ハイスクール・フリート Cross World War   作:冬吉

79 / 85
第79話 反撃のない罪悪感と精神的苦痛

**2026年5月1日 午前11時45分**

**太平洋・八丈島東方沖**

**改インディペンデンス級沿海域戦闘艦『みくら』・『べんてん』艦橋**

 

波の音が、やけに大きく聞こえる。

空はどこまでも青く、海は春の日差しを反射してキラキラと穏やかに輝いている。

 

しかし、その美しい自然の風景とは裏腹に、『みくら』と『べんてん』の艦内を支配しているのは、息をするのも苦しいほどの「凄まじい罪悪感」と「精神的な拷問」だった。

 

「……まだ、撃ってこない。どうして……」

 

純白の『みくら』の艦橋で、情報調査隊の**平賀**が、双眼鏡を持つ手を震わせながら、掠れた声で呟いた。

 

彼女たちが「誤射」という形で引き金を引いてから、すでに1時間が経過している。

現代の軍艦同士の戦闘において、1時間という時間は「永遠」に等しい。もし相手が反撃する意思を持っていたなら、噴進魚雷が着弾した数秒後には、彼女たちの頭上に無数のミサイルが降り注いでいたはずなのだ。

 

しかし、前方に立ち塞がる灰色の艦隊(第5水上戦隊)は、微動だにしない。

ただ砲口を向け、圧倒的なレーダーのロックオンを維持したまま、徹底した「沈黙」を貫いている。

 

防弾ガラスの向こう側――自分たちが放った魚雷によって黒煙を噴き上げている灰色の艦(さわぎり)の周辺では、オレンジ色の服を着た隊員たちが、小さなボートや空飛ぶ機械(SH-60Lヘリ)を使って、傷ついた仲間を必死に救出する姿が、残酷なほど鮮明に見え続けていた。

 

「あれだけひどい火災を起こして……負傷者だって、たくさん出ているはずなのに。それでも彼らは、私たちに砲口を向けるよりも、仲間の命を優先している……」

**寒川**が、モニターに映る救助映像から目を背けるようにして、顔を両手で覆った。

 

「私たちが……私たちが一方的に、彼らを傷つけたのよ……! 無抵抗の相手に、致命傷を負わせた……!」

**志度**も、自責の念に押し潰されそうになりながら、コンソールに突っ伏した。

 

ブルーマーメイド。

それは「海に生きるすべての人を守る」という崇高な理念の下に設立された、世界中から尊敬を集める治安維持組織だ。彼女たちは、そのエリートとしての強烈な自負と誇りを持っていた。

海賊から民間船を守り、遭難者を救助し、海上の平和を維持することこそが、彼女たちの存在意義だったはずだ。

 

だが、今の自分たちの姿はどうだ。

正体不明とはいえ、相手の威圧感に勝手に怯え、パニックを起こして引き金を引いた。そして、反撃もせずに仲間を助けようとしている人々を、その背後から攻撃したのだ。

 

(これじゃあ……これじゃあまるで、私たちが憎んできた『海賊』そのものじゃない……!)

 

**福内艦長**は、操舵席に座ったまま、ギリッと唇を噛み締め、その口から血が滲むのも構わずに震えていた。

自分たちの犯した「取り返しのつかない過ち」。

相手からの反撃(ミサイル)による物理的な破壊よりも、この「一切反撃してこないという現実」の方が、彼女たちの誇りと精神を、真綿で首を絞めるようにジワジワと、確実に破壊し続けていた。

 

---

 

**漆黒の『べんてん』艦橋**

 

「……撃てよ……ッ!」

 

**宗谷真冬**は、床に這いつくばり、前方の灰色の艦隊に向けて、涙と汗でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、掠れた声で叫んだ。

 

「なんで撃ってこないんだ……! なんで私たちを、海の底に沈めない……ッ!!」

 

真冬の悲痛な叫びが、静まり返った漆黒の艦橋に虚しく響く。

彼女の背中を覆う黒いマントは、もはや威厳の象徴ではなく、罪の重さに耐えかねて引きずられる重しのように見えた。

 

ましろを助け出すためなら、どんな敵だろうと容赦なく叩き潰す。

その覚悟で次元の嵐を乗り越えてきたはずだった。

だが、目の前の現実――血を流しながらも反撃の刃を収め、ひたすらに仲間を救う大人たちの姿は、真冬の信じていた「武力による解決」という正義を、根底から木っ端微塵に粉砕していた。

 

「私たちが……悪いんじゃないか……。私たちが先に手を出して、あいつらを傷つけたんだ……! だから、復讐しろよ! 私たちを撃てよぉぉッ!!」

 

真冬は、床を何度も叩きつけながら、子供のように声を上げて泣き叫んだ。

自分が撃ったことに対する後悔。そして、反撃すらしてくれない相手の「圧倒的な倫理的優位」に対する、絶望的な敗北感。

 

(ましろ……ごめん。姉ちゃん……ブルーマーメイドの誇り、守れなかったよ……)

 

真冬が、完全に心を折られ、絶望の暗闇に沈み込もうとした、まさにその時だった。

 

『ピーーーーーーッ!!』

 

『みくら』と『べんてん』の艦橋に、これまで聞いたことのない、極めて特殊な周波数の強烈な通信アラームが鳴り響いた。

 

「な、何!? 敵からの通信!?」

平賀が弾かれたようにコンソールに飛びつく。

 

「違います! この波形……ブルーマーメイドの暗号通信じゃありません! かといって、先ほどの(自衛隊の)オープンチャンネルでもない……! 全く新しい、未知の識別信号(IFF)が、猛烈な速度でこちらに接近してきます!!」

 

志度が、レーダーモニターを凝視しながら叫んだ。

 

「接近中!? どこからよ!」

福内が立ち上がる。

 

「方角、北北東! 灰色の艦隊(自衛隊)のさらに後方から、一隻の小型艦艇が異常な速度で突進してきます!! 速力……よ、42ノット(約77キロ)!? 航洋艦サイズで、こんなスピードあり得ません!!」

 

「42ノットだと!?」

真冬も、涙で霞む目を擦りながら、よろよろと立ち上がった。

 

そして、その未知の小型艦艇から発信されている『通信波形』を解析した平賀が、信じられないものを見たように、目を限界まで見開いて絶叫した。

 

「嘘……嘘でしょ!? この識別信号のパターン……!」

 

平賀は、震える手でメインスクリーンにその通信内容と、接近してくる艦のカメラ映像を投影した。

 

「横須賀女子海洋学校所属……航洋艦『晴風』!! ま、間違いありません! 消えたはずの『晴風』が……こちらに向かってきています!!」

 

「「「――ッ!!?」」」

 

その名前が響き渡った瞬間。

絶望と罪悪感に押し潰されかけていた真冬たちの時間が、完全に停止した。

 

そして、ノイズ混じりの通信機から、あの聞き慣れた、太陽のように明るく、そして今は必死の思いが込められた少女の声が、戦場となりかけた太平洋の空に響き渡ったのだった。

 

『――こちら、横須賀女子海洋学校所属、航洋艦「晴風」艦長、岬明乃です! お願い、撃たないで!! 自衛隊の人たちも、ブルーマーメイドのみんなも……戦っちゃダメぇぇぇッ!!!』

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。