ハイスクール・フリート Cross World War 作:冬吉
**隊員宿舎 食堂**
水瀬1曹と橘3曹に案内されて、晴風の乗員たちが隊員宿舎の広々とした食堂に足を踏み入れると、そこには食欲をそそるスパイシーな香りが充満していた。
「わぁ……! この匂い!」
艦長の**明乃(ミケ)**が目を輝かせ、お腹の虫をグーッと鳴らす。
テーブルの上にズラリと並べられていたのは、大盛りによそわれたカレーライス、新鮮なキャベツのサラダ、そしてゆで卵と牛乳だった。
「おお! 未来の軍隊の飯ってから、どんなもんかと思いきや……カレーじゃねえか!」
機関長の**麻論(マロン)**が嬉しそうに席につく。
主計長の**ミミちゃん(等松美海)**や給養員の**ミカンちゃん(伊良子美甘)**たち炊事委員も、カレーのルーの艶と香りに「すごく本格的ですね……!」と感心しきりだ。
「皆さん、温かいうちにどうぞ。本日は護衛艦『きりしま』の給養員が特別に腕を振るった、特製カレーです」
水瀬1曹が微笑みながら勧める。
「いただきます!」
全員が手を合わせ、一斉にスプーンを口に運んだ。
「んん〜っ! おいしいっ!」
明乃が満面の笑みを浮かべる。
「うぃ。……スパイシーだけど、甘みもあって、すごく美味しい」
砲術長の**タマ(立石志摩)**も、スプーンを動かす手が止まらない。
「ぶちうまい! シュペーの厨房にも負けん味じゃ!」
**ミーナ**も広島弁で絶賛しながら、あっという間に半分を平らげた。
皆の食べっぷりに目を細めながら、橘3曹が少し誇らしげに口を開いた。
「海上自衛隊では、長い航海に出ると景色がずっと海ばかりで、曜日感覚がなくなってしまうんです。だから、それを防ぐために『毎週金曜日は必ずカレーを食べる』という習慣があるんですよ」
その説明を聞いた瞬間、副長の**ましろ(シロ)**がスプーンを止め、ハッとしたように顔を上げた。
「……金曜日に、カレー。航海中の曜日感覚を忘れないため……」
「シロちゃん! それって……!」
明乃も驚いてましろを見る。
「ああ。私たちの世界……ブルーマーメイドや海洋学校でも、全く同じ習慣がある。金曜日はカレーの日だ。そうか……時代や歴史が違っても、海に生きる者の伝統は同じように受け継がれているんだな」
ましろの言葉に、晴風の乗員たちの間に「おお〜!」というどよめきと、どこかホッとしたような空気が広がった。
全く違う世界に来てしまった不安の中で見つけた、自分たちとの「共通点」。それは、少女たちの心を強く安心させるものだった。
「……フッ、次元の壁を越えようとも、海軍カレーの香りは不変ということか。まさに黄金のスパイスが結ぶ、時空の絆……!」
記録員の**ココ(納沙幸子)**が、スプーンを掲げて一人芝居をキメる。
「ココちゃんの言う通りですね」
水瀬1曹がクスッと笑い、歴史の補足を加えた。
「もともとこのカレーの習慣は、明治時代……旧海軍の頃から続くものです。当時の日本軍にとって、最大の敵は敵国の兵器ではなく『脚気(かっけ)』という病気でした。白米ばかり食べてビタミンB1が不足することで起きる病です。ご存知ですか?」
「はい、授業で習いました。」
衛生長の**みなみさん(鏑木美波)**が手を挙げる。
「日露戦争の時、陸軍では戦死者よりも病死者の方が多く、そのうちの25%近くが脚気によるものだったんですよね。」
「その通りです。一方の海軍では……」
水瀬が頷くと、今度はましろがすかさず言葉を引き取った。
「海軍では、当時の軍医であった高木兼寛の進言により、食事の改善が行われた。白米だけでなく麦飯を取り入れ、肉や野菜を豊富に使ったイギリス海軍由来のシチュー……つまり、この『カレー』を食事メニューに導入した。結果として、海軍では脚気による病死はほぼゼロに抑えられたんだ」
「す、すごい! 宗谷副長、私たちの世界の歴史と全く同じです!」
橘3曹が目を丸くして驚いた。
「えへへ、シロちゃんは立派なブルーマーメイドの家系だから、海のことや歴史にはすっごく詳しいんだよ!」
明乃が自分のことのように胸を張る。
「か、艦長! 私はただ、授業で習ったことを言っただけだ……」
ましろが少し照れくさそうに顔を赤らめながら、再びカレーを口に運んだ。
「そうか。このの世界でも、海軍カレーは脚気を防ぎ、兵士の命を救ったヒーローなんだね。」
応急長の**ひめちゃん(和住媛萌)**が、感慨深げに牛乳のグラスを傾ける。
「未来のカレーも、私たちの世界のカレーも、どっちも人を元気にするんだね!」
明乃の明るい声に、食堂中が温かい笑い声に包まれた。
水瀬1曹と橘3曹も、少女たちの笑顔を見てホッと胸をなでおろした。
100年の歴史の分岐点、全く違う世界線。それでも、「金曜日のカレー」という海の伝統と、それを美味しいと笑い合える心は、二つの世界を確実に繋いでいた。
美味しいカレーでお腹を満たし、温かいお風呂で冷えた体を温めた晴風の乗員たちは、この日、異世界の未来というかつてない不安の中でも、ぐっすりと深い眠りにつくことができたのだった。