ハイスクール・フリート Cross World War 作:冬吉
**2026年4月28日 午後4時00分**
**海上自衛隊 横須賀基地・隊員宿舎 会議室**
泥のような深い眠りから目覚め、遅めの昼食(兼おやつ)をとってすっかり体力を回復させた晴風の乗員たち。
彼女たちが集められた会議室の教壇には、内閣官房特命チームの**刈谷室長**が立ち、スクリーンにいくつかの資料を映し出していた。
「よく眠れたようだな。……さて、君たちの身の安全と『晴風』の所有権は確約された。だが、我々にはまだ、クリアしなければならない『最大の問題』が残されている」
刈谷は、会議室に集まった31人の少女とミーナを見渡して、静かに告げた。
「君たちと、あの『晴風』の存在を、この2026年の日本国民にどう納得してもらうか、だ」
「国民への、説明……」
副長の**ましろ(シロ)**が、ハッとして姿勢を正す。
「そうだ」
刈谷は頷き、ホワイトボードに『パラレルワールド』と書き、そこに大きくバツ印をつけた。
「君たちが別次元から来たという真実は、総理大臣と防衛省トップ、そしてアメリカ軍の一部首脳陣のみが共有する『最高機密(トップ・シークレット)』となった。……もしこの事実が世間に公表されれば、世界中でパニックが起き、君たちを神格化するカルト教団が現れたり、あるいは他国のスパイが君たちを拉致しようと横須賀に殺到するだろう」
「ひゃあぁぁっ……! す、すぱい……!?」
航海長の**リン(知床鈴)**が、想像して顔を青ざめさせる。
「だからこそ、世間に対する『完璧なカバーストーリー(偽装工作)』が必要になる。問題は、全長118メートルの第二次大戦期の軍艦と、それに乗る30人以上の未成年の少女たちという、あまりにも目立つ存在をどうやって現代社会に組み込むかだ」
「……フッ。ならば答えは一つ!」
記録員の**ココ(納沙幸子)**が、勢いよく立ち上がり、タブレットを天高く掲げた。
「『深淵より蘇りし幻の幽霊船(ゴーストシップ)』を操る、秘密結社のエージェント! あるいは、海上自衛隊の広報のために結成された、極秘の『海戦アイドルグループ』! ……これなら、世間の目も誤魔化せるはず……!」
「ふざけている場合じゃないぞ」
ましろが冷たい声でツッコミを入れ、ココは「……すみません」とシュンとして着席した。
「でも、ココちゃんの言うことも一理あるかも?」
艦長の**明乃(ミケ)**が首を傾げる。
「私たちみたいな子供が大きな船に乗ってるのって、この世界の人から見たら絶対に不自然ですよね?」
「ええ。だからこそ、我々特命チームと防衛省は、昼夜を問わず知恵を絞り、一つの『公式設定』を作り上げた」
刈谷はスクリーンを切り替え、そこに真新しいデジタル書類を映し出した。
そこには**『防衛装備庁・次世代高度自動化試験艦プロジェクト』**という厳々しい文字が並んでいた。
「我々は今後、晴風を『防衛装備庁が極秘に開発していた、次世代の自動化試験艦』として世間に公表する」
「試験艦……?」
機関長の**麻論(マロン)**が目を瞬かせる。
「そうだ。そしてあのレトロな外見については、『軍事衛星からのフォルム解析を防ぐためのカモフラージュ』、ならびに『歴史的海戦映画の撮影協力のために作られたレプリカ船体』であると説明する。……事実、あの艦の内部システムは、現代の我々から見ても驚異的な自動化技術の結晶だからな。試験艦という名目は、専門家が見ても十分に納得がいく」
「なるほど……。外見は映画用のレプリカで、中身は最新鋭の自動化テスト船。それなら、あんな古い軍艦が横須賀にあっても、ある程度の筋は通りますね」
ましろが、感心したように顎に手を当てた。
「では、あの艦に乗る『我々』はどうなるんじゃ?」
オブザーバーの**ミーナ**が、鋭い視線を刈谷に向ける。
「いくら自動化されとるとはいえ、10代の学生が試験艦を動かしとるなんて、それこそ世間が騒ぐじゃろう」
「そこが一番の肝だ」
刈谷は眼鏡を押し上げ、明乃たち一人一人の顔を真っ直ぐに見つめた。
「君たちは明日から、戸籍上、身寄りのない孤児、あるいは国が特別に保護している児童という扱いになる。そして……政府と海上自衛隊が新設した『海洋・防衛特別教育プログラム』の第一期生……つまり、**『国が認めた特別な学生(特待生)』**として、この基地内で生活し、学ぶことになる」
「私たちが……この世界の学生に……?」
明乃の目が、驚きと期待で大きく見開かれた。
「そうだ。試験艦である『晴風』の運用テストは、この特別プログラムの一環として、学生である君たちに任せられている……世間にはそう発表する。当然、危険な任務や実戦には一切参加させない。君たちの本分は、あくまで『学ぶこと』だ」
刈谷の言葉に、会議室の空気が一気に明るく、温かいものへと変わった。
「ってことは……アタシら、これからも晴風の機関室に入っていいのか!?」
麻論が身を乗り出して叫ぶ。
「ああ。調査やメンテナンスの補助として、君たちの力は必要不可欠だ」
「じゃあ、みんなで一緒に、これからも勉強できるんだね!」
水雷長の**メイ(西崎芽依)**や、砲術長の**タマ(立石志摩)**たちが、顔を見合わせてパァッと笑顔を咲かせる。
「……ええ。お国の特別プログラムなんて、なんだかお嬢様学校みたいで素敵ですわね」
**まりこー(万里小路楓)**も、上品にフフッと微笑んだ。
「刈谷室長」
明乃が、嬉しさを噛み締めるように立ち上がり、真っ直ぐな瞳で問いかけた。
「私たち、この世界のこと、まだ全然分かりません。怖い歴史も、危ない兵器も……自分たちの世界とは違いすぎて、戸惑うことばかりです」
明乃は、自分の着ている「ブルーマーメイド」のセーラー服の襟を、キュッと握りしめた。
「でも、私たちは船乗りです。どんなに海が荒れていても、進むべき羅針盤(ルート)と、一緒に乗り越える仲間(クルー)がいれば、絶対に前に進めます。……私たちを、この世界の学生にしてくれて、本当にありがとうございます!」
明乃の深く、綺麗な一礼に合わせ、ましろやミーナ、そして全乗員がいっせいに立ち上がり、大人たちに向けて「ありがとうございました!」と一斉に頭を下げた。
「……礼を言うのは我々の方だ」
刈谷は、その見事な結束力と純粋な敬意を前に、冷徹な官僚としての仮面を完全に下ろし、ひとりの人間として、優しく、頼もしい笑みを浮かべた。
「君たちがもたらしてくれた技術と、その決して諦めない『海の者の魂』は、我々の世界にとってかけがえのない財産になるだろう。……ようこそ、2026年の日本へ」
午後7時00分
海上自衛隊 横須賀基地・隊員宿舎 食堂
「うわぁぁぁっ……! すっごくいい匂い!!」
食堂の扉を開けた瞬間、艦長の**明乃(ミケ)**は目を輝かせて歓声を上げた。
そこに広がっていたのは、醤油と砂糖、そして上質な牛肉の脂が煮える、甘く暴力的なまでに食欲をそそる香りだった。
「皆さん、今日はいろいろなことがあって、本当に大変でしたね。……特命チームの刈谷室長からの計らいで、今夜は皆さんの『特別プログラム生』としての新たな門出を祝う、特製すき焼きパーティーです!」
エプロン姿の水瀬1曹と橘3曹が、満面の笑みで少女たちを出迎えた。
テーブルにはいくつものカセットコンロが並べられ、大きな鉄鍋の中では、霜降りの牛肉、ネギ、焼き豆腐、しらたきが、グツグツと美味しそうな音を立てて煮込まれている。
「「「「すき焼きーーーっ!!」」」」
31人の少女たちの歓声が、基地の食堂に爆発するように響き渡った。
「てやんでえ! 見ろよこの肉のサシ! アタシらの世界の配給じゃ、お盆かお正月にしかお目にかかれねえ超高級品だぜ!」
機関長の**麻論(マロン)が、菜箸を握りしめて鍋の前に陣取る。
「麻論、お肉ばっかりじゃなくてお野菜も食べなきゃダメだよ」
幼馴染のクロちゃん(黒木洋美)**が、麻論の器に手際よく溶き卵を用意してあげる。
「な、なんじゃこりゃあ! 煮えた肉を、この『生卵』にくぐらせて食うというのか!? 未来の日本人は腹を壊さんのか!?」
オブザーバーのミーナが、殻を割った生卵を前にして目を白黒させている。
「ミーナちゃん、すき焼きはこうやって食べるのが一番美味しいんだよ! ほら、あーん!」
明乃が、卵をたっぷり絡めたお肉をミーナの口に放り込む。
「むぐっ!? ……んんんっ! こ、これは……! 甘辛いタレと卵のまろやかさが絶妙に絡み合って……デリシャスじゃあぁっ!!」
「……うぃ。お肉、とろける。ほっぺた落ちる」
砲術長の**タマ(立石志摩)が、幸せそうに頬を押さえる。
「タマちゃん、私のお肉も半分あげるね!」
水雷長のメイ(西崎芽依)**が、自分のお鍋からタマの器へとお肉を移してあげる。
「はぁぁ……塩漬けどころか、こんな美味しいお肉漬けになれるなんて……生きててよかったですぅ……」
航海長の**リン(知床鈴)**が、お肉を噛み締めながら嬉し泣きをしている。
「……フッ。これぞ我らが新たなる身分『防衛装備庁・特務機関(仮)』の結成を祝う、神々の宴(アンブロシア)……! さあ、存分に平らげるが良い、我が同胞たちよ!」
記録員の**ココ(納沙幸子)が、ネギを箸で突き刺しながら高らかに宣言する。
「もう、ココちゃんったら。特務機関じゃなくて、特別プログラムの学生ですよ。でも……今日は特別ですね」
主計長のミミちゃん(等松美海)**たちも、今日ばかりはココの芝居がかった台詞にクスクスと笑いながら付き合っていた。
「まりこー、お肉煮えたよ。熱いから気をつけてね」
「ありがとう、姫路さん、松永さん。未来の牛肉も、大変素晴らしいお味ですわ」
**かよちゃん(姫路果代子)とりっちゃん(松永理都子)**に挟まれながら、**まりこうじさん(万里小路楓)**はお嬢様らしく、しかし確かなペースでお肉を堪能している。
艦長席のテーブルでは、副長のましろ(シロ)が、少しだけ緊張の解けた柔らかい表情で鍋をつついていた。
その足元では、五十六と多聞丸に、特別に味付けをしていない茹でた牛肉の切れ端が振る舞われており、二匹とも夢中になって平らげている。
「シロちゃん、はい、しらたき!」
明乃が、ましろの器に具材を取り分ける。
「あ、ありがとう。……お前も自分の分をしっかり食べろ」
ましろは少し照れくさそうに笑い、卵にお肉を絡めて口に運んだ。
「……美味しいな」
「うんっ! みんなで一緒に食べるご飯は、最高だね!」
明乃は、お茶の入ったグラスを手に取り、スッと立ち上がった。
その動きに気づき、食堂にいた乗員たちも次々とグラスを手に取る。
「みんな! 昨日から本当に、本当に大変だったけど……私たちは誰も欠けることなく、晴風も失わずに、ここ(未来)にいることができました!」
明乃の明るく通る声に、全員の視線が集まる。
水瀬1曹と橘3曹も、少し離れた場所から温かい目で見守っていた。
「私たちの世界とは違うし、怖いこともいっぱいあるかもしれない。でも、この世界には、私たちを助けてくれる優しい人たちがいっぱいいます! 私たちはこれから、この2026年の海で……新しい『学校生活』を始めます!」
明乃は、満面の笑みでグラスを高く掲げた。
「晴風のみんなと、新しい未来に……乾杯っ!!」
「「「「乾杯ーーーーっ!!」」」」
グラスが重なり合う澄んだ音が、食堂に響き渡る。
昨日までは、得体の知れない恐怖と不安に押しつぶされそうになっていた少女たち。
凄惨な戦争の歴史と、自衛官たちが背負う重い覚悟を知り、涙を流した午後。
しかし、そのすべての重圧を乗り越え、彼女たちは自分たちの「居場所」を勝ち取った。
甘辛いすき焼きの湯気越しに見える仲間たちの笑顔は、どんな時代、どんな世界にあっても変わらない、晴風乗員の「最大の武器」だ。
「さあさあ、お肉はまだまだたくさんありますよ! おかわりしたい人は言ってくださいね!」
橘3曹が、追加のお肉が盛られた大皿を持ってテーブルを回る。
「やったー! 橘さん、こっちこっち!」
夜の横須賀基地。
外には恐ろしい兵器を積んだ灰色の護衛艦が並び、世界は依然として複雑で冷酷なままだ。
しかし、この温かい食堂の中だけは、31人の少女たちが取り戻した「平和で賑やかな日常」が、確かに息づいていた。
異世界からの迷い子たちは、今日、正式にこの世界の住人となった。
彼女たちの新しい航海は、最高の笑顔と、最高に美味しいすき焼きと共に、穏やかな夜の海へと漕ぎ出していったのだった。