ハイスクール・フリート Cross World War 作:冬吉
**午前10時00分**
**第一回状況確認会議 閉幕**
「――以上をもって、第一回状況確認会議を閉幕する」
議長席の**刈谷**が、手元の分厚いファイルをパタンと閉じ、静かに宣言した。
「当面の基本方針として、あなた方『晴風』乗員の身柄は日本政府(特命チーム)の保護下とし、横須賀基地内の隊員宿舎での生活を継続させる。そして艦の調査については、先ほど合意した通り『日本主導による日米合同調査』とし、強制的な接収や解体は行わない。……以上だ」
その言葉が会議室に響き渡った瞬間。
後方のパイプ椅子でカチコチに固まっていた晴風の乗員たちから、「はぁぁぁっ……!」という、長くて深い安堵の溜息が一斉に漏れた。
「終わった……。塩漬け、回避ですぅ……」
航海長の**リン(知床鈴)**が、魂が抜けたように椅子にへたり込む。
「……うぃ。緊張して、肩凝った」
砲術長の**タマ(立石志摩)**が首をコキコキと鳴らす。
「ふぅぅ……。なんとか、最悪の事態は免れたな……」
代表としてテーブルの前に座っていた副長の**ましろ(シロ)**も、極度の緊張から解放され、ドッと噴き出した冷や汗をハンカチで拭った。
「まったくじゃ。大の大人たちが寄ってたかって、わしらのようなか弱き乙女を尋問するなんて、未来の日本も野蛮なもんじゃ!」
オブザーバーの**ミーナ**が腕を組んでフンッと鼻を鳴らすが、その膝は微かに震えていた。
「刈谷さん、それに……ナオミさん! 本当に、ありがとうございました!」
艦長の**明乃(ミケ)**は、立ち上がって深くお辞儀をした。
その明乃の真っ直ぐな感謝の言葉に、帰り支度を始めていたアメリカ海軍第7艦隊政治顧問補佐官・**ナオミ・アリサト中佐**は、書類鞄を手に取りながら足を止めた。
「私に感謝する必要はありませんよ、岬艦長。私はあくまで、我がアメリカ合衆国の国益と、極東のパワーバランスが崩れるリスクを天秤にかけ、最も合理的な選択をしただけですから」
ナオミは冷徹な表情を崩さずにそう言ったが、ふと、その彫りの深い顔立ちにほんの少しだけ、姉のような柔らかい笑みを浮かべた。
「……ですが、あなたたちの『仲間を信じる真っ直ぐな目』は、嫌いではありません。政治の世界は、この先の海よりも遥かに変わりやすく、残酷です。どうか、その明るさを失わずに生き抜きなさい」
「はいっ!」
「では、刈谷室長。合同調査の具体的なスケジュールについては、後ほどペンタゴン経由で正式なプロトコルを送ります。……お互い、せいぜい『友好的』にやりましょう」
ナオミは自衛隊の幹部たちに鋭い一瞥をくれると、颯爽と会議室を後にした。彼女の背中が扉の向こうに消えると、自衛隊の幹部たちもドッと疲労感を滲ませてネクタイを緩め始めた。
「……恐ろしい女だ。だが、彼女のあの狂気じみた『日本脅威論』のハッタリのおかげで、アメリカの強硬派を黙らせることができたのも事実だ」
防衛省の須藤分析官が、苦々しくも感心したように呟く。
「ハッタリかどうかは分からんぞ。事実、彼女の言う通りになった時のリスクは我々にも計り知れんからな」
刈谷は眼鏡を押し上げ、明乃たちの方へと向き直った。
「岬艦長、宗谷副長。高校生でありながら、国家レベルの会議で一歩も引かない見事な答弁だった。……君たちのおかげで、我々も強硬な手段に出ず、対話の道を残すことができた」
刈谷の言葉には、会議が始まった当初の冷徹な「役人」としての響きではなく、一人の大人として、異世界から来た少女たちの勇気を称える響きが混じっていた。
「午後からは、今後の生活に関する具体的なガイダンスや、健康診断を行ってもらう。晴風についても、明日には我々の用意した極秘のドックへと移動させる予定だ。立ち入りには制限がかかるが、メンテナンス等で君たちの力が必要になる場面もあるだろう」
「はい! 晴風のこと、よろしくお願いします!」
明乃が元気よくブルーマーメイドの敬礼をする。
「今日のところは、案内役の水瀬1曹たちと共に宿舎へ戻りなさい。……長丁場、ご苦労だった」
刈谷の労いの言葉を合図に、明乃たちは会議室を後にした。
***
**午前10時15分**
**第一会議室前 廊下**
分厚い防音扉が閉まった瞬間、緊張の糸が完全に切れた晴風の乗員たちが、一斉に明乃やましろの元へと駆け寄ってきた。
「艦長〜っ! シロちゃ〜んっ!」
水雷長の**メイ(西崎芽依)**が明乃に抱きつく。
「てやんでえ! さすがはアタシたちの艦長と副長だ! あの未来の偉いおっさんたち相手に、堂々としたモンだったぜ!」
機関長の**麻論(マロン)**が、ましろの背中をバンバンと叩く(ましろは「痛い、痛いぞ機関長!」と抗議している)。
「……フッ。見事な舌戦であった。我らが誇る『晴風の双璧』が、国家という巨大な権力の城壁に風穴を開けたのだ……!」
記録員の**ココ(納沙幸子)**が、タブレットを天に掲げて勝利のポーズを取る。
「えへへ、みんなが後ろで応援してくれてたからだよ!」
明乃が照れくさそうに笑う。
「まりこー、終わったね……。本当に良かった……」
水雷員の**かよちゃん(姫路果代子)**と**りっちゃん(松永理都子)**が安堵の涙を浮かべると、**まりこうじさん(万里小路楓)**はおっとりと微笑んで二人の頭を撫でた。
「ええ。皆様の無事が確定して、何よりですわ」
主計長の**ミミちゃん(等松美海)**や、衛生長の**みなみさん(鏑木美波)**たちも、互いの手を握り合って喜んでいる。
少し離れた場所でその様子を見守っていた水瀬1曹と橘3曹も、ホッとしたように微笑み合っていた。
「すごいですね、彼女たち。あんな重圧のかかる会議の後で、もうあんなに笑い合えるなんて」
橘3曹が感心したように呟く。
「本当にね。強い絆で結ばれた、素晴らしい船乗りたちよ。……さあ、みんなを宿舎に案内しましょう」
水瀬1曹がパンッと手を叩いて、少女たちに声をかけた。
「皆さーん! お疲れ様でした! 今日のお昼は、皆さんの緊張を解きほぐすために、食堂で特別なメニューを用意していますよ! デザートにアイスクリームもついてます!」
「「「「アイスクリーム!?」」」」
その魔法の言葉に、晴風の少女たちの目の色が変わった。
「やったー! 未来のアイスクリーム!!」
「うぃ。私、チョコがいい」
「わしは絶対にバニラじゃ!」
先ほどまでの重苦しい政治会議のことなどすっかり忘れたかのように、少女たちは歓声を上げて廊下を歩き出す。
「コラ、お前たち! 廊下を走るなと言っているだろう!」
ましろが慌てて副長として皆を注意するが、その口元はどこか嬉しそうに綻んでいた。
「行こう、シロちゃん!」
明乃がましろの手をギュッと引く。
2026年4月26日、午前10時。
日本政府との運命の第一回状況確認会議は、彼女たちの「生き残る権利」と「艦(居場所)」を繋ぎ止める形で閉幕した。
帰るべき海は見つからない。
それでも、仲間と共に笑い合える今日がある。
異世界(みらい)に迷い込んだ陽炎型航洋艦「晴風」の乗員たちの、長く不思議な日常が、ここから本格的に始まろうとしていた。