ハイスクール・フリート Cross World War 作:冬吉
自分達の乗る艦でもあり「家」でもある航洋艦「晴風」は、日本主導による日米合同調査により同盟国へ接収という最悪の事態は、回避された。しかし、この世界での日本が辿ってきた歴史に艦長の岬明乃以下32名は、引き金の重さを知る事となった。その後、この国の総理による偽りとしてではなく真実としての晴風の存在を発表した事で新たな居場所を手にする。そこへ秋波という女性科学者と助手の栞がやってきて岬達に呟く「この事態は、まだ終わりじゃない。第二・第三の艦艇がやってくると」
第62話 一つもない欠片
もう一つの世界(2016年)――日本近海
『ピィィン……ピィィン……』
果てしなく広がる太平洋の海原に、虚しく、そして冷酷に響き続けるアクティブ・ソナーの探信音。
航洋艦「晴風」が未知の磁気嵐と共に消息を絶ってから、すでに「7日」という途方もなく重い時間が経過していた。
海難事故において、生存率が極端に下がるとされる「魔の72時間」。
そのリミットをとうに過ぎてもなお、横須賀女子海洋学校が誇る17隻の陽炎型からなる大捜索艦隊は、旗艦『長良』を中心に陣形を崩すことなく、執念のローラー作戦を継続していた。
「……現在位置、グリッド1-0-5。海底地形に異常なし。ソナー、レーダーともに未確認の反応なし。……海面への漂流物も、ありません」
『長良』の艦橋で、疲労の色を濃くしたオペレーターが、ひび割れた声で報告を上げる。
甲板に立つ見張員たちの目は、塩風と極度の疲労で真っ赤に充血していた。太陽の光が波頭に反射して視界を焼き、夜になれば漆黒の闇と寒さが体力を奪う。本来であれば数時間の交代制で回す見張り任務だが、生徒たちは「少しでも目を離した隙に、岬さんや宗谷さんたちのサインを見落とすかもしれない」と、誰も双眼鏡を下ろそうとはしなかった。
しかし、現実はあまりにも非情だった。
7日間、仮眠を取りながら交代交代で海をひっくり返すような捜索を行ったにもかかわらず、晴風の痕跡は「木っ端一つ」として見つからなかったのだ。
「……教官。そろそろ、生徒たちの体力と精神が限界です。これ以上の継続は、二次遭難の危険が……」
副官が、教官艦長に向かって苦渋の表情で進言する。
「分かっている」
教官艦長は、血の滲むような思いで唇を噛み締めた。
海難救助のプロフェッショナルとして、冷静な判断を下さなければならない。しかし、消えたのは自分たちが手塩にかけて育ててきた31名の教え子たちなのだ。
「だが……残骸が一切ないということは、彼女たちが『この海の底にはいない』ということの何よりの証明だ。沈んでいない艦(ふね)を、見捨てることなどできるはずがない……!」
教官艦長の悲痛な呟きは、捜索に参加しているすべてのブルーマーメイドたちの総意であった。
同時刻――東京湾上
ブルーマーメイド・統括管制艦(中央管制機構)司令部
「伊豆諸島・小笠原諸島・マリアナ諸島、第4次捜索隊より定時連絡。……進展なし、とのことです」
報告を受けた宗谷真霜(むねたに ましも)一等保安監督官は、腕を組んだまま、メインスクリーンの広域海図を静かに見つめ続けていた。
司令部の空気は、7日前よりもさらに重く、焦燥感に満ちていた。
現在、この世界(2016年)の日本近海では、正体不明のウイルス「RATt」による艦艇の暴走事案が同時多発的に悪化の一途を辿っていた。ブルーマーメイドの主力艦隊は各地でその対応に追われ、被害は拡大し続けている。
「……宗谷一等監督官。安全監督室のトップとして、これ以上の戦力の分散は推奨できません」
背後に立つ幹部の一人が、意を決したように声を上げた。
「晴風の捜索に陽炎型17隻を張り付けたままでは、本土の防衛網に穴が空きます。発生から72時間が経過した今、苦渋の決断を下し、捜索を縮小して暴走艦の鎮圧に回すべきです」
合理的な判断だった。国防を担う組織として、見えない一隻の船よりも、今まさに被害を出している暴走艦への対応を優先すべきだというのは、誰もが理解している正論だった。
しかし、真霜はピクリとも動かなかった。
「……提案は却下します」
真霜の冷たく、しかし絶対に引かない鋼のような声が響く。
「晴風の沈没を裏付ける物理的証拠はゼロ。加えて、消失の瞬間に観測されたあの異常な『次元的磁気嵐』のデータ。……彼女たちは、海で遭難したのではなく、我々の干渉できない『どこか』へ飛ばされた可能性が高いです。」
真霜は振り返り、幹部たちを鋭く見据えた。
「ブルーマーメイドは、いかなる絶望的な状況下であっても、生存の可能性が1%でも残されている限り、決して『仲間を見捨てる決断』は下しません。捜索網の維持を命じます」
「しかし、宗谷監督官……!」
「私の妹が乗っているから、公私混同をしていると言うのなら、好きに処分して構いません。ですが……」
真霜は再びスクリーンに向き直り、モニターの端に表示されている「岬明乃」と「宗谷ましろ」の顔写真をジッと見つめた。
(ましろ。……そして、岬さん。あなたたちのしぶとさを、私は誰よりも知っている)
どれだけ絶望的な状況に陥っても、必ず活路を見出し、仲間全員で生還してくる。あの晴風の乗員たちと、その中心にいる太陽のような艦長の生命力を、真霜は信じていた。
「彼女たちは、必ず生きています。……今はただ、海が彼女たちを隠しているだけ。我々が捜索の灯(ひ)を消せば、彼女たちが戻ってくるための『目印』がなくなってしまう」
真霜の信念に満ちた言葉に、幹部たちもついに押し黙った。
2026年の日本で、晴風の少女たちが現代の大人たちと協力し、自分たちの力で「新しい居場所」と「戦う力」を手に入れようと奮闘している頃。
元の世界に残された家族や仲間たちもまた、暗闇に包まれた海の中で、決して諦めることなく「希望の探信音」を鳴らし続けていた。
二つの世界を隔てる次元の壁。
それは途方もなく分厚く、冷たいものだったが……彼女たちを繋ぐ「必ず帰る」「必ず見つけ出す」という強靭な絆の糸だけは、いかなる物理法則をも越えて、確かに繋がり続けていた。