ハイスクール・フリート Cross World War 作:冬吉
**2026年5月1日 午前9時35分**
**海上自衛隊 第2水上戦群 第5水上戦隊 旗艦『はぐろ』艦橋**
距離11海里。互いの巨体が水平線上にハッキリと視認できる、現代海戦においては「至近距離」と呼ぶべき間合いで、四隻の灰色の護衛艦はピタリと足を止めていた。
艦橋内の空気は、針が落ちても聞こえるほどの静寂に包まれている。
「目標、依然として停船を継続。VLS(垂直発射装置)のハッチが開いたままですが、火器管制レーダーの照射(ロックオン)は確認されません。……相手も、こちらの出方を伺っているようです」
砲雷長の**神宮寺3佐**が、ディスプレイのデータを見つめたまま報告する。その指先は、いつでも迎撃ミサイルを放てるよう、コンソールのトリガーガードのすぐ横で待機していた。
「よし。現状の距離と警戒態勢を維持しろ。刺激はするな、だが隙も見せるな」
艦長席に座る**堂島1佐**は、双眼鏡を首から下げ、冷静な声で命じた。相手に「撃たせない」ための心理的な檻はすでに完成している。あとは、この「対話なき膠着状態」をどう動かすかだ。
堂島は、傍らに控える副長の**秋月2佐**に鋭い視線を向けた。
「秋月副長。直ちに横須賀(地方総監部)に暗号回線で連絡を入れろ。伊豆大島に続き、八丈島東方沖にて『第二の不明艦艇』が出現したとな。……それと、厚木にも連絡だ。第4航空群のP-1を2機、ここの上空に回すよう要請してくれ。空中からの監視と、必要であれば広域電波妨害(ジャミング)のバックアップが欲しい」
「了解しました。直ちに!」
秋月副長が通信士に命じ、護衛艦の強力な衛星通信アンテナが即座に本土へと向けられた。
***
**同時刻**
**海上自衛隊 横須賀基地・地方総監部**
「――何だと!? 八丈島にも現れたのか!」
『はぐろ』からの緊急速報を受け、内閣官房特命チームの**刈谷室長**は、モニターに映し出された三胴船の航空写真を見て驚愕の声を上げた。
隣にいた特異事象研究者の**秋波**も、飲みかけのボトル缶コーヒーを机に置き、不敵な笑みを深める。
「……白と赤の『みくら』に、真っ黒な『べんてん』ね。ブルーマーメイドの最新鋭艦(インディペンデンス級)まで出てきたのね。……物語が、一気に加速し始めたってわけだわ」
「秋波さん! 感心している場合ではありません! もし自衛隊とあちらの主力艦が衝突すれば、昨日総理が発表した『保護宣言』がすべて台無しになります!」
「分かってるわよ、刈谷室長。……おい、晴風の子達を呼び掛けて。あの子たちの『同胞』が来た。……自衛隊のミサイルが空を飛ぶ前に、あの子たちの声で仲間を止めさせるんのよ」
***
**午前9時55分**
**海上自衛隊 厚木航空基地**
『クリアランス、フライトレベル200。八丈島東方沖の第5水戦空域へ急行せよ。……これは訓練ではない。繰り返す、訓練ではない』
厚木基地の滑走路に、海上自衛隊の最新鋭哨戒機**P-1**が2機、猛烈なジェットエンジンの咆哮を上げて滑り出した。
その翼には、高性能な赤外線カメラだけでなく、磁気異常を感知するMAD(磁気探知機)や、多数のソノブイが搭載されている。
「厚木より『はぐろ』へ、P-1二機、これより発進する。……現場到着まで15分。上空からの『目』は我々に任せろ」
P-1のパイロットの声が、暗号通信を通じて『はぐろ』の堂島1佐の元へ届く。
***
**午前10時15分**
**改インディペンデンス級沿海域戦闘艦『べんてん』艦橋**
「……宗谷艦長、上空に新たな反応! 高度不明、複数の高速移動物体がこちらに接近中!」
「なんだと!? まだ増援が来るのか!!」
漆黒の艦橋で、**宗谷真冬**は焦燥に駆られて黒いマントを激しく翻した。
正面には、微動だにせず海上に立ち塞がる四隻の灰色の要塞。そして上空からは、未知の航空機の影。
彼女たちの世界には存在しない「空からの脅威」が、刻一刻と彼女たちの頭上に迫っていた。
「……クソッ! 完全に袋の鼠じゃないか! ましろを見つける前に、私たちが沈められるっていうのか……!」
真冬は、握りしめた操舵輪の手を震わせた。
11海里の距離で、自衛隊の圧倒的な「静かなる威圧」に曝され続けるブルーマーメイドの精鋭たち。
引き金にかけた指の力が、恐怖と使命感の狭間で限界まで強まっていく。
2026年の日本が誇る「海上自衛隊」の組織力と、もう一つの世界の「ブルーマーメイド」の執念。
二つの正義が、今、最悪の衝突へと秒読みを開始していた。