ハイスクール・フリート Cross World War   作:冬吉

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第42話 この国(現実の日本)が抱える”大きな矛盾”

**午後2時15分**

**隊員宿舎 大会議室(視聴覚室)**

 

暗く落とされていた部屋の照明がゆっくりと点灯し、プロジェクターの熱を帯びた稼働音だけが、静まり返った空間に虚しく響いていた。

 

防衛省の情報分析官である須藤は、手元のレーザーポインターを置き、深く息を吐き出した。そして、絶望と恐怖に顔を青ざめさせている晴風の少女たちを、静かに、しかし突き刺すような眼差しで見つめた。

 

「……これが、我々の世界が血と鉄で塗り固めてきた歴史だ。だが、この現実世界において、我が国『日本』が抱えている最大の矛盾は、他国の戦争ではない。この国そのものの根幹に存在している」

 

「この国そのものの……矛盾?」

副長の**ましろ(シロ)**が、乾いた唇を舐めながら聞き返す。

 

「そうだ」

須藤は、ホワイトボードに歩み寄り、太いマーカーで『日本国憲法 第9条』と書き殴った。

 

「第二次世界大戦の敗戦後、焼け野原となった日本は、二度と過ちを繰り返さないために新しい憲法を制定した。その第9条にはこう記されている。『日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する』」

 

「戦争の、放棄……」

艦長の**明乃(ミケ)**が、その美しい理念の言葉を小さく復唱する。

 

「さらに続く第2項だ。『前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない』」

 

その言葉を聞いた瞬間、ましろが弾かれたように顔を上げた。

 

「……待ってください! それは明らかにおかしい! 『戦力を保持しない』? 『軍隊を持たない』? なら、私たちが昨夜から見ているあの巨大な艦は……あのミサイルや大砲で武装した何万人もの隊員たちは、一体何なんですか!?」

 

ましろの悲痛な叫びが、会議室に響き渡る。

機関長の**麻論(マロン)**も、水雷長の**メイ(西崎芽依)**も、信じられないというように須藤を睨みつけた。

 

「その通りだ。他国の軍隊すら凌駕するほどの圧倒的な破壊力を持ちながら、我が国はそれを『軍隊ではない』と呼称している。あくまで国を守るための必要最小限度の実力組織……『自衛隊』だとな」

須藤は自嘲気味に鼻で笑った。

 

「冷戦が激化し、すぐ隣の海で朝鮮戦争が始まり、世界が再び核の炎に焼かれようとしていた時代……。美しい平和憲法だけでは、国民の命も、国家の独立も守ることはできなかった。だからこの国は、憲法の解釈を極限まで捻じ曲げ、アメリカの軍事力の傘に入りながら、世界有数の防衛組織を創り上げた。……平和を唱えながら、その手には最新鋭の殺戮兵器を握りしめている。これが、我々の祖国の歪で、痛ましい現実だ」

 

「……」

オブザーバーの**ミーナ**が、重苦しい沈黙の中でポツリと呟いた。

「理念と現実の乖離……。じゃが、国を、家族を守るためには、誰かが泥を被ってその引き金を引く覚悟を持たねばならんのじゃな……」

 

「その通りだ、ヴィルヘルミーナ副長」

須藤は深く頷き、そして姿勢を正した。

 

「君たち『ブルーマーメイド』の理念は素晴らしい。海の安全を守り、人命を救助する。……だが、彼ら自衛官が背負っているものは、警察や海上保安庁とは根本的に異なる。彼らの究極の任務は『国防』だ。つまり、いざ他国が侵略してきた時、自分たちの命と引き換えに、敵国の人間を殺してでもこの国を守り抜くことにある」

 

須藤の言葉は、氷のように冷たく、そして圧倒的な重量を持って少女たちの心にのしかかった。

 

「君たちに、ある言葉を教えよう。……この基地にいる水瀬1曹も、橘3曹も、そして『きりしま』の佐伯艦長を含む、およそ23万人のすべての自衛隊員が、入隊する際に必ず読み上げ、国に対して誓いを立てる『宣誓文』の最後の一節だ」

 

須藤は、真っ直ぐに前を見据え、その言葉を重々しく、腹の底から響くような声で紡ぎ出した。

 

「――『事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえることを誓います』」

 

「事に臨んでは……危険を顧みず……」

明乃の瞳が、大きく見開かれた。

 

「そうだ。『有事の際……つまり戦争や未曾有の大災害が起きた時は、自分の命を投げ打ってでも、必ず国民を守り抜きます』という、国への死の誓いだ。彼らは皆、いつかその時が来れば、自分が帰らぬ人となることを覚悟して、あの制服に袖を通している」

 

「……身をもって、責務の完遂に……」

記録員の**ココ(納沙幸子)**の目から、ポロリと大粒の涙が零れ落ちた。いつもなら大仰な芝居で誤魔化す彼女も、そのあまりにも重く、純粋で、悲壮な覚悟の言葉を前にしては、ただ涙を流すことしかできなかった。

 

「海に生き、海を守り、海を往く……」

ましろが、自分たちブルーマーメイドのモットーを震える声で口にする。

「私たちは……誰も傷つけず、ただ海を安全にするためにあの船に乗っていた。……けれど、この世界の同じ海を走る彼らは……自分の命を捨てる覚悟と、誰かの命を奪う覚悟を背負って……」

 

「これが、現実(リアル)の世界の重みだ」

 

須藤は、厳しくも哀しげな目で少女たちを見渡した。

 

「君たちは、昨日の夜からずっと、見知らぬ大人たちや、巨大な兵器に囲まれて恐ろしかっただろう。アメリカに船を奪われるかもしれないと怯えていただろう。……だが忘れないでほしい。昨日、君たちを優しく出迎えた水瀬1曹も、今朝、君たちに笑いかけながら朝食を配ってくれた橘3曹も……いざとなれば、ためらいなくあの冷たい海で命を散らす覚悟を持った、本物の戦士たちなのだということを」

 

会議室は、水を打ったような、痛いほどの静寂に包まれた。

 

明乃は、自分のセーラー服の胸元をギュッと握りしめた。

あの親しみやすいお姉さんたちが、もしもの時には、自分たちのような子供や国民を逃がすために、炎に包まれる未来の艦(ふね)の中で戦い、死んでいく。その光景が、痛いほどのリアリティを持って脳裏に浮かんだからだ。

 

「……須藤さん」

明乃は、涙で潤んだ目を必死に拭い、真っ直ぐに前を向いて立ち上がった。

 

「教えてくれて、ありがとうございます。……私たちの世界は、こんな悲しい戦争の歴史はなかったかもしれない。でも、誰かを守りたいって思う気持ちの強さは……私たちの知ってるブルーマーメイドも、この世界の自衛隊の人たちも、絶対に同じだと思います」

 

明乃の震えながらも芯のある声に、ましろも、ミーナも、そして晴風の乗員全員が、顔を上げて力強く頷いた。

 

「私たちは、軍人じゃない。兵器のことも、政治のことも、まだよく分かりません。……でも、命の重さだけは分かります。だから……」

 

明乃は、窓の外――日の光を浴びて停泊する灰色の護衛艦たちに向けて、深い敬意を込めて一礼した。

 

「私たちは、この世界で出会った人たちの覚悟から、絶対に目を背けません。自分たちが今、どれだけ重い現実の海に浮かんでいるのか……一生懸命、考えます。」

 

歴史の授業は、少女たちの無邪気な世界観を完全に打ち砕いた。

しかしそれは同時に、彼女たちが「2026年の現実」という途方もない嵐の海を生き抜くための、初めての、そして最も重要な羅針盤となったのだった。

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