ハイスクール・フリート Cross World War   作:冬吉

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第52話 最終結果

**午前8時30分**

**航洋艦「晴風」 艦橋(ブリッジ)**

 

*プシュゥゥゥ……*

 

機関室からの蒸気圧がゆっくりと下がり、艦橋内に響いていた力強い稼働音が静かな待機音へと変わっていく。

数時間に及んだ全システムの起動デモンストレーションと、日米の技術班による徹底的なデータ収集が終了した瞬間だった。

 

「全機能、停止完了! 晴風、お休みモードに入りました!」

艦長の**明乃(ミケ)**が、操舵席から振り返って報告する。

 

ブリッジの壁際に待機していた日米合同調査チームの大人たちは、誰一人として言葉を発することなく、手元のタブレットや計測機器に表示された膨大なデータを食い入るように見つめていた。

 

静寂が、重く心地よくブリッジを包み込む。

やがて、アメリカ海軍の**スミス博士**が、大きく息を吐き出してタブレットを胸に抱いた。

 

「*It’s not magic. It’s purely logical...*(魔法じゃないわ。極めて論理的よ……)」

彼女は、興奮の熱が冷めやらぬ瞳で、日本の技術者たち、そして刈谷室長に向けて力強く頷いた。

「システムアーキテクチャの根幹は、我々の世界の技術体系と完全に地続きです。未知の素粒子や、ブラックボックス化されたオーバーテクノロジーの類は一切検出されませんでした」

 

その報告を受け、防衛省の**須藤分析官**も同意するように口を開いた。

 

「同感だ。……レーダー波の波長からボイラーの燃焼効率、自動装填装置のメカニズムに至るまで、信じられないほど高度に洗練されてはいるが、決して物理法則を逸脱した『オーパーツ(場違いな工芸品)』ではない」

 

そして、二人の報告を聞き終えた内閣官房の**刈谷室長**が、静かに明乃と**ましろ(シロ)**の前に進み出た。

彼のその表情からは、昨日から纏っていた「得体の知れない脅威」に対する強い警戒心が、完全に拭い去られていた。

 

「日米合同調査チームとしての、最終的な見解を伝えよう」

 

刈谷の言葉に、晴風の乗員全員が姿勢を正し、固唾を呑む。

五十六も、明乃の足元でお座りをして刈谷を見上げた。

 

「この陽炎型航洋艦『晴風』は、我々の安全保障を脅かすような未知の侵略兵器ではない。……本来であれば240名近い熟練の兵士が必要な旧式軍艦を、わずか30名あまりの10代の学生たちだけで運用できるように、極限まで徹底的な自動化と省力化が施された艦艇」

 

刈谷は、晴風の少女たち一人一人の顔をゆっくりと見渡した。

 

「つまり、君たちの言葉通り、これは純粋に若き船乗りを育成するために作られた……極めて優秀な**『練習艦(教育艦)』**であると、我々は結論づける」

 

「……っ!」

 

その言葉が響いた瞬間、明乃の顔にパァッと満開のひまわりのような笑顔が咲いた。

ましろは深く目を閉じ、安堵のあまり微かに震える手で多聞丸の背中を撫でた。

 

「やった……! アタシたちの晴風が、ちゃんと認められたぞ!」

機関長の**麻論(マロン)**が、ガッツポーズをして**クロちゃん(黒木洋美)**とハイタッチを交わす。

「ええ! 私たちの家は、怪しい兵器なんかじゃありませんもの!」

**まりこー(万里小路楓)**も、上品に微笑みながら、嬉し泣きをする**かよちゃん**と**りっちゃん**の肩を抱いた。

 

「……フッ。猜疑と恐怖のヴェールは剥がれ落ちた。我らが誇る白亜の学び舎が、ついにこの世界の歴史に『正当なる存在』として刻まれたのだ……!」

記録員の**ココ(納沙幸子)**が、高らかに勝利の口上を述べる。

 

「よかったね、艦長、副長」

航海長の**リン(知床鈴)**が、涙をポロポロこぼしながら安堵の笑みを浮かべ、水雷長の**メイ(西崎芽依)**や砲術長の**タマ(立石志摩)**たちと抱き合って喜んでいる。

 

「……疑ってすまなかった」

須藤分析官が、少しだけバツの悪そうな顔で、しかし誠実な声で謝罪した。

「君たちの世界のテクノロジーが兵器開発ではなく、純粋に『自動化』と『安全装置』の方向に極振りされていることが、データから完全に証明されたよ。……これは、君たちの世界が、平和を愛する海洋国家である何よりの証だ」

 

「須藤さん……」

明乃は、嬉しそうに頷いた。

 

「*You girls are amazing.*(あなたたち、本当に素晴らしいわ)」

スミス博士が、明乃やましろに向かってウインクをした。

「こんなに美しくて、愛に溢れた『学校』を動かしているんだもの。アメリカ海軍の偉い人たちにも、あなたたちの優秀さは私がバッチリ報告してあげるから安心して!」

 

「サンキュー、スミスさん!」

明乃が元気よく英語で返し、ブリッジ内は温かな笑い声に包まれた。

 

「日本政府としても、この調査結果を以て、君たちを正式に『遭難した民間人の学生』として保護する」

刈谷が、眼鏡の位置を直し、改めて明乃たちに向き直った。

 

「晴風の所有権と運用権も、引き続き君たち『横須賀女子海洋学校』の生徒に帰属するものと認める。……メンテナンスや技術的な解析で協力を仰ぐことはあるだろうが、我々がこの艦を君たちから奪い取るようなことは絶対にしないと約束しよう」

 

「刈谷室長……! ありがとうございます!」

明乃とましろは、声を弾ませて、完璧なブルーマーメイドの敬礼を捧げた。ミーナも、誇らしげにドイツ海軍式の敬礼でそれに続く。

 

未知の脅威としての扱いは終わりを告げた。

ここから彼女たちは、兵器の扱いを受ける「謎の敵対勢力」ではなく、未来の日本に迷い込んだ「勇敢で優秀な海の学生たち」として、堂々とこの世界で生きていく権利を手に入れたのだ。

 

「さあ、ドックの底は冷える。調査チームはデータを持ち帰って解析に移る。君たちも、宿舎に戻って温かい朝食をとるといい」

 

刈谷のその言葉を合図に、歴史的な日米合同調査は完了した。

 

**2026年4月28日 正午**

**日本国 東京・首相官邸(危機管理センター)**

 

日米合同調査チームが提出した「晴風」の最終解析レポートは、暗号化された専用回線を通じて、即座に霞が関の防衛省、そして永田町の首相官邸へと送られた。

 

「……信じられんな。物理法則を無視した未知の兵器でもなければ、ブラックボックス化されたオーパーツでもない。徹底的に洗練された『既存技術の延長』だと?」

 

官邸の地下深くにある危機管理センター。

神谷防衛大臣と統合幕僚長が同席する中、分厚い報告書に目を通した高瀬内閣総理大臣は、深い安堵と共に、信じられないものを見る目で息を吐いた。

 

「はい。刈谷室長および日米の技術班からの確定報告です」

報告を読み上げる官僚が、興奮を抑えきれない声で続ける。

「あの艦は、間違いなく1940年代の旧式駆逐艦の船体をベースにしています。しかし、機関部や操艦システム、ダメージコントロールに至るまで、極限まで『自動化』と『省力化』が施されています。……その目的は、ただ一つ。未成年の学生数十名だけで、安全に巨大な船を動かすためです」

 

「……純粋な、教育用の練習艦……。彼女たちの言っていた通り、本当にただの『海の学校』だったというわけか」

 

総理大臣は眼鏡を外し、目頭を強く揉んだ。

未知の侵略者か、あるいは世界を滅ぼす超兵器か。昨日から日本政府の中枢を覆っていた冷や汗が出るような恐怖が、一気に霧散していく。

 

しかし、同席していた防衛大臣の目は、別の意味で鋭く光っていた。

 

「総理。彼女たちが『ただの学生』であるなら、我々は人道的観点からも全力で彼女たちを保護する義務があります。……しかし、それと同時に、あの艦に積まれている『自動化技術』は、現在の我が国にとって喉から手が出るほど欲しい超一級の技術的遺産(レガシー)です」

 

統合幕僚長も深く頷く。

「現在、我が海上自衛隊は深刻な『慢性的人手不足』に陥っています。最新鋭の護衛艦を建造しても、乗せる隊員が足りないのが現実です。……しかし、あの『晴風』の徹底した省力化システムと自動制御のアルゴリズムを我々の艦艇に応用できれば……海上自衛隊の運用体制は、劇的な進化を遂げます」

 

「……なるほど。あの子たちは、ただの迷い子ではなく、我が国の安全保障を救う『女神』かもしれないというわけか」

 

総理大臣は、モニターに映し出された晴風の全景写真と、その甲板で笑い合う明乃たちの映像を見つめた。

「彼女たちを国賓級の『重要保護対象』に指定しろ。いかなる不自由もさせるな。彼女たちの安全と尊厳を守り抜くことが、結果としてこの国の国益に直結する」

 

「ハッ!」

 

***

 

**同時刻**

**在日米海軍 横須賀基地(CFAY)第7艦隊司令部**

 

日本政府が沸き立っていた頃、フェンスを隔てたすぐ隣の米軍基地・第7艦隊司令部の長官室でも、全く同じレポートが読まれていた。

 

「……A floating high school(水に浮かぶ高校)、だと?」

 

第7艦隊司令官であるトーマス・ヴァンス中将は、スミス博士から提出された熱烈な報告書と、晴風の艦内に設置された「黒板と学習机」の写真を前に、葉巻を落としそうになっていた。

 

「その通りです、司令官」

窓際に立ち、腕を組んで横須賀の海を見下ろしていたのは、第7艦隊政治顧問補佐官の**ナオミ・アリサト中佐**だった。彼女の口元には、してやったりという冷ややかな笑みが浮かんでいる。

 

「調査班の報告によれば、彼女たちはあの艦の中で国語や数学を学び、昼休みには羅針盤に座る『ボス猫』を撫でているそうです。……中将、あなたが接収を目論み、海兵隊を送り込もうとしていた相手は、完全武装したテロリストではなく、異世界から来た”セーラー服の女子高生たち”だったんですよ?」

 

「……ジーザス」

ヴァンス中将は、自身の愚かな強硬策が寸前で止められたことに、今更ながら背筋を凍らせた。

もしあのまま、日本政府の制止を振り切って「女子高生の乗る練習艦」に銃を持った兵士を突入させていれば……日米同盟の崩壊どころか、世界中からアメリカ海軍が非難の的となり、自身の首など即座に飛んでいただろう。

 

「アリサト中佐。……君が止めてくれたおかげで、最悪の国際問題は回避された。感謝する」

中将はプライドを捨て、素直に日系人将校に礼を言った。

 

「当然の仕事をしたまでです」

ナオミは淡々と返し、中将のデスクに一枚のデータチップを置いた。

「しかし、収穫は絶大でしたよ。……あの艦のテクノロジーは『ブラックボックスのない完全な機械式自動化』です。現在、我がアメリカ海軍の最新鋭艦は高度な半導体とネットワークに依存しすぎており、サイバー攻撃やEMP(電磁パルス)に脆弱という弱点があります」

 

ナオミは、鋭い目で中将を見据えた。

「ですが、あの『晴風』のアナログと自動化が融合したシステムは、そうした現代戦の弱点を完全に克服しうる驚異的な堅牢さを持っています。スミス博士のチームが持ち帰ったこのデータは、ペンタゴン(国防総省)の艦船設計局にとって垂涎の的になるでしょう」

 

「……あの子たちは、バケモノのような船乗りだな」

ヴァンス中将は、報告書に添付されていた「明乃とましろ」の写真を見つめて息を吐いた。

「武力で奪うのではなく、友好的なパートナーシップを築く。……日本政府の言う通り、彼女たちは『VIP』だ。第7艦隊としても、彼女たちの安全保障には全面的に協力しよう」

 

***

 

**2026年4月28日 午後**

 

かくして、日米合同調査チームの最終結果は、2026年の世界のパワーバランスを司る大人たちの「認識」を完全に書き換えた。

 

未知の敵対勢力(アンノウン)。

パンドラの箱。

大国同士の火種。

 

晴風と31人の少女たちに貼られそうになっていたそれらの恐ろしいレッテルは、彼女たち自身の「船を愛し、仲間を信じる真っ直ぐな姿」と、残された確かな技術データによって完全に剥がれ落ちた。

 

「晴風の乗員は、平和なパラレルワールドから遭難してきた民間学生であり、日本国家の威信にかけて保護すべきVIPである」

 

これが、現実世界の日本政府とアメリカ軍が出した、最終的な結論であった。

塩漬けにされることも、船を解体されることも、見知らぬ軍隊に連れ去られることも、もう絶対にない。

 

横須賀の極秘ドックで、自分たちの「教室」を守り抜いた少女たち。

彼女たちはついに、この冷酷で厳しい2026年の現実世界において、誰にも脅かされることのない「確固たる居場所(アンカー)」を打ち下ろしたのだった。。

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