ハイスクール・フリート Cross World War   作:冬吉

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第72話 カルチャーショック

**2026年5月1日 午前10時20分**

**海上自衛隊 横須賀基地・隊員宿舎 談話室**

 

八丈島東方沖で、2026年の海上自衛隊と異世界のブルーマーメイドが、互いの喉元に刃を突きつけ合う極限の睨み合いを展開していた、まさにその頃。

 

横須賀基地の安全な隊員宿舎では、晴風の少女たちによる「異文化交流(カルチャーショック)」の嵐が吹き荒れていた。

 

「……信じられない。これが、この世界の日本地図……?」

 

副長の**ましろ(シロ)**は、水瀬1曹から借りたタブレット端末の画面――『地図マップ』の航空写真表示を前に、完全に言葉を失っていた。

 

彼女たちの世界では、100年前のメタンハイドレート採掘の影響で海面が大きく上昇し、日本の国土の大半が海に沈んでいる。そのため、海上都市や巨大なフロートが国土の代わりとなっていた。

しかし、画面に映し出されている2026年の日本は、広大な平野を持ち、緑豊かな山々が連なり、海岸線はましろの知るものよりも遥かに外側に広がっていたのだ。

 

「海が……少ない。私たちが船で通っていたはずの場所の上に、こんなにたくさんの街や、山があるなんて」

 

ましろは、画面をスワイプしながら、不思議そうに、そして少しだけ寂しそうに目を伏せた。

国土が沈んでいないということは、この世界には「ブルーマーメイド」のような、海上の治安を守る巨大な女性部隊が発展する歴史的土壌がなかったということだ。

 

(私たちは、本当に遠いところへ来てしまったんだな……)

 

ましろは、そっと目を閉じ、元の世界に残してきた家族の顔を思い浮かべた。

厳格な母。常に冷静沈着な長女の真霜。

そして――考えるより先に体が動く、超武闘派の次女。

 

(お母さん……真霜姉さん……。そして、**真冬姉さん**……。みんな、今頃どうしているだろう。私が急にいなくなって、心配しているだろうか)

 

特に、次女の真冬の顔を思い浮かべ、ましろは思わず苦笑いをこぼした。

 

(真冬姉さんのことだ。きっと『ましろを連れ去った犯人はどこだ!』って、真っ黒な艦(べんてん)を振り回して、無茶苦茶な捜索をしているに違いない……。誰か、真冬姉さんを止めてくれる人がいればいいけれど)

 

ましろが、次元の彼方で暴走しているであろう姉の姿を的確に予想し、少しだけ頭を痛めていたその時だった。

 

「シロちゃんシロちゃん!! ちょっとこれ見て!!」

 

艦長の**明乃(ミケ)**が、目をキラキラと輝かせながら、自分のタブレットを持ってましろの隣にダイブしてきた。足元では**五十六**が「ぬぅ」と迷惑そうに鳴き、**多聞丸**がミケの背中に飛び乗る。

 

「ど、どうしたんだ。何か軍事的な情報でも見つけたのか?」

「ううん! この世界にはね、**『猫カフェ』**っていう、最高に天国みたいな場所があるんだって!!」

 

明乃が見せてきた画面には、お洒落な室内で数十匹の猫が気ままにくつろぎ、人間がお茶を飲みながらそれを撫でている動画が再生されていた。

 

「にゃ、にゃんと……! お金を払って猫と遊ぶだけの施設だと……!? この世界の人間は、どれだけ猫に飢えているんだ……!」

ましろが、別の意味で衝撃を受けて目を見開く。

 

「しかもね! **『オンラインフードデリバリーサービス』**っていう魔法みたいなシステムがあって、スマホでピッて押すだけで、どんなに遠くの美味しいご飯でも、自転車に乗ったお兄さんが家まで届けてくれるんだよ! 私たちの世界の配給船よりずっと早いよ!」

「自転車で!? 海の上じゃないから、陸を走って届けるのか! それは……たしかに魔法かもしれないな」

 

二人が現代のサービス業に驚愕していると、部屋の反対側からも大きな叫び声が上がった。

 

「てやんでえ!! なんだこの乗り物はァァァッ!!」

 

機関長の**麻論(マロン)**が、動画サイトを見ながら頭を抱えていた。幼馴染の**クロちゃん(黒木洋美)**が、苦笑しながらその背中を撫でている。

 

「麻論、どうしたの?」

「艦長、副長! この世界の日本の技術、ヤバすぎるぜ! 見ろよこの『リニア中央新幹線』ってやつを!」

 

麻論が興奮気味に指差した画面では、流線型のスマートな車両が、レールもない空間を浮上したまま、矢のようなスピードで駆け抜けていた。

 

「時速500キロだぞ!? 500キロ! 海の上ならともかく、陸の上をこんなスピードで、しかも『磁石の力で浮いて』走るなんて! この世界の機関員は一体どうやってエンジンの圧力管理をしてるんだ!?」

「ええっと……麻論。この記事によると、これは電気と超電導マグネットで動いてるから、そもそもボイラーも蒸気タービンも積んでないみたいよ……?」

クロちゃんが、解説文を読み上げながら首を傾げる。

 

「タービンがない……? じゃあ、何を磨けばいいんだ!? 許せねえ! そんなの機関員のロマンが足りねえぜ!」

技術の進歩に感動するどころか、ボイラー員としての存在意義を揺るがされて謎の怒りを燃やす麻論。

 

「……フッ。機械の進化など、この世界の『真の闇』に比べれば些末なこと。……見よ、この『インターネット』と呼ばれる広大な情報海流を!」

 

記録員の**ココ(納沙幸子)**が、暗い部屋の隅で、ブルーライトに顔を青白く照らされながら不敵に笑っていた。

「この世界には**『バーチャルユーチューバー』**なる、電子の海に生きる美少女たちが存在し、毎夜数万人もの民衆を熱狂させている……! さらには『SNS』という、誰もが己の思想を全世界に発信できる恐るべき魔術具まで! ……ああ、私の『一人芝居』など、この膨大なエンターテインメントの前では塵に等しい……!」

「ココちゃん、完全にこの世界のサブカルチャーに呑まれちゃってるね……」

航海長の**リン(知床鈴)**が、ドン引きしながらお茶をすする。

 

「ミーナちゃんは、何か面白いもの見つけた?」

明乃が、静かにタブレットを操作しているドイツからの留学生、**ミーナ**に声をかけた。

 

「うむ。わしは、この世界のヨーロッパについて調べておったんじゃが……驚いたぞ。この世界にも、ドイツもフランスもイタリアも、**『EU(欧州連合)』**という一つの巨大な組織で繋がっておるらしい」

「一つの組織?」

 

「ああ。国境を越えるのにパスポートもいらんし、通貨も『ユーロ』という共通のお金を使っておる。……わしらの世界のように、国同士が常に牽制し合うのではなく、経済や法律で強く結びついているんじゃ」

ミーナは、画面に映る平和なヨーロッパの街並みを見て、少しだけ眩しそうに目を細めた。

「……もちろん、問題も山積みのようじゃがな。それでも、この世界の大人たちは、二度の大戦という悲惨な歴史を乗り越えて、不器用ながらも『手を取り合う努力』を続けておる。……素晴らしいことじゃ」

 

100年の歴史の分岐がもたらした、圧倒的な文化と技術の違い。

怖い軍事兵器ばかりだと思っていた2026年の世界は、知れば知るほど、豊かで、便利で、そして奇妙な魅力に溢れていた。

 

「……なんか、安心したな」

明乃が、天井を見上げてふうっと息を吐いた。

「自衛隊の人たちはすごく厳しいし、ミサイルとか怖いものもいっぱいあるけど。……こんな風に、猫を可愛がったり、美味しいものを食べたり、面白い動画で笑ったりしてるのは、私たちの世界の人たちと何も変わらないんだね」

 

「そうだな。……私たちは、この世界でもやっていけそうだ」

ましろも、明乃の言葉に同意するように、優しく微笑んだ。

 

(真冬姉さん。……私は今、とても不思議で、でも温かい世界で、仲間たちと一緒に元気にやっています。だから、どうか心配しないで。……無茶だけは、しないください)

 

ましろが、遠い次元の彼方にいる大好きな姉に向けて、心の中で静かに語りかけた、まさにその数分後。

 

**『バンッ!!!』**

 

談話室の重い扉が、蹴り破られるような勢いで乱暴に開かれた。

 

「ひゃああっ!?」

「な、なんだ!?」

 

驚いて振り向いた少女たちの目に飛び込んできたのは、息を切らし、顔面を蒼白にさせた**水瀬1曹**と、ヨレヨレの白衣を翻した特異事象研究者の**秋波**の姿だった。

 

「晴風の皆! くつろいでいるところ悪いけど、緊急事態よ!」

秋波が、手に持っていたタブレットを明乃たちのテーブルにバンッと叩きつけた。

 

「太平洋・八丈島東方沖に、新たな次元の穴が開いた。……今まさに、海上自衛隊の第2水上戦群第5水上戦隊艦隊の目の前に、『第二の漂流艦』が出現したんだ!」

 

「えっ……! 第二の、艦……!?」

明乃が弾かれたように立ち上がる。

 

冬吉は、タブレットの画面――P-1哨戒機から送られてきた、洋上で対峙する艦隊の航空写真をましろの目の前に突きつけた。

 

「現れたのは、真っ白な艦と……**『真っ黒に塗られた』、ブルーマーメイドの最新鋭艦『インディペンデンス級』だ**」

 

「――っ!!??」

 

その画面を見た瞬間。

先ほどまで「どうか無茶はしないで」と祈っていたばかりのましろの顔から、一瞬にしてすべての血の気が引いた。

 

「ま、真っ黒な艦……それに、あのエンブレム……!! そんな、馬鹿な……!!」

 

ましろは、震える両手で口を覆い、絶望と驚愕が入り混じった悲鳴のような声を上げた。

 

「真冬……姉さん……ッ!!??」

 

平和な異文化交流の時間は、一瞬にして終わりを告げた。

2026年の海で、絶対の防衛線である「海上自衛隊」のミサイルの射程圏内に、こともあろうに宗谷家随一の「暴れ馬」が、完全に臨戦態勢で出現してしまったのだ。

 

最悪のタイミングでの、最悪の邂逅。

ましろの嫌な予感は、次元の壁を越えて、最も恐ろしい形で現実のものとなってしまったのだった。

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