ハイスクール・フリート Cross World War 作:冬吉
**2026年5月1日 午前10時55分**
**海上自衛隊 第2水上戦群 第5水上戦隊**
**護衛艦『さわぎり』周辺海域**
黒煙が、春の青空を無残に汚していく。
左舷後方からどす黒い煙を噴き上げる護衛艦『さわぎり』のすぐ横に、むらさめ型護衛艦『あけぼの』が波を蹴立てて急行した。
「右舷、内火艇(RHIB)降下用意! 救助班、急げ!!」
『あけぼの』の甲板上で、救助指揮官の**工藤(くどう)1曹**の怒号が飛ぶ。
ダビット(揚降クレーン)が素早く稼働し、オレンジ色の救命胴衣とヘルメットを装着した救助隊員たちを乗せた複合型作業艇(内火艇)が、海面へと次々に降ろされていく。
「衛生班、医療キットと担架の準備よし!」
医療バッグを抱えた衛生員の**篠原(しのはら)2曹**(女性隊員)が、波に揺れる内火艇の中で工藤に合図を送る。
「よし、発進! 『さわぎり』のダメージコントロールを支援し、一刻も早く負傷者を収容するぞ!」
ボートの船外機が唸りを上げ、海水を蹴り飛ばしながら、黒煙を上げる手負いの老巧艦へと一直線に突進していった。
***
**護衛艦『さわぎり』艦内・左舷後方区画**
一方、被弾した『さわぎり』の艦内は、鼻をつく焦げた金属の臭いと、有毒な黒煙、そして赤い非常灯の明滅に包まれた「地獄」と化していた。
「第3応急班! 第4区画の隔壁を閉鎖しろ! 境界冷却を急げ、これ以上の延焼(火災の拡大)を絶対に食い止めろ!!」
黒煙が立ち込める通路で、酸素マスクを装着した応急長(ダメージコントロール責任者)の**星野(ほしの)3佐**(女性幹部)が、声を枯らして指示を飛ばしていた。
彼女の作業服はすでに煤で真っ黒になり、額からは汗が滝のように流れ落ちている。
『さわぎり』は、あさぎり型という艦齢の古い艦だ。最新鋭のステルス艦のような強靭な抗堪性(ダメージへの耐性)はない。噴進魚雷の爆発の衝撃で左舷の装甲がひしゃげ、艦内の一部で火災と浸水が発生していた。
「星野応急長! 消火ポンプの圧が上がりません! メイン配管がやられています!」
隊員の一人が、消火ホースを抱えながら叫ぶ。
「予備のポータブルポンプを回せ! 意地でも火を消せ、艦(ふね)を沈めるな!!」
星野は自らも消火器を掴み、炎が舐める隔壁へと向かっていった。
そのすぐ後方の安全区画(食堂跡)は、即席の野戦病院と化していた。
「しっかりしろ! 吉川、意識を保て!!」
衛生長の**中田(なかた)1曹**が、床に寝かされた女性隊員の止血を必死に行っていた。
「……うぅっ……中田、1曹……」
頭部から血を流し、爆発の衝撃で足を骨折した**吉川(よしかわ)士長**が、苦痛に顔を歪めながらうわ言のように呟く。
「艦は……『さわぎり』は、大丈夫ですか……。敵は……」
「艦ならピンピンしてる! 敵のことも気にするな、堂島司令が俺たちを守ってくれている!」
中田は、手が震えるのを必死に抑え込みながら、吉川の傷口を強く圧迫した。
実戦の被弾。昨日まで笑い合っていた部下が、血まみれになって倒れている現実。自衛官として覚悟していたとはいえ、その光景は中田の心を激しく揺さぶっていた。
「艦長! 負傷者3名、うち1名重傷! 一刻も早い後送(メデバック)が必要です!」
中田が、艦内通信機に向かって叫ぶ。
『こちら艦長。よく持ち堪えてくれた。……今、「あけぼの」からの救助隊が到着した』
艦長の**辰巳(たつみ)2佐**の、重く、しかし力強い声がスピーカーから響いた。
辰巳艦長は、被弾の衝撃で額を切り、血を流しながらも、艦橋の指揮席から一歩も動かずに艦の制御を維持し続けていた。
『「はぐろ」と「あさひ」が、我々の前に完全な盾として展開している。……いいか総員、我々は絶対に沈まん。この海で、誰一人欠けることなく横須賀に帰るぞ!』
艦長の言葉に、煤だらけの隊員たちの目に再び闘志の火が灯る。
その直後、後部甲板のハッチが外から勢いよく開け放たれた。
「『あけぼの』救助班、到着しました! 負傷者はどこですか!!」
太陽の光と共に、工藤1曹や篠原2曹をはじめとする『あけぼの』の隊員たちが、大量の医療キットや消火機材を抱えて飛び込んできた。
「こっちだ! 重傷者がいる!」
中田1曹が叫ぶ。
「すぐ診ます! バイタル低下、輸液ルート確保します!」
篠原2曹が即座に吉川士長の横に膝をつき、淀みない動作で応急処置を引き継ぐ。工藤1曹たちも、担架を広げて負傷者たちの搬送準備に掛かった。
「消火支援班も来たぞ! 星野応急長、ここは俺たちが引き継ぎます!」
『あけぼの』のダメージコントロールチームが、新たな消火ホースを引っ張って火災区画へと突入していく。
「助かる……! 隔壁の冷却を頼む!」
星野3佐が、煤けた顔で深く頷いた。
自衛隊という組織の真骨頂。
それは、敵を破壊する力だけではない。いかなる絶望的な状況下であっても、決してパニックに陥らず、組織的かつ献身的に「命を救い、艦を生かす」ためのダメージコントロール能力にある。
怒りも、恐怖も、すべてを胸の奥に封じ込め。
2026年の人達は、前方に立ちはだかる「発砲してきた敵」に背を向け、ひたすらに仲間を救うための戦いを繰り広げていた。
黒煙の向こう側で静かに立ち塞がる『はぐろ』と『あさひ』の威容が、彼らの背中を力強く守り抜いていた。
海上自衛隊 第2水上戦群 第5水上戦隊
あさひ型護衛艦『あさひ(DD-119)』艦橋
旗艦『はぐろ』と共に、被弾し黒煙を上げる『さわぎり』と救助に当たる『あけぼの』の前に立ち塞がり、巨大な「灰色の盾」を形成している汎用護衛艦『あさひ』。
その艦橋は、いつでも反撃可能な第一種警戒態勢を維持したまま、張り詰めた極限の緊張感に包まれていた。正面の海域では、依然として白と黒の異世界の三胴船が沈黙を保っている。先ほどの凶行がパニックによる暴発であったとしても、相手のVLS(垂直発射装置)のハッチが開いている以上、いつ第二射が飛んできてもおかしくない状況だ。
「対空レーダー、引き続きクリア。目標二隻に新たな射撃の兆候はありません」
レーダーコンソールに張り付く水測員・宮本(みやもと)2曹(女性隊員)が、画面から目を離さずに報告する。その声は冷静さを保っていたが、コンソールを操作する指先は白くなるほど力が入っていた。
「……『さわぎり』の火災、左舷後部からヘリ格納庫付近へ延焼中。被弾による浸水は食い止めているようですが、消火活動は難航しています!」
光学カメラの映像を注視していた副長の高倉(たかくら)3佐(女性幹部)が、険しい表情で艦長席を振り返った。高倉は、海上自衛隊の女性幹部の中でもトップクラスの戦術眼を持つと評される、切れ者の副長である。
「『あけぼの』の内火艇が到着し、移乗を開始していますが……艦長。このままでは救助が間に合わない可能性があります」
艦長席で腕を組んでいた『あさひ』艦長・白石(しらいし)2佐は、鋭い視線を高倉に向けた。
「被害の規模が想定以上だと?」
「はい。旧式の『さわぎり』の抗堪性では、あの未知の飛翔体の直撃ダメージを吸収しきれていません。有毒ガスの発生も確認されています」
高倉は、手元のタブレットに送られてくるリアルタイムの被害状況(ダメージコントロール・レポート)を素早くスワイプした。
「火災現場は後部甲板に近く、『あけぼの』の小型ボートでは、重傷者を海面まで降ろして搬送するのに致命的なタイムロスが生じます。さらに、重度の熱傷やクラッシュ・シンドローム(挫滅症候群)の患者が出た場合、『あけぼの』の医務室設備だけでは対応しきれません」
高倉は一歩前へ踏み出し、艦長の目を真っ直ぐに見据えて進言した。
「本艦に搭載されている哨戒ヘリコプター『SH-60L』を直ちに発艦させるべきです。上空から特殊消火剤の投下支援を行い、同時にホイスト(吊り上げ装置)で重傷者をピックアップ。機内で高度な救命処置を行いながら、医療設備が最も充実している旗艦『はぐろ』へ直接空輸(メデバック)します。これが、生存率を最大化する唯一の手段です」
白石艦長は、数秒間、深い沈黙に落ちた。
戦術的に見れば、高倉副長の提案は最も合理的であり、人命救助の最善手だ。しかし、ここは「戦場」になりかけている海域である。
「……相手の射程圏内で航空機(ヘリ)を上げるのは、リスクが大きすぎる。離着艦の瞬間、本艦の機動は大きく制限される。もしその瞬間にミサイルを撃たれれば、ヘリもろとも本艦が沈むことになるぞ」
白石艦長が、あえて最も厳しいリスクを口にする。
「分かっています」
高倉副長は、一切怯むことなく頷いた。
「ですが、我々の背後で血を流している仲間を見捨てることはできません。敵の攻撃の兆候があれば、本艦のESSM(発展型シースパロー)と主砲で、ヘリに指一本触れさせる前に叩き落とします。……盾の役目は果たしてみせます。どうか、決断を」
白石艦長は、その覚悟に満ちた副長の顔を見つめ、ふっと口元を緩めた。
彼もまた、自衛官としての魂の根底に「救難」の二文字を刻み込んでいる海の男だった。
「……『はぐろ』堂島艦長より入電。本艦のヘリ運用を許可する、とのことだ。堂島艦長も同じことを考えておられたようだな」
白石艦長が通信機から顔を上げる。
「高倉副長。ただちに飛行長へ通達! 飛行用意(ひこうようい)! 『さわぎり』の救助支援に向かえ!」
「了解! 飛行用意!!」
高倉の声が艦橋に響き渡り、即座に号令が艦内に放送された。
護衛艦『あさひ』後部格納庫・飛行甲板
『飛行用意、飛行用意! SH-60L、直ちに発艦し「さわぎり」の救助支援に当たれ!』
艦内放送が鳴り響く中、航空燃料(ジェット燃料)の匂いが立ち込める後部格納庫では、すでに準備を終えていた航空科の隊員たちが猛烈なスピードで動き出していた。
「機関始動(エンジン・スタート)! ローター展開!」
機長席(右席)に座るパイロットの黒田(くろだ)1尉が、オーバーヘッドコンソールのスイッチを次々と弾きながら叫んだ。
最新鋭の哨戒ヘリコプター『SH-60L』。従来のK型からエンジン出力とホバリング性能が大幅に向上し、対潜水艦戦闘だけでなく、悪天候下での救難任務(SAR)においても圧倒的な性能を誇る機体である。
後部キャビンのスライドドアが勢いよく開き、オレンジ色の救難服に身を包んだ機上救助員(レスキュースイマー)兼・衛生員の川井(かわい)2曹(女性隊員)が、ホイストのウインチと医療用ストレッチャーの最終確認を行っていた。
「担架よし、AEDおよび気管挿管キットよし! 輸液、準備完了しています!」
インカム越しに川井2曹の凛とした声が響く。彼女は小柄だが、荒れ狂う海に自ら飛び込んで要救助者を抱え上げる、強靭な体力と精神力を持った海のスペシャリストだ。
「よし、川井。相手は炎上中の『さわぎり』だ。煙で視界は最悪、甲板も熱で焼け焦げてる。ホイスト降下の際は気をつけてくれよ」
黒田1尉が、メインローターの回転数を上げながら操縦桿を握り直す。
「問題ありません、機長。自衛隊のヘリクルーを舐めないでください。火の中だろうが水の中だろうが、必ず仲間を引っ張り上げます」
川井2曹が、防風バイザーを下ろしながら不敵に笑った。
『ブリッジよりシーステークワン(SH-60Lのコールサイン)。発艦クリア。本艦と「はぐろ」が対空防御を提供する。背中は任せて、救助に専念しろ』
ヘッドセットから、高倉副長の力強い声が届く。
「シーステークワン、了解。これよりテイクオフ。……さあ、命を拾いに行くぞ!」
『キュイィィィィィン……バタバタバタバタッ!!』
凄まじいダウンウォッシュ(吹き下ろしの風)を甲板に叩きつけながら、灰色のSH-60Lが『あさひ』の飛行甲板からふわりと浮き上がった。
着艦拘束装置(ベアトラップ)のロックが外れた瞬間、黒田1尉は操縦桿を前に倒し、機体を大きく左へバンクさせる。
ヘリコプターは、敵艦の真正面に身を晒す危険な空域を避け、大きく回り込むようにして黒煙を上げる『さわぎり』の上空へと急接近していく。
前方の海域では、未知の軍艦二隻が依然として不気味な沈黙を続けている。
しかし、2026年の自衛隊員たちに迷いはなかった。彼らは「復讐」の引き金ではなく、「救出」のロープを降ろすために、自らの命を懸けて危険地帯へと飛び込んでいったのだ。