ハイスクール・フリート Cross World War   作:冬吉

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第58話 二人の科学者

**2026年4月29日 午後5時00分**

**海上自衛隊 横須賀基地・エリア厳警戒区画(ドック周辺)**

 

鏑木美波の圧倒的な頭脳が国立感染症研究所のエリートたちを驚愕させていた頃。

オレンジ色に染まり始めた夕暮れの横須賀基地に、政府専用の黒い公用車が静かに滑り込んできた。

 

厳重なゲートのセキュリティチェックをパスし、車から降りてきたのは、およそ自衛隊基地の重々しい空気には似つかわしくない、二人の民間人だった。

 

一人は、ヨレヨレの白衣を羽織り、背中に使い込まれた大きなリュックサックを背負った20代半ばの女性。

もう一人は、その女性の後ろを歩く、手には分厚い資料ケースを抱えた、黒髪で真面目そうな眼鏡をかけた19歳の栞という女性助手だった。

 

「……秋波(あきなみ)さん。ここは防衛省の最重要警戒エリアです。白衣のボタンくらい、きちんと留めてください。それに、歩きスマホもやめてくださいね」

 

助手の女性が、眼鏡のブリッジを中指で押し上げながら、ため息交じりに注意する。

 

「そんなこと分かってるわよ、栞。ただ、ちょっと確認しておきたいデータがあってね」

 

「秋波(あきなみ)」と呼ばれたその女性――本名も所属機関の正式名称も明かされていない、政府直属の特異事象研究者――は、面倒くさそうに白衣を翻しながら、夕日に照らされる巨大な乾ドックの方へと歩を進めた。

 

巨大な暗幕とフェンスで囲まれたドックの底には、今も静かに眠る「晴風」の赤い艦底部と、特徴的な艦橋のシルエットが僅かに覗いている。

 

秋波は立ち止まり、そのアナログで旧式な、しかしあり得ない兵装(10センチ高角砲)を積んだ駆逐艦のシルエットをジッと見上げた。

 

そして、リュックの脇のポケットに手を伸ばすと、そこから冷えたボトル型の缶コーヒーを取り出した。

『カチッ、プシュッ』と小気味良い音を立ててアルミの蓋を開け、ゴクリと喉を鳴らして一口飲む。

 

甘くほろ苦いコーヒーの香りが鼻腔を抜ける中、秋波は呆れたような、しかしどこかゾクゾクするような興奮を抑えきれない声で、誰に言うでもなくポツリと呟いた。

 

「まさか。創作の艦艇(ふね)が現実に現れる何てね……」

 

「創作、ですか?」

栞が首を傾げる。

 

「えぇ。……今日のお昼、高瀬総理の会見で世間は『パラレルワールドから来た別の歴史の日本人』ってことで納得し、歓迎ムード一色になっているでしょ?防衛装備庁も、あれを『未知の高度自動化技術を積んだ実在するパラレル艦』として真面目に解析してる。」

 

秋波は缶コーヒーを持ったまま、ニヤリと口角を上げた。

 

「だけどね、あの艦影。秋月型の主砲を積んだ陽炎型。乗っているのは『ブルーマーメイド』という海の治安維持組織を目指す、セーラー服の女子高生たち。そして、あの艦の名前は『晴風(はれかぜ)』よ」

 

「それが、何か問題でも?」

栞が、手元のタブレットを開きながら尋ねる。

 

「大ありよ。……防衛省の連中は軍事と政治のプロだけど、こっちの『サブカルチャー』の歴史には疎かったらしいわ。だから、あの子たちの存在が、我々の世界(2026年)において『どういう意味』を持つのか、根本的なことに気づいていない」

 

秋波は、リュックから自分の電子端末を取り出し、10年以上前の古いデータベースの検索結果を画面に表示させた。

 

「……約10年前、2016年の日本。我々の世界で放送されていた、ある『海戦アニメーション作品』のデータベースよ」

 

そこには、アニメのタイトルロゴと共に、ドックに停泊している艦と全く同じ姿をした「晴風」のイラストと、岬明乃や宗谷ましろをはじめとする「31人の乗員と猫」のキャラクターデザインが、鮮明に描かれていた。

 

「総理が言った『パラレルワールド』ってのは、単なる歴史の分岐なんかじゃない。……あの子たちは、俺たちの世界では『アニメや漫画といったフィクション(創作)』として描かれていた世界の住人そのものなのよ」

 

秋波の言葉に、いつもは冷静な栞も、目を見開いて絶句した。

 

「そ、そんな……。創作物のキャラクターが、現実の質量を持って三次元に現れたとでも言うんですか……!? 物理法則が根底から崩壊します!」

 

「現に崩壊して、そこに浮かんでるいるでしょ?」

秋波は缶コーヒーを軽く振り、ドックを指差した。

 

「刈谷室長や須藤分析官に呼ばれたのは、技術解析のためじゃない。……この『次元交差(クロスオーバー)』の真のメカニズムを解き明かすためよ。何故、我々の世界の『空想』が、あっちの世界の『現実』として存在しているのか。そして、なぜ交わってしまったのか」

 

秋波は、白衣のポケットに手を突っ込み、挑戦的な笑みを深めた。

 

「さあて、挨拶に行くわよ。……次元の壁をぶち抜いてやってきた、本物の『主人公』たちにね」

 

夕暮れの海風が、秋波の白衣を激しく揺らす。

日米の軍事・技術的な問題がクリアになり、平和な居場所を見つけたかに見えた晴風の少女たち。しかし、彼女たちの前に現れたこの風変わりな女性「秋波」によって、世界の成り立ちそのものを揺るがす、さらに巨大でメタフィクション的な『真実の扉』が、今まさに開かれようとしていた。

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