ハイスクール・フリート Cross World War   作:冬吉

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第22話 闇に乗じた入港

**2026年4月26日 19時30分**

**東京湾口・浦賀水道沖**

 

太陽が完全に水平線の向こうへと沈み、太平洋が深い漆黒に包まれた頃。

海上自衛隊第8水上戦隊と、その中央に陣取る陽炎型航洋艦「晴風」は、ようやくその歩みを再開していた。

 

本来であれば、佐伯艦長の判断ですぐにでも横須賀へ直行するはずだった。

しかし、事態の異常性を重く見た日本政府(官邸)から、「白昼堂々の入港は避け、完全に日が落ちてから極秘裏に入港せよ」という厳命が下ったのだ。そのため艦隊は数時間もの間、伊豆半島沖で洋上待機(ドリフト)を余儀なくされていた。

 

「……ようやくお許しが出たか。総理や幕僚長たちも、さぞかし胃を痛めていることだろうな」

 

護衛艦「きりしま」の暗く落とされた艦橋で、**佐伯1佐**が航海レーダーの光に照らされながら小さく息を吐いた。

艦隊は現在、完全な灯火管制(ブラックアウト)と電波管制(エミコン)を敷き、最低限の航海灯のみを点灯させて闇夜の海を滑るように進んでいる。

 

「これより世界で最も過密な航路、浦賀水道に入ります。……『晴風』の操艦技術が試されますね」

副長の**一ノ瀬2佐**が、暗視装置(ナイトビジョン)越しに後方の「晴風」のシルエットを確認する。

 

AIS(船舶自動識別装置)はおろか、最新の航法支援システムすら持たない「晴風」を、夜の東京湾へ安全に導く。それは、巨大なイージス艦や哨戒ヘリの目をフル活用し、「きりしま」が文字通り手取り足取り誘導しなければならない、極めて神経をすり減らすミッションだった。

 

***

 

**航洋艦「晴風」 艦橋**

 

一方、その「晴風」の艦橋では、全く別の意味で乗員たちが言葉を失っていた。

 

「……うそ。あれ、全部……陸地なの……?」

艦長の**明乃(ミケ)**が、窓にへばりつくようにして前方の景色を見つめていた。

 

夜の闇の中、彼女たちの目の前――房総半島から三浦半島、そして横浜、東京へと続く海岸線一帯が、まるで地上に星空を引き下ろしたかのように、圧倒的な光の帯となって煌めいていたのだ。

 

「ぶち綺麗じゃ……。まるで光の銀河じゃな」

**ミーナ**が、双眼鏡を下ろして呆然と呟く。

 

彼女たちの知る世界では、日本の国土の大半は海に沈んでいる。夜の海に浮かぶのは、点在する海上都市やメガフロートの灯りだけだ。

しかし、目の前に広がる2026年の日本の夜景は、見渡す限りの広大な陸地を埋め尽くす、無数のビルディングと街灯、車のヘッドライトの濁流だった。

 

「これが、沈まなかった日本……。私たちの世界とは違う。」

副長の**ましろ(シロ)**が、ガラスに映る光の海を見つめながら、その圧倒的なスケールに息を呑む。

 

「……フッ、見よ。あれが伝説に語られし『不夜城の帝国』。失われた大地が放つ、黄金の輝きだ……。私たちは今、神話の領域へと足を踏み入れているのだ……!」

記録員の**ココ(納沙幸子)**が、タブレットのバックライトに顔を照らされながら、かつてないほど壮大な一人芝居を披露する。

 

「うわぁぁぁん! 綺麗だけど、船がいっぱいいて怖いですぅ! ぶつかっちゃう! ぶつかっちゃいますぅ!」

航海長の**リン(知床鈴)**は夜景を楽しむ余裕など一切なく、涙目で操舵輪にしがみついていた。

東京湾の入り口である浦賀水道は、大型タンカーやコンテナ船が行き交う世界屈指の過密海域だ。「きりしま」からの誘導通信があるとはいえ、夜間の手動操舵はリンの神経をゴリゴリと削っていた。

 

「リンちゃん、頑張って! もうすぐだから!」

明乃がリンの背中をさすって励ます。

 

「うぃ……あの灰色の船の灯り、見失わないように」

砲術長の**タマ(立石志摩)**が、羅針盤と前方の「きりしま」の艦尾灯を交互に確認し、的確な指示を出す。

 

『てやんでえ! 上がビビってちゃ機関室まで不安になるぜ! 晴風のタービンは、どんな未来の海だろうがへこたれねえから安心しな!』

伝声管から、機関長**マロン(柳原麻論)**の頼もしい声が響く。

 

「よーし! 未来の横須賀には、どんなすごいお魚さん(魚雷)があるのかなー! 楽しみ!」

水雷長の**メイ(西崎芽依)**だけは、いつも通りマイペースに目を輝かせていた。

 

***

 

やがて、艦隊は三浦半島の影を回り込み、横須賀港へのアプローチを開始した。

 

『こちら「きりしま」。これより横須賀本港へ進入する。目標は、吉倉桟橋の最奥、Y-4バース。微速で当艦の航跡に続け』

 

佐伯艦長からの通信に従い、晴風は港内へと滑り込んでいく。

 

「……あれが、自衛隊の基地……」

 

明乃たちが目にしたのは、彼女たちの知る「横須賀女子海洋学校」の長閑なレンガ造りの校舎や桟橋とは全く異なる、鋼鉄とコンクリートで固められた巨大な軍事要塞の姿だった。

サーチライトに照らされた桟橋には、「きりしま」と同型と思われる巨大な護衛艦が何隻も肩を並べて停泊しており、その対岸(米海軍側)には、見たこともないような巨大なイージス巡洋艦や駆逐艦の群れが、黒々としたシルエットを横たえている。

 

「なんて巨大な艦(ふね)ばかりだ……。大和型直教艦や大型・小型巡洋直接教育艦に匹敵するような巨艦が、そこら中にひしめいているぞ。」

ましろが、日米の艦艇群を見て冷や汗を流す。

自分たちの乗る全長118メートルの陽炎型が、まるで子供のオモチャのように小さく感じられた。

 

港の最奥、一般の視界からは完全に遮断された吉倉桟橋の専用バース。

そこにはすでに、数台の黒塗りの公用車と、大型のマイクロバスが音もなく停車していた。

 

車の周囲には、スーツ姿の男たちや、迷彩服を着た自衛隊の警務官(MP)たちが、物々しい雰囲気で立ち並んでいる。彼らこそ、日本政府が極秘裏に編成した「特命チーム」であった。

 

『……接岸用意。「晴風」、エンジンストップ。舫(もやい)を取る』

 

「きりしま」の誘導のもと、ついに「晴風」の巨体が静かに桟橋へと横付けされる。

岸壁で待機していた隊員たちが手際よく舫綱を受け取り、ビット(係留柱)へと巻きつけていく。

 

「機関停止! 無事、到着しましたぁぁ……!」

リンが操舵輪に突っ伏して、安堵の涙を流す。

 

「みんな、お疲れ様!」

明乃は大きく息を吐き出すと、艦長席の前に立ち、ましろやミーナ、そして艦橋の乗員たちを真っ直ぐに見渡した。

 

「ここから先は、本当に未知の世界です。でも、私たちには晴風の仲間がいる! どんなことがあっても、絶対にみんなで一緒に帰ろうね!」

 

「……ああ。副長として、全力で艦長をサポートする」

「シュペーの誇りにかけて、わしも付いとるけぇね!」

「うぃ」

「フッ、望むところだ!」

「お魚さん撃ちたい!」

 

2026年4月25日、夜。

時空の波を越えた少女たちと、時代遅れの駆逐艦「晴風」は、現代日本の防衛中枢である横須賀基地へ、その第一歩を静かに踏み下ろした。

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