ハイスクール・フリート Cross World War 作:冬吉
張り詰めた緊張感がドックの底を覆う中、日米合同調査チームの集団から、作業着にIDカードを首から下げた一人の若いアメリカ人女性技術者が、弾かれたように前へと飛び出してきた。
彼女は、見上げるほど巨大な「晴風」の赤い艦底部と、その美しい流線型のフォルムを見つめ、被っていたヘルメットを落としそうになるほど激しく目を輝かせた。そして、感極まったような声で、英語でまくし立てたのだ。
「*Oh my God……! An actual, real-life IJN Kagero-class destroyer! I can't believe I'm seeing this in the flesh! I'm so glad to be alive!!*」
(オー・マイ・ゴッド……! まさか本物の旧日本海軍・陽炎型駆逐艦を生でお目にかかれるなんて! 生きてた甲斐がありました!!)
そのあまりにも場違いな大興奮と、オタク特有の早口な英語に、日本政府の役人たちも、アメリカ軍の将校たちも一瞬ポカンと口を開け、ドックの底に奇妙な沈黙が落ちた。
「な、なんだ? 今の金髪のねーちゃん、なんて言ったんだ?」
機関長の**麻論(マロン)**が、目を丸くして隣の**クロちゃん(黒木洋美)**をつつく。
「えっと……『本物の陽炎型を自分の目で見られるなんて、生きてて良かった』って、すっごく感動してるみたいじゃな」
語学に堪能なオブザーバーの**ミーナ**が、呆れたような、しかしどこか親近感の湧いたような顔で翻訳した。
「はぁ!? 生きてて良かったって……この未来のアメリカ人、ただの『艦船オタク』じゃないか!」
副長の**ましろ(シロ)**が、軍事的な緊張感を完全にへし折られて頭を抱える。
「あははっ! 私たちの晴風を見て、あんなに喜んでくれてるんだね!」
艦長の**明乃(ミケ)**は、警戒するどころか、嬉しそうにパァッと顔を輝かせた。
その女性技術者は、背後の上官の咳払いにも全く気づかず、タブレット端末を取り出してスクリューや舵、さらには晴風独自のソナードームの写真をカシャカシャと撮り始めた。
「*Look at this beautiful hull line...! And wait, is that a modified active sonar dome? On a WWII era destroyer!? This is unbelievable!*」
(なんて美しい船体(ハル)のラインなの……! 待って、あれは独自改修されたアクティブ・ソナーのドーム!? 第二次大戦期の駆逐艦に!? 信じられないわ!)
「お、おい! 勝手にアタシたちの船を撮るんじゃねえ! ……と言いたいところだが」
麻論は腰に手を当て、フッと得意げな笑みを浮かべた。
「てやんでえ! 時代も国も違えど、エンジニアの血は争えねえってことだな! 晴風の美しさが分かるなんて、あの未来のアメリカ人、中々見込みがあるじゃねえか!」
「麻論、すっかり意気投合する気満だね……」
応急長の**ひめちゃん(和住媛萌)**が苦笑いする。
「……コホン。スミス博士、少し興奮を抑えたまえ。我々は遊びに来たわけではないぞ」
見かねたアメリカ海軍の技術将校が、呆れたように彼女(スミス博士)の肩を叩いて注意した。
「ハッ! す、すみません! あまりにも保存状態が完璧なKAGERO-classだったもので、つい……!」
スミス博士は慌てて姿勢を正したが、その目は依然として晴風の艦底に釘付けになっている。
「……やれやれ」
**刈谷**が眼鏡を押し上げ、深くため息をついた。
「ともかく。彼女たちアメリカ側の技術班と、我が防衛装備庁のチームで、これより艦の外部スキャンと、内部システムへのアクセス調査を並行して行う。……岬艦長、宗谷副長。機関部への案内を頼めるか?」
「はいっ! 機関のことなら、マロンちゃんにお任せください!」
明乃が麻論の背中をバンッと叩く。
「任せな! ただし、未来の技術者だからって、晴風のタービンに無茶な真似させたら承知しねえからな!」
麻論は腕を捲り上げ、スミス博士たちアメリカ技術班と、日本の防衛装備庁のメンバーを真っ直ぐに睨み据えた。
「*Wow, is she the Chief Engineer? She's so small and cute, but has so much spirit!*」
(ワオ、彼女が機関長(チーフ・エンジニア)なの!? すごく小さくて可愛いのに、気合が入ってるわね!)
スミス博士がミーハーな声を上げる。
「おいミーナ、今あいつアタシのことちんちくりんって言わなかったか!?」
「いや、小さくて可愛いって褒めとるんじゃよ、麻論」
未知のテクノロジーを巡る、大国同士のヒリつくような合同調査。
しかし、いざ「技術」という共通の言語と、「船を愛する心(オタク気質)」を前にしては、次元の壁も国境も、少しだけその壁を低くしたようだった。
「よしっ、みんな! 晴風のすごさを、未来の人たちにたっぷり教えてあげよう!」
明乃の元気な号令のもと、晴風の乗員たちと日米合同調査チームによる、かつてない技術交流(という名の徹底解剖)が、ドックの底でついに幕を開けた。