ハイスクール・フリート Cross World War 作:冬吉
**2026年4月29日 午後4時00分**
**海上自衛隊 横須賀基地・隊員宿舎 会議室**
日本中が総理大臣の緊急会見に沸き立っていた日の夕方。
晴風の乗員たちが集められた会議室に、特命チームの**刈谷室長**に連れられて、パリッとしたスーツや白衣に身を包んだ見慣れぬ大人たちが数名入ってきた。
「休ませてやりたいところだが、君たちの存在が『公(おおやけ)』になった以上、急ぎ進めなければならない手続きがある。……彼らは厚生労働省の管轄、『国立感染症研究所』の専門家チームだ」
刈谷の紹介に、晴風の少女たちは少しだけ緊張した面持ちで姿勢を正した。
「はじめまして。感染症研究所の主任研究員を務める、本堂と申します」
初老の男性研究員が、穏やかだが真剣な目で一同を見渡した。
「我々は、君たちの健康状態の把握と……君たちの世界で起きたという『未知のウイルス』による暴走事案について、詳細なヒアリングを行いに来た。……異世界から未知の病原菌が持ち込まれていないか、これは国家の公衆衛生に関わる最重要課題だからね」
本堂の言葉はもっともだった。ミーナの乗っていた『シュペー』をはじめ、彼女たちの世界では「RATt(ラット)」と呼ばれる謎のウイルスによって、乗員が次々と理性を失い暴走する事件が多発していたのだ。
「なるほど、検疫とウイルスの情報共有ですね。分かりました」
艦長の**明乃(ミケ)**が頷き、後ろを振り返った。
「美波さん、お願いできる?」
「はい、艦長。」
明乃に呼ばれ、乗員たちの列の中から一人の少女が静かに前へと進み出た。
衛生長の**鏑木美波(かぶらぎ みなみ)**だ。
常に冷静沈着で、丸眼鏡の奥に理知的な瞳を光らせる彼女だが、その背丈は晴風の乗員の中でも一際小さく、どう見ても小学生にしか見えない。
美波は、本堂たち研究員の前でぺこりと頭を下げた。
「航洋艦『晴風』衛生長・保健委員の、鏑木美波です。本艦における医療、防疫、およびウイルスの解析データは、すべて私が管理しています。」
「……は?」
本堂主任をはじめとする国立感染症研究所の大人たちは、ポカンと口を開けて固まった。
「え、えっと……衛生長? 君が、かい?」
本堂が、困惑しきった顔で美波と明乃を交互に見る。
「いや、君たちは高校生だと聞いているが……失礼だが、君はさらに幼く見える。あの船には、専属の軍医や大人の医療スタッフは乗っていなかったのかい?」
大人たちの疑問も無理はなかった。
いくら練習艦とはいえ、30人以上の命を預かる医療の責任者が、小学生のような少女であるなど、現代の常識では到底信じられないことだからだ。
しかし、美波は全く動じることなく、淡々とした口調で自らの経歴を口にした。
「私は現在12歳です。ですが、海洋医大(海洋医療大学)へ飛び級で入学し、すでに博士号を取得しております。本艦における医療行為および公衆衛生の管理権限を有した、正式な責任者です」
「……じゅ、12歳で……飛び級で大学に……!?」
「しかも、博士号を取得しているだと……!?」
感染症研究所のエリート研究員たちが、揃って目玉が飛び出そうなほど驚愕し、絶句した。
「信じられん……」
本堂主任が、震える手で眼鏡を押し上げた。
「だ、だが、いくら天才とはいえ、君たちの世界で猛威を振るった未知のウイルスの解析となれば、国家レベルの研究施設が必要なはずだ。それを、君ひとりで……?」
美波は無言のまま、白衣のポケットから電子タブレットを取り出し、本堂たちに向けて画面を提示した。
「こちらが、我々の世界で発生した『RATtウイルス』のRNAシーケンス(塩基配列)データ、および電子顕微鏡による構造解析図です。さらに、感染者の生体データと、私が艦内の医療設備で生成・精製に関与した『抗体』の分子構造式、ならびにその臨床結果のレポートになります」
「なっ……!?」
本堂たちがタブレットの画面を覗き込んだ瞬間、彼らの顔色から完全に血の気が引いた。
そこに表示されていたのは、子供の自由研究などでは断じてない。極めて高度で、完璧に論理立てられた「最先端のウイルス学」と「免疫学」の論文そのものだったのだ。
未知のウイルスの増殖メカニズム、中枢神経へのアプローチ、そしてそれを阻害するための抗体の設計図が、信じられないほどの精度で網羅されている。
「お、おい……この抗体の合成プロセス……なんだこれは。こんなアプローチ、今の我々の世界の学界でも提唱されたばかりの最新理論じゃないか……!」
「それを、揺れる艦内の設備だけで……しかもこの短期間で実用化まで持っていったというのか……!?」
研究員たちが、タブレットを取り囲んで震える声で感嘆を漏らす。
「もちろん、私ひとりの力ではありません。海洋医大の恩師や、本国の設備との連携あっての成果です」
美波は謙虚に補足したが、それすらも彼らの耳には「恐るべき天才の余裕」にしか聞こえなかった。
「……フッ。我が艦の至宝、叡智の具現者たる『ミナミ・カブラギ』。彼女の頭脳にかかれば、不可視の病魔すらも白日の下に晒されるのだ……!」
記録員の**ココ(納沙幸子)**が、ここぞとばかりに芝居がかった声で美波を称賛する。
「素晴らしい……いや、素晴らしいなどという言葉では足りない!」
本堂主任は、タブレットから顔を上げ、美波に向かってまるで偉大な恩師に接するかのように、深く、深く頭を下げた。
「鏑木博士。……あなたの残したこのデータは、我々国立感染症研究所にとって、文字通り『世界を救う』レベルの宝です。これさえあれば、万が一この世界にウイルスが持ち込まれていたとしても、完璧なワクチンを即座に量産することができます」
「博士、だなんて……。私はただ、みんなが安心して海に出られるように、自分の仕事をしただけです」
美波は少しだけ頬を赤くして、照れくさそうに眼鏡の位置を直した。
「ねっ! うちの美波さん、すごいでしょ!」
明乃が、自分のことのように誇らしげに美波の背中を抱きしめる。副長の**ましろ(シロ)**も、「ああ、私たちの自慢の衛生長だ」と力強く頷いた。
未知の技術を積んだ「晴風」。
その船を動かす、歴戦の船乗りの魂を持った少女たち。
そして、その中にいたのは、現代の国家最高レベルの研究機関すらも平伏させる、12歳の天才医学博士だった。
日本の大人たちは、またしても「晴風乗員」の規格外のポテンシャルを見せつけられることになった。
彼女たちは、決して保護されるだけの可憐な少女たちではない。一人一人が、この世界に途方もない恩恵と驚きをもたらす、計り知れない「可能性の塊」なのだ。
2026年のウイルス学者たちと、12歳の天才少女による高度な医学的カンファレンスは、その後夜遅くまで熱気の中で続けられたのだった。