ハイスクール・フリート Cross World War 作:冬吉
**2026年5月1日 午前11時05分**
**太平洋上・八丈島方面へ急行中**
**改修航洋艦『晴風』**
ゴォォォォォォッ!!
信じられないほどの白波を蹴立て、強烈なタービンの唸りを上げながら、一隻の駆逐艦が太平洋を南へと爆走していた。
防衛装備庁の「魔改造」によって新素材コーティングを施され、出力のリミッターを完全に解除された『晴風』の速力は、現在なんと**42ノット(時速約77キロ)**。
かつての陽炎型の限界を軽々と突破し、海面を飛ぶように滑走するその姿は、まさに次元を超えた「バケモノ」だった。
「てやんでえ!! 機関出力120%! 圧力管、まだまだ耐えられるぜ! 自衛隊のおっさんたちの技術、マジで半端ねえ!!」
灼熱の機関室で、機関長の**麻論(マロン)**が汗だくになりながら歓喜の声を上げる。
しかし、艦橋の空気はそれとは対照的に、張り詰めた氷のように冷たかった。
『ピーッ! ピーッ!』
昨日、艦橋に増設されたばかりの真新しい最新鋭コンソール――自衛隊の広域データリンク網(JADGE)に接続されたモニターが、鋭い電子音を鳴らした。
「艦長! 上空のP-1哨戒機から、暗号化された戦術データリンクを受信! 現場海域のリアルタイム光学映像が入ります!」
記録員の**ココ(納沙幸子)**が、キーボードを叩きながらメインスクリーンに映像を展開する。
「映して、ココちゃん!」
艦長の**明乃(ミケ)**が、艦長席から身を乗り出した。
スクリーンに大写しになったのは、雲ひとつない青空の下で繰り広げられている、あまりにも凄惨で、そして異様な海上の光景だった。
「これ、は……」
副長の**ましろ(シロ)**が、息を呑んで絶句する。
画面の右側。
そこには、左舷後方からどす黒い煙を噴き上げ、大きく傾きかけている灰色の護衛艦(さわぎり)の姿があった。
その隣には別の護衛艦(あけぼの)が寄り添い、無数の隊員たちがボートで救助に向かっている。さらに上空からは、一機のヘリコプター(SH-60L)が煙の中に降下し、懸命な救難活動を行っていた。
そして、その傷ついた仲間たちを背後で守るように、二隻の最新鋭護衛艦(はぐろ・あさひ)が、巨大な盾となって正面に立ち塞がっている。
「自衛隊の艦が……燃えている。攻撃を、受けたの……?」
航海長の**リン(知床鈴)**が、震える声で呟いた。
「待って。自衛隊の人たち、反撃してない!」
水雷長の**メイ(西崎芽依)**が、信じられないというようにモニターを指差す。
「あれだけやられてるのに、大砲もミサイルも、一発も撃ち返してないよ! ただ仲間を庇うように盾になってるだけだ!」
自衛官たちが、自らの報復の感情を殺し、ただひたすらに命を救うための行動をとっている。
その崇高なまでの自己犠牲の姿に、晴風の少女たちは胸を激しく打たれた。
しかし、問題は「誰が自衛隊を攻撃したのか」だ。
「ココちゃん、カメラの視点を敵側……攻撃した側に回せる!?」
明乃の指示で、ココがP-1哨戒機からのカメラアングルを切り替える。
画面の左側。
自衛隊の艦隊の正面、距離およそ20キロの海上に停船している二隻の艦影がズームアップされた。
白い艦体と、漆黒の艦体。
三つの船体を持つ特徴的なフォルム。
前甲板には、発射直後の硝煙を微かに漂わせているVLS(垂直発射装置)が開いたままになっていた。
「……ッ!!!」
ましろの全身から、一瞬にして力が抜け、その場に崩れ落ちそうになった。
「シロちゃん!」
明乃が咄嗟にましろの肩を支える。
「あ、あれは……『みくら』と……そして……」
ましろは、画面に映る漆黒の艦(べんてん)を、血の気を失った顔で見つめた。
「真冬、姉さんの……艦だ……。姉さんが、自衛隊を……攻撃、した……」
言葉を紡ぐましろの唇が、ガチガチと音を立てて震えている。
誇り高きブルーマーメイドであるはずの姉が、攻撃をしてこない相手に対し、自ら先制攻撃を仕掛けた。しかも、相手は反撃すらせず、ただ傷ついた仲間を助けている。
これではまるで、自分たちが取り締まってきた「海賊」の凶行そのものではないか。
「……違う」
明乃が、ましろの背中を強く、強く抱きしめた。
「シロちゃんのお姉さんが、理由もなくそんなことするはずがないよ。きっと、何かの間違いだよ。パニックになったか……私たちがシュペーの時みたいに、RATt(ウイルス)のせいかもしれない」
「艦長……っ」
「それに、自衛隊の人たちも、今は耐えてくれてるけど……これ以上何かが起きたら、今度こそ本当にミサイルを撃っちゃう! そうなる前に、私たちが止めなきゃ!」
明乃は顔を上げ、艦橋の全員に向けて力強く叫んだ。
「みんな、聞いて! 私たちの目標は、自衛隊の艦隊と、ブルーマーメイドの艦隊の『ど真ん中』! 両方の間に割って入って、絶対に戦いを止めるよ!」
「ど、ど真ん中!? 自衛隊のミサイルと、ブルーマーメイドの噴進魚雷がいつ飛び交ってもおかしくない場所を、横切るって言うの!?」
リンが半泣きになりながら舵輪を握る。
「晴風の今の『足』なら、絶対に間に合う! そうでしょ、リンちゃん!」
「う、うわぁぁぁぁん! もう、やるしかないんだからぁぁっ!! 両舷前進、最大戦速!!」
リンが涙目でスロットルを一番奥まで叩き込む。
ドンッ! と船体が跳ね上がり、晴風はさらに一段階上の暴力的な加速を見せた。
「ココちゃん! 『はぐろ』の堂島司令と通信繋いで! 同時に、ブルーマーメイドの全周波数に向けて、晴風の識別信号(IFF)と発光信号を全開で送信!!」
「アイアイ、艦長! 晴風の存在を、両陣営のレーダーに全力で叩きつけます!」
異世界からの漂流艦『晴風』。
その小さな駆逐艦は、2026年の大人たちが用意してくれた「最強の盾(ジャミング)」と「最速の足」を武器に、血を流す自衛隊と、罪悪感に沈むブルーマーメイドを救うため、絶望の海域へと一直線に突入していく。
彼女たちの到着まで、あとわずか。
後戻りのできない破滅へのカウントダウンを止めることができるのは、二つの世界を知る「主人公たち」の叫び声だけだった。