ハイスクール・フリート Cross World War 作:冬吉
「待ってください、まだ他にもいます……っ!」
見張所の**マチコ(野間マチコ)**が、大型双眼鏡の倍率を上げ、さらに海面を凝視する。
先ほど捉えた3隻の巨大な灰色の艦隊。そのさらに前方、波間を切り裂くように進む「黒い影」が彼女の目に飛び込んできた。
マチコは一度双眼鏡を外し、自身の目をこすってから再びレンズを覗き込む。
『か、艦長! 副長! あの3隻よりさらに前方に、別の艦(ふね)がいます! ……真っ黒で、クジラみたいな形をしてて……これ、潜水艦です!』
「潜水艦!?」
**明乃(ミケ)**が身を乗り出し、**ましろ(シロ)**が即座に右舷側の窓へと駆け寄った。
「潜水艦だと……? また東舞校の伊201か!? いや、位置がおかしい。あの3隻を護衛するように先行しているのか?」
ましろが双眼鏡を向ける。その視界に入ってきたのは、そうりゅう型潜水艦「とうりゅう」の、鈍い光沢を放つ巨大な黒い船体だった。
「な、なにあれ……。あんな潜水艦、見たことないよ……」
航海長の**リン(知床鈴)**が、操舵輪を握る手を震わせる。
「伊201よりもずっと大きいし、形も全然違う……。ひぃぃぃっ、やっぱり逃げましょう艦長ぉ! また魚雷を撃たれたらおしまいですぅ!」
「落ち着け、航海長! まだ敵と決まったわけではない!」
ましろが叱咤するが、その視線は「とうりゅう」の特異な形状――特に、彼女たちの知る潜水艦にはない「X舵」に釘付けになっていた。
「……うぃ。あの黒いの……静か。不気味」
砲術長の**タマ(立石志摩)**が、ぽつりと呟く。
「ねぇねぇ、あの黒いクジラさん、動いてるよね? 撃っていい? 威嚇射撃、一発だけドカンといっちゃっていいかなー!?」
水雷長の**メイ(西崎芽依)**が、すでに射撃盤のスイッチに手をかけようとして目を輝かせている。
「許可なく引き金に触るなと言っているだろう!」
ましろがメイを怒鳴りつけるのと同時に、記録員の**ココ(納沙幸子)**が、手にしたタブレットに何かを猛然と書き込みながら、一人芝居のモードに入った。
「……フッ、ついに現れたか。深海から這い出した漆黒の処刑人『ブラック・レヴァイアサン』。そしてそれを率いる三人の灰色の騎士たち……。彼らは異次元からの使者か、それとも我ら晴風を奈落へ誘う死神か……!? ――ああっ、ミケちゃん! 絶体絶命のピンチだよ!」
「わしを無視して盛り上がるんじゃない!」
広島弁を炸裂させたのは、オブザーバーの**ミーナ(ヴィルヘルミーナ)**だ。
「あの黒い潜水艦……シュペーのデータにも、ドイツの最新鋭リストにもあんな艦は載っとらん! それに、あの灰色の3隻……煙突から黒煙が出ておらんではないか! どうやって動いとるんじゃ、ありゃあ!」
ミーナの指摘通り、接近してくる護衛艦「きりしま」「むらさめ」「おおなみ」の煙突からは、航洋艦や直教艦が吐き出すような濃い黒煙が一切上がっていない。ただ、陽炎のような排気が揺らめいているだけだ。
「……本当だ。飛行船みたいに静か……。あんなの、学校の授業でも習ってないよ」
明乃が双眼鏡を構え直す。
その時、電信員の**つぐみ(八木鶫)**が、ヘッドセットを片手で押さえながら悲鳴に近い声を上げた。
「か、艦長! 全てのチャンネルで、聞いたこともないような強力な電波を受信しています! ――あ、違います、これ、話しかけられてます! 相手は……さっきの灰色の船からです!」
「何だと!? 八木さん、スピーカーに出して!」
ましろの指示で、艦橋にノイズ混じりの音声が響き渡った。
『……こちらは海上自衛隊、護衛艦「きりしま」。方位2-7-0に位置する不明艦に告ぐ。貴艦の所属、および艦名を回答せよ。繰り返す……』
「……カイジョウ、ジエイタイ……?」
明乃が首を傾げる。
「ブルーマーメイドじゃなくて……自衛隊? シロちゃん、そんな組織知ってる?」
「……いや、聞いたことがない。だが、相手は明らかにこちらを認識し、警告を発している。――電波探信儀(レーダー)に反応はあるか!?」
電測員の**めぐみ(宇田慧)**が、顔を青くしてコンソールを見つめる。
「だ、ダメです! さっきから画面が真っ白で……相手の電探が強すぎて、こっちの電探、完全に焼き切られそうです!」
近代兵器の頂点に立つイージス艦「きりしま」の強力なSPY-1Dレーダーと、ハイスクール・フリート世界の電探。その圧倒的な性能差が、晴風のシステムを悲鳴を上げさせていた。
「きりしま」を旗艦とする第8水上戦隊。
そして、方位も時代も失った「晴風」。
伊豆大島沖の紺碧の海で、ついに二つの「日本」が対峙した。