ハイスクール・フリート Cross World War 作:冬吉
**2026年5月2日 午前7時30分**
**首相官邸・地下危機管理センター & 並行世界・日本政府中枢**
高瀬総理が「我々双方の責任」を語り、二つの世界の間にギリギリの信頼関係が結ばれようとしていたその時。
モニターの端に立っていた白衣の女性――特異事象研究チームの**秋波**が、スッと一歩前に進み出た。
「……高瀬総理。ここで一つ、現場の科学者であり特命チームの端くれとして、私から『極めて現実的な提案』と『警告』をさせていただきたい」
高瀬総理は小さく頷き、発言を許可した。
秋波はマイクを引き寄せ、画面の向こう側の並行世界(はいふり世界)の首脳陣、そしてブルーマーメイドの幹部たちを真っ直ぐに見据えた。
「これは私の個人的な考えですが。……現在拘束している『みくら』と『べんてん』の乗員たち、日米との合同調査委員会による最終的な処分が確定した後、彼女たちの二隻にも『晴風』と"同じ任務(やくめ)"を与えてはどうかと思っている。」
『晴風と、同じ任務……?』
向こうの総理が怪訝な顔をする。
「そう。彼女たちには『次元の監視役』として、こちら側の防衛省の指揮下で動いてもらたいの。……なぜなら、まだ第3、第4の艦艇が次元の壁を越えてこちらの世界にやってくる可能性が拭い切れないからよ。そして、仮に次にやってきた艦艇が……あの厄介なウイルス(RaTt)に『汚染された艦艇』であった場合、早急な対処法が求められるわ」
その言葉に、向こうの真霜と真雪がハッと息を呑んだ。
「……抗体のことについてだけど、これに関しては『晴風』にこの事態を打開する人物が乗っていたことは、両国にとって途方もない幸運だった。貴方方の世界で『12歳』という最年少でありながら、海洋医学以来の天才……と言えば、誰のことか分かるわよね?」
『鏑木(かぶらぎ)……鏑木美波(みなみ)さんですね! 彼女も無事だったのですね!』
真雪が、画面越しに身を乗り出した。
「ええ。彼女の提供してくれた基礎データをもとに、現在、この世界の日本の『国立感染症研究所』では、RATtと呼ばれるウイルスの抗体の大量生産と、万が一に新種の変異株発生に備えた改良型抗体の精製を急がせているわ。」
秋波の目が、スッと冷たく、底知れぬ凄みを帯びた。
「……いい、そっちの世界ではどう扱われているか知らないけど、こっちの世界(2026年)の基準に照らし合わせれば、あのRATtは立派な"BC"..."生物化学兵器"なのよ。」
『生物化学、兵器……っ』
向こうの閣僚たちが絶句する。
「もしこのRATtウイルスが、第三国の工作員や、この世界に無数に存在する過激派組織の手に渡る様な事態になれば、首都を始めとした大都市にばら撒かれ、社会インフラが完全に崩壊し、取り返しがつかなくなる。……だからこそ、汚染艦が来た時に備え、向こうの世界の艦の構造を知り尽くしている『みくら』と『べんてん』の部隊を、対ウイルスの即応部隊として組み込みたいの」
秋波は、言葉を切らずにさらに畳み掛ける。
「そして、もう一つ。実は『晴風』には、防衛装備庁が総力を挙げて、この世界の過酷な環境に合わせた『魔改造(改修)』を施している。『みくら』と『べんてん』にも同様の改修を施すけど……彼女たちには、海上自衛隊と連携し、ある『必須の訓練』を徹底的に叩き込んでもらう必要があるわ」
「……訓練、ですか」
真霜が、警戒するように問い返す。
「えぇ。**AAW……つまり『対空戦闘』よ**」
秋波は、ホワイトボードのマーカーを手に取り、コンコンと机を叩いた。
「貴方達の世界で空を飛行するものと言えば、飛行船か気球といった、時速数十キロのゆっくりしたものが常識。……でも、こちらの世界の空は『音速の死神』が飛び交っている。今回の八丈島東方沖での全容を上空から監視していたP-1哨戒機は、あれほどの巨体でありながら巡航速度は450ノット(時速約833キロ)よ。……さらに今回は出動していないけど、航空自衛隊の戦闘機『F-2』ともなれば、最大速度はマッハ2(時速約2,124キロ)で飛来してくる。」
『時速2,000キロ……!? そ、そんな速度で空を飛ぶ機械があるというのか!?』
向こうの安全整備局長が、常識外れの数字に悲鳴のような声を上げた。
「速度だけじゃない。海自の護衛艦や、今言ったP-1、F-2には『対艦誘導弾(対艦ミサイル)』が装備又は装備する事が出来る。彼らは、水平線の彼方……目視外(BVR)の数百キロ離れた海域・空域から、貴女たちをロックオンして撃ってくる。中でも、空自が有する『ASM-3』という最新鋭の空対艦誘導弾は、マッハ3以上の超音速で海面スレスレをすっ飛んでくるの」
秋波の突きつける「現代戦のスペック」の前に、ブルーマーメイドの幹部たちは完全に言葉を失い、顔面を蒼白にさせていた。彼女たちの艦(みくら・べんてん)の主砲や近接防空火器(CIWS)が、いかにこの世界では無力であるかを、容赦なく突きつけられたのだ。
「そして、もう一つ。この世界の『潜水艦』は、貴方達の世界のそれとは違って、極めて静粛性が高く、見つけるのは至難の業よ。……何せ、この世界において潜水艦という兵器は、『世界三大核戦力(戦略ミサイル原子力潜水艦)』の一つとして、人類を数度滅ぼせるだけの力を海深くに潜ませるためのものだからよ」
『か、核戦力……人類を、滅ぼす……』
「えぇ。これが、私達が生きている『2026年』という世界の軍事の現実よ。」
秋波は白衣のポケットに両手を突っ込み、モニターの向こうの、戦争を知らない平和な世界の人達に向けて、最後の、そして最も重い「思想」の杭を打ち込んだ。
「……綺麗事を並べれば平和が維持できる等、"幻想"でしかない。」
冷徹な科学者の声が、地下室に響き渡る。
「『我々に手を出せば、貴国は亡国と化すだろう』と、互いに絶対的な武力を突き付け合うことで、初めて互いを対等な独立国として認め、軍事的抑止力として機能させる。……それが、私達の世界が血の歴史の果てに辿り着いた『平和の維持(バランス)』の形。」
秋波の言葉は、はいふり世界の大人たちの常識を、文字通り根底から破壊した。
話し合いや善意だけで平和が保たれる世界ではない。圧倒的な暴力(武力)を互いに突きつけ合い、その"引き金を引く恐怖"を共有することでしか、平和を維持できない過酷な世界。
「真冬艦長たちに教えるべきなのは、この世界の常識。……武力の恐ろしさを骨の髄まで理解して初めて、彼女たちは本当の意味で『感情に囚われず、安易に引き金を引かない理性』を持つ玄人になれる。……私からの提案は、以上です。」
秋波が引き下がると、再び会議室に重苦しい沈黙が下りた。
しかし、その沈黙は決して「拒絶」ではなかった。
並行世界の日本政府とブルーマーメイドの幹部たちは、冬吉が提示した恐るべき兵器のスペックと、抑止力という冷酷な平和の概念に戦慄しながらも、自分たちがどれほど『無知』であり、自衛隊がどれほどの『強者としての理性』をもってあの海戦を止めてくれたのかを、完全に理解したのだ。
『……秋波殿、ならびに日本国政府の皆様』
沈黙を破り、画面の向こうの真霜が、覚悟を決めた声で口を開いた。
『貴国からの提案……ありがたくお受けいたします。真冬たち、ブルーマーメイドの隊員に……どうか、その「過酷な世界の現実」を、対空戦闘の訓練を、叩き込んでやってください。……彼女たちが、二度と同じ過ちを犯さないために』
高瀬総理と秋波は、黙って深く頷いた。
次元を超えた外交協議は、おぞましい兵器の現実と、それを制御する人達の覚悟を共有することで、極めて強固な、後戻りのできない「同盟」への第一歩を力強く踏み出したのだった。