ハイスクール・フリート Cross World War   作:冬吉

76 / 88
第76話 混乱の重い後悔

**2026年5月1日 午前10時40分**

**改インディペンデンス級沿海域戦闘艦『みくら』・『べんてん』艦橋**

「対衝撃姿勢(たいしょうげきしせい)ッ!! 総員、伏せろォォッ!!」

漆黒の『べんてん』の艦橋で、**宗谷真冬**の悲鳴のような絶叫が響き渡った。

白の『みくら』でも、**福内艦長**が「衝撃に備えなさい!!」と叫び、乗員全員が頭を抱えて床に伏せた。

自分たちの艦から放たれた8発の噴進魚雷。

それが引き金となり、正面の巨大な灰色の艦隊から、恐るべき速度で天を衝く「光の矢(迎撃ミサイル)」が放たれるのを、彼女たちは確かにこの目で見た。

噴進魚雷が空中で次々と粉砕される圧倒的な防空能力。そして、一発が敵艦(さわぎり)に命中し、黒煙が上がる光景。

(……来る! 報復の嵐が来る!!)

真冬は床に伏せ、目を固く閉じた。

相手は、こちらの噴進魚雷など到底及ばない距離から、あの未知の飛翔体を正確に撃ち落とす技術を持っているのだ。本気で反撃してくれば、この『べんてん』も『みくら』も、数秒後には鉄屑となって海の底へ沈む。

パニックによる誤射とはいえ、先に手を出したのは自分たちだ。殺されても文句は言えない。

1秒、2秒、3秒……。

永遠とも思えるような、死を待つ時間が流れる。

しかし。

――1分が経過しても、2分が経過しても。

彼女たちの艦を叩き潰すはずの「反撃(ミサイル)」は、一向に飛んではこなかった。

「……え……?」

真冬が、恐る恐る顔を上げる。

爆発音も、着弾の衝撃もない。ただ、波の音と、自分たちの心臓の鼓動だけがやけに大きく響いている。

「……反撃が、来ない……?」

『みくら』の艦橋でも、**寒川**や**志度**が、信じられないというようにゆっくりと立ち上がった。

**平賀**が、震える手で双眼鏡を構え、防弾ガラス越しに前方の海域を覗き込む。

「……あれは……」

平賀の口から、呆然とした声が漏れた。

それに釣られるように、福内も、そして通信越しに真冬も、前方の光景を凝視した。

そこに広がっていたのは、彼女たちが予想していた「怒りに任せて全砲門を開く敵艦隊」の姿ではなかった。

被弾し、左舷後方から黒煙を上げる一隻の灰色の艦(さわぎり)。

そのすぐ横に、もう一隻の灰色の艦(あけぼの)がピタリと寄り添い、甲板から小さなボート(内火艇)を次々と海面へ降ろしているのが見えた。オレンジ色の服を着た隊員たちが、燃え盛る艦へと必死に乗り込んでいく。

「……救助活動、をしているの……?」

福内が、信じられないものを見るように目を丸くした。

そして、残る二隻(はぐろ・あさひ)の動きは、さらに彼女たちの常識を打ち砕いた。

その二隻は、砲口をこちらに向けたまま、傷ついた仲間と救助隊を「背中」に庇うように、横に広く展開して巨大な『防波堤』を形成していたのだ。

『はぐろ』と『あさひ』は、いつでも『みくら』と『べんてん』を沈められるだけのロックオンを維持している。にもかかわらず、彼らは「絶対に自分からは撃たない」という鋼鉄の意志をもって、ひたすらに仲間の命を守るための盾となっていた。

「……嘘、だろ」

真冬は、愕然として膝から崩れ落ちそうになった。

その時である。

盾となっている一隻(あさひ)の後部甲板から、突然、強烈な風と共に「巨大な鉄の塊」がふわりと空中に浮き上がった。

「ひっ……!? な、何あれ! 鉄の塊が、空を飛んでる……!」

『みくら』の操舵員が悲鳴を上げる。

プロペラを頭上に戴いたその未知の飛行物体(SH-60L哨戒ヘリコプター)は、こちらに攻撃を仕掛けてくるどころか、迷うことなく黒煙を上げる『さわぎり』の真上へと飛んでいき、そこからホバリング(空中停止)して、煙の中へ救助用のロープをスルスルと降ろし始めたのだ。

「……空を飛ぶ機械まで使って……自分たちの仲間を、助けようとしている……」

寒川が、唇を震わせた。

敵の攻撃を受け、艦が炎上し、負傷者が出ている。

そんな極限の状況下で、彼らは「相手への報復」よりも「自分たちの仲間の命」を最優先に行動しているのだ。

一切のパニックを起こさず、一糸乱れぬ統制で。

それに比べて、自分たちはどうだ。

相手が手を出してこない圧力に勝手に耐えきれなくなり、恐怖に駆られて「誤射」という最悪の形で引き金を引いた。

「……ああっ……! アタシ……アタシたち……なんてことを……!」

『べんてん』の射撃指揮所で、噴進魚雷の発射ボタンを押してしまった乗員が、コンソールに突っ伏してボロボロと泣き崩れた。

『みくら』の艦内でも、同調して発射してしまった乗員たちが、自分たちの犯した罪の大きさに気づき、顔を覆って泣き声を上げ始めていた。

「やめろ……やめてくれ……!」

真冬は、頭を抱えて呻いた。

あの灰色の艦隊は、最初から自分たちを殺す気などなかったのだ。

もし殺す気があったなら、距離を詰めてきた時点でとっくに攻撃されていたはずだ。彼らはただ、未知の存在である自分たちを警戒し、話し合いの糸口を探るために立ち止まっていただけだった。

それを、自分たちの方から一方的に攻撃し、あまつさえ相手を傷つけた。

「……これじゃあ、私たちが……」

福内艦長が、血の滲むような思いで唇を噛み締めた。

「私たちが取り締まってきた、見境なく無抵抗の船を襲う……『海賊』と、同じじゃない……ッ!!」

『ブルーマーメイド』。

それは、海に生きる人々の安全を守り、決して自ら戦火を広げないという、誇り高き治安維持組織の証。

その絶対の理念を、他でもない自分たち自身の手で、恐怖とパニックという最も見苦しい理由で穢してしまったのだ。

「う、うわぁぁぁぁぁぁっ……!!」

真冬は、自らの無力さと取り返しのつかない罪悪感に打ちひしがれ、漆黒のマントを握りしめたまま、艦橋の床に拳を何度も、何度も叩きつけた。

血を流す仲間を背に庇い、復讐の刃を収めてひたすらに命を救う「2026年の大人たち」。

その崇高なまでの姿は、どんな強力なミサイルよりも鋭く、異世界から来た少女たちの「誇り」と「正義」を完全に打ち砕いていた。

太平洋の海上に、ブルーマーメイドの隊員たちの痛切な後悔の嗚咽だけが、波の音に混じって虚しく響き渡っていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。