ハイスクール・フリート Cross World War 作:冬吉
海上自衛隊 旗艦『はぐろ』艦橋
「――ッ!! 正面、不明艦2隻、高速飛翔体の発射を確認!!」
副長の秋月2佐の怒号が、静寂の艦橋を切り裂いた。
ついに恐れていた事態が起きた。
しかし、艦長・堂島1佐の判断に、コンマ一秒の遅れもなかった。
「狙ってきたか……! 『さわぎり』は自艦防衛! その他は迎撃!」
「対処させます! 対空戦!」
堂島の一喝に、砲雷長の神宮寺3佐が即座にFCSの迎撃プログラムを走らせる。
11海里という短距離。
ロケット推進で飛来する8発の飛翔体が、イージスシステムのレーダーに無数の脅威判定の赤いマークを点灯させる。
「攻撃始め(こうげきはじめ)!!」
堂島が叫ぶ。
「攻撃始め!!」
秋月副長が復唱し、トリガーが引かれる。
『ドゴォォォォォンッ!!』
旗艦『はぐろ』の前甲板に搭載されたMk.41 VLSから、長距離艦対空ミサイル『SM-2』が4発、すさまじい爆炎と共に垂直に空へと打ち上がる。
同時に、随伴する『あさひ』と『あけぼの』のVLSからも、発展型シースパロー短距離艦対空ミサイル『ESSM』がそれぞれ2発ずつ、計4発が放たれた。
(※『はぐろ』には最新型の『17式艦対艦誘導弾(SSM-2)』も装備されているが、今回は空中の目標を迎撃するための対空ミサイルが選択された)
海自が誇る8発の迎撃ミサイルが、放物線を描いて迫る噴進魚雷に向かってマッハの速度で突進する。
ドォォォン! ドォォォン!!
上空で強烈な閃光が連鎖し、黒煙の花が次々と咲き乱れる。
高度なレーダー誘導によって、飛来する噴進魚雷は空中で次々と木っ端微塵に粉砕されていった。
「目標、次々と撃墜……! 6、7……っ!」
秋月副長がモニターを睨みつけ、そして、血の気を引かせた。
「8発目……迎撃失敗!!」
ESSMの網の目をすり抜けた最後の一発。
それは迎撃ミサイルの破片をかすめながら、海上自衛隊の陣形の最後尾に位置するベテラン護衛艦『さわぎり』の目前で、海面へと激しく着水した。
噴進魚雷は、着水と同時にロケット部を切り離し、今度は「魚雷」として海面下を凄まじい速度で突進。
『さわぎり』も咄嗟に回避行動(面舵)を取るが、旧式の船体では完全に躱しきることはできなかった。
『ズドォォォォォォォォンッッ!!!』
鼓膜を破る轟音。巨大な水柱。
噴進魚雷は、『さわぎり』の左舷後方、喫水線付近で無慈悲に爆発した。
「――っ!!」
『はぐろ』の艦橋が、衝撃波でビリビリと震える。
「4番艦、『さわぎり』付近で爆発! 艦体に損傷あり、負傷者数不明!!」
神宮寺3佐が、悲痛な声で叫んだ。
「艦長……『さわぎり』が……ッ!」
艦橋の乗員の一人が、窓の向こうを指差して声を震わせた。
堂島と秋月が振り返ると、そこには、陣形の最後尾で左舷後方からどす黒い煙をモクモクと上げ、速度を落としていく『さわぎり』の痛ましい姿があった。
戦後80年。
海上自衛隊の艦艇が、実戦において敵の兵器による明確な「被弾」を経験した、歴史的な瞬間だった。
艦橋の空気が、一瞬にして沸点に達する。
仲間を傷つけられた怒り。そして、目の前にいる「敵」に対する強烈な報復の衝動。
護衛艦「はぐろ」砲雷科の乗員が、今度こそ相手の艦艇そのものを海の底へ沈めるための『17式艦対艦誘導弾』の発射ボタンへとかかり、神宮寺3佐が堂島に向かって「反撃の許可」を求める鋭い視線を送った。
だが――。
「……副長。『あけぼの』に無線で伝えろ。貴艦は直ちに『さわぎり』乗員の救出に向かい、負傷者の収容および消火活動に全力をあげろ。『あさひ』は我が艦と共に、『さわぎり』の盾になる陣形を取るよう伝えろ!」
堂島1佐の声は、艦橋の誰よりも低く、そして恐ろしいほどに冷静だった。
「艦長! 相手は明確な殺意を持って我々を攻撃してきました! 直ちに反撃を――」
「いいか、絶対にこちらから手出しするな!!」
堂島の雷のような一喝が、反撃を急ぐ乗員たちの身をすくませた。
「第二射もあり得る! 救助活動中の所を狙わせるな。我々が今やるべきは、報復ではなく『さわぎり』の乗員を守り抜くことだ!」
堂島は、怒りに震える神宮寺や乗員たちを力強く睨み据え、そして自衛官としての「絶対の魂」を叩きつけるように告げた。
「我々自衛隊の目的は、戦争をすることではない。日本の独立と、1億2千万の日本国民の生命を護るためだ!! 決して感情に囚われてはいかん!!」
その言葉に、ハッとした乗員たちはギリッと唇を噛み締め、発射ボタンから指を離した。
そうだ。ここで感情に任せて対艦ミサイルを撃ち込めば、相手の艦は粉微塵になり、凄惨な殺し合いが始まる。それは自衛隊が最も避けるべき「戦争の始まり」を意味していた。
『はぐろ』と『あさひ』の二隻の最新鋭護衛艦が、傷ついた『さわぎり』と救助に向かう『あけぼの』を背後に庇うように、大きく陣形を展開し、文字通り「巨大な灰色の盾」となって立ち塞がる。
その一切の反撃を行わない、しかし鉄壁の防御陣形を敷く海上自衛隊の崇高な姿を。
上空1万フィートを旋回するP-1哨戒機のクルーたちもまた、カメラ越しに息を呑んで見つめていた。
被弾という最悪の犠牲を払いながらも、なおも「専守防衛」の重い鎖を自らの意志で繋ぎ止めた第5水上戦隊。
異世界からの暴走は、2026年の人達に、最も過酷な試練を突きつけていた。