ハイスクール・フリート Cross World War   作:冬吉

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第80話 戦いを望まない艦(ふね)

**2026年5月1日 午前11時50分**

**太平洋・八丈島東方沖**

『――お願い、撃たないで!! 自衛隊の人たちも、ブルーマーメイドのみんなも……戦っちゃダメぇぇぇッ!!!』

スピーカーから響き渡った悲痛な、しかし真っ直ぐな少女の叫び声。

その通信が両陣営の艦橋に届いた直後だった。

「目標、急速接近!! 距離11海里の中間地点……我々と不明艦(ブルーマーメイド)の射線の『ど真ん中』に割り込んできます!!」

『はぐろ』の艦橋で、神宮寺3佐が信じられないものを見るように叫んだ。

ドドドドドォォォォォォッッ!!!

戦場と化した海域に、文字通り「風」を切り裂いて突入してくる一隻の艦影があった。

防衛装備庁の魔改造により、駆逐艦の限界を遥かに超える42ノット(時速約77キロ)という驚異的なトップスピードを叩き出した、**航洋艦『晴風』**である。

「リンちゃん! 両舷後進一杯!! 舵、取り舵一杯!!」

「う、うわぁぁぁぁん! 止まれぇぇぇぇっ!!」

『晴風』の艦橋で、明乃(ミケ)の号令を受けた航海長のリン(知床鈴)が、涙目でスロットルを思い切り手前に引き、操舵輪を左に全開まで回した。

ゴアァァァァァッ!!

凄まじい白波と水しぶきを上げながら、晴風の小さな船体が海面を滑るように横滑り(ドリフト)していく。

スクリューが逆回転し、強烈なブレーキが掛かる。船体がミシミシと悲鳴を上げたが、新素材コーティングを施された機関はそれに耐え抜いた。

そして――。

巨大な灰色の要塞『第5水上戦隊』と、漆黒と純白の『みくら』『べんてん』。

極限の緊張状態で対峙する両艦隊の距離11海里の、ちょうど中間地点(5.5海里)。

ミサイルと噴進魚雷がいつ飛び交ってもおかしくない「死の射線」のど真ん中に、陽炎型の小さな駆逐艦が、まるで両手を広げて喧嘩を止める子供のように、堂々とその横腹(真横)を晒して立ち塞がったのだ。

**海上自衛隊 旗艦『はぐろ』艦橋**

「……バカな。あの旧式の船体で、40ノット以上を出して横滑りしただと!?」

秋月副長が、双眼鏡を構えながら驚愕に目を見開いた。

「光学カメラ、最大ズーム! メインスクリーンに回せ!」

堂島1佐の指示で、モニターに『晴風』の姿が大写しになる。

高くそびえるマスト。10センチ高角砲。そして、風にはためく横須賀女子海洋学校の校章旗。

昨日、高瀬総理が国民に向けて発表した「異世界からの漂流者」そのものだった。

「……あれが、『晴風』」

堂島は、射線の真ん中に飛び込んできた小さな艦を見て、ふっと息を吐いた。

「あんな小さな船で、海自艦隊とブルーマーメイド艦隊の間に割って入るとはな。……一歩間違えれば、両方からの砲火を浴びて木端微塵だぞ」

「艦長、いかがしますか!? 晴風が射線を塞いでいるため、このままでは相手(LCS)へのミサイル攻撃に支障が出ます!」

神宮寺3佐が、FCSのロックオン警報を鳴らしながら指示を仰ぐ。

「構わん。火器管制レーダーの照射(ロックオン)を解除しろ。各艦のVLSもセーフティをかけ直せ。……『さわぎり』の救助活動のみに専念しろ」

堂島は艦長席に深く座り直し、フッと口角を上げた。

「……彼女たちの見せ場だ。我々が、野暮なミサイルで舞台をぶち壊すわけにはいかんからな」

**改インディペンデンス級沿海域戦闘艦『べんてん』艦橋**

一方、漆黒の艦橋は、完全に「言葉」を失っていた。

「……はれ、かぜ……?」

宗谷真冬は、モニターに映し出されたその艦影を見て、呆然と呟いた。

間違いなく、横須賀女子海洋学校の陽炎型直接教育艦。

しかし、自分たちの知る陽炎型とは比べ物にならないほどの常識外れのスピードで現れ、自分たちと自衛隊の間に立ちはだかったのだ。

そして、オープンチャンネルのスピーカーから、再び声が響いた。

今度は、真冬にとって誰よりも愛おしく、そして痛いほど聞き慣れた「あの声」だった。

『――みくら、べんてん! こちら、航洋艦「晴風」副長、宗谷ましろです!!』

「ま、ましろ……!!?」

真冬の目から、せき止めていた涙が一気にボロボロと溢れ出した。

『真冬姉さん! 聞こえますか! 私は……晴風のみんなは、全員無事です!!』

マイクを握りしめるましろの、涙声交じりの必死な叫びが、海上に響き渡る。

『だから、どうか……どうか、武器を下ろして! その人たちは、敵じゃありません!! 私たちの同胞(なかま)が誤ってこちら(2026年)の世界に来てしまった時、ミサイルから守るために……「盾」になってくれるって約束してくれた、優しい人たちなんです!!』

「盾に……なってくれる……?」

真冬は、ハッとして防弾ガラスの向こうを見た。

自分たちが放った魚雷によって黒煙を上げる『さわぎり』。そして、それに寄り添う仲間たちと、自分たちに向けて反撃を一切行わず、防御陣形を維持し続けている灰色の艦隊。

点と点が、完全に繋がった。

なぜ、彼らは圧倒的な武力を持ちながら、距離を詰めてきても一発も撃ってこなかったのか。

なぜ、一方的に攻撃されても、報復のミサイルを撃たなかったのか。

彼らは、最初から自分たちを「保護」しようとしてくれていたのだ。

ましろたち『晴風』の仲間が、後からやって来るかもしれない同胞を傷つけないよう、あの灰色の艦隊の人たちに「お願い」をしてくれていたからだ。

「ああ……あああっ……!!」

真冬は、その場に両膝をつき、顔を覆って号泣した。

自分は、何という過ちを犯してしまったのか。

妹を助けてくれた恩人たちを。妹たちが信じてくれた、この世界の大人達を。

あろうことか、ブルーマーメイドの誇り高き実動艦隊の力をもって、背後から無惨に傷つけてしまったのだ。

『しろちゃんの言う通りだよ! だから、これ以上引き金を引かないで!!』

明乃の声が、優しく、しかし毅然と響く。

『私たちは、もう誰も沈ませない! ブルーマーメイドのみんなも、自衛隊の人たちも……晴風が、絶対に守るから!!』

巨大な軍艦の群れに挟まれた、ちっぽけな駆逐艦。

しかし、その艦橋に立つ高校生の少女たちの「絶対に戦わせない」という圧倒的な意志は、どんな最新鋭のレーダーよりも、どんな分厚い装甲よりも強靭だった。

「……武器を……」

真冬は、震える声で、しかしはっきりとした口調で命じた。

「……VLSのセーフティを戻せ。57ミリ砲の電源も落とせ。……全火器、沈黙」

「……了解しました。全火器、沈黙させます」

『べんてん』の副官も、涙を拭いながらコンソールの武装システムをシャットダウンした。

隣にいる『みくら』の福内艦長からも、「こちらも武装を解除したわ……」という、安堵と深い後悔が入り混じった通信が入る。

白と黒の三胴船から、微かに放たれていた攻撃的な殺気が完全に消え失せた。

極限の膠着状態に終止符を打ったのは、ミサイルでも、大砲でもなかった。

次元の壁を越えて再会を果たした少女たちの「声」と、自らの身を挺して射線を塞いだ「勇気」が、大人たちの愚かな連鎖を断ち切ったのだ。

2026年の太平洋。

黒煙と涙が入り混じる海上で、三つの異なる力は、ようやく「対話」のためのスタートラインに立つことができたのだった。

 

**2026年5月1日 午後0時10分**

**上空1万フィート(約3,000メートル)**

**海上自衛隊 第4航空群所属 P-1哨戒機 機内**

眼下に広がる青い海面を、P-1哨戒機の高性能な光学カメラ(FLIR)が克明に捉え続けていた。

「……信じられない操艦だ。あの速度から、あんな急ブレーキ(全速後進)をかけて姿勢を制御するなんて。船体が真っ二つに折れてもおかしくないぞ……!」

機長席で操縦桿を握るパイロットが、眼下で猛烈な白波を立ててドリフト停止した小さな駆逐艦の姿を見て、驚愕の声を漏らした。

後部の戦術情報区画では、TACCO(戦術航空士)が赤外線映像と電波探知システム(ESM)のデータを食い入るように見つめていた。

数分前まで、P-1の機内には下方の海域から発せられる強烈な火器管制レーダー(FCS)の電波と、一触即発の殺気が充満していた。しかし今、モニターに表示されていた「脅威判定」の赤いアラートが、次々と緑色へと切り替わっていく。

「……シードラゴン1(P-1)より、『はぐろ』堂島司令! 現場海域の状況を報告します!」

TACCOが、弾んだ声で無線マイクを握った。

『こちら「はぐろ」。状況を知らせろ』

堂島1佐の、低く落ち着いた声が返ってくる。

「目標の2隻(ブルーマーメイド艦)、全火器の電源をシャットダウンした模様! 当機に向けられていたレーダーの照射も停止! さらに、光学カメラにて、両艦の前甲板にあるVLS(垂直発射装置)ハッチが完全に閉鎖されたことを確認しました! ……敵対行動を、完全に停止しました!」

『……了解した。上空からの監視ご苦労だった、シードラゴン。引き続き、周辺海域の警戒にあたってくれ』

通信の向こう側から、堂島1佐の微かな安堵の息遣いと、艦橋の乗員たちが一斉に胸を撫で下ろす気配が伝わってきた。

P-1の機長は、自動操縦で機体を緩やかな旋回軌道に乗せると、コックピットの窓から眼下の光景を直接見下ろした。

距離を置いて立ち塞がる、灰色の巨大な水上戦隊。

その対極で静かに波に揺れる、白と黒の最新鋭ステルス三胴船。

そして、その二つの巨大な武力の「ど真ん中」に、両手を広げるようにして割り込んでいる、航洋艦『晴風』。

左舷後方から黒煙を上げる『さわぎり』の上空では、僚機であるSH-60Lヘリコプターが、もはや敵からの攻撃を全く気にする様子もなく、安定したホバリングで救助のホイストケーブルを降ろしている。

「……見事なものだな」

機長は、バイザーを押し上げながらふっと笑みをこぼした。

「ああ。最新鋭のミサイルでも、イージスシステムでも止められなかった最悪の事態を……あんな高校生の少女たちの『声』と、たった一隻の小さな船が止めちまったんだ」

副操縦士も、深く頷く。

自衛隊員としての誇りを懸け、血を流しながらも報復の引き金を引かなかった第5水上戦隊の大人たち。

そして、仲間の暴走を止めるために、死の恐怖を乗り越えて射線に飛び込んだ異世界の少女たち。

どちらの勇気が欠けていても、この海は今頃、無数のミサイルと魚雷が飛び交う灼熱の地獄へと変貌していただろう。

**同時刻**

**海上自衛隊 横須賀基地・地方総監部**

「……止まりました。両陣営の完全な武装解除を確認。戦闘状態は……解除されました」

内閣官房特命チームの**刈谷室長**が、大型モニターの前で深く、深く安堵の息を吐き出し、ネクタイを緩めた。その額には、びっしりと冷や汗が浮かんでいる。

「いやはや、寿命が10年は縮まったぞ。……堂島1佐の忍耐力と、あの『晴風』の少女たちの度胸には、国民栄誉賞を授与しても足りないくらいだ」

「だから言ったでしょ。……あの子たちは、次元の壁をぶち抜いてやってきた『本物の主人公』だってね」

特異事象研究者の**秋波**は、モニターに映る『晴風』の姿を見つめながら、ニヤリと笑って手元のボトル缶コーヒーを煽った。

「自衛隊(こっち)の盾と、晴風(あっち)の機動力。……2026年の技術と、異世界の少女たちの魂が噛み合った、最高のファースト・コンタクトだった。……だが、感傷に浸っている暇はないわ、刈谷室長」

秋波は空になった缶をゴミ箱に放り投げ、白衣のポケットに手を突っ込んだ。

「撃ち合いは避けられたけど、自衛隊の艦(さわぎり)が被弾して重傷者が出ている事実は変わらない。ブルーマーメイドの連中も、パニックによる誤射とはいえ、我々の世界に明確な『被害』を与えた。……ここから先は、軍事ではなく『政治』と『外交』の戦いになるわ。」

「分かっている。……すぐに高瀬総理に報告を上げる」

刈谷は表情を引き締め、足早に通信室へと向かった。

**太平洋・八丈島東方沖**

海上の風が、硝煙と焦げた臭いをゆっくりと吹き飛ばしていく。

極限の緊張から解放された太平洋に、ようやく元の波の音だけが戻ってきた。

『……真冬姉さん。聞こえますか。今から私たちが、そちらの艦に直接乗り込みます。……これ以上は、絶対に、何も撃たないで』

ましろの悲痛な通信に、『べんてん』からノイズ混じりの、しかし確実に涙声だと分かる真冬の応答が返ってくる。

『……ああ。分かっている。……すまなかった、しろ。……本当に、すまなかった……』

晴風から降ろされた内火艇が、静かな海面を滑り、漆黒の『べんてん』へと向かっていく。

そしてその後方では、『はぐろ』から出た自衛隊の内火艇もまた、未知の組織との「最初の直接対話」を行うため、ゆっくりと前進を開始していた。

兵器による殺し合いは回避された。

しかし、血を流してしまった二つの世界が、真の意味で理解し合い、手を取り合うための長く険しい「本当の戦い」は、今、この煙くすぶる太平洋の上から、静かに幕を開けようとしていた。

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