ハイスクール・フリート Cross World War   作:冬吉

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第50話 蒸気の懐かしさ

**午前6時00分**

**航洋艦「晴風」 艦底部・機関室(ボイラー室)**

 

教室区画を抜け、さらに艦の深部へと続く急なラッタル(階段)を下りていくと、空気の質がはっきりと変わった。

潮風の代わりに、重厚な鉄と、熱を帯びた機械油の独特な匂いが鼻腔を突く。

 

「さあ、ここがアタシら機関科の城! 晴風の心臓部だ!」

 

機関長の**麻論(マロン)**が、誇らしげに両手を広げた。

そこには、巨大な高圧ボイラーと、複雑に張り巡らされた無数の蒸気管、そして艦を駆動させる巨大な蒸気タービンが、まるでひとつの巨大な生き物のように鎮座していた。

 

「てやんでえ! 毎日アタシらがピカピカに磨き上げてるからな! 塵一つ落ちてねえだろ!」

「麻論ったら、またそんな大声出して……。でも、本当に私たちが一番大切にしている場所です」

幼馴染の**クロちゃん(黒木洋美)**が、照れくさそうに笑う。

**ひめちゃん(和住媛萌)**や**れおちゃん(若狭麗央)**たち機関科の面々も、「未来の皆さん、どうですか!」と胸を張っている。

 

日米の技術者たちは、その圧倒的なアナログとオーバーテクノロジー(完全自動化)が融合した機関室に息を呑んでいた。

だがその中で、防衛装備庁から派遣されていた50代のベテラン技官が一人、列からふらりと歩み出た。

 

「……蒸気タービン……高圧の蒸気管……」

 

作業服を着たその初老の技官は、幾重にも連なる太いパイプと巨大なボイラーを、まるで生き別れた旧友に再会したかのような、深く、懐かしむような目で見つめていた。その目は、少しだけ潤んでいるようにも見えた。

 

「おっさん、どうしたんだ? 蒸気機関なんて、未来じゃ珍しいのか?」

麻論が首を傾げると、技官はゆっくりと振り返り、深く頷いた。

 

「ああ……。今の我々の世界(海上自衛隊)の護衛艦は、ジェット機と同じ仕組みの『ガスタービンエンジン』か、ディーゼルエンジンが主流になっているんだ。スイッチ一つで瞬時に起動でき、整備もシステム化されているからな。……だが、昔は違った」

 

技官は、愛おしそうに手袋を外し、冷え切った高圧管の表面をそっと撫でた。

 

「私が若い頃……海上自衛隊にも、この晴風と同じように、重油を焚いてお湯を沸かし、その『蒸気』の力でタービンを回して走る護衛艦が数多くいた。……ボイラー員は灼熱の機関室で汗まみれになりながら火の加減を調整し、バルブを開け閉めして、艦(ふね)と対話するようにエンジンを動かしていたんだ。まさに、職人技の世界だったよ」

 

「職人技……! そうだよ、おっさん分かってるじゃねえか!」

麻論の顔がパァッと輝いた。

「火を焚くのも、蒸気の圧力を管理するのも、ただ機械任せじゃダメなんだ! 船の機嫌を取って、声を聞いてやらなきゃ、いざって時にタービンは回らねえ!」

 

「その通りだ、機関長」

技官は、麻論の言葉に嬉しそうに目を細めた。そして、少しだけ寂しそうな声で語り始めた。

 

「……だが、9年前だ。2017年の3月。海上自衛隊で最後の蒸気タービン機関を積んでいた、しらね型護衛艦の2番艦……『くらま(DDH-144)』が退役した。彼女のボイラーの火が落とされたその日、我々の護衛艦から『蒸気の火』は永遠に失われたんだよ」

 

「最後の、蒸気船……」

艦長の**明乃(ミケ)**が、その言葉の重みに静かに息を吐いた。

 

「『くらま』が退役したあの日、私はもう二度と、本物の蒸気タービンの匂いを嗅ぐことはないと思っていた。……まさか、こんな若い高校生の少女たちが、これほど完璧な状態で蒸気機関を維持し、さらに実戦という極限状態でタービンを回し切っていたとはな」

 

技官は姿勢を正し、麻論たち機関科の少女たちに向かって、最上級の敬意を込めて深々と頭を下げた。

 

「一人のエンジニアとして、君たちを心から尊敬する。君たちは、間違いなく一流の『ボイラーマン』だ」

 

「おっ、おっさん……!」

麻論の大きな瞳から、ブワッと涙が溢れ出した。

ずっと自分たちの大切な船を、大人の、しかも未来のプロの技術者に認めてもらえたのだ。その喜びと誇らしさは、言葉では言い表せないほどだった。

 

「て、てやんでえ……! 当たり前だ! アタシらは、晴風の機関科だぞ! ボイラーのことなら、未来の奴らにも負けねえんだからなっ……!」

麻論は照れ隠しに腕で涙を乱暴に拭いながら、胸を張って鼻をすする。

クロちゃんが「もう、麻論ったら泣き虫なんだから」と優しく背中をさすり、ひめちゃんたちも嬉しそうに笑い合った。

 

アメリカ側のスミス博士も、その光景を温かい目で見つめながら、静かにタブレットの電源を落とした。

「*Technology changes, but the soul of a sailor never does.*(技術は変わっても、船乗りの魂は決して変わらないのね)」

 

冷たいドックの底に沈む晴風の、さらに奥深く。

時代も、世界も、使われている技術の世代も違う。それでも「船の心臓を守る」というエンジニアとしての熱い魂は、9年の時と次元の壁を越えて、確かに共鳴し合っていた。

 

調査チームの大人たちの中にあった「未知の存在に対する警戒心」は、この瞬間、完全に「同じ海を愛する者への敬意」へと変わったのだった。

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