ハイスクール・フリート Cross World War 作:冬吉
「お邪魔します……って、ちょっと待て。これは一体どういうことだ?」
舷梯(タラップ)を上り、「晴風」の甲板へと足を踏み入れた日米合同調査チームの面々は、艦首に鎮座する主砲を見上げた瞬間、揃って足を止め、目を丸くした。
「*Unbelievable...!*(信じられない……!)」
先ほどドックの底で大興奮していたアメリカ海軍のスミス博士が、ヘルメットを押さえながら主砲塔へと駆け寄る。
「KAGERO-class(陽炎型)の主砲は『50口径三年式12.7センチ連装砲』のはずよ! でもこれは……防盾の形状も、砲身の長さも全然違う! まさかこれ、旧日本海軍の秋月型駆逐艦が搭載していた**『65口径九八式10センチ高角砲』**じゃない!?」
防衛装備庁の技術者たちも、信じられないものを見る目で砲塔を囲んでいた。
「間違いない、長10センチ高角砲だ。旧海軍における最高傑作の対空砲だが……なぜ陽炎型の船体にこれが載っているんだ? まさか異世界のパラレル技術か!?」
大人たちが困惑と興奮の声を上げる中、艦長の**明乃(ミケ)**は、首を傾げながらポンッと手を叩いた。
「あ、それ、晴風の元々の主砲じゃないんです。この世界(現実世界の日本)に飛ばされてくる少し前、壊れてしまったんです。途中で『明石(あかし)』に載せ替えてもらったんです」
「……壊れた?」
防衛省の須藤分析官が、怪訝そうな顔で明乃を見た。
「衝突事故でも起こしたのか? それとも訓練中の膅発(とうはつ:砲身内での暴発)か?」
「いえ……」
明乃が答えようとしたその時。彼女の横にスッと並び立った金髪の少女――**ヴィルヘルミーナ(ミーナ)**が、腕を組んで重々しく口を開いた。
「わしの乗っとった艦(ふね)が、撃ち壊したんじゃ」
「君が……?」
日米の調査チームの視線が、ミーナに集まる。
ミーナは真っ直ぐに須藤やスミス博士を見据え、誇り高く、しかしどこか悔しさを滲ませた声で告げた。
「わしは、ドイツ・ヴィルヘルムスハーフェン校所属、小型直接教育艦『アドミラル・グラーフ・シュペー』の副長じゃ。……この晴風の主砲を破壊し、彼女たちを死の淵に追いやったのは、わしの艦の『28センチ砲』による攻撃じゃよ」
「なっ……! アドミラル・グラーフ・シュペーだと!?」
自衛隊の幹部のみならず、アメリカ海軍の将校たちすらも息を呑んだ。
それは、彼らの歴史の第二次大戦初期において、イギリス海軍を大いに苦しめたドイツの悪名高き「ポケット戦艦(装甲艦)」の名前だったからだ。
「ちょっと待て。君たちは……あのポケット戦艦と砲火を交えたというのか!?」
須藤が、信じられないというように明乃とミーナを交互に見る。
「はい」
明乃は真剣な表情で頷き、あの日の「鳥島沖」での出来事を語り始めた。
「私たちが海洋学校に入学して、初めての海洋実習の途中でした。西之島新島で合流するはずだった教官艦に突然実弾を撃ち込まれて……なんとか逃げ延びた後、今度はミーちゃんの乗る『シュペー』と遭遇したんです」
「わしのシュペーは……原因不明のウイルス(RATt)によって、艦長を含む乗員のほとんどが暴走状態に陥っとった」
ミーナが、痛ましそうに目を伏せる。
「彼女たちは、助けを求めて近づいてきた晴風に対し、問答無用で28センチ主砲と15センチ副砲の斉射を浴びせてきたんじゃ。わしは艦の暴走を止めることができず、小型艇で脱出するしかなかった……」
「相手は本物の巡洋艦の装甲と、戦艦並みの主砲を持った化け物です」
副長の**ましろ(シロ)**が、当時の絶望的な状況を補足する。
「私たちは、ミーナさんを海から救助しながら、降り注ぐ28センチ砲弾の雨を避けなければならなかった。その戦闘の最中……シュペーから放たれた28センチ砲弾が3番砲塔に直撃より、晴風の元々の12.7センチ主砲の1基が使用不能となったんです」
「てやんでえ! あの時は機関室(ボイラー)だって、設計上の限界温度を超えて真っ赤にぶっ壊れちまうところだっだんだぞ!」
機関長の**麻論(マロン)**が、足元の甲板をドンッと踏み鳴らす。
「それでもアタシらの晴風は、3番砲塔が使えなくなっても戦って、タービンを限界まで回して……シュペーの猛攻から生き延びた! その後、工作支援艦の『明石』に、壊れた主砲の代わりに余ってたこの『10センチ高角砲』を急遽くっつけてもらったってワケさ!」
日米の技術者と軍人たちは、完全に言葉を失っていた。
全長わずか118メートルの、しかも第二次大戦期の設計の旧式駆逐艦。
それに乗っているのは、訓練もろくに終えていない高校生の少女たちだ。
それが、いきなり自校の教官艦に襲われ、さらに格上のポケット戦艦の28センチ砲の雨を掻い潜りながら、海に落ちた他国の乗員(ミーナ)を救助し、生還したというのか。
「*Oh... my...*(なんてこと……)」
スミス博士が、手元のタブレットを下ろし、震える手で口元を覆った。
オタクとしての無邪気な興奮は消え失せていた。目の前にある「秋月型の砲を積んだ陽炎型」というアンバランスな姿が、単なる改造の産物ではなく、少女たちの壮絶な「死闘と生存の証」なのだと理解したからだ。
「……君たちは」
刈谷が、眼鏡の奥の目を細め、静かな、しかし確かな畏怖の念を込めて明乃たちを見つめた。
「平和な世界の、ただの女学生だと思っていた。……だが、訂正しよう。君たちはすでに、我々の世界のどんな歴戦の兵士よりも、濃密な死線(実戦)を潜り抜けてきた『本物の船乗り(セイラー)』だ」
「……うぃ。晴風は、沈まない」
砲術長の**タマ(立石志摩)**が、自慢の10センチ高角砲の砲身を誇らしげにポンポンと叩いた。
大人たちの見る目が、明確に変わった瞬間だった。
「保護されるべき子供」や「異世界の技術サンプル」から、「海を生き抜く同格の戦士」へ。
朝の冷たい風が吹き抜けるドックの底で、日米合同調査チームは誰一人口を開くことなく、歴戦の傷跡を刻んだ「晴風」と、その艦を動かす少女たちに対して、静かな敬意を払うのだった。
「足元に段差があります。気をつけて入ってくださいね!」
艦長の**明乃(ミケ)**を先頭に、分厚い鋼鉄の水密扉が開かれ、日米合同調査チームの面々がついに「晴風」の艦内へと足を踏み入れた。
薄暗く、油と鉄の匂いが充満する旧式艦の狭い通路……大人たちは皆、当然のようにそんな光景を想像していた。
しかし、扉の向こうに広がっていた空間は、彼らの予想を根底から覆すものだった。
「……なんだ、これは。本当に駆逐艦の艦内なのか?」
防衛省の須藤分析官が、呆然と声を漏らす。
通路は塵一つなく磨き上げられており、明るいLED照明が隅々まで照らし出している。空調(エアコン)が完璧に効いた艦内は、現代の最新鋭艦と比べても遜色のない、いや、それ以上に「清潔で快適な生活空間」として整備されていた。
だが、彼らが最も驚愕したのはそこではない。
明乃たちに案内され、艦の中央部にある最も広い区画――「居住区」の扉を開けた瞬間だった。
「*Wait, wait, wait... A blackboard!? And school desks!?*(待って待って待って……黒板!? それに学校の机!?)」
アメリカ海軍のスミス博士が、両手で頭を抱えて叫んだ。
そこに広がっていたのは、紛れもない**「学校の教室」**だった。
床にしっかりと固定された30人分の木製の学習机と椅子。正面の壁には大きな緑色の黒板が設置され、日直の名前や、時間割の表までチョークで書かれている。壁際の手荷物ロッカーの上には、航海日誌の束や、授業で使うであろう分厚い教科書が綺麗に並べられていた。
外見は紛れもない軍艦。しかし一歩中に入れば、そこは完全に「女子高の教室」そのものだったのだ。
「ようこそ、私たちの教室へ!」
明乃が黒板の前に立ち、くるりと振り返って胸を張った。
「これは……どういうことだ、宗谷副長」
刈谷室長が、黒板と、その横に貼られた「航海安全」のお札を交互に見ながら尋ねる。
「兵員室や待機所ではないのか?」
「はい。私たちの世界では、ブルーマーメイドを育成するための艦を『直接教育艦』と呼んでいます」
副長の**ましろ(シロ)**が、毅然とした態度で説明を始めた。
「私たちは、この艦で航海の実習を行いながら、同時に座学の授業も受けます。つまり、この晴風自体が『横須賀女子海洋学校』の動く校舎であり、私たちの学び舎なのです」
「兵器の塊の中で、国語や数学を教わっているというのか……?」
自衛隊の幹部の一人が、信じられないというように額を抑えた。
「てやんでえ! アタシらはまだ学生なんだから当たり前だろ!」
機関長の**麻論(マロン)**が、自分の机をバンッと叩く。
「ここでご飯を食べて、授業を受けて、夜はハンモックを吊るして寝るんだ! ここはアタシたちの家であり、大切な学校なんだよ!」
「もう、麻論ったら机を叩かないの。……でも、麻論の言う通りです。私たちはここでずっと一緒に生活してきたんです」
幼馴染の**クロちゃん(黒木洋美)**が、麻論の隣で誇らしげに微笑む。
「……フッ。硝煙の匂いとチョークの粉が交差する、奇跡の学び舎。これぞ我ら乙女のサンクチュアリ(聖域)……!」
記録員の**ココ(納沙幸子)**が、教卓の横でタブレットを抱きしめてポーズを決める。(スミス博士が「*Oh, she acts just like an anime character!*(ワオ、彼女アニメのキャラクターみたい!)」と密かに感動している)。
調査チームの大人たちは、教室の机や黒板を前にして、言葉を失っていた。
先ほど甲板で聞いた、他国の戦艦との死闘。3番砲塔使用不能までの激戦。
そんな凄惨な戦いを潜り抜けてきた彼女たちが、実はまだ「黒板に向かって授業を受けるような、普通の子供たち」であるという事実を、この教室の風景が残酷なほど鮮明に突きつけてきたからだ。
「……そうか」
須藤分析官が、教卓の端をそっと撫でた。
「君たちは軍人ではない。ただの学生だと言っていたな。……外装をどれだけ兵器で固めようとも、この艦の本質が『学校』であるなら、確かに君たちの言葉通りだ」
「……」
刈谷室長も、黒板に書かれた少し丸っこい可愛らしい字の時間割を見つめ、小さく息を吐いた。
この高校生の少女たちが、この教室で笑い合いながら勉強し、そのすぐ後に、あの巨大な大砲や魚雷のボタンを押しに走らなければならなかった異常な世界。
それを「平和な海洋国家」と呼ぶ彼女たちの世界の歪さに、2026年の大人たちは底知れぬ凄みを感じていた。
「よしっ! じゃあ次は、艦橋(ブリッジ)と機関室ですね!」
明乃がパンッと手を叩いて、沈みかけた空気をパッと明るく変えた。
「未来のエンジニアさんたちに、うちの機関科の子たちが毎日ピカピカに磨いてる自慢のタービンを見せてあげてください!」
明乃が笑顔で振り返ると、機関科の**ひめちゃん(和住媛萌)**や**れおちゃん(若狭麗央)**たちが「任せて!」「未来の人達に腰抜かさせてやる!」と意気揚々と拳を突き上げた。
「……行くぞ。調査を続行する」
刈谷室長の号令で、日米合同調査チームは再び動き出した。
軍艦であり、学校であり、そして彼女たちの家でもある「晴風」。
この特異な空間での調査が進むにつれ、日米の大人たちは、彼女たちの世界のテクノロジーだけでなく、この艦を守り抜いてきた「31人の少女たちの確かな絆」そのものに、深く魅了されていくこととなるのだった。