ハイスクール・フリート Cross World War   作:冬吉

46 / 88
第46話 当該海域からの情報

**もう一つの世界(2016年)――東京湾上**

**ブルーマーメイド・統括管制艦(中央管制機構)**

 

同じ頃。日本列島の海上交通を監視し、全国のブルーマーメイド部隊を指揮する巨大な洋上中枢――統括管制艦の司令部は、張り詰めた緊張感と絶え間ない電子音に包まれていた。

 

正面にそびえ立つ巨大なメインスクリーンには、日本近海の広域海図と、多数の艦艇の識別信号(シンボル)が表示されている。

その中で、ウルシー環礁とトラック諸島の間の海域だけが、まるでそこだけポッカリと穴が空いたように、不可解な空白地帯となっていた。

 

「現場海域を捜索中の長良型『長良』より報告! 指定グリッドのローラー探信およびレーダー走査、完了。……依然として、航洋艦『晴風』の反応なし。漂流物、油膜、ならびに救難信号の検知もありません」

 

オペレーターの報告が響き渡る中、司令部の中央指揮席に立つ**宗谷真霜(むねたに ましも)一等保安監督官**は、腕を組んだままピクリとも動かず、鋭い視線をスクリーンに注いでいた。

 

「……沈んでいない、ということね」

真霜が、静かに、だが確信に満ちた声で呟いた。

 

「はっ……。もし致命的な損傷を受けて沈没したのであれば、必ず大量の瓦礫や残留物が海流に乗って広範囲に拡散します。これほど大規模な捜索網に一切引っかからないというのは、海洋物理学的に考えても極めて不自然です」

傍らに控えていた情報分析官が、タブレットのデータを提示しながら同意する。

 

「高橋二等保安官。気象庁および海洋研究開発機構(JAMSTEC)と進めていた、あの『磁気嵐』のデータ解析結果は?」

真霜は視線を逸らさず、背後のオペレーターに問いかけた。

 

「ハッ! それが……信じがたいデータが出ています。晴風がロストした瞬間に観測されたあの嵐ですが……通常の低気圧や気象現象によるものではありませんでした。局地的に、地球の磁場そのものが数秒間だけ完全に『裏返る』ような、異常な電磁場の乱れが発生しています」

高橋二等保安官の指がコンソールを凄まじい速度で叩き、スクリーンに複雑な波形データが投影された。

 

「エネルギーの総量は、小型の太陽フレアに匹敵します。発生源は海面付近。……まるで、あの海域の空間そのものが、一瞬だけ『別の空間』へと繋がってしまったかのような……」

 

「……空間の歪み、ブラックホールのようなものに呑み込まれたとでも言うの?」

真霜の冷ややかな声に、高橋二等保安官は息を呑んだ。

「そ、推測の域を出ませんが、物理的な沈没よりも、その可能性の方が高いかと……」

 

真霜は目を閉じ、深く息を吸い込んだ。

現在、日本近海では正体不明のウイルス「RATt」による艦艇の暴走事案が同時多発しており、ブルーマーメイドの主力艦隊はその鎮圧と対応に追われ、戦力は極限まで分散している。

国家の海を守る安全監督室のトップとして、彼女は一瞬たりとも冷静さを失うわけにはいかなかった。

 

しかし、その分厚い氷のような冷徹さの下で、姉としての感情が激しく燃え滾っている。

 

(ましろ……)

 

真霜の脳裏に、不器用ながらも必死に母や自分たちの背中を追いかけ、立派なブルーマーメイドになろうとしていた妹の顔が浮かぶ。

「空間の歪み」という非現実的な報告。通常であれば一笑に付すような仮説だが、何の痕跡も残さずに全長118メートルの船が消滅した今、あらゆる可能性を排除するわけにはいかなかった。

 

「……捜索部隊に伝達」

真霜が目を開き、凜とした声で司令部全体に命じた。

 

「『長良』ならびに陽炎型17隻は、引き続き現場海域での捜索を継続。ただし、捜索の軸を『沈没による漂流物の発見』から、『異常磁気波の再検知と通信の傍受』へと移行しなさい。晴風は、物理的な損傷を受けて消えたのではない。必ず、どこかの海域……あるいは『どこかの空間』で、浮力を保ち、乗員も生存している前提で行動すること」

 

『了解! 捜索部隊へ伝達します!』

 

真霜は手元のパーソナルモニターを操作し、晴風の乗員リストを開いた。

艦長・岬明乃。副長・宗谷ましろ。

その他、29名の生徒たちの顔写真が並んでいる。

 

「……ブルーマーメイドは、決して仲間を見捨てない。あなたたちがどこに飛ばされようとも、必ずこの世界に連れ戻す。だから……それまで、絶対に生き延びて、ましろ」

 

誰にも聞こえないほどの微かな囁きは、巨大な司令部の電子音に掻き消された。

しかし、その強靭な意志は、東京湾に浮かぶ鋼鉄の中枢から、不可視の次元の壁に向けて、真っ直ぐに放たれ続けていた。世界が引き裂かれようとも、彼女たちの「海に生きる者」としての誇りと絆は、決して途切れることはなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。