機動戦士ガンダム ハマーン様、恋をする 14歳の少女が、愛したクズ男に捨てられて、最強の女帝に覚醒するまでの4年間。   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

10 / 24
15歳の戴冠

アクシズという名の巨大な墓石が、一際重く、鋭く、私たちの心臓を突き刺している。

マハラジャ・カーンの訃報。それは、この小惑星に残された最後の人格的な「良心」が死に絶えたことを意味していた。

病室に漂う消毒液の匂いと、静止した心電図の音。その静寂の中で、少女はあまりにもあっけなく、世界という名の濁流に放り出された。

 

「……父様。私、まだ何も、お話しできていないのに」

 

ハマーンが、亡骸となった父の手を握り締めている。

15歳の指先。

そこには、かつての淡い恋心の証だった真珠色のマニキュアが、皮肉なほど艶やかに残っていた。

けれど、その指先はもう、恋に震える少女のものではない。巨大な利権と、数万人の運命という名の、透明で重たい鎖に絡め取られた、一人の統治者のものだった。

 

「悲しんでいる暇はないぞ、ハマーン。……いや、摂政閣下」

 

私は、彼女の背後に立ち、あえて冷徹な声を掛けた。

病室の窓の外には、暗黒の宇宙が広がっている。

そこには励ましも、救いもない。ただ、生き残った者が、死者の遺した「呪い」を引き受けて歩き続けることだけが許されている。

 

「シャア……。貴方は、どうしてそんなに冷たいの? 私の父が死んだのよ。貴方の数少ない理解者が、この世から消えたのよ?」

 

彼女が振り返る。

視線が、刃のように交差する。

二度と戻らない日常を突きつけられた少女のような、絶望に満ちた熱。

彼女の瞳には、涙さえ浮かんでいない。

ただ、私への怒りと、それに縋らなければ生きていけない自分への嫌悪が、激しく渦巻いていた。

 

「理解者、か。……私はね、ハマーン。自分を理解してくれる者など、最初から求めてはいない。私が求めているのは、この歪な世界を終わらせるための『力』だけだ」

 

私は、彼女の細い肩に手を置いた。

指先に伝わる体温は、驚くほど高い。

彼女は今、自らを燃やすことで、悲しみという名の凍死から逃れようとしている。

その指先が、私の軍服の袖を掴む。

震えている。

それは、父を亡くした娘としての弱さか、それとも、私という男を共犯者に仕立て上げようとする、悪魔のような執念か。

 

「力、ね。……わかったわ。貴方がそれを望むなら、私は喜んで、その玉座に座ってあげる」

 

彼女の声から、湿り気が消えた。

彼女は、握り締めていた父の手を放し、ゆっくりと立ち上がった。

その瞬間。

ニュータイプとしての共鳴が、私たちの意識を、逃げ場のない密室へと閉じ込める。

 

一瞬、病室の壁が崩れ去り、宇宙の深淵に置かれた黄金の玉座が「視える」。

そこに座るのは、15歳の少女ではない。

後世、あまたの戦士を恐怖させ、跪かせることになる、氷の女帝の幻影。

その指先には、もはや真珠色の輝きはなく、すべての光を吸収するような、冷徹な銀色が塗られている。

 

「シャア。私を導きなさい。貴方が私の『影』となり、私を誰も届かない高みへと押し上げるの。……それが、私を独りにした貴方の罰よ」

 

「(……ああ、ハマーン。君は今、本当の意味で私の『代用品』になったのだな)」

 

私は仮面の裏側で、自らの卑劣さに酔いしれるような、暗い悦びを感じていた。

少女の純真を捧げ物にして、私は自分の理想という名の怪物を育て上げようとしている。

私は彼女の真珠色の指先を、そっと私の唇に寄せた。

それは口づけではない。

魂に焼き印を押すような、冷酷な契約の儀式。

 

「御意、摂政閣下。……君が地獄へ堕ちるまで、私は君の忠実な騎士として、その背中を守り続けよう」

 

宇宙世紀0083。

小惑星アクシズに、一人の少女の戴冠が宣言された。

マニキュアの色が、ゆっくりと、けれど確実に向きを変え始める。

 

葬儀の鐘の音は、私には祝杯の合図のように聞こえていた。

少女の恋心という名の生贄を喰らい、ジオンという名の亡霊が、ふたたびその翼を広げようとしていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。