ハイスクール・フリート Cross World War 作:冬吉
**2026年4月28日 午前4時30分**
**海上自衛隊 横須賀基地・極秘ドック**
太陽が昇るにはまだ早い、凍てつくような黎明の暗闇。
横須賀基地の最奥部、一般隊員の立ち入りすら厳しく制限された区画にある巨大な乾ドックの底に、晴風の乗員31名とミーナの姿はあった。
「うおおおおっ……! すっげえ! 船底が丸見えだぞ!」
静まり返った巨大なコンクリートの底で、機関長の**麻論(マロン)**が興奮を抑えきれない声を上げた。
ドック内の海水は巨大なポンプによって完全に排出され、巨大な盤木(ばんぎ)の上に、彼女たちの家であり家族でもある陽炎型航洋艦「晴風」が、その全貌を晒して鎮座していた。
普段は海面下に隠れて見えない、赤い塗料で塗られた広大な艦底部。鋭く水を切り裂く艦首のラインから、艦尾に備え付けられた二つの巨大なスクリュープロペラと舵までが、むき出しの状態でサーチライトの光に照らし出されている。
「麻論、走ると危ないわよ! 足元、まだ濡れてるし滑るから!」
幼馴染の**クロちゃん(黒木洋美)**が慌てて後を追うが、麻論の目は艦底部の巨大なプロペラや、自分たちの世界独自の技術で増設されたソナードームに釘付けになっていた。
「これを見ずに機関長が名乗れるかってんだ! ほら、ひめちゃん! スクリューに絡まった海藻や傷がねえか、下からチェックするぞ!」
「了解! 未来のドックから見るウチの船、なんか新鮮ね!」
応急長の**ひめちゃん(和住媛萌)**たち機関科の面々も、目を輝かせて艦底部へと潜り込んでいく。
「わぁ……。下から見ると、晴風ってこんなに大きかったんだね」
艦長の**明乃(ミケ)**は、首が痛くなるほど高い位置にある甲板を見上げ、そっと艦首の冷たい鋼鉄に手のひらを当てた。
「あの嵐を乗り越えて、一緒にここまで来てくれたんだよね。……ありがとう、晴風」
明乃の言葉に呼応するように、肩に乗った**五十六**が「ぬぅ」と低く鳴いた。
「……刈谷室長が言っていた通りだな。本当に、誰の目にもつかないように隠してくれた」
副長の**ましろ(シロ)**が、腕の中の**多聞丸**を撫でながら、ドックの上――高いフェンスと暗幕で覆われた周囲の警戒態勢を見渡した。
彼女たちがこんな早朝にドックに連れてこられた理由は一つ。
他の自衛隊員や、隣接するアメリカ軍基地からの視線を完全に遮断するためだ。日が昇り、基地が本格的に動き出す前に、晴風の姿を完全に「蓋の閉まる箱」の中へと隠し切る必要があったのである。
「フッ……。深淵の底で眠りにつく鋼鉄の竜(レヴィアタン)。彼女が再び目覚め、その咆哮を上げる時……世界は新たな次元への扉を開くのだ……!」
記録員の**ココ(納沙幸子)**が、巨大なスクリューを背景に、タブレットを掲げて朝から絶好調の一人芝居をキメる。
「ココちゃん、声が響いて怖いよぉ……! ドックの底って、なんだか閉じ込められてるみたいで落ち着かないよぉ……」
航海長の**リン(知床鈴)**が、涙目で**小笠原(ヒカリ)**の背中に隠れる。
「でも、解体されなくて本当に良かったよね。」
水雷長の**メイ(西崎芽依)**が、艦底にある魚雷発射管の機構を下から覗き込みながらホッとしたように笑う。
「……うぃ。晴風、お休み中。私たちも、また乗れる日まで頑張る。」
砲術長の**タマ(立石志摩)**も、船体を優しく撫でた。
「まりこー、足元気をつけてね。水たまりがあるよ」
「ええ、未来のドックは、底のコンクリートまでとても綺麗ですこと」
**かよちゃん(姫路果代子)**と**りっちゃん(松永理都子)**にエスコートされながら、**まりこー(万里小路楓)**はお嬢様らしく、水溜まりを避けて優雅に歩いている。
「さあ皆さん、足元に気をつけてくださいね。これから本格的な『調査』が始まる前に、皆さん自身の目で晴風の無事を確認してもらおうと、刈谷室長が特別に許可を出してくれたんです」
防寒用のジャケットを羽織った**水瀬1曹**と**橘3曹**が、明乃たちを優しく見守りながら声をかけた。
「水瀬さん、橘さん、朝早くからありがとうございます!」
明乃が元気よく振り返る。
「シュペーのドック入りも壮観じゃが、こうして異世界の底から見上げる晴風も、なかなかオツなもんじゃな」
**ミーナ**も、満足げに腕を組んで頷いた。
しかし、その穏やかな時間は長くは続かなかった。
ドックの上部、搬入口のシャッターが重々しい音を立てて開き、複数の車両が入り込んできたのだ。
降りてきたのは、スーツ姿の**刈谷**と**須藤分析官**。そしてその後ろには、見慣れぬ灰色の作業服を着た大柄な男たちや、機材を抱えた研究員らしき人々の姿があった。
中には、アメリカ海軍の軍服を着た将校や技術者たちの姿も混じっている。
「……来たな。日米合同の調査チームだ」
ましろが表情を引き締め、明乃の隣にスッと並び立った。
麻論たち機関科の面々も、自分たちの「城」に足を踏み入れようとする未来の大人たちに向けて、警戒の目を向ける。
「岬艦長、宗谷副長。約束通り、晴風は無事に保護した」
ドックの底へ降りてきた刈谷が、明乃たちに向かって淡々と告げた。
「これより、日米の技術者と防衛装備庁の専門家による、晴風の完全なリバース・エンジニアリング……構造とシステムの合同調査を開始する。君たち乗員には、艦のシステムの立ち上げや、あちらの技術の解説など、調査の補助をしてもらう」
「はい! よろしくお願いします!」
明乃は、刈谷、そしてその背後にいる日米の技術者たちに向けて、凛とした声で返事をした。
ドックの底に冷たい海風が吹き込む。
2026年の軍事技術者たちによる、異世界(パラレルワールド)の艦の徹底解剖。
それは、晴風という「パンドラの箱」を巡る、日米の静かな、しかし熾烈な技術と思惑の探り合いの幕開けであった。