ハイスクール・フリート Cross World War 作:冬吉
護衛艦「きりしま」から発進した複合型ゴムボート(RHIB)が、白波を立てて「晴風」へと迫る。
実はこの立入検査隊の編成には、佐伯艦長の指示と一ノ瀬副長の進言により、特別な配慮がなされていた。黒いタクティカルギアとヘルメットで重武装した隊員たちの中には、男性自衛官だけでなく、数名の女性自衛官が意図的に組み込まれていたのである。
通信の声やカメラの映像から、相手が「十代の女子学生」である可能性が極めて高いと判断されたためだ。屈強な男性隊員ばかりが完全武装で乗り込めば、相手を過度に怯えさせ、無用なパニックを引き起こしかねない。女性隊員を前線に配置することで、彼女たちの心理的ストレスを少しでも緩和しようという海上自衛隊側のギリギリの配慮だった。
ゴムボートが「晴風」の右舷側に横付けされる。
見上げれば、甲板の縁からは縄梯子が下ろされ、不安げな表情を浮かべた少女たちがこちらを見下ろしていた。
「……上がるぞ。銃口の向きに注意しろ。相手を刺激するな」
隊長の小さな号令とともに、立入検査隊の面々が訓練された無駄のない動きで次々と「晴風」の甲板へと乗り込んでいく。
「ひぃぃっ……! じゅ、銃持ってるよぉ……! 撃たれるぅ……!」
航海長の**知床鈴(リン)**が、記録員の**納沙幸子(ココ)**の背後に隠れてガクガクと震える。
「……フッ、ついに黒き処刑人たちが我々の甲板に降り立ったか。あの鈍く光る鉄の棒から放たれる凶弾が、私の胸を貫く日も近い……」
「ややこしい芝居をしている場合か!」
副長の**宗谷ましろ(シロ)**がココをたしなめつつも、自らは艦長である**岬明乃(ミケ)**の前に立ち塞がるようにして、隊員たちに鋭い視線を送った。
その傍らでは、水雷長の**西崎芽依(メイ)**だけが「わぁ……! あの黒い服かっこいい! あの銃、どうやって撃つんだろー!?」と目を輝かせているが、砲術長の**立石志摩(タマ)**が「うぃ……メイちゃん、静かに」と、そのセーラー服の裾を引っ張って止めた。
「貴様ら! 丸腰の乙女に対して大げさな武装じゃな! わしらは海賊ではないぞ!」
オブザーバーの**ヴィルヘルミーナ(ミーナ)**が前に出ようとするが、それより早く、検査隊の先頭に立っていた小柄な隊員が一歩前に出た。
そして、その隊員は首元のストラップを外し、黒い防弾ヘルメットとタクティカルゴーグルをゆっくりと取り外した。
現れたのは、額に汗を滲ませた、凛とした顔立ちの女性自衛官だった。
ヘルメットの下から現れたのが「女性」であったことに、ましろもミーナも僅かに虚を突かれたように目を見開く。背後に控えていた数名の隊員も同様にゴーグルを外し、女性であることがわかるように顔を見せた。
「驚かせて申し訳ありません」
先頭の女性幹部――立入検査隊を率いる神崎(かんざき)3等海尉は、敵意がないことを示すように両手を少し広げ、明乃たちに向かって穏やかな、しかしよく通る声で語りかけた。
「私は海上自衛隊、護衛艦『きりしま』立入検査隊の神崎です。先ほど、私たちの艦長と通信でお話しされた『岬艦長』は、どなたですか?」
重武装の兵士から発せられた予想外に柔らかい声と、同性である女性自衛官の姿に、晴風の乗員たちの間に張り詰めていた空気が、ふっと僅かに緩む。
ましろの背後に隠れるようにしていた明乃が、意を決したように一歩前へと進み出た。
「は、はい! 私が、横須賀女子海洋学校所属、航洋艦『晴風』艦長の、岬明乃です!」
明乃は背筋を伸ばし、ブルーマーメイドの敬礼(右手を胸に当てる姿勢)をピシッと決めた。
神崎3尉は、目の前に立つ明乃と、その後ろで身を寄せ合う少女たちを改めて見渡した。
旧海軍の陽炎型駆逐艦という物騒な鋼鉄の塊の上にいるのは、どう見てもまだ中学生か高校生にしか見えない、可愛らしいセーラー服姿の少女たちだった。事前情報でわかっていたとはいえ、現実の光景として目の当たりにすると、自衛官としての常識が根底から揺さぶられるような錯覚に陥る。
しかし、神崎はプロとして決して表情を崩さず、真っ直ぐに明乃の目を見つめ返した。
「確認しました、岬艦長。ご協力に感謝します。まずは確認させてください――先ほどの嵐の影響で、あなた方に怪我人や、艦に急を要する被害は出ていませんか?」
「え……?」
拿捕され、怒鳴りつけられるとばかり思っていた明乃は、相手の口から最初に出たのが「自分たちの身を案じる言葉」であったことに驚き、パチパチと瞬きをした。
「あ、はい! 怪我人は一人もいません! 船も、計器が少しおかしかっただけで、今はどこも壊れてません!」
「そうですか。それは良かった」
神崎は僅かに安堵の笑みを浮かべると、再び真剣な表情に戻り、告げた。
「岬艦長。あなた方が大変な混乱の中にあることは理解しています。我々も、あなた方に危害を加えるつもりは一切ありません。しかし、あなた方が現在いるのは日本国の領海であり、この艦は強力な武装を有しています。安全を確認するため、我々の艦の代表者と、あなた方の代表者で、詳しいお話をさせていただきたいのです」
2026年の国防の盾たる海上自衛隊と、時空を超えてやってきた少女たち。
緊張感に包まれた甲板の上で、互いを理解するための、最初の対話の扉が開かれた。