ハイスクール・フリート Cross World War 作:冬吉
**もう一つの世界(2016年)――東京湾上**
**ブルーマーメイド・統括管制艦(中央管制機構)司令部**
『ビーッ! ビーッ! ビーッ! ビーッ!』
血を吐くようなけたたましいエマージェンシー・アラームが、司令部の空間に突如として鳴り響き、無数の赤い警告灯が激しく点滅を始めた。
「な、何事ですか!?」
「警報! カロリン諸島・ウルシー環礁沖にて、異常事態発生!!」
コンソールに張り付いていたオペレーターの少女が、血の気を失った顔で振り向いた。
「同海域に急行中であった改インディペンデンス級沿海域戦闘艦『みくら』、および『べんてん』の二隻のロスト(消失)を確認!!」
「ロストだと!? 沿海域戦闘艦が二隻同時に沈んだというのか!?」
幹部の一人が、信じられないというように怒鳴り声を上げる。
この世界には、人工衛星やGPSといった宇宙からの観測手段が存在しない。
ブルーマーメイドが各艦の正確な位置を把握するためには、沿岸部に設置された巨大なレーダー網や、中継局を経由した電波テレメトリー、そして艦艇同士のデータリンク通信に頼るしかなかった。
「ち、違います! SOS信号や、沈没を示す自動遭難ビーコンの反応は一切ありません!」
オペレーターが、乱高下するデータグラフを必死に目で追う。
「中継局からの電波網、および周辺に展開しているソナー・ブイの探信音から……二隻の反応が、『突然』、完全に消え失せたんです!!」
「消えた……? 馬鹿な、全長100メートルを超える主力艦が二隻も、神隠しにでも遭ったとでも言うのか!?」
騒然となる司令部の中で、安全監督室のトップである**宗谷真霜(むねたに ましも)一等保安監督官**だけは、微動だにせず正面のメインスクリーンを見据えていた。
しかし、その腕を組む手には、手袋が軋むほどの異常な力が込められている。
「……気象データは」
真霜の、氷のように冷たく、しかし微かに震える声が響いた。
「は、はいっ! 両艦が消失する直前、同海域で極めて局地的な『気圧の急降下』と、凄まじい『磁気異常』が観測されています! この波形データ……7日前に、ウルシー環礁沖で『晴風』が消息を絶った時に観測されたものと、完全に一致します!!」
「――ッ!!」
司令部の幹部たちが、一斉に息を呑んだ。
晴風を呑み込んだ、未知の次元の嵐。
それが再び発生し、今度はブルーマーメイドが誇る最強の主力艦艇二隻を、経験豊富なベテラン指揮官たちごと、いとも容易く呑み込んでしまったのだ。
(……真冬……!!)
真霜は、スクリーンに赤く点滅する「LOST」の文字を睨みつけながら、心の中で妹の名前を叫んだ。
武闘派で、直情型で、誰よりも家族想いだった真冬。
彼女が『べんてん』を駆り、行方不明になった妹・ましろを助けるために、あの未知の嵐に自ら突っ込んでいったことは、真霜には痛いほど理解できた。
だが、その結果がこれだ。
一番下の妹である「ましろ」だけでなく、すぐ下の妹である「真冬」までもが、あの得体の知れない空間の裂け目へと姿を消してしまった。
宗谷家を背負う長女として、これほど腸(はらわた)がちぎれるような痛恨の極みはない。
「……宗谷監督官。直ちに、周辺海域から救助艦隊を――」
「ダメです。派遣は許可しません」
真霜は、振り向くことなく、ピシャリと幹部の提案を切り捨てた。
「あの磁気嵐は、自然災害ではありません。我々の物理法則が通じない『未知の空間異常』です。……これ以上、あの海域に艦を近づければ、我々はさらに多くの戦力を無駄に喪失することになります」
「し、しかし! 平賀部長や、真冬監督官たちを見捨てるというのですか!?」
「見捨てはしません!!」
真霜の鋭い一喝が、CICの空気をビリッと震わせた。
常に冷徹な彼女が、初めて周囲に見せた「感情の爆発」だった。
「……ですが、今は耐える時です。RATt(ウイルス)の感染による暴走艦の鎮圧が急務である現状、我々にはこれ以上の戦力分散は許されない。……ウルシー環礁沖の該当海域を『レベル5・絶対進入禁止区域』に指定。全艦艇に対し、あの空間異常への接近を厳禁とします」
真霜はギリッと奥歯を噛み締め、目を伏せた。
「……今は、彼女たちの生存を信じるしかありません。ブルーマーメイドの誇りにかけて……あの嵐の向こう側でも、彼女たちが生き延びていることを」
レーダーからも、無線からも消え去った二隻の最新鋭艦。
姉妹の絆を引き裂き、二つの世界を繋ぐ次元の渦は、この世界(2016年)に生きる大人たちにも、重く冷たい絶望を突きつけていた。
しかし、真霜の推測は半分当たり、半分外れている。
彼女たちは生きている。……そう、恐るべき兵器が飛び交う「2026年の日本」という、さらに過酷な戦場へと、その舞台を移して。