ハイスクール・フリート Cross World War 作:冬吉
**2026年5月3日 午後1時00分**
**海上自衛隊 横須賀基地・大講堂**
三日間にわたる、二つの世界を繋ぐ長く過酷な「次元間・外交協議」が、ついに歴史的な合意に至った。
並行世界(はいふり世界)の日本政府は、自国の治安維持部隊が引き起こした武力攻撃の事実を全面的に認め、日本国(現実世界)に対する莫大な賠償と、今後の「次元の扉」に関する無条件の安全保障協力に署名した。
そして、その合意に基づき、日米両政府による「合同調査委員会」の最終的な決定が下される時が来た。
横須賀基地内の大講堂。
重厚な木開きの扉が閉ざされたその空間には、異様なまでの静寂と、息の詰まるような緊張感が満ちていた。
パイプ椅子が整然と並べられたフロアの中央に座るのは、純白の制服に身を包んだ『みくら』の乗員40名(福内、平賀、寒川、志度を含む)と、漆黒の制服に身を包んだ『べんてん』の乗員40名(宗谷真冬を含む)、計80名のブルーマーメイド隊員たちである。
彼女たちは皆、身に寸鉄も帯びず、海を護るエリートとしてのプライドをかなぐり捨て、ただ罪を背負う罪人として背筋を伸ばし、正面の演壇を見つめていた。
演壇には、内閣官房特命チームの**刈谷室長**、防衛省の幕僚監部、そしてアメリカ海軍第7艦隊の代表将校が並んで座っている。
その背後の壁際には、この事態を命懸けで繋いだ『晴風』の艦長・岬明乃と副長・宗谷ましろ、そして白衣姿の特異事象の女性研究者・秋波がオブザーバーとして立ち会っていた。
「……これより、合同調査委員会における最終処分の決定を申し渡す」
刈谷室長が立ち上がり、手元の分厚いファイルを開いて、マイクに向かって重々しく告げた。
80名のブルーマーメイド隊員たちの肩が、ビクッと震える。
「ブルーマーメイド・特務艦『べんてん』艦長、宗谷真冬。ならびに『みくら』艦長、福内。前へ」
「……はっ」
真冬と福内が同時に立ち上がり、靴音を響かせて演壇の前に進み出た。
二人の顔は青白く、数日間の拘束と自責の念で頬はこけていたが、その瞳にはいかなる極刑をも受け入れるという強烈な「覚悟」が宿っていた。
「貴官ら80名は、去る5月1日、八丈島東方沖において、我が国の海上自衛隊・第5水上戦隊に対し、明確な殺意を持った誘導兵器(噴進魚雷)による先制攻撃を実行した。……これにより、護衛艦『さわぎり』は甚大な損傷を受け、乗員33名が負傷。うち数名は生死の境を彷徨う事態となった。」
刈谷の声が、冷徹に罪状を読み上げていく。
「法治国家である我々の世界の国内法、および国際法に照らし合わせれば、この行為は『海賊行為』を通り越した明確な『戦争行為』ならびに『大量殺人未遂』に該当する。……本来であれば、貴官らの外交特権を剥奪し、我が国の刑務所にて無期、あるいはそれに準ずる長期の懲役に処するのが当然の法治プロセスである」
平賀、寒川、志度たち後列に座る隊員たちが、絶望に唇を噛み締め、目を伏せた。
刑務所での服役。海を愛し、海を護ることを生きがいとしてきた彼女たちにとって、陸の牢獄に繋がれることは死以上の苦痛を意味していた。
しかし、刈谷室長はそこでファイルをパタン、と閉じ、二人の艦長を真っ直ぐに見据えた。
「……だが、日米両政府、および貴国政府との外交協議の結果。そして何より、現場で被弾しながらも引き金を引かなかった『さわぎり』の乗員たち、および堂島1佐からの強い嘆願により……貴官らへの『刑事罰(懲役)』は、無期限に執行を猶予(凍結)することとする」
「……えっ」
真冬の顔が、驚愕に跳ね上がった。福内も、信じられないというように目を見開く。
「刑務所で腐らせるには、貴官らの持つ『海への情熱』と『技術』はあまりにも惜しい、というのが上層部の判断だ。……しかし、無罪放免ではない。貴官ら80名には、その罪の重さを、一生を懸けて『海の上』で償ってもらう」
刈谷は、背後に立つ秋波の方へチラリと視線を送ってから、彼女たちに「新たな使命」を宣告した。
「これより、『みくら』および『べんてん』の全乗員80名を、我が国の防衛省、および合衆国海軍第7艦隊の共同指揮下における【特務・次元哨戒部隊】として再編する」
「特務、次元哨戒……部隊……」
真冬が、震える声でその名を反芻する。
「そうだ。貴官らの艦には、これから防衛装備庁による大規模な改修(魔改造)が施される。……そして、今後再び『次元の穴』が開き、万が一にもあの忌まわしいRATtウイルスに汚染された『第3、第4の脅威』がこちらの世界に現れた時……貴官らは、我が国の自衛隊と共に最前線に立ち、命を懸けてその脅威を食い止める『盾』となってもらう」
それは、かつて彼女たちが追っていた海賊や暴走船のレベルではない。
生物兵器(BC兵器)クラスの危険度を誇るウイルス汚染艦を、絶対にこの世界(2026年)の民間人に触れさせないための、最も過酷で危険な防波堤(ゲートキーパー)となることだった。
「……ただし、だ」
刈谷の目が、獲物を狙う鷹のように鋭く光った。
「今のままの柔(やわ)な貴官らを、最前線に出すわけにはいかない。見えない圧力に怯え、パニックを起こして味方(自衛隊)を背後から撃つような"臆病者"に、我々の背中を預けることはできないからだ」
その痛烈な言葉に、80名の隊員たちがビクッと身をすくませ、恥辱と後悔に顔を歪めた。
「よって、艦の改修が完了するまでの間、貴官らには海上自衛隊の教育隊に編入してもらい、我々の世界の『本当の戦争の恐ろしさ』を骨の髄まで叩き込ませてもらう。……徹底的な"再訓練"だ」
刈谷の背後のスクリーンに、音速を超える航空自衛隊の『F-2戦闘機』、極超音速で海面を這う『ASM-3空対艦誘導弾』、そして深海に潜む『潜水艦』の映像が次々と映し出された。
「マッハ3で飛来する対艦ミサイル。数百キロ先から放たれる見えない死神。そして、絶対に探知できない深海の核戦力(潜水艦発射型弾道ミサイル)。……我々の世界は、貴女たちの知る平和な海とは違う。一瞬の判断ミス、一発の誤射が、国を滅ぼす全面戦争を引き起こす『地獄の盤面』だ」
刈谷は演壇から身を乗り出し、大人のプロフェッショナルとしての圧倒的な重圧を彼女たちに叩きつけた。
「その圧倒的な暴力と恐怖の前に立たされた時、それでもなお『引き金を引かない理性』を保てるか。恐怖に打ち勝ち、仲間を信じ、自らの命を懸けて国と海を護り抜けるか。……自衛隊の地獄の訓練を通じて、貴官らのその甘え切った『平和ボケの精神』を、鋼鉄の防人へと鍛え直してもらう」
「…………ッ!!」
講堂の空気が、ビリビリと震えた。
それは単なる罰ではない。彼女たちからエリートとしての驕りを完全に打ち砕き、2026年の過酷な現実に耐えうる「真の防人(プロ)」として生まれ変わらせるための、血の滲むような『再教育』の宣告だった。
沈黙が流れる中。
宗谷真冬は、ゆっくりと目を閉じ、一度深く、長く深呼吸をした。
そして目を見開いた瞬間、彼女の瞳からは、先ほどまでの怯えも、後悔の闇も完全に消え去り、代わりに、かつてブルーマーメイドを志した時の、あの燃えるような「海の女の魂」が力強く蘇っていた。
「……謹んで、お受けいたします」
真冬の声が、講堂の隅々にまで凛と響き渡った。
「私たち『べんてん』ならびに『みくら』の全乗員80名は……日本国政府の寛大なる処置と、過酷なる使命に、心より感謝申し上げます」
真冬は、隣に立つ福内艦長と視線を交わした。福内もまた、涙を拭い、決意に満ちた強い顔つきで深く頷いた。
「私たちは、海を護るプロを自称しながら、武力の本当の恐ろしさも、それを制御する理性の重さも知らなかった。……自衛隊の皆様が流した血と、この世界の大人たちが示した忍耐を、私たちは一生忘れません」
真冬は振り返り、パイプ椅子に座る78名の部下たちを見渡した。
平賀も、寒川も、志度も、全員が真っ直ぐに真冬を見つめ返し、無言で、しかし強烈な意志をもって頷いていた。
「……いかなる地獄の訓練であろうと、必ず耐え抜いてみせます。そして、この2026年の海で……再びあの次元の穴から脅威が現れた時。今度こそ、恐怖に怯えて背後から撃つのではなく、誰よりも先に矢面に立ち、命を懸けてこの世界の人々を護り抜く『最強の盾』となってみせます!」
真冬は再び前を向き、刈谷室長、そして日本の大人たちに向けて、靴音を高く鳴らして、完璧な姿勢で敬礼(ブルーマーメイドの敬礼)を行った。その後ろで、福内も、そして78名の隊員たちも一斉に立ち上がり、一糸乱れぬ動きでビシッと敬礼を合わせた。
「「「全霊をもって、この海を護り抜きます!!」」」
80名の成人女性たちの、血を吐くような、そして誇り高き魂の咆哮が、横須賀基地の大講堂をビリビリと震わせた。
壁際でその光景を見ていたましろの目から、再び大粒の涙がこぼれ落ちた。しかし、それは悲しみの涙ではない。過ちを乗り越え、さらに強く、大きく成長しようとする自慢の「姉」への、深い尊敬と安堵の涙だった。
「……いい面構えになったじゃない。さすがは、ましろ副長の姉ね」
秋波が、ポケットに手を突っ込んだままニヤリと笑う。
明乃も、ましろの手をギュッと握り締め、嬉しそうに頷いた。
こうして、八丈島東方沖で起きた最悪の武力衝突は、裁きと罰ではなく、互いの世界を護り抜くための「鋼の同盟」へと昇華された。
平和な海しか知らなかったブルーマーメイドの大人たちは、2026年の過酷な現実という名の「るつぼ」に身を投じ、真の意味での防人(プロフェッショナル)となるための、長く、そして熱い再出発の時を迎えたのだった。