ハイスクール・フリート Cross World War   作:冬吉

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第41話 血みどろの歴史

**午後1時30分**

**隊員宿舎 大会議室(視聴覚室)**

 

昼食の和やかな空気は、午後の授業が始まると同時に完全に吹き飛んだ。

 

「これより、君たちに『この世界(2026年)』が辿ってきた現実の歴史についてレクチャーを行う。……心して聞いてほしい。これは、決して美しい物語ではない」

 

教壇に立ったのは、午前中の会議にも同席していた防衛省の情報分析官・**須藤**だった。

部屋の照明が落とされ、巨大なプロジェクターのスクリーンに、一枚の古びた日本家屋の図面が映し出された。

 

「我々の世界と、君たちの世界の歴史の最大の分岐点。それは幕末――慶応3年(1867年)に起きた『近江屋事件』だ」

「近江屋事件……!」

副長の**ましろ(シロ)**が、息を呑んで身を乗り出した。

 

「君たちの世界では、坂本龍馬はこの襲撃を生き延び、後の日本を海洋国家へと導き、あの急激な国土の水没(メタンハイドレート採掘)に繋がる道筋を作ったと聞いている。……だが、我々の歴史では、坂本龍馬はこの近江屋で暗殺され、命を落とした。」

 

「龍馬さんが、死んだ……?」

艦長の**明乃(ミケ)**が目を丸くする。

「そうだ。その結果、我が国は海ではなく『大陸』へと進出する歴史を歩み、結果として国土が海に沈むことはなかった。しかし……その代償として、世界は血みどろの戦争の世紀を迎えることとなった」

 

スクリーンが切り替わり、白黒の凄惨な戦場の映像が流れ始める。第一次世界大戦(はいふりの世界における:欧州動乱)・そして、6年に渡る第二次世界大戦の映像が流れる。そして、WW2が終わっても平和は訪れなかった。

 

「第二次世界大戦という未曾有の悲劇が終わった後も、世界に真の平和は訪れなかった。自由主義の『アメリカ』と、共産主義の『ソビエト連邦(現ロシア等)』による対立……いわゆる『米ソ冷戦』の激化だ」

須藤はレーザーポインターで世界地図を指し示した。

「直接の衝突こそ避けたものの、世界各地で大国が背後で糸を引く『代理戦争』が勃発した。朝鮮戦争、ベトナム戦争……そして1962年には、核戦争による人類滅亡の淵まで追い詰められた『キューバ危機』が発生した」

 

「人類、滅亡……」

水雷長の**メイ(西崎芽依)**が、いつもの明るさを消してゴクリと喉を鳴らす。

 

「そして、この冷戦の最前線であり、最も悲劇的な運命を辿ったのが、第二次世界大戦を引き起こした。敗戦国ドイツだ」

 

スクリーンの映像が、廃墟となったヨーロッパの都市と、それを分断する巨大なコンクリートの壁へと切り替わった。

 

「第二次大戦後、ドイツは米英仏ソの四ヶ国によって分割占領され、やがて国そのものが真っ二つに引き裂かれた。西は資本・自由主義陣営の『ドイツ連邦共和国(西ドイツ)』。東は社会・共産主義陣営の『ドイツ民主共和国(東ドイツ)』だ。首都ベルリンも東西に分断され……逃亡を防ぐため、街のド真ん中に『ベルリンの壁』が建設された」

 

「なっ……! わしの祖国が、真っ二つに引き裂かれたじゃと!?」

オブザーバーの**ミーナ**が、ガタッと席を立ち上がった。その青い瞳が、信じられないというようにスクリーンを見開いている。

 

「あろうことか、東側の国境警備隊には、この壁を越えて西ベルリンへ逃げようとする自国の市民に対して『無警告射殺』の命令が下されていた。……同胞が同胞を撃ち殺す時代が、数十年間も続いたのだ」

 

「そ、そんな……嘘じゃ……! ドイツ人が、ドイツ人を……!」

ミーナは力なく椅子にへたり込み、両手で顔を覆った。明乃がたまらずミーナの背中をさすり、ましろも唇を強く噛み締める。

 

「……フッ……これほどの狂気……。私の陳腐な芝居など、足元にも及ばない……現実の闇、か……」

記録員の**ココ(納沙幸子)**も、いつもの芝居がかった声の覇気を完全に失い、タブレットを抱きしめて震えていた。

 

「やがて1989年。東欧で民主化の波(ヨーロッパの春)が起き、ついにベルリンの壁は崩壊、東西冷戦は終結した。1991年には巨大な社会主義国家ソ連も解体された」

 

須藤は淡々とスライドを進めていく。

 

「だが、争いの火種は中東へと移った。同1991年、イラクのクウェート侵攻を引き金とした『湾岸戦争』が勃発。……この戦争後、ペルシャ湾に敷設された機雷を除去するため、海上自衛隊の掃海部隊が派遣された。これが、自衛隊初の海外派遣となる」

「機雷の除去……。私たちが海でやっていることと、同じ……」

砲術長の**タマ(立石志摩)**が小さく呟く。

 

「ここから先は、国家対国家ではなく、姿の見えない『テロリズム』との戦いの時代だ。……2001年9月11日、アメリカ同時多発テロ」

 

スクリーンに、旅客機がニューヨークの超高層ビル(ツインタワー)に突っ込み、巨大なビルが崩壊していく悪夢のような映像が映し出された。

 

「ひゃあぁぁっ……!」

航海長の**リン(知床鈴)**が悲鳴を上げ、隣の**小笠原(ヒカリ)**に抱きつく。

機関長の**麻論(マロン)**も、目を見開いて絶句していた。

「おいおい……民間人の乗った飛行機を、そのままビルに……!? 狂ってやがる……!!」

 

「このテロへの報復として、アメリカは中東へ軍事介入。2003年にイラク戦争が開戦した。しかしテロの連鎖は止まらず、2005年にはロンドン同時多発テロ、2015年にはパリ同時多発テロ、翌2016年にはブリュッセル連続テロと、一般市民を巻き込む無差別な暴力が世界中を覆い尽くした」

 

「どうして……どうして関係ない人たちばかりが傷つくの……」

明乃が、悲痛な声でスクリーンを見つめた。

水雷員の**万里小路楓(まりこー)**も、いつもはおっとりとしたその顔を青ざめさせ、静かに祈るように両手を組んでいる。

 

「自然の猛威も我々を襲った。2011年3月11日、東日本大震災。巨大な津波が東北地方を呑み込み、未曾有の原子力災害を引き起こした」

真っ黒な津波が街を飲み込んでいく映像に、海をよく知る少女たちは声も出せないほどの恐怖を覚えた。

 

「……そして、現在(いま)だ」

 

須藤分析官は、スクリーンに最新のフルカラーの映像を映し出した。

それは、ミサイルで破壊された高層マンションや、戦車が市街地を走る映像だった。

 

「人類は過去の過ちから何も学んではいない。2022年、ロシアによるウクライナ侵攻。圧倒的な軍事力を持つ大国が、隣国へ牙を剥いた。さらに2023年には、中東でパレスチナの武装勢力とイスラエルによる大規模な戦争が勃発」

 

須藤は、静まり返った教室全体をゆっくりと見渡した。

 

「今朝、君たちはアメリカ海軍の『星条旗』を見たはずだ。今、この瞬間も、彼らの一部は中東の海でミサイルを撃ち落とし、報復の攻撃を行っている。隣にある『きりしま』も、いつ日本に飛んでくるか分からない弾道ミサイルを警戒し、24時間空を睨み続けている」

 

プロジェクターの電源が落とされ、部屋に再び明かりが点いた。

しかし、晴風の乗員31名とミーナの顔には、全く血の気が通っていなかった。

 

「これが、君たちが迷い込んだ『2026年の現実』だ。……我々の世界は、君たちが知っているような、海難救助や海の治安を守るだけの『ブルーマーメイド』の理念だけでは、到底生き残れない場所なのだ」

 

須藤の重く冷たい言葉が、広大な視聴覚室に響き渡る。

昨日から感じていた「兵器の恐ろしさ」の根源。それは、この世界の歴史そのものが、血と鉄と絶え間ない殺し合いで出来上がっていたからに他ならない。

次元の壁を越えた少女たちは、自分たちがとてつもなく恐ろしい「戦争の世紀」の真っ只中に放り出されたという事実を、細胞の隅々まで刻み込まれることとなった。

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