ハイスクール・フリート Cross World War 作:冬吉
『こちら、航洋艦「晴風」艦長、岬明乃です! ……了解しました! 機関を停止して、そちらの指示に従います! 武器の安全装置もかけました! 私たち、本当に困ってるんです……どうか、お話を聞いてください!』
必死さが伝わってくる少女の叫びが国際VHFから途切れた後、護衛艦「きりしま」の艦橋には、再び重い沈黙が降りていた。
通信のトーンからして、録音や合成音声の類ではない。切羽詰まった、生身の少女の声。
それが、大砲と魚雷を満載した旧型駆逐艦から発せられているという強烈な矛盾に、歴戦の自衛官たちも戸惑いを隠せなかった。
「……本当に、停船に応じましたね」
副長の**一ノ瀬理沙**が、信じられないものを見る目で前方の海面を見つめる。
艦長の**佐伯健二郎**は表情を崩さず、静かに砲雷長へ確認を求めた。
「砲雷長。目標の動向は?」
「目標、急速に減速しています。スクリュー音低下。光学カメラにて確認、主砲および魚雷発射管は定位置(ニュートラル)のまま固定されました。火器管制レーダーの照射もありません。……先方の宣言通り、完全に停船します」
コンソールの計器を睨みつけていた砲雷長の**松下結衣**が、安堵と戸惑いの入り混じった声で報告する。
佐伯は一つ頷き、重々しく口を開いた。
「よし。これより『きりしま』は目標への立ち入り検査(臨検)を実施する。第1種戦闘配置は維持したまま、立入検査隊、出動用意。複合型ゴムボート(RHIB)を降ろせ」
「了解。立入検査隊、出動用意」
航海長の**佐藤弘樹**が直ちに復唱し、艦内へ号令をかける。
一ノ瀬が、険しい顔つきのまま佐伯に歩み寄った。
「艦長。相手の通信を聞く限り、乗組員は本当に未成年の少女たちである可能性が高いと思われます。しかし、あの艦は間違いなく実弾を積んだ『軍艦』です。万が一の事態に備え、隊員には規定通りのフル武装で向かわせますか?」
海上自衛隊の立入検査隊は、不審船や海賊への対処を想定したプロフェッショナルだ。通常であれば、防弾ベストやヘルメット、そして自動小銃や拳銃で完全武装して乗り込む。
だが、相手が「迷子になって困っている女子学生」だとしたら、それはあまりにも威圧的すぎるのではないか――一ノ瀬の懸念はそこにあった。
「ああ、規定通りフル装備で向かわせろ」
佐伯は一切の迷いなく答えた。
「相手が子供であろうと、実働状態の兵器を有している以上、決して油断はできない。我々の任務は、第一に国民と隊員の命を守ることだ」
しかし、佐伯はそこで言葉を区切り、一ノ瀬の目を真っ直ぐに見た。
「ただし、検査隊の隊長には厳命しておけ。『こちらから先に手出しはするな。相手が抵抗しない限り、絶対に銃口を向けるな』と。もし相手が本当に助けを求めている民間人――いや、学生だとしたら、我々はただ彼女たちを怯えさせるだけの存在になってしまうからな。慎重に、かつ紳士的に対応しろ」
「……了解しました」
一ノ瀬は力強く頷き、直ちに検査隊へのブリーフィングへと向かった。
***
数分後。
「きりしま」の右舷側から、黒い複合型ゴムボート(RHIB)が海面へと降ろされた。
乗っているのは、黒いタクティカルギアとヘルメットで身を固めた、海上自衛隊の立入検査隊員たちである。胸元には自動小銃(89式5.56mm小銃の折曲銃床型)を抱えているが、佐伯艦長の命令通り、銃口はしっかりと下へ向けられていた。
*ブルルルルルルッ……!*
船外機のエンジンが唸りを上げ、ゴムボートは白い飛沫を上げながら、波間に停船している「晴風」へと急接近していく。
「むらさめ」「おおなみ」の2隻が遊弋(ゆうよく)して周辺を警戒し、海中からは潜水艦「とうりゅう」がソナーで海中を睨み、上空ではP-1哨戒機が旋回を続けている。
逃げ場など一切ない、完全包囲網。
その中心で、波に揺られる旧式駆逐艦「晴風」。
ゴムボートの舳先から双眼鏡で「晴風」を見上げていた検査隊の隊長は、息を呑んだ。
「……マジかよ。甲板に立ってるの……本当にセーラー服を着た女の子たちだぞ……」
風にはためく横須賀女子海洋学校の旗。
そして、不安げに甲板から下を見下ろす、明乃やましろたち晴風乗組員の姿。
2026年の海上自衛隊と、異世界からやってきた少女たちの、初めての「直接接触」が、今まさに始まろうとしていた。