ハイスクール・フリート Cross World War   作:冬吉

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第68話 現した艦影

**2026年5月1日 午前9時15分**

**海上自衛隊 第2水上戦群 第5水上戦隊 旗艦『はぐろ』艦橋**

 

『ピピピピッ! ピピピピッ!』

 

静寂に包まれていた『はぐろ』の艦橋に、突如として鋭い電子アラームが鳴り響いた。それは、イージスシステムの中核であるSPY-1レーダーが、前方に異常な兆候を捉えたことを知らせる警告音だった。

 

「前方海域、距離45海里(約83キロ)! 局地的な気圧の急激な低下を検知! 同時に、巨大な積乱雲が異常な速度で形成されています!」

航海長の**佐野3佐**が、気象データの乱高下に声を張り上げた。

 

「なんだと……!? 今の今まで、空には雲一つなかったぞ!」

副長の**秋月2佐**が、咄嗟に双眼鏡を構えて正面の水平線を覗き込む。

 

先ほどまで春の陽光に照らされていたはずの南の海。

その遥か彼方の水平線が、まるで墨汁を垂らしたかのように、ドス黒く染まり始めていた。厚く淀んだ雲の塊が渦を巻き、その内部で紫色の不気味な稲妻が幾筋も走っているのが、肉眼でもはっきりと確認できる。

 

「気象現象だけではありません! 該当海域の磁場データが完全に狂っています! 空間の磁気異常数値が急上昇……これはっ!」

砲雷長の**神宮寺3佐**が、コンソールを叩く手を止め、血の気を引かせた顔で艦長席を振り返った。

 

「伊豆大島東方沖で『晴風』が転移してきた際に観測された、次元磁気嵐のデータと完全に一致します!!」

 

その報告に、艦橋の空気が一気に氷点下まで凍りついた。

 

「……ついに開いたか。異世界からの『扉』が」

艦長の**堂島1佐**は、艦長席からゆっくりと立ち上がり、嵐の中心を鋭い眼光で睨み据えた。

 

「各艦に伝達! 艦隊の速力を10ノットに落とし、警戒陣形(ダイヤモンド・フォーメーション)へ移行! 『はぐろ』を頂点とし、未知の飛来物に備えよ!」

 

堂島の一喝で、艦橋の乗員たちが一斉に動き出す。

 

「『あけぼの』『あさひ』『さわぎり』へ伝達! 速力10、警戒陣形へ移行! 繰り返す、速力10――!」

「対空レーダー、最大出力! データリンク網、戦術共有モードへ移行! 雲の中から飛び出してくるあらゆる物体を捕捉しろ!」

 

無線の向こう側で、随伴する三隻の護衛艦が一斉に面舵を切り、白波を立てながら『はぐろ』を守るような緊密な陣形へと再編成されていく。各艦のVLS(垂直発射装置)のハッチがロックを解除され、迎撃用ミサイルがいつでも火を噴ける状態へと移行した。

 

『こちら「あさひ」。電波妨害(ジャミング)を受けています! 該当海域からの強烈な磁気ノイズにより、レーダーの探知距離が低下!』

『「さわぎり」報告。ソナーにも強烈な環境ノイズ。海中からの探知も困難です!』

 

「イージス艦のSPYレーダーですら、あの嵐の内部を透過できません! 空間そのものが歪曲し、電波を反射・吸収しています!」

神宮寺3佐が、ノイズで乱れるスクリーンを睨みつけながらギリッと歯を食いしばる。

 

現代の海戦において、「目が見えない」ことは致命的だ。

しかし、堂島1佐は一切の焦りを見せず、冷静に次の指示を下した。

 

「慌てるな。我々には最新鋭のシステムがある。嵐の縁(エッジ)を越えて我々の空間に出現した瞬間、確実にロックオンできるよう、システムをスタンバイしておけ」

 

堂島は深く息を吸い込み、全艦に向けて重々しく告げた。

 

「……第5水上戦隊、総員戦闘配置(そういんせんとうはいち)」

 

『ウゥゥゥゥゥゥゥン……!!』

 

海上自衛隊の艦艇に、戦いへの突入を告げる重低音の警報(ラッパ)が鳴り響く。

乗員たちが一斉に防閃マスクとヘルメットを被り、実戦さながらの極限の緊張状態へと突入した。

 

距離45海里。

現代の対艦ミサイルならば、数分で到達する距離。

紫色の雷を伴うドス黒い次元の渦は、海水を巻き上げながら不気味に回転を続けている。

 

「……来ます!」

神宮寺3佐が叫んだ。

「嵐の中心から、巨大な質量反応! ……一つじゃない、二つです!!」

 

「艦影を識別しろ! 民間船か、それとも軍艦か!」

堂島1佐が鋭く命じる。

 

凄まじい落雷と共に出現した巨大な次元の渦が、まるで自らの役目を終えたかのように、急速に萎縮し、霧散していく。

空間を覆っていた強烈な電波ノイズが晴れ、『はぐろ』の最新鋭SPY-1レーダーが再びクリアな視界を取り戻した。

 

「目標、実体化しました! レーダーおよび光学カメラに映像入ります!」

神宮寺3佐が、コンソールのモニターに高倍率の映像を転送する。

 

艦橋のメインスクリーンに映し出されたその姿に、第5水上戦隊の幹部たちは一斉に息を呑んだ。

 

「……三胴船(トリマラン)……? なぜ、アメリカ海軍の『インディペンデンス級沿海域戦闘艦(LCS)』がこんなところに!?」

秋月2佐が、信じられないというように声を上げる。

 

スクリーンに映っていたのは、間違いなく現代のアメリカ海軍が運用しているインディペンデンス級と酷似した、巨大で特徴的な三つの船体を持つステルス艦であった。

しかし、その「カラーリング」は、軍艦の常識を根底から覆すものだった。

 

「いや、米軍の艦じゃありません! 見てください、あの塗装を……!」

佐野3佐が画面をズームアップする。

 

一隻は、太陽の光を反射する眩しいほどの「純白」の艦体に、鮮やかな「赤の斜線」。

そしてもう一隻は、海と同化するような不気味なほどの「漆黒」の艦体に、「黒の斜線」。

 

「白い艦体にはブルーマーメイドのシンボルマーク……。黒い艦体にも、色違いですが同じ意匠のマークが確認できます!」

神宮寺3佐が、映像を解析しながら報告する。

 

「……総理の会見で公表された、海の治安を守る実力組織……『ブルーマーメイド』の主力艦艇というわけか」

 

堂島1佐は、双眼鏡越しにその異様な二隻の艦影をジッと見据えた。

90年前の旧式駆逐艦が来たと思えば、今度は現代の米軍沿海域戦闘艦に酷似した船が現れた。歴史の分岐とは、これほどまでに予測不能なものなのか。

 

「艦長! 目標の二隻、急速に減速しています! ウォータージェットの出力を低下……目標、その場に停船しました!」

佐野3佐の報告通り、猛烈なスピードで嵐から飛び出してきた白と黒の二隻の艦は、まるで眼前に広がる「未知の艦隊(第5水上戦隊)」に警戒するかのように、ピタリと動きを止めた。

 

距離およそ40海里(約74キロ)。

両者は、春の波の上で互いに向き合う形で、完全に睨み合いの状態となった。

 

「相手も、こちらの存在に気づいて足を止めたようですね」

秋月2佐が、緊張した面持ちで堂島を見る。

「どうしますか、艦長。相手がブルーマーメイドの艦であれば、あの『晴風』の同胞。……救助、あるいは保護の対象です。しかし、相手の武装や意図がまったく分かりません」

 

堂島1佐は、顎に手を当てて数秒の沈黙の後、静かに、しかし絶対的な威厳を持って命じた。

 

「……艦隊、前進。距離を32海里(約59キロ)まで詰めろ。その後、全艦停止し、その場で待機」

 

「距離32海里まで接近……了解しました! 『あけぼの』『あさひ』『さわぎり』各艦へ! 本艦に追従し、目標との距離32海里にて全艦停止・待機せよ!」

秋月副長の復唱と共に、四隻の護衛艦のエンジンが重々しく唸りを上げる。

 

「艦長。32海里という距離は……」

神宮寺3佐が、レーダーの測距円を確認しながら小声で尋ねた。

 

「ああ。相手の艦に積まれている単装砲(57ミリ砲程度)では絶対に届かないが、こちらの対艦ミサイル(SSM-1B・SSM-2)ならば、いつでも確実に致命傷を与えられる『必殺の間合い』だ」

 

堂島1佐の目は、決して相手を侮ってはいなかった。

相手は、民間船のふりをした軍艦かもしれない。あるいは、総理が危惧していた『未知のウイルス』に感染し、すでに正気を失っている状態かもしれない。

 

「我々は、闇雲に引き金は引かん。……だが、もし相手がこの距離でこちらに砲口を向け、攻撃の意志を見せたならば、その時は一切の躊躇なく殲滅する」

 

堂島は、艦長席の通信マイクを手に取った。

 

「神宮寺。国際VHF(超短波)と、あらゆるオープンチャンネルを使って、あの二隻に呼びかけろ」

 

「はっ! ……何と呼びかけますか?」

 

「『こちらは海上自衛隊。貴艦らの所属と目的を問う』……とな。相手が我々と同じ言葉(日本語)を話すならば、必ず反応があるはずだ」

 

四隻の灰色の護衛艦が、圧倒的な威圧感を放ちながら、ジリジリと距離を詰めていく。

32海里(約59キロ)――水平線の彼方、互いのマストが肉眼で辛うじて見えるか見えないかという、現代海戦における「超至近距離」。

 

2026年の日本を守る誇り高き「海上自衛隊」と、もう一つの世界で海の安全を守る「ブルーマーメイド」。

絶対に相容れないはずの二つの武力が、今、張り詰めた糸のような緊張感の中で、初めて直接対峙したのだった。

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