ハイスクール・フリート Cross World War   作:冬吉

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第21話 アメリカ(ホーム)が抱える問題

**在日米海軍横須賀基地(CFAY)**

**第7艦隊司令部 地下作戦会議室(SCIF)**

 

「……強硬手段、ですか」

 

ヴァンス中将の好戦的な宣言が会議室の空気を極限まで張り詰めさせたその時。

分厚い沈黙を切り裂くように、冷たく、そして完璧にコントロールされた静かな声が響いた。

 

声の主は、作戦会議室の隅で戦術データの端末を監視していた、第7艦隊政治顧問補佐官の**ナオミ・アリサト(有里 直美)中佐**であった。彼女は日系三世のアメリカ海軍将校であり、極東アジアの地政学と日米関係の機微を誰よりも熟知する、ヴァンス中将の「冷徹な知恵袋」として知られていた。

 

彼女は端末からゆっくりと顔を上げ、室内にいるすべての白人将校たちの視線を一身に浴びながら、歩みを進めた。

 

「もしも、我々が日米安保条約や地位協定(SOFA)を盾にし、ましてや『接収』という強硬手段に走った場合のリスクを計算されていますか? 乗組員の強引な引き渡しを要求すれば、それは日本政府の主権に対する重大な侵害です。日米という世界で最も強固な同盟関係に致命的な軋轢を生み、日本国民の底知れぬ反米感情を呼び覚ますことになります。万が一、海上自衛隊と対立し、銃口を向け合うような事態になれば……それで最も利を得て祝杯を挙げるのは、”北京”と”モスクワ”の指導者たちです」

 

アリサト中佐は、戦術モニターに映る「きりしま」と「晴風」の映像を一瞥し、ヴァンス中将の目を真っ直ぐに見据えた。

 

「中将にお尋ねします。あなたは、”東京”と再びこの”太平洋で戦争”をしたいのですか?」

 

「言葉を慎め、アリサト中佐! 私はただ、極東の安全保障を……」

作戦部長のミラー大佐が怒鳴りかけたが、アリサト中佐はそれを氷のような視線で制止し、言葉を重ねた。

 

「現在、我が米海軍の戦力は完全に二正面に分散され、悲鳴を上げています。今年の2月末に開始されたイランへの軍事攻撃以来、中東方面には『エイブラハム・リンカーン(CVN-72)』と『ジェラルド・R・フォード(CVN-78)』の二個空母打撃群が展開したままです。さらに先日、この佐世保を母港とする強襲揚陸艦『トリポリ(LHA-7)』率いる遠征打撃群(ESG)すらも、中東への増派として引き抜かれたばかりです。……今の第7艦隊に、これ以上リソースを割く余裕がどこにあると言うのですか?」

 

彼女の指摘は、米海軍が抱えるアキレス腱を的確に突いていた。

 

「もしここで我々が横暴な振る舞いに及べば、燻っていた日本国民の反米感情は一気に業火となって噴き出します。”沖縄の基地問題”が解決の糸口すら見えないこの不透明な状況下でそれを実行すれば、横須賀や佐世保のみならず、三沢、座間、横田、厚木、岩国……すべての基地とキャンプが機能不全に陥るでしょう。それは即ち、台湾有事における我々の防波堤と最強の橋頭堡を自ら手放すことを意味します」

 

アリサト中佐は、ホログラムテーブルに東アジアの地図を展開した。

 

「極東における米軍の事実上の撤退。これが現実になれば、日本のみならず、韓国、台湾、フィリピンといった同盟国は『アメリカは同盟国を平気で裏切る』と見なします。パックス・アメリカーナ(米国の覇権)による国際社会での地位は、音を立てて崩壊するでしょう」

 

さらに彼女は、母国アメリカの痛い腹をも探り当てた。

 

「我が国、アメリカ合衆国自身も決して盤石ではありません。深刻なインフレが国民生活を圧迫し、経済的格差の拡大と国境の移民問題で社会は分断されています。このタイミングで、最も強固な同盟国であるはずの日本と戦火を交えるようなことになれば、自国民からは『政府は国民の生活よりも覇権戦争が大事なのか』と猛烈な批判を浴びます。……最悪のシナリオを想定するなら、全米規模の暴動、ひいてはシビルウォー(内戦)に発展する恐れすらあります」

 

息を呑む将官たちを前に、アリサト中佐は結論を提示した。

 

「今回の不明艦事案に関する最適解は一つです。**『日本主導による日米合同調査とし、調査データの共有に留めること』**。それ以上でも、それ以下でもありません」

 

「……馬鹿な。自衛隊の戦力など、我々が本気になれば数日で制圧できる」

ミラー大佐が忌々しそうに吐き捨てた。

だが、その言葉を聞いた瞬間、アリサト中佐の黒い瞳の奥に、ぞくりとするような暗い炎が宿った。

 

「大佐。もしも日本と戦争になったとして、彼らが太平洋戦争の時のように、無謀なバンザイ・チャージ(玉砕)や神風特攻のような非人道的な戦術を取ると思っているのなら、今すぐその制服を脱ぐべきです」

 

彼女は一歩踏み出し、モニターの横に日本の防衛白書の最新データを投影した。

 

「現在の海上自衛隊の対潜水艦戦闘(ASW)能力は、疑いなく世界トップクラスです。イージスシステムの運用実績も、我々と同等かそれ以上。さらに彼らは近年、スタンドオフ防衛能力を劇的に進化させています。『25式地対艦誘導弾(巡航ミサイル)』や『高速滑空弾(HVGP)』の実戦配備に加え、防衛装備庁はすでに**”レールガン(電磁砲)”**の洋上射撃試験に成功しています。……大佐、マッハ7で水平線の彼方から飛んでくる無誘導の質量兵器を、今の我々のミサイル防衛網で迎撃する術がおありですか?」

 

圧倒的な物理的現実を前に、ミラー大佐は押し黙った。

 

「軍事面だけではありません。経済面において、半導体製造に必要な高純度素材の大半は未だに日本企業が独占しており、半導体製造装置の世界シェアの30%を彼らが握っています。もしサプライチェーンが止められれば、シリコンバレーも国防総省のシステムも数ヶ月で完全に機能停止します。さらに、米国国債の最大保有国も日本です。彼らが一斉に米国債の売り(ダンプ)に走れば、ドルは即座に紙屑と化します」

 

アリサト中佐は、薄暗い照明の中で、彫りの深い顔立ちを不気味に歪ませた。

 

「アメリカが表の覇権国であるというのなら、日本は、”裏の覇権国”です」

 

そして彼女は、声のトーンを一段階落とし、背筋が凍るほどの殺意と狂気を孕んだ、不気味な笑みを浮かべた。その姿は、かつてヨーロッパ戦線で血みどろの死闘を繰り広げた第442連隊戦闘団の日系兵士たちや、ジャングルで米兵を恐怖のどん底に陥れた旧日本軍の将校を彷彿とさせた。

 

「……日本民族は、どんな相手であろうと、表向きは礼儀正しく対等に振る舞います。しかし、土足で己の『場(テリトリー)』を踏み荒らそうとする無礼な者に対しては……何年、何十年と時間をかけて緻密な計画を練り、一切の感情を交えずに、確実に相手の首を刈り取るでしょう」

 

アリサト中佐は、ヴァンス中将の目を覗き込むようにして囁いた。

 

「”にこやかに笑っている人”ほど、腹の底で何を考えているか分かりませんからね。……日本人は、一度キレれば、簡単には収まりませんよ?」

 

凍りつくような冷気と、張り詰めた知性による完全な論破。

第7艦隊のトップたちは、彼女の言葉の重圧に縫い留められ、誰一人として声を上げることができなかった。

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