ハイスクール・フリート Cross World War 作:冬吉
**2026年5月1日 午後9時25分**
**海上自衛隊 横須賀基地・吉倉桟橋**
夕闇が空を濃紺に染め上げ、基地の強烈なオレンジ色の投光器が、波に揺れる巨大な鋼鉄の群れを照らし出し始めていた。
港外には第7艦隊の米駆逐艦二隻が睨みを効かせ、基地の周辺は警察の機動隊によって完全に封鎖されている。
そして、重々しいタービン音を響かせながら、日米の軍艦に先導された白と黒の三胴船――『みくら』と『べんてん』、そして小さな『晴風』が、指定された岸壁へとゆっくりと接岸した。
『べんてん』の甲板から、**宗谷真冬**は防弾ガラス越しに岸壁の様子を静かに見下ろしていた。
そこには、歓迎のレッドカーペットも、温かい出迎えの群衆もない。
冷たいコンクリートの岸壁に等間隔で横付けされているのは、自衛隊特有のオリーブドラブ色に塗られた**「73式小型トラック(二期・パジェロベース)」**と、幌を被った**「73式大型トラック(新型・3トン半)」**の車列だった。
車のヘッドライトが並ぶその前に、整然と一列に並んで待機している数十名の自衛隊員たちの姿があった。
白いヘルメットに白い帯革(ベルト)。小銃や拳銃といった武器は一切手に持っていない。
しかし、彼らの左腕には、はっきりとその役割を示す腕章が巻かれていた。
**『警務 MP』**
自衛隊内における警察機関であり、刑事事件や重大な規律違反の捜査、そして被疑者の拘束を担う『警務隊(ミリタリー・ポリス)』である。
「……警務隊(憲兵)、か。当然の扱いだな」
真冬の横で、『みくら』の**福内艦長**が、通信機越しに重い吐息を漏らした。
銃を突きつけられていないのは、日本政府からの「彼らを敵の捕虜ではなく、対話のための参考人として扱う」というギリギリの配慮の表れだ。しかし、MPが待ち構えている以上、これから行われるのは「保護」ではなく、事実上の「拘束」と「取り調べ」に他ならない。
「真冬姉さん……」
傍らに立つましろが、不安そうに姉の袖を掴んだ。
「ましろ、それに晴風の皆。ここから先は、"大人"の責任だ」
真冬は、妹の手を優しく解き、振り返って『べんてん』と『みくら』の乗員たちを見渡した。
彼女たちの世界(はいふり世界)において、晴風に乗っているような「学生」は16歳前後の少女たちだが、ブルーマーメイドの本隊――実動部隊として前線を張る『みくら』や『べんてん』の乗員たちの多くは、厳しい訓練と教育課程を修了した**「20歳以上の成人女性(プロの治安維持部隊)」**で構成されている。
真冬も、福内も、平賀も、立派な大人であり、ブルーマーメイドという機関を背負う正規の幹部だ。
「いいか、皆。……私たちは、れっきとしたブルーマーメイド隊員であり、海を守るプロフェッショナルだ。いかなる理由やパニックがあったにせよ、未知の海域で無抵抗の艦隊に先制攻撃を加え、彼らの仲間を傷つけたという『重罪』は、決して消えない」
真冬の凛とした声が、マントと共に夜風に響く。
乗員たちは皆、青ざめた顔ながらも、しっかりと前を向いて真冬の言葉に頷いた。
「子供のように『怖かったから』という言い訳は通用しない。……ここからは、私たち自身でこの過ちの責任を背負い、この世界の大人たちと向き合う。ブルーマーメイドの誇りは、逃げずに罪を償うことでしか取り戻せない。……分かったな!」
「「「はっ……!!」」」
成人した海の女たちの、悲壮なまでの覚悟の返事が響いた。
**午後9時45分**
『べんてん』と『みくら』の舷側から、重々しい音を立てて岸壁へとタラップ(乗降階段)が降ろされた。
タラップの下では、警務隊の指揮官がピシッと敬礼の姿勢で待ち構えている。その後方には、内閣官房特命チームの**刈谷室長**と、特異事象研究者の**秋波**の姿もあった。
「……降りよう。私たちの、新たな戦場へ」
真冬を先頭に、福内、平賀、寒川、志度、そして黒と白の制服に身を包んだブルーマーメイドの隊員たちが、一歩一歩、コンクリートのタラップを踏みしめ、2026年の日本の大地へと降り立った。
「……よくぞ、武装を解いて応じてくれた」
警務隊の指揮官が、手は武器に掛けず、しかし極めて厳格な態度で真冬たちの前に進み出た。
「私は、海上自衛隊・横須賀地方警務隊の者だ。貴官らを、八丈島東方沖における我が方の艦艇への不法攻撃、ならびに破壊行為に関する『重要参考人』として、これより身柄を一時拘束する。……抵抗の意思はあるか?」
真冬は、目の前の警務官の目を真っ直ぐに見据え、一切の迷いなく首を横に振った。
「ありません。……ブルーマーメイド・強制執行課保安即応艦隊直属、『べんてん』艦長、宗谷真冬。ならびに本隊の全乗員は……貴国政府のいかなる調査と処分にも、全面的に従うことを誓います」
真冬は、自らの階級章が輝く制服の胸を張り、深く、静かに頭を下げた。続いて、福内や乗員たちも一斉に頭を下げる。
「……ご同行願おう」
警務隊員の誘導により、手錠こそ掛けられなかったものの、ブルーマーメイドの大人たちは、次々と73式大型トラックの幌の中へと乗り込んでいく。
その光景を、『晴風』の甲板から見下ろしていた明乃やましろたちは、胸が張り裂けそうな思いで唇を噛み締めていた。
「真冬姉さん……福内さん……平賀さん……」
「……心配しないで、ましろちゃん」
その時、岸壁に立っていた秋波が、見上げる少女たちに向けて片手を上げた。
「彼女たちは『捕虜』じゃないわ。この世界のルール(法)に則って、けじめをつけようとしている立派な大人よ。……それに、ここから先は、私たち(特命チーム)の仕事でもある。あいつらが不当な扱いを受けないよう、総理も私たちも全力で防波堤になってやるわ」
秋波の言葉に、ましろは込み上げてくる涙を拭い、深く一礼した。
夜の帳が完全に下りた横須賀基地。
73式トラックの車列がエンジン音を轟かせ、厳戒態勢の基地内へとゆっくりと走り去っていく。
最悪の「戦争」は回避された。
だが、傷ついた『さわぎり』の隊員たちと、罪を背負った『ブルーマーメイド』の大人たち。
それぞれの負った重い傷跡を抱えたまま、二つの世界が真の意味で手を取り合うための「長く苦しい外交戦」が、この横須賀の夜から本格的に始まろうとしていた。