機動戦士ガンダム ハマーン様、恋をする 14歳の少女が、愛したクズ男に捨てられて、最強の女帝に覚醒するまでの4年間。   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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独りぼっちの摂政

アクシズの空気は、いつも死の匂いがする。

いや、死そのものではないな。それは「生きていない」というだけの、無機質で乾燥した、絶望の澱(おり)のようなものだ。循環システムの吐き出す安っぽい酸素の味が、喉の奥にべったりと張り付いて離れない。

 

私は、シャア・アズナブル。

かつて「赤い彗星」と呼ばれ、宇宙(そら)を焼き尽くした男。

けれど今の私は、ただの敗残兵だ。重力から解き放たれ損ねた、紅い亡霊に過ぎない。

 

「……あ。……あ、……っ」

 

居住区の端、人気のない搬入路。

ぼんやりと錆びたハッチの隙間を眺めていた私の胸元に、小さな、けれど驚くほど柔らかな塊が衝突した。

衝撃は小さかった。けれど、そこに宿っていた熱量は、氷点下に近いこの小惑星には不釣り合いなほどに高かった。

 

「怪我はないかな、お嬢さん」

 

私は仮面の奥で、努めて穏やかな声を出す。

そこにいたのは、1人の少女だった。

14歳。切り揃えられたばかりの、まだ毛先の揃っていない桃色の髪。

彼女は私を見上げ、その瞬間に、まるで世界が静止したかのように大きく目を見開いた。

視線が、交差する。

 

彼女の瞳の中に、私が映る。仮面を被った不審な軍人。けれど彼女は逃げなかった。それどころか、上気した頬を震わせ、今にも泣き出しそうな、それでいて輝くような「期待」をその瞳に宿して。

 

「……本物。……本当に、赤い、彗星……」

 

その声は、震えていた。

彼女は、まるで放課後の誰もいない廊下で、ずっと待ち伏せしていた憧れの先輩を捕まえた女子生徒のように、必死に自分のスカートの裾を握りしめている。

ネイルもされていない、真珠のように白い指先が、白くなるほどに。

 

「マハラジャ・カーンの娘、ハマーンだね。摂政の姫君が、こんな埃っぽい場所で何をしている」

 

「……独りになりたかったの。お父様も、お姉様も、みんなジオンの幽霊としかお喋りしないから。でも……」

 

ハマーンは、潤んだ瞳で私を真っ直ぐに見つめた。

14歳の、まだ何の色にも染まっていない純真。それが、20代半ばにして早くも汚れきった私の自意識を、容赦なく貫く。

 

「貴方は、幽霊じゃない。……今、ぶつかった時、すごく熱かったから。……すごく、かっこいい、音がしたから」

 

「……かっこいい音?」

 

「心臓の音。……私と同じ、生きてる音」

 

彼女は一歩、踏み込んできた。

アクシズの低い重力の中で、彼女の体温が、甘ったるい微熱となってこちらへ流れ込んでくる。

狭い通路。壁に掛けられた古い配線が、まるで放課後の誰もいない教室のカーテンのように、微かな通風口の風に揺れている。

そんな錯覚に陥るほど、彼女の放つ「恋心」という名の重力は、強烈だった。

 

「(……いかんな。この距離は、いかん)」

 

私は仮面の裏で、柄にもなくドギマギとしていた。

戦場では、敵の戦艦を沈めることなど造作もない。けれど、この14歳の少女の、真っ直ぐすぎる視線をどう処理すればいいのか、私にはさっぱりわからなかった。

彼女は、私の軍服の袖を、おずおずと、けれど決して離さないという強い意志を込めて、指先で摘んだ。

 

「シャア……様。私、ずっと貴方を待っていた気がする。……私を、この暗くて寒い石の中から、連れ出してくれる人を」

 

ハマーンの瞳が、さらに熱を帯びて潤む。

その無垢な唇が、微かに戦慄(わなな)いている。

22歳の男が、14歳の少女に差し出す、あまりにも無防備な首筋。

私は、彼女の肩を抱き寄せたいという、卑怯な衝動に駆られた。

この孤独な少女を、私の「代用品」として、ララァの代わりに私の空虚を埋める道具として、飼い慣らしてしまいたいという欲望。

 

「……いいだろう。ハマーン。私と一緒に、この死んだような石の中で、偽物の夢を見よう」

 

私は彼女の頭に手を置いた。

サラリとした髪の感触。

アルテイシアを撫でた時のような慈しみと、それとは決定的に違う、背徳的な高揚感。

彼女は、私の手のひらに頬を擦り寄せ、信じられないほど愛おしそうに目を細めた。

 

「シャア……。私、貴方のために、世界で一番強くなるわ。貴方がどこにも行かないように、私が、貴方を守れるくらいに」

 

その誓いが、どれほど残酷な未来を連れてくるのか。

彼女の指先の震えが、私の掌に「愛」という名の毒を伝えてくる。

私はただ、仮面の裏側で、嘘つきの微笑みを浮かべるしかなかった。

 

「ああ、期待しているよ。ハマーン」

 

アクシズの24時間計が、無機質に次の刻(とき)を刻む。

銀色の真珠のような彼女の瞳が、私の紅い残像を追いかけ始めた。

 

代用品の季節が、今、静かに幕を開ける。

少女の、あまりにも甘酸っぱい「初恋」という名の地獄を道連れにして。

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