ハイスクール・フリート Cross World War 作:冬吉
**2026年5月4日 午後3時00分**
**海上自衛隊 横須賀基地・吉倉桟橋 航洋艦『晴風』前甲板**
五月の爽やかな潮風が吹き抜ける中、晴風の前甲板には艦長の岬明乃を筆頭に、副長の宗谷ましろ、砲術長の立石志摩、水雷長の西崎芽依ら全乗員が集まっていた。
彼女たちの目の前には、海上自衛隊の防護服を着た隊員たちによって慎重に運ばれてきた、木製の頑丈なケースが置かれている。その中には、鈍い銀色の光沢を放つ一発の「砲弾」が鎮座していた。見た目は晴風がこれまで使ってきた10センチ高角砲の砲弾と変わりないが、その弾頭部分には精密な電子信管と、何やら特殊な液体を充填した形跡が見て取れる。
「……これ、ただの砲弾じゃないよね? どこか、自衛隊の人が使っているのと似てるけど……」
明乃(ミケ)が不思議そうに覗き込んでいると、後部ハッチから白衣の裾をなびかせ、一人の少女がゆっくりと歩み寄ってきた。
「その通りだ、艦長。それは『希望』という名の砲弾……いや、"救済の弾丸"だ。」
晴風の衛生長にして、12歳の天才少女、鏑木美波(みなみさん)である。彼女は手にしたタブレットに複雑な化学式を表示させながら、誇らしげに、しかし真剣な眼差しで砲弾を指差した。
「美波さん! これが、例の……?」
ましろ(シロ)が問いかけると、美波は小さく頷いた。
「あぁ。昨日まで国立感染症研究所に詰め詰めで開発していた、『対RATt抗体散布弾』のプロトタイプ。その砲弾の内部には、私が精製した最新の対RATt抗体が、高濃度で安定充填されている」
「抗体を……撃ち出すの?」
芽依(メイ)が目を丸くする。
「本来、抗体投与は注射が最も確実だが、RATtに汚染され暴走した艦艇(ふね)……例えば『アドミラル・シュペー』や、私たちの学校の仲間が乗る艦艇に対し、接舷して一人一人に注射を打つのは現実的じゃない。その前に、こちらの艦(はれかぜ)が轟沈させられるリスクが高すぎる。」
美波は、モニターを操作して弾道のシミュレーション映像を映し出した。
「使い方はこうだ。汚染された艦艇に向けて、直接艦体に撃ち込むのではなく、**その真上の空間に向けて発射します**。砲弾に内蔵された『2026年製・高精度時限信管』が作動し、目標の直上で弾頭が炸裂。瞬時に抗体が霧状のマイクロ粒子となって散布され、汚染艦の空調システムや甲板上の乗員たちに、広範囲にわたって降り注ぐという仕組み。」
「それなら、近づかなくても相手を助けられる……!」
志摩(タマ)が、その戦術的な合理性に「……いい」と短く呟いた。
「現在、この砲弾とは別に、防衛装備庁では『誘導弾型(ミサイル)』の対RATt兵装も開発を急いでいる」
美波の話は、さらにこれからの防衛計画へと及ぶ。
「そっちには、ブルーマーメイドの改インディペンデンス沿海域戦闘艦『みくら』と『べんてん』に搭載される。凌波性・耐航性・航続距離そして誘導弾運用能力に長けているからだ。ただし……」
美波の表情が、少しだけ曇った。
「RATtウイルスが引き起こす強力な電子障害による妨害(機能不全)を想定すると、誘導弾の精密誘導がどこまで機能するかは未知数。最悪の場合、誘導が効かないことも想定する必要がある。そのため、『みくら』と『べんてん』が確実に抗体兵器を命中させるには、かつての八丈島東方沖での衝突と同様、**『11海里(約20キロ)』の至近距離まで接近すること**が必須条件となる。」
「11海里……。あの、一番怖かった距離まで近づかなきゃいけないんだね」
リン(知床鈴)が震える声で言う。
「そうだ。だが、今度のブルーマーメイド達は、恐怖でパニックになって引き金を引く『臆病者』じゃない。自衛隊からの過酷で厳しい"再教育"の訓練を受けている、誇り高き『盾』としてその距離に踏み込むことになる」
美波は、明乃の目を真っ直ぐに見つめた。
「艦長。これから先、私たちは『武蔵』や『比叡』、そしてクラスメイトたちの艦と、いつか刃を交えなければならない時が来る。その時、彼女たちを沈める(ころす)のではなく、救うための手段が、今この手の中にある。」
明乃は、ずっしりと重い銀色の砲弾を見つめ、決意を込めてその冷たい表面に触れた。
「……ありがとう、美波さん。これがあれば、私たちは誰も傷つけずに、みんなを連れ戻せる。……自衛隊の皆さんが貸してくれたこの世界の技術と、美波さんの作ってくれた薬があれば、きっと大丈夫だよね」
「あぁ。準備を始めよう。晴風の10センチ砲を、救済の鐘の音に変えるための準備を」
晴風の甲板に、希望の光が差し込む。
まだ見ぬ汚染艦艇との戦い、そして最強の戦艦『武蔵』との対峙。
2026年の最先端技術と、異世界の天才少女の叡智、そして少女たちの「誰も見捨てない」という強い意志が融合し、今、反撃のための『救済の弾丸』が完成した。
彼女たちはもう、ただ逃げるだけの漂流者ではない。
仲間の魂を救い出すための「真の守護者」として、横須賀の港でその静かな闘志を燃え上がらせていた。
これにて第三部「海を守る同士の対立」は、完結し、第四部へと続きます。
自分達の世界(はいふり)から現実世界へ飛ばされ、11海里というデットロック状態での噴進魚雷発射で護衛艦「さわぎり」を損傷させ、海の守りとしての誇りを自らで穢してしまったべんてんとみくらの乗員達、自衛隊との戦闘は避けられないと悟った時、二つの勢力の間に割って入った晴風。誇りを失ったべんてんとみくらに与えられたのは、自分達がいた世界からやって来るであろうRATtに感染し暴走する生徒艦の対処と過酷な世界で引き金を安易に引かない理性を鍛える訓練であった。そして、晴風に装填される危機を脱する弾。RATtによる脅威は、少しずるこの世界(現実世界)に迫りつつあった。