞校の教員艦が攻撃されたり、謎のウイルスによって暴走した艦との戦闘はあった。だが、それはあくまで「海の安全を脅かす事故や反乱」という枠組みの中でのことだ。
しかし、目の前の自衛官たちが語っているのは、国家と国家が威信と生存を懸けてぶつかり合う、正真正銘の「戦争」の気配だった。
「すまない。君たちのような少女に聞かせるには、あまりに生臭い話だったな」
佐伯が深くため息をつき、静かな声で三人に語りかけた。
「だが、これが我々の生きる2026年の現実だ。そして、君たちの存在は、この張り詰めた国際情勢において『劇薬』になりかねない。突如として現れた、所属不明の武装艦。しかも乗っているのは未成年の高校生。……もしこの情報が、アメリカや中国、あるいはメディアの知るところになれば、事態は我々一介の自衛官の手に負えない規模に膨れ上がる」
「じゃあ……私たちは、どうなっちゃうんですか……?」
明乃が、不安げに佐伯の目を見つめる。
佐伯は両手を机の上で組み、重々しい口調で告げた。
「我々、第8水上戦隊の独断で君たちを解放することはできない。これから私は、自衛艦隊司令部へ『所属不明の武装艦を保護した』という第一報を打つ。そして、君たちの乗る『晴風』は、我々の水上艦隊の監視下のもと、直ちに横須賀基地へ回航してもらう」
「横須賀……!」
帰るべき母港の名前を聞いて、明乃の顔が少しだけ明るくなる。
「ただし」と、一ノ瀬が冷徹な事実を突きつけた。
「向かう先は、あなた方の知る『横須賀女子海洋学校』ではありません。我々、海上自衛隊とアメリカ海軍第7艦隊が駐留する、完全な軍事基地としての『横須賀』です。到着後、あなた方には船から降りてもらい、政府の決定が下るまで、厳重な情報統制のもとで隔離・保護されることになるでしょう」
「船から降りる……。晴風を、手放せというのですか?」
ましろがギリッと歯を食いしばる。艦は、海の女にとって命そのものだ。
「安心しろ、宗谷副長。君たちの艦を傷つけたり、不当に奪い取ったりはしないと約束する。これはあくまで、君たちの安全を守り、この世界の混乱を防ぐための最低限の措置だ」
佐伯は、父親のような、どこか温かみのある声でフォローを入れた。
「横須賀に着くまで、君たちは『晴風』の艦内で待機して構わない。我々も、食料や水、必要な物資があれば可能な限り支援しよう。……どうだろうか、岬艦長」
佐伯の問いかけに、明乃は少しの間、目を伏せて考え込んだ。
そして、隣に座るましろとミーナの顔を順番に見つめ、コクリと頷いた。
「……分かりました。私たち、佐伯艦長たちを信じます。横須賀まで、ついて行きます!」
「明乃……」
「仕方がない。どのみち我々には、海図も、補給基地も、この世界での身分証明すらないのだからな」
ましろも、苦渋の決断を受け入れた。
「感謝する、岬艦長」
佐伯は深く頷き、インカムのスイッチを入れた。
「艦長より各艦へ。これより第8水上戦隊は訓練を中止し、目標艦『晴風』を伴って横須賀基地へ帰投する。陣形を変更。『むらさめ』は『晴風』の左舷前方、『おおなみ』は右舷後方につけ。『とうりゅう』は先行して周辺海域の警戒を厳とせよ。……これより、全通信を暗号化。自衛艦隊司令部へ緊急電を打つ!」
西暦2026年、4月26日。
時空の歪みから現れた航洋艦「晴風」は、海上自衛隊・第8水上戦隊のエスコートのもと、全く異なる歴史を歩んだ未来の「横須賀」へと、その舳先を向けるのであった。