ハイスクール・フリート Cross World War 作:冬吉
護衛艦「きりしま」 艦橋
『こちら、横須賀女子海洋学校所属、航洋艦「晴風」! 私は艦長の岬明乃です! 私たちは……えっと、嵐に巻き込まれて、ここがどこか分からなくて困っています! 助けていただけますか!?』
VHF帯の国際VHFチャンネルからスピーカー越しに響き渡ったのは、おおよそ軍艦や公用船の通信とはかけ離れた、若く甲高い少女の声だった。軍事的な定型フォーマットを完全に無視したその応答に、「きりしま」の艦橋は水を打ったような静寂に包まれた。
就役から30年。平成の初期に建造され、数々の任務をくぐり抜けてきたこんごう型護衛艦「きりしま」は、決して最新鋭の艦ではない。幾度もの改修を経て第一線を張り続けているベテラン艦であるがゆえに、この艦橋に立つ乗組員たちもまた、あらゆる事態に対応してきた歴戦の海自隊員たちだ。
しかし、そんな彼らであっても、目の前の事態はあまりにも常軌を逸していた。
艦長の佐伯健二郎は、窓の向こうで波間に浮かぶ小さなシルエットを静かに見つめた後、傍らに立つ副長の一ノ瀬理沙へと視線を向けた。
「副長。この令和という時代に、旧海軍の”駆逐艦”を用いた海洋学校があると思うか?」
佐伯の静かな問いかけに対し、一ノ瀬は手元の情報端末に視線を落としたまま、極めて冷静に、しかし断固たる口調で答えた。
「いいえ。本来、海洋学校が有する船舶は、帆船やディーゼルエンジンを用いた実習船であり、それを管轄しているのは文部科学省、国土交通省、あるいは農林水産省です。あれだけの武装を有した艦を、一介の海洋学校が保有するはずがありません。武装を有する”練習艦”となると、それは防衛省管轄となるはずです」
一ノ瀬の言う通りだった。
上空を旋回するP-1哨戒機からデータリンクで送られてくる光学映像には、12.7cm連装砲(?)や魚雷発射管といった、第二次大戦期のれっきとした「兵器」を搭載したフネの姿が鮮明に映し出されている。
「それに……」と、航海長の佐藤弘樹が困惑した声で口を挟む。
「『ヨコスカ・ジョシ・カイヨウ・ガッコウ』……? 横須賀にあるのは我々海上自衛隊の基地や防衛大学校、それに米海軍の施設です。そのような名前の学校法人は、データベースのどこにも存在しません。それに、自らを『艦長』と名乗ったあの声……どう聞いても、十代の少女です」
「イタズラや偽装通信にしては、手が込みすぎているな」
佐伯は腕を組み、深く息を吐いた。
眼の前の旧型艦は、レプリカなどではない。煙突からは陽炎が立ち上り、艦は波を切り裂いて自力航行している。レーダーの反射面積(RCS)も、鉄の塊である軍艦そのものの反応を示していた。
「砲雷長。相手の火器管制レーダーの照射や、魚雷発射管の稼働などの敵対行動はあるか?」
「ありません。相手は完全に光学的な目視のみでこちらを観察しているようです。電波探信儀らしきアンテナは回っていますが、出力が弱すぎてお話になりません」
砲雷長の松下結衣がコンソールから顔を上げて報告する。
「……了解した。引き続き第1種戦闘配置は維持。『むらさめ』『おおなみ』『とうりゅう』にも警戒を解かせるな。だが、こちらから先に手を出すことは決して許されん」
佐伯はそう命じると、自ら通信機のマイクを手に取った。
相手が何者であれ、国籍不明の武装艦が日本国領海に接近しているという事実は変わらない。海上警備行動の発令すら視野に入る異常事態だが、まずは相手の意図を正確に測る必要があった。
『……所属不明艦「晴風」。こちらは海上自衛隊、護衛艦「きりしま」艦長、佐伯だ。貴艦の通信は傍受した』
佐伯は、相手が未成年の少女であることを意識しつつも、威厳ある低い声で通信を返した。
『貴艦が遭難状態にあることは了解した。しかし、貴艦は現在、日本国の領海付近を航行中であり、かつ強力な武装を有していることを確認している。停船し、武装の安全装置をかけ、当方の立ち入り検査(臨検)を受け入れよ。繰り返す……』
ベテラン護衛艦「きりしま」からの、事実上の停船命令。
その重々しい警告は、春の穏やかな太平洋の海風に乗って、時空を超えた迷い子である「晴風」へと届けられた。