機動戦士ガンダム ハマーン様、恋をする 14歳の少女が、愛したクズ男に捨てられて、最強の女帝に覚醒するまでの4年間。 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
アクシズという名の巨大な墓石が、一際重く、鋭く、私たちの心臓を突き刺している。
マハラジャ・カーンの訃報。それは、この小惑星に残された最後の人格的な「良心」が死に絶えたことを意味していた。
病室に漂う消毒液の匂いと、静止した心電図の音。その静寂の中で、少女はあまりにもあっけなく、世界という名の濁流に放り出された。
「……父様。私、まだ何も、お話しできていないのに」
ハマーンが、亡骸となった父の手を握り締めている。
15歳の指先。
そこには、かつての淡い恋心の証だった真珠色のマニキュアが、皮肉なほど艶やかに残っていた。
けれど、その指先はもう、恋に震える少女のものではない。巨大な利権と、数万人の運命という名の、透明で重たい鎖に絡め取られた、一人の統治者のものだった。
「悲しんでいる暇はないぞ、ハマーン。……いや、摂政閣下」
私は、彼女の背後に立ち、あえて冷徹な声を掛けた。
病室の窓の外には、暗黒の宇宙が広がっている。
そこには励ましも、救いもない。ただ、生き残った者が、死者の遺した「呪い」を引き受けて歩き続けることだけが許されている。
「シャア……。貴方は、どうしてそんなに冷たいの? 私の父が死んだのよ。貴方の数少ない理解者が、この世から消えたのよ?」
彼女が振り返る。
視線が、刃のように交差する。
二度と戻らない日常を突きつけられた少女のような、絶望に満ちた熱。
彼女の瞳には、涙さえ浮かんでいない。
ただ、私への怒りと、それに縋らなければ生きていけない自分への嫌悪が、激しく渦巻いていた。
「理解者、か。……私はね、ハマーン。自分を理解してくれる者など、最初から求めてはいない。私が求めているのは、この歪な世界を終わらせるための『力』だけだ」
私は、彼女の細い肩に手を置いた。
指先に伝わる体温は、驚くほど高い。
彼女は今、自らを燃やすことで、悲しみという名の凍死から逃れようとしている。
その指先が、私の軍服の袖を掴む。
震えている。
それは、父を亡くした娘としての弱さか、それとも、私という男を共犯者に仕立て上げようとする、悪魔のような執念か。
「力、ね。……わかったわ。貴方がそれを望むなら、私は喜んで、その玉座に座ってあげる」
彼女の声から、湿り気が消えた。
彼女は、握り締めていた父の手を放し、ゆっくりと立ち上がった。
その瞬間。
ニュータイプとしての共鳴が、私たちの意識を、逃げ場のない密室へと閉じ込める。
一瞬、病室の壁が崩れ去り、宇宙の深淵に置かれた黄金の玉座が「視える」。
そこに座るのは、15歳の少女ではない。
後世、あまたの戦士を恐怖させ、跪かせることになる、氷の女帝の幻影。
その指先には、もはや真珠色の輝きはなく、すべての光を吸収するような、冷徹な銀色が塗られている。
「シャア。私を導きなさい。貴方が私の『影』となり、私を誰も届かない高みへと押し上げるの。……それが、私を独りにした貴方の罰よ」
「(……ああ、ハマーン。君は今、本当の意味で私の『代用品』になったのだな)」
私は仮面の裏側で、自らの卑劣さに酔いしれるような、暗い悦びを感じていた。
少女の純真を捧げ物にして、私は自分の理想という名の怪物を育て上げようとしている。
私は彼女の真珠色の指先を、そっと私の唇に寄せた。
それは口づけではない。
魂に焼き印を押すような、冷酷な契約の儀式。
「御意、摂政閣下。……君が地獄へ堕ちるまで、私は君の忠実な騎士として、その背中を守り続けよう」
宇宙世紀0083。
小惑星アクシズに、一人の少女の戴冠が宣言された。
マニキュアの色が、ゆっくりと、けれど確実に向きを変え始める。
葬儀の鐘の音は、私には祝杯の合図のように聞こえていた。
少女の恋心という名の生贄を喰らい、ジオンという名の亡霊が、ふたたびその翼を広げようとしていた。