ハイスクール・フリート Cross World War   作:冬吉

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第43話 重苦しい心情。

午後からの重く、そしてあまりにも残酷な歴史の授業が終わった後。

隊員宿舎の専用フロアにある談話室に戻った晴風の乗員たちを包んでいたのは、これまでに経験したことのない、息が詰まるような漆黒の沈黙だった。

 

窓の外には、春のうららかな陽光を浴びて輝く横須賀の海と、そこに停泊する第8水上戦隊の護衛艦群――彼女たちを未知の嵐の中から救い出し、アメリカ海軍の威圧からも守り抜いてくれた「きりしま」の巨大な灰色の艦影が見える。

つい数時間前までは、その圧倒的な大きさに無邪気な感嘆の声を上げていた少女たちだったが、今は誰も窓に近づこうとはしなかった。

 

「……」

 

いつもなら真っ先に「未来の艦隊戦!」と独自の妄想を炸裂させ、大仰なポーズで一人芝居を演じる記録員の**ココ(納沙幸子)**は、電源の落ちたタブレットを胸に抱きしめたまま、部屋の隅のソファで膝を抱えて俯いていた。現実の歴史が孕む狂気と、兵士たちが背負う本物の「死」の重みは、彼女のいかなるフィクションをも凌駕し、その声から言葉を奪い去っていた。

 

「……違うんだね」

 

ぽつりと、水雷長の**メイ(西崎芽依)**が震える両手を見つめながら呟いた。

いつもは「撃てーっ!」と楽しげに魚雷や砲弾のボタンを押したがる彼女の瞳には、明らかな恐怖が宿っていた。

 

「私たちの世界の弾(たま)は……暴走した船の足を止めたり、仲間を助けたりするためのものだけど……この世界の弾は……本当に、人を……殺すために、作られてるんだ……」

「……うぃ」

隣に座る砲術長の**タマ(立石志摩)**が、メイの震える手を自分の小さな両手でそっと包み込む。タマ自身も、その現実の重圧に耐えるように、ギュッと唇を噛み締めていた。

 

「てやんでえ……」

機関長の**麻論(マロン)**が、壁に背中を預けながら、空を睨むように天井を見上げた。

「あの『きりしま』には、300人も乗ってんだろ……。もし、あの船に誘導弾が当たったら……機関室にいる奴らは、逃げる暇もねえまま……真っ暗な海の底に……」

その光景を想像したのだろう。麻論の声は震え、幼馴染の**クロちゃん(黒木洋美)**がたまらず麻論の腕にしがみついた。

 

彼女たちは、海に生きる者として「遭難」や「沈没」の恐ろしさは痛いほど理解している。しかし、それはあくまで自然の猛威に対する恐怖だ。

「人間の悪意」によって、互いに殺し合うことを前提に作られた鉄の棺桶に乗り込み、海へ出る。それがどれほど異常で、どれほど恐ろしいことか。

 

「……ブルーマーメイドは、海の治安を守るのが仕事だ。だが、彼女たち自衛官は……国家の存亡を懸けた『防衛』が使命……」

副長の**ましろ(シロ)**が、腕の中で不安そうに鳴く**多聞丸**の背中を、無意識に何度も撫でながら呻くように言った。

「あの圧倒的な武力は、決して飾りじゃない。いざ『有事』となれば……彼女たちは自ら死地に赴き、その命を散らす……『殉職(戦死)』するリスクを、日常的に背負って生きているんだ……」

 

その時だった。

 

「皆さーん! お疲れ様です! 難しいお話ばかりで疲れちゃいましたよね。温かいココアと、基地の売店で買ってきた甘いパウンドケーキを持ってきましたよ!」

 

談話室の扉が開き、ワゴンを押した**水瀬1曹**と**橘3曹**が、花が咲いたような明るい笑顔で入ってきた。

エプロン姿でカップにお湯を注ぐ二人の姿は、つい先ほどの昼食の時と同じ、優しくて親しみやすい「未来のお姉さんたち」そのものだった。

 

「さあ、甘いものを食べて、少し頭を休めてくださいね」

橘3曹が、マグカップをテーブルに並べながらニコリと笑いかける。

 

しかし、晴風の少女たちは、二人のその無邪気な笑顔を見て、逆に胸を激しく締め付けられた。

 

(この人たちも……)

 

艦長の**明乃(ミケ)**は、自分の肩で心配そうに「ぬぅ」と鳴く**五十六**の温もりを感じながら、お盆を持つ水瀬と橘の姿を見つめた。

 

昨日、右も左も分からない自分たちを、一番近くで優しく案内してくれた人。

今朝、美味しい朝食を配り、「おはよう」と笑いかけてくれた人。

遠い異国の海で戦うお姉さんの無事を、毎日祈っている人。

 

こんなに優しくて、温かい普通の女の人たちが。

いざ戦争が起きれば、あの冷徹な「事に臨んでは危険を顧みず」という死の誓いに従い、迷彩服を着て、銃を手に取り、ミサイルの飛び交う戦場へと向かうのだ。

自分たちのような民間人を、子供たちを守るための盾となって。血を流し、命を落とすかもしれないという絶望的な現実を、その笑顔の下に隠し持ちながら。

 

「……水瀬さん。橘さん……っ」

 

航海長の**リン(知床鈴)**が、たまらず両手で顔を覆い、ポロポロと大粒の涙をこぼし始めた。

「あ、あれ……? 知床さん、どうしたの? どこか具合でも悪いの!?」

驚いた橘3曹が慌てて駆け寄ろうとした瞬間。

 

「橘さん! 水瀬さんっ!」

 

明乃が、弾かれたように立ち上がり、二人の前へと進み出た。

そして、戸惑う二人の手を取り、自分の両手でギュッと包み込んだ。

 

「岬さん……?」

「……ありがとうございます」

 

明乃の瞳にも、いっぱいの涙が溢れていた。しかし、彼女は決して俯かず、真っ直ぐに二人の自衛官の目を見つめ返した。

 

「昨日から、ずっと……私たちを守ってくれて。こんなに優しくしてくれて……本当に、ありがとうございます」

明乃の言葉は、単なる世話に対する感謝ではなかった。彼女たちがその身に背負っている「国防という名の自己犠牲」に対する、不器用だが、これ以上ないほど純粋な敬意と悲痛なまでの祈りだった。

 

明乃のその姿に、ましろも静かに立ち上がり、深く頭を下げた。

機関科の面々も、砲雷科も、航海科も、主計科の少女たちも。誰もが言葉を発することなく、立ち上がり、水瀬と橘、そして窓の外の海を守る見えない無数の隊員たちに向けて、深く、長いお辞儀をした。

 

「みんな……」

水瀬1曹は、手にしたお盆をそっとテーブルに置き、少しだけ困ったように、しかしどこか誇らしげに微笑んだ。

須藤分析官の歴史の授業で、彼女たちが何を知り、何を感じたのか。自衛官である水瀬には痛いほど理解できたのだ。

 

「……私たちは、好きでこの制服を着ているんです。皆さんのような未来ある子供たちが、こんな温かいココアを飲んで、当たり前に明日を迎えられるように。……そのために盾になるのが、私たちの仕事ですから」

水瀬は、明乃の頭を優しく撫でた。

 

「だから、皆さんはそんな暗い顔をしないでください。皆さんが無事に自分の海へ帰る日まで、私たちが全力で、命に代えても守り抜きますから」

 

「……命に代えても、なんて……言わないでください」

明乃は、水瀬の手を握りしめたまま、ポロポロと涙をこぼして首を横に振った。

 

「私たち、守られるだけのお荷物にはなりません。……私たちはブルーマーメイドの卵で、晴風の乗員です! この世界のこと、もっとたくさん勉強します。私たちにできることがあったら、なんでも手伝わせてください! だから……誰も死んだりしないって、約束してください!」

 

その明乃の悲痛な叫びは、戦争という狂気に満ちたこの世界において、あまりにも無力で、子供じみた願いだったかもしれない。

しかし、その真っ直ぐな魂の叫びは、厳しい訓練と国防の重圧に晒され続けてきた水瀬や橘の心の奥底に、温かく、確かな光として灯った。

 

「……はい。約束します」

橘3曹が、涙ぐみながら明乃の手を握り返した。

 

黒く、重い空気に押しつぶされそうになっていた晴風の乗員たち。

しかし、現実の恐ろしさを知ったからこそ、彼女たちは単なる「迷い込んだ被害者」であることをやめた。

この過酷な2026年の世界で、命を懸けて自分たちを保護してくれる人々の背中を見つめながら、少女たちは自らの足で立ち上がり、共にこの荒波を乗り越えていく覚悟を、静かに、しかし力強く固めたのだった。

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