ハイスクール・フリート Cross World War 作:冬吉
**2026年5月1日 午前10時40分**
**改インディペンデンス級沿海域戦闘艦『みくら』・『べんてん』艦橋**
「対衝撃姿勢(たいしょうげきしせい)ッ!! 総員、伏せろォォッ!!」
漆黒の『べんてん』の艦橋で、**宗谷真冬**の悲鳴のような絶叫が響き渡った。
白の『みくら』でも、**福内艦長**が「衝撃に備えなさい!!」と叫び、乗員全員が頭を抱えて床に伏せた。
自分たちの艦から放たれた8発の噴進魚雷。
それが引き金となり、正面の巨大な灰色の艦隊から、恐るべき速度で天を衝く「光の矢(迎撃ミサイル)」が放たれるのを、彼女たちは確かにこの目で見た。
噴進魚雷が空中で次々と粉砕される圧倒的な防空能力。そして、一発が敵艦(さわぎり)に命中し、黒煙が上がる光景。
(……来る! 報復の嵐が来る!!)
真冬は床に伏せ、目を固く閉じた。
相手は、こちらの噴進魚雷など到底及ばない距離から、あの未知の飛翔体を正確に撃ち落とす技術を持っているのだ。本気で反撃してくれば、この『べんてん』も『みくら』も、数秒後には鉄屑となって海の底へ沈む。
パニックによる誤射とはいえ、先に手を出したのは自分たちだ。殺されても文句は言えない。
1秒、2秒、3秒……。
永遠とも思えるような、死を待つ時間が流れる。
しかし。
――1分が経過しても、2分が経過しても。
彼女たちの艦を叩き潰すはずの「反撃(ミサイル)」は、一向に飛んではこなかった。
「……え……?」
真冬が、恐る恐る顔を上げる。
爆発音も、着弾の衝撃もない。ただ、波の音と、自分たちの心臓の鼓動だけがやけに大きく響いている。
「……反撃が、来ない……?」
『みくら』の艦橋でも、**寒川**や**志度**が、信じられないというようにゆっくりと立ち上がった。
**平賀**が、震える手で双眼鏡を構え、防弾ガラス越しに前方の海域を覗き込む。
「……あれは……」
平賀の口から、呆然とした声が漏れた。
それに釣られるように、福内も、そして通信越しに真冬も、前方の光景を凝視した。
そこに広がっていたのは、彼女たちが予想していた「怒りに任せて全砲門を開く敵艦隊」の姿ではなかった。
被弾し、左舷後方から黒煙を上げる一隻の灰色の艦(さわぎり)。
そのすぐ横に、もう一隻の灰色の艦(あけぼの)がピタリと寄り添い、甲板から小さなボート(内火艇)を次々と海面へ降ろしているのが見えた。オレンジ色の服を着た隊員たちが、燃え盛る艦へと必死に乗り込んでいく。
「……救助活動、をしているの……?」
福内が、信じられないものを見るように目を丸くした。
そして、残る二隻(はぐろ・あさひ)の動きは、さらに彼女たちの常識を打ち砕いた。
その二隻は、砲口をこちらに向けたまま、傷ついた仲間と救助隊を「背中」に庇うように、横に広く展開して巨大な『防波堤』を形成していたのだ。
『はぐろ』と『あさひ』は、いつでも『みくら』と『べんてん』を沈められるだけのロックオンを維持している。にもかかわらず、彼らは「絶対に自分からは撃たない」という鋼鉄の意志をもって、ひたすらに仲間の命を守るための盾となっていた。
「……嘘、だろ」
真冬は、愕然として膝から崩れ落ちそうになった。
その時である。
盾となっている一隻(あさひ)の後部甲板から、突然、強烈な風と共に「巨大な鉄の塊」がふわりと空中に浮き上がった。
「ひっ……!? な、何あれ! 鉄の塊が、空を飛んでる……!」
『みくら』の操舵員が悲鳴を上げる。
プロペラを頭上に戴いたその未知の飛行物体(SH-60L哨戒ヘリコプター)は、こちらに攻撃を仕掛けてくるどころか、迷うことなく黒煙を上げる『さわぎり』の真上へと飛んでいき、そこからホバリング(空中停止)して、煙の中へ救助用のロープをスルスルと降ろし始めたのだ。
「……空を飛ぶ機械まで使って……自分たちの仲間を、助けようとしている……」
寒川が、唇を震わせた。
敵の攻撃を受け、艦が炎上し、負傷者が出ている。
そんな極限の状況下で、彼らは「相手への報復」よりも「自分たちの仲間の命」を最優先に行動しているのだ。
一切のパニックを起こさず、一糸乱れぬ統制で。
それに比べて、自分たちはどうだ。
相手が手を出してこない圧力に勝手に耐えきれなくなり、恐怖に駆られて「誤射」という最悪の形で引き金を引いた。
「……ああっ……! アタシ……アタシたち……なんてことを……!」
『べんてん』の射撃指揮所で、噴進魚雷の発射ボタンを押してしまった乗員が、コンソールに突っ伏してボロボロと泣き崩れた。
『みくら』の艦内でも、同調して発射してしまった乗員たちが、自分たちの犯した罪の大きさに気づき、顔を覆って泣き声を上げ始めていた。
「やめろ……やめてくれ……!」
真冬は、頭を抱えて呻いた。
あの灰色の艦隊は、最初から自分たちを殺す気などなかったのだ。
もし殺す気があったなら、距離を詰めてきた時点でとっくに攻撃されていたはずだ。彼らはただ、未知の存在である自分たちを警戒し、話し合いの糸口を探るために立ち止まっていただけだった。
それを、自分たちの方から一方的に攻撃し、あまつさえ相手を傷つけた。
「……これじゃあ、私たちが……」
福内艦長が、血の滲むような思いで唇を噛み締めた。
「私たちが取り締まってきた、見境なく無抵抗の船を襲う……『海賊』と、同じじゃない……ッ!!」
『ブルーマーメイド』。
それは、海に生きる人々の安全を守り、決して自ら戦火を広げないという、誇り高き治安維持組織の証。
その絶対の理念を、他でもない自分たち自身の手で、恐怖とパニックという最も見苦しい理由で穢してしまったのだ。
「う、うわぁぁぁぁぁぁっ……!!」
真冬は、自らの無力さと取り返しのつかない罪悪感に打ちひしがれ、漆黒のマントを握りしめたまま、艦橋の床に拳を何度も、何度も叩きつけた。
血を流す仲間を背に庇い、復讐の刃を収めてひたすらに命を救う「2026年の大人たち」。
その崇高なまでの姿は、どんな強力なミサイルよりも鋭く、異世界から来た少女たちの「誇り」と「正義」を完全に打ち砕いていた。
太平洋の海上に、ブルーマーメイドの隊員たちの痛切な後悔の嗚咽だけが、波の音に混じって虚しく響き渡っていた。