ハイスクール・フリート Cross World War 作:冬吉
**2026年5月2日 午前7時10分**
**次元間・外交協議(第一回会合)**
分厚いコンクリートと最新鋭の電子防壁に守られた、地下の危機管理センター。
メインスクリーン越しに対峙する「二つの世界の日本」の間に、重く張り詰めた沈黙が流れた。
口火を切ったのは、画面の向こう側――並行世界(はいふり世界)の総理大臣だった。
彼は立ち上がると、傍らに立つ閣僚たちと共に、カメラに向かって深々と、およそ一国のリーダーとしては異例なほど長く頭を下げた。
『……まずは、我が国の「ブルーマーメイド」が、貴国の艦艇ならびに乗員の方々に対し、多大なる被害と恐怖を与えてしまったこと。……並行世界の日本国を代表し、心より、深く謝罪を申し上げます』
その声には、未知の強大な独立主権国家に対する恐怖と、自国の不祥事に対する痛切な恥じらいが混ざっていた。
『負傷された方々の治療費、ならびに艦艇の修理費用等、いかなる賠償も我が国が全額負担する用意がございます。……どうか、これ以上の報復や、両国間の武力衝突だけはご容赦いただきたい』
高瀬総理は、深く頭を下げる向こうの首脳陣を静かに見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「……謝罪と、事態を平和的に解決しようとするその姿勢は、日本国政府として重く受け止めます。どうか、頭を上げてください」
高瀬の言葉に、向こうの総理たちが恐る恐る顔を上げる。
「賠償についての申し出は感謝します。……しかし、問題の根本はそこにはない」
高瀬総理の隣で、神谷防衛大臣が手元の資料を置き、鋭い視線を画面へと向けた。
「単刀直入に申し上げます。我々の世界において、明確な殺意を持った誘導兵器(噴進魚雷)を他国の軍艦に向けて発射する行為は、紛れもない『戦争行為』です。相手が海賊であろうと未確認勢力であろうと、一度引き金を引いた以上、その結果は国家間の"全面戦争"に直結する。……我々が生きる2026年は、そういう過酷なルールの下で回っている世界なのです」
その冷徹な事実の突きつけに、向こうの海上安全整備局の幹部たちが息を呑み、青ざめるのが分かった。
「現場の指揮官が、貴国部隊のパニックと"練度不足"を見抜き、あえて『専守防衛』の枠内で耐え忍んだからこそ、今こうして対話ができている。一歩間違えれば、あの11海里の海域は、両国の艦艇が沈む血の海になっていた。」
『練度不足、と……』
向こうの軍事アドバイザーとして同席していた真霜が、屈辱と自責の念に唇を噛み締めた。海を護るエリートとしてのプライドを、根底から否定されたのだ。
「誤解しないでいただきたい。貴女たちの誇りや、職務を貶める意図はありません」
高瀬総理が、真霜の表情を見て静かにフォローを入れた。
「我々も、貴国が『戦争のない平和な歴史』を歩んできた素晴らしい世界であることは理解している。……だからこそ危険なのだ。"日露戦争"以降、戦争を知らない貴国と、常に戦争の危機と隣り合わせにある我々とでは、武力行使に対する『引き金の重さ』が全く違う」
高瀬総理は、両手をテーブルで組んだまま、モニター越しに並行世界の首脳陣を真っ直ぐに見据えた。
「我々は、貴国を侵略する気も、恫喝する気も毛頭ない。だが、これ以上の『不幸な誤解による武力衝突』を防ぐためには、互いの世界の常識のズレを明確にし、厳格なホットラインと交戦規定(ルール)を共有しなければならない」
『……仰る通りです』
向こうの総理が、ハンカチで額の汗を拭いながら深く頷いた。
『我々は、貴国の圧倒的な防衛力と、何よりその武力を律する強靭な理性に、震えるほどの敬意を抱いております。……どうか、教えていただきたい。我々は今後、どうすればよいのかを』
「まずは、現在横須賀基地で保護・拘束している『みくら』『べんてん』の全乗員の処遇についてです」
菅野内閣官房長官が、書類を手に取り事務的なトーンで切り出した。
「彼女たちは現在、我が国の法律に基づき『重大な破壊活動に関与した重要参考人』として扱われています。不当な扱いや尋問は一切行っていませんが……法治国家である以上、被害が出た事実をうやむやにして、そのままお返しするわけにはいきません」
『彼女たちは……真冬たちは、どうなるのですか』
真雪が、母親としての顔を覗かせ、悲痛な声で問いかけた。
「ご安心ください。死刑や長期の投獄といった非人道的な処分を科すつもりはありません。しかし、日本国の国内法、および国際法に準じた『厳正な審判』のプロセスには服していただく。……そのため、日米両政府と貴国政府による『合同調査委員会』の設置を提案します」
『日米……アメリカ、ですか。貴方の世界にも、あの大国が存在するのですね』
向こうの総理が、さらに顔をこわばらせた。次元の向こう側には、日本だけでなく、さらに巨大な超大国すら存在し、すでにこの事態に介入しているという事実に圧倒されているのだ。
「ええ。我々には強固な同盟国があります。……そして、この合同調査委員会には、もう一つ重要な役割を担ってもらう」
高瀬総理が、少しだけ表情を和らげた。
「昨日の極限状態において、身を挺して最悪の戦争を止めに入ってくれた、貴国の学生たち……『晴風』の生徒たちのことです」
その名前が出た瞬間、向こうの真雪と真霜がハッと顔を上げた。
「あの子たちは、あの"二隻"が恐怖で狂いそうになる中、命懸けで我々との『架け橋』となってくれた。……我々は、彼女たちの勇気に深く感謝している。だからこそ、この次元を超えた外交協議には、彼女たちにもオブザーバーとして参加してもらうつもりだ」
『晴風の、明乃さんやましろたちが……』
真雪の目から、安堵の涙が溢れそうになる。
「……協議すべき課題は山積みだ。次元の扉の監視体制、拿捕艦艇の返還プロセス、そして二つの世界の今後の関係性。……どれも数日で終わるものではない」
高瀬総理は、ゆっくりと立ち上がった。
画面の向こう側の首脳陣も、それに合わせて一斉に立ち上がる。
「だが、我々双方で知恵を絞り、時間をかけてでも、この難局を乗り越えなければならない。……晴風乗員が命懸けで繋いでくれた、この『平和への切符』を無駄にしないために」
『……はい。我々も、国家の総力を挙げて、貴国の信頼に応えるべく尽力いたします』
二つの世界の「総理大臣」が、モニター越しに深く一礼を交わした。
決して交わるはずのなかった二つの平行線。
互いの世界の「平和の定義」と「戦争の現実」が激しく衝突した歴史的な朝。
困難な道のりであることは誰の目にも明らかだったが、それでも人類は、破滅の引き金を引く代わりに、対話という最も長く苦しい、しかし尊い道を選択したのだった。