ハイスクール・フリート Cross World War 作:冬吉
**もう一つの世界(2016年)――伊豆大島東方沖**
同時刻、厚く不可視の「次元の壁」を隔てた元の世界。
横須賀女子海洋学校所属・航洋艦「晴風」が、局地的な磁気嵐と共に忽然と姿を消したその海域は、皮肉なほどに穏やかで美しい紺碧の輝きを放っていた。
前夜の暴威が嘘のように澄み渡った青空の下、広大な太平洋の波間を切り裂いて進む、巨大な白い航跡の群れがあった。
「各艦、ソナー探信の間隔を維持。グリッド0-4-5から0-6-0の海域へ移行し、海底地形の異常ならびに金属反応の走査を継続せよ」
ブルーマーメイド・安全監督室からの特命を受けた長良型小型巡洋直接教育艦『長良』を旗艦とし、横須賀女子海洋学校が誇る無傷の陽炎型航洋直接教育艦17隻――『陽炎』『不知火』『黒潮』『雪風』『初風』『親潮』『夏潮』『早潮』『浦風』『嵐』『萩風』『谷風』『野分』『秋風』『浜風』『舞風』『秋雲』。
同型艦のみで構成された大艦隊が、まるで海に巨大な網を張るかのように、等間隔の横一列陣形(横陣)を組み、絨毯爆撃ならぬ「ローラー作戦」による徹底的な索敵を行っていた。
『ピィィン……ピィィン……』
各艦の艦底部から放たれるアクティブ・ソナーの探信音が、幾重にも重なり合って暗い海底へと吸い込まれていく。
マストの頂上では対水上レーダーが休むことなく回転し、電信室ではオペレーターたちが血走った目で全周波数帯のノイズに耳を澄ませ、「晴風」からの微弱な救難信号(SOS)を拾い上げようと必死にダイヤルを調整し続けている。
甲板や艦橋の露天甲板では、見張員たちが強い海風に煽られながら、大型双眼鏡を目に押し当てていた。
太陽の光が波頭に反射して視界を白く焼く中、彼女たちは瞬きすら惜しむように水平線の彼方を睨み続けている。疲労で充血したその目から涙が滲んでも、誰一人として双眼鏡を下ろそうとはしなかった。
「……見つかりません。海面への重油の流出、救命筏(ライフクラフト)の漂流物、装甲の破片……一切の痕跡なし」
旗艦『長良』の艦橋で、報告を受けた教官艦長が、安堵と焦燥の入り混じった重い息を吐き出した。
海難事故において、「何も見つからない」という事実は通常、絶望を意味する。
しかし、今回の晴風消失事案においては、その「欠落」こそが唯一の、そして最大の希望の光であった。
もし、あの磁気嵐の中で晴風が致命的な損傷を受け、轟沈したのだとすれば、必ず海面には何らかの痕跡が残る。118メートルもの鋼鉄の塊が海に沈めば、木材の破片や救命胴衣、そして内包していた燃料が海流に乗って広範囲に漂うはずなのだ。
それが「全く無い」。
ソナーにも、海底に沈座した巨大な金属の反応は一切捉えられていない。
「晴風は、沈んでなどいない。……彼女たちは、必ずどこかの海で生きている」
各艦の艦長たち、そして乗員である海洋学校の生徒たちの心は、その強靭な確信によって一本に束ねられていた。
消えた31名の仲間たち。
艦長の**岬明乃**は、類まれな操艦センスと、どんな絶望的な状況でも決して諦めず、仲間を太陽のような笑顔で引っ張っていく「超感覚的」なキャプテンシーの持ち主だ。
副長の**宗谷ましろ**は、ブルーマーメイドの名門・宗谷家の誇りを胸に、誰よりも規律を重んじ、艦長の直感を完璧な戦術行動へと昇華させる極めて優秀な頭脳の持ち主だ。
水雷長の西崎芽依の機転、砲術長の立石志摩の正確無比な眼力、航海長の知床鈴の臆病だからこそ研ぎ澄まされた危機回避能力、機関長の柳原麻論の執念のタービン管理……。
晴風の全乗員が一丸となった時の、あのしぶとさと生命力を、同じ学び舎で切磋琢磨してきた彼女たちは誰よりも知っていた。
「あの子たちが、こんな名前もついていないような海で、誰にも気づかれずに終わるはずがない!」
『雪風』の艦橋で、クラス委員長を務める生徒が操舵輪を握りしめながら叫んだ。
『浜風』の甲板で、潮風に吹かれる見張員が「岬さんー! 宗谷さんー!」と声の限りに海へ向かって叫び続けた。
彼女たちは、自分たちの捜索対象が「10年後の未来」という、手の届かない次元の彼方へ弾き飛ばされていることなど知る由もない。
それでも、仲間を信じる想いに次元の壁は関係なかった。
「総員、索敵の手を緩めるな! 晴風の航跡を必ず見つけ出せ! 我々はブルーマーメイドの誇りにかけて、31名の家族を絶対に連れ帰る!」
旗艦『長良』から発せられた檄が通信機を通じて響き渡り、17隻の陽炎型は一斉にエンジンを唸らせた。
白波を立てて進む大艦隊のスクリュー音が、海底の奥深くまで響き渡る。
どこにいるのかも分からない。通信も届かない。
それでも、「絶対に生きている」というただ一つの望みを羅針盤にして。
元の世界に残されたブルーマーメイドの卵たちは、決して諦めることなく、広大で冷酷な太平洋の只中で、愛する仲間たちの姿を狂おしいまでに探し求め続けていた。