ハイスクール・フリート Cross World War   作:冬吉

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第51話 二匹の家族

「最後は、ここです。晴風の……ううん、私たちの『目』であり、『司令塔』でもある場所です」

 

明乃(ミケ)が日米合同調査員達を案内すると、そこには陽炎型駆逐艦本来の武骨な計器類が設置された、晴風の「艦橋(ブリッジ)」が広がっていた。

 

「*Oh, incredible...!*(ああ、素晴らしいわ……!)」

アメリカ海軍のスミス博士が、再び感嘆の声を漏らしながら一歩踏み出す。

「艦橋の外見も内見もクラシックで中身もそのまま、映画のセットを見ているみたい……」

 

自衛隊の幹部たちや須藤分析官も、整然と並ぶ操舵輪や水雷方位盤・双眼望遠鏡と言った旧海軍がしようしていた装備を感心した様子で見渡していた。

 

その時だった。

 

「ぬぅ」

 

羅針盤のど真ん中にどっしりと鎮座し、サーチライトのような鋭い眼光で調査チームを睨みつけている影があった。

 

「おわっ!? ブ、ブリッジに猫……!?」

調査員のひとりが驚いて声を上げる。

そこにいたのは、丸々と太った大柄な猫――**五十六(いそろく)**だった。

 

「あはは! 五十六、また、そこにいたんだ。」

明乃が駆け寄り、五十六をひょいと抱き上げる。五十六は「ぬうぅ」と不服そうに鳴きながらも、慣れた様子で明乃の腕の中に収まった。

 

「……岬艦長。いくらなんでも、艦の全権を掌握するブリッジに動物を放し飼いにするのは、危機管理の観点から問題があるのではないか?」

刈谷が呆れたように眼鏡を押し上げる。

 

「そうですよね。普通はびっくりしますよね」

明乃は五十六の頭を優しく撫でながら、ふっと遠くを見るような、優しい目をした。

 

「でも、この子がいないと『晴風』じゃないんです。……私と五十六が出会ったのは、あの海洋学校の入学式が始まる、少し前のことでした」

 

「入学式の前、ですか?」

橘3曹が興味深そうに尋ねる。

 

「はい。学校の桟橋を歩いていたら、この子が橋の欄干の上にいて……。茶色い目をした猫だなって思ったんです。でも、なんだかすごく偉そうで、全然媚びない感じで」

 

明乃は、五十六との出会いのシーンを思い出しながら語る。

 

「運命、というわけか……」

須藤分析官が、五十六の鋭い瞳を見つめながら呟く。

 

「はい。その後、この子が入学式の会場までついてきて……。そのまま、私たちのクラスの教育艦であるこの『晴風』に、当たり前のように乗り込んできたんです。それ以来、五十六は私たちの『大艦長』として、ずっとこのブリッジで一緒に戦ってきました」

 

「……艦長の言う通りだ。当初は私も反対したがな」

副長の**ましろ(シロ)**が、腕の中の**多聞丸**を抱き直しながら、苦笑混じりに言葉を添えた。

「だが、どんなに荒れた海でも、どんなに絶望的な戦いの中でも……この子が艦のいる事で、不思議と乗員たちの心から焦りが消える。……今では、五十六はこの艦の『魂』の一部なんだ」

 

「ぬぅッ!」

自分の功績を誇るように、五十六が明乃の腕の中で力強く鳴いた。

 

スミス博士は、その光景を黙って見つめていた。

「*The guardian of the ship...*(艦の守護聖獣、というわけね)」

彼女は、タブレットを構えるのを忘れ、優しく五十六に微笑みかけた。

 

先ほどまで、この艦内を「調査対象の兵器」として見ていた大人たちは、このブリッジに流れる温かい空気を感じていた。

黒板のある教室。職人の魂が宿る機関室。そして、猫が艦長席で見守るブリッジ。

 

「……なるほどな」

刈谷が、小さく、誰にも聞こえないほどの声で漏らした。

 

この艦は、単なる武器の集合体ではない。

一人の少女と一匹の猫の出会いから始まり、31人の絆を繋ぎ止め、荒波を越えてきた、かけがえのない「居場所」なのだ。

 

「ミャァ……」

 

その時、艦橋の後ろから、小さな鳴き声と共に、トコトコと灰色の毛玉のような生き物が入ってきた。

 

「あっ、多聞丸!」

副長の**ましろ(シロ)**が慌てて声を上げる。艦内の急なラッタル(階段)を上る際、安全のために一時的に床に降ろしていた子猫の**多聞丸(たもんまる)**が、小さな足で一生懸命に皆の後を追って、ブリッジまで上がってきたのだ。

 

多聞丸は、見慣れない未来の大人たちがたくさんいることなど気にも留めない様子で、真っ直ぐにましろの足元へと擦り寄り、甘えるように見上げた。

 

「こら、多聞丸。勝手にうろついては危ないと言っただろう」

ましろは、副長としての威厳を保とうと少しだけ厳しい声を出したが、その手は恐ろしく優しく、愛おしそうに多聞丸を抱き上げた。

 

「*Oh my goodness! A kitten too!?*(オー・マイ・グッドネス! 子猫までいるの!?)」

スミス博士が、今度こそ完全にノックアウトされたように胸を押さえた。

「大きなボス猫の隣に、こんな小さな子猫まで……! この艦のクルーは、どれだけ私のハートを撃ち抜けば気が済むの!?」

 

「ふふっ。この子は多聞丸。私たちのもう一人の大切な家族です」

艦長の**明乃(ミケ)**が、ましろの隣に立って笑顔で紹介した。

 

「私たちが海に出た後……嵐で座礁した民間船(商店街船「しんばし」)が、座礁して沈みかけているのを発見したんです。その時、真っ先に危険な船内に飛び込んで、この子を救い出したのが、シロちゃんなんですよ」

「……艦長。その話は今はいいだろう」

ましろが照れ隠しに顔を赤らめ、多聞丸を顔の前に掲げて視線を逸らす。多聞丸はましろの鼻先をペロリと舐めた。

 

「座礁船からの、人命……いや、猫命救助か」

須藤分析官が、張り詰めていた肩の力を抜き、ふっと口元を緩めた。

「どんな状況であれ、助けを求める命を見捨てない。……まさに『ブルーマーメイド』の理念そのものだな。宗谷副長、素晴らしい行動だ」

 

「……恐縮です」

未来の防衛省の分析官から真っ直ぐに称賛され、ましろは少しだけ誇らしげに、多聞丸を胸に抱き直した。

 

「てやんでえ。大艦長に、新米の子猫! これでウチの艦橋(ブリッジ)のメンバーは全員集合だな!」

機関長の**麻論(マロン)**がニシシと笑う。

 

冷たくて重い、戦争の道具としての軍艦。

しかし、この「晴風」の艦橋には、血の通った温かい命の息吹が満ち溢れていた。

猫たちを撫でる少女たちの優しい手。それを見守る未来の大人たちの穏やかな眼差し。

日米合同調査という名目で乗り込んできた彼らもまた、すっかりこの艦と少女たちの魅力――「晴風の魔法」にかけられていた。

 

「よし」

**刈谷室長**が、この場にいる全員を見渡して、静かに、しかし力強く頷いた。

 

「これより、日米合同調査の最終段階に入る。……岬艦長、宗谷副長。晴風の全システムを立ち上げてくれ」

 

「はいっ!」

 

明乃とましろの声が、ブリッジに凛と響き渡る。

明乃が艦長席――五十六の隣に立ち、ましろが副長席につく。

航海長の**リン(知床鈴)**が操舵輪を握り、水雷長の**メイ(西崎芽依)**と砲術長の**タマ(立石志摩)**がそれぞれのコンソールに向かう。

 

「機関長、ボイラー点火! 全電源、立ち上げます!」

「おうさ! 機関室、メインバルブ開け! 晴風、目を覚ませ!」

艦内電話(伝声管)越しに、麻論の威勢のいい声が響く。

 

*ウォォォォォン……!*

 

深いドックの底で、長い眠りについていた鋼鉄の竜が、再びその力強い産声を上げた。

ブリッジの計器類が一斉に光を放ち、レーダーのモニターが回転を始める。

 

「システム・オールグリーン! 晴風、いつでもいけます!」

明乃が振り返り、調査チームに向けてビシッとブルーマーメイドの敬礼を決めた。

 

「素晴らしい……」

スミス博士や日本の技官たちが、起動したシステムのデータを採取するため、一斉に手元の端末を操作し始める。

 

2026年の軍事技術と、異世界の少女たちが育んできた絆の結晶。

朝日が差し込み始めたドックの中で、晴風の乗員たちによる堂々たる「デモンストレーション」が、高らかに幕を開けたのだった。

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